天使で悪魔
不慮の事故 〜呪われし家系〜
事故。
不慮の事故。
人は誰しもが、常に死の可能性に満ちている。
誰もが等しく。
その因果律は、運命と呼ぶに相応しいのだろうけど……私は嫌いだ、その言葉は。
運命?
宿命?
使命?
真っ平だ。偉大なる皇帝陛下様のありがたぁいお言葉を無視したのもそこにある。
運命。
宿命。
使命。
そんな言葉で全てを片付けたら意味などある?
……そしてそんな事で死ぬ命も……。
私は人を殺した。
その者は運命ではなく、私に殺されたのだ。
私が死の可能性の演出をした。
その結果、ベインリンは死に、彼に連なる者達のこの先の生き方すらも変えた。
でもだから何?
だから何だと言うの?
人はいつでも、どこででも死んでいる。私はその一人の命を消しただけ。だから、何?
私は、彼の死に何の感傷も抱かなかった。
オラブタップ。
舞台はまだ、ブルーマだ。オラブタップはブルーマにある安宿。不吉の前兆とそう大差ないボロさ。
寒さは凌げる。
お腹満たせる。
まあ、これが揃ってるだけとりあえず文句はないが。
ベインリン暗殺。
彼の事故死を演出した後、私はシェイディンハルの聖域に戻ろうとしたものの、夜の世界は危険だと判断し、ここに宿
をとる事にした。それが暗殺をした、昨日。雪国の夜はとかく危険だ。
私は寒さが嫌いだし、遭難したら……自分の事だけど、私はまず笑う。
こいつ遭難しやがった、ってね。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
朝、起きて食事をしようとすると誰かが泣いている。
それも豪快に。
男だ。それも大男。ノルドの大男が、朝っぱらから酒を飲みながら泣き叫んでいる。
……うるさい。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
「マスター」
椅子に座り、店主を呼んだ。まず、何か食べよう。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
「お勧めはある?」
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!」
「……」
う、うるさい。
ノルドは世間一般的に大酒呑みのグウタラ、とイメージされている。
偏見もあるけどあの種族は大抵大酒呑みだし、歩く酒樽だ。偏見、だけでもない。
他の客達も閉口しているものの、特に何を言うでもない。
何なの?
「お嬢さん、大目に見てやってくれないかな」
「何で?」
「彼は昨日、主人を失ったんだよ。不慮の事故で」
「へぇ」
そう、事情を告げてくれる店主の言葉にも私は顔色を変える事はなかった。
……となると、あのノルドはグロムか。ベインリンの従者の。あの時はあまり顔は見てなかったけど……。
それにしても情報早い。
きっともうブルーマ中に知れ渡っているのだろう。店主が言うには直接的な原因は欠陥住宅だったらしい。
この近辺の家は腐食が激しいのだそうな。
で、腐った留め具の所為でベインリンは潰れた、わけだ。不慮の事故完遂。
「グロムも可哀想に」
「でもどうしてそこまで泣くの?」
「えっ?」
「だってお金の関係でしょ、従者とご主人様」
「まぁそうなんだけどね。グロムの場合は少し違うんだ。拾われたんだよ、アル中でどうしようもないグロムを何を気
に入ったのかベインリンが更生して、自分の側に置いたんだ。親子のような2人だったよ。種族は違うけどな」
「ふぅん」
世の中、損得抜きの間柄もまだある、か。
犯人は私。
となると仇も、私か。ふむふむ。
「ベインリン……ああベインリン……あんたの事が大好きだったよ爺さんっ! 本当に……本当にっ! で、でも俺はあ
んたを護れなかったすまない本当にすまないよ爺さんっ! あああああああああああああああああああああああっ!」
この先、彼はそれをずっと引き摺るのだろう。
強ければ強いほど。
絆という繋がりは呪縛のようにその者を縛る。
そして私は?
……どうなんだろう、この感情。何も波風が立たない。私はきっと殺し屋よりも殺し屋らしい、きっとね。
「グロムも可哀想に。屋敷を追い出されたんだ。この先どうするんだろう」
「追い出された? 誰に?」
「ケインリンだよ」
「貴方がケインリン?」
「おお待っていたぞ。まったく、出張サービスに来るのに一体いつまで時間を食ってるんだ。まあ今からお前を俺が
食っちゃうんだけどな、あっははははははははっ!」
ベインリンの屋敷改めケインリンの屋敷。
ここに来たのは気まぐれ。
オラブタップの店主は、いや誰に聞いてもあまり良い噂を気かなかった。露骨に顔を歪めた。
ケインリンは享楽的な若いボズマー。
その顔を見るだけで、私は気分を害していた。
「さあは入れ入れ。……おい、俺は3人呼んだはずだぞ? それともお前が三人分の濃厚サービスをしてくれるのか?」
……俗物め。
したたか酒を飲んで出来上がってるご様子。
ベインリンとケインリンは仲が悪かった、というのが聞き込んだ……オラブタップ限定だけど、それが定説。
財産の事で相当揉めていたらしい。
もっとも、揉めたと言っても当主はベインリンであり財を築いたのもベインリン。甥の彼がどう騒いでも、ベインリンが生きてい
る限りは自由に出来る財産などあるわけがない。
なら、どうする?
簡単明快。ベインリンが死ねばいい。それも事故で。
ケインリンは昨夜は酒場で呑んでいた、誰もが見ている。アリバイ完璧。結果、欠陥住宅による事故死。
完璧じゃない。
まさに完璧。そして、ケインリンは叔父お気に入りの、一説には養子にさえしようとしていたらしいグロムを追い出し財産独り占め。
死因は事故死だし、自分にはアリバイがある。
さらに言うならそこら辺のチンピラの殺し屋ではない、ダークブラザーフッドの演出した暗殺。
雑魚の殺し屋のように後々それをネタに脅迫などしない、プロの殺し屋集団。
絶対に、疑われないしケインリンの今後の人生を障害は何もない。
めでたしめでたし。
……私の気まぐれがなかったらねぇ……。
「寝室は二階だ、さっ、来い」
黙って従う。
階段を上り詰めた時、私は振り返って階下を覗いた。血糊はまだ消えていない。
あの椅子に座っていたベインリン。
殺したのは私。
そして殺しを依頼をしたケインリンに対する心情。
……ふん。矛盾は人のサガか。
「悪いけど私はコールガールじゃないわ」
「んん? お前誰だ?」
「フィッツガルド・エメラルダ。ベインリンの知り合いよ」
「ベインリンは俺の叔父だ。彼は死んだよ、剥製が頭に落ちてな。惨い死に方だよ」
「その割には乱痴気騒ぎしようとしてるじゃない?」
「お前には関係ない」
「あるわ」
「何故?」
「私がベインリンを殺したんだもの」
「ダ、ダークブラザーフッドっ!」
ビンゴ。
やっぱりこいつだ。誰の噂にも闇の一党が関わってるとは一切なかった。
こいつはどうそれを発想した?
「ケインリン。ついてないわね」
「な、何の事だ?」
「貴方まで不慮の事故で死ぬなんて」
絶叫が響き、そして遠ざかる。
階下にまっさかさまになって落ちて行くケインリン。ゴロゴロと転がり、そして終着点についた時、首は不自然に曲がっていた。
「ほんと、事故って怖いわね」
「事故は演出され、ベインリンは死んだ。見事だ、妹よ」
「どーも」
「お前の存在はこの聖域の宝だ、妹よ。そしてお前は今、本当の意味で家族となった」
でしょうね。
任務的には、今までとは違う。ルフィオ、ガストンは犯罪者。
でもベインリンは違う。ただ余生を送っていた老人だ。普通の老人と違ったのは、彼が大富豪だったという事。
だが私は心動かされる事なく賛美を受け入れた。
シェイディンハルの聖域。
私は自室……と言っても共同の部屋なんだけど……自分のベッドに寝転びながら、新聞を呼んでいる。
傍らにはアントワネッタ・マリー。
こ、こいつ絶対姉妹の意味間違えてるいつか私は襲われるかもーっ!
あぅぅぅ。
テイナーヴァも……アルゴニアン双子の男の方ね、彼も……。
「仲が良いな。しかし……ここではやめろよ、人目もあるし。その辺りのケジメはつけろよ」
と、あからさまに私と彼女の仲を疑ってる。
……ちくしょう。
「フィー、何読んでるの?」
「お、お姉様、顔近いです顔近いって」
「ふふふ♪」
「……すいませんその意味深な微笑は何……?」
それにしても、グロムはこれからどうするのだろう?
まあ、私にはもう関係ない事だ。
黒馬新聞より抜粋。
『ベインリンに続きケインリンも階段から落ちるという不慮の事故で死亡』
『巷では呪われし家系と呼ばれ相次いだこの死に恐怖を感じています』
『ケインリン氏に公文書破棄の疑惑浮上』
『ベインリン氏の友人の法律家によると、氏は前従者グロム氏に対して遺書を作成したと話しております』
『全ての遺産を相続できる立場となったグロム氏はベインリン氏の好意だけを頂くと頑なに相続を拒否』