天使で悪魔
蜘蛛の巣
蜘蛛の巣はいつの間にか張り巡らされていた。
そして蜘蛛は待つのだ。
獲物がかかるその時を。
南方都市レヤウィンの夜。
私は宿の一室で勉強してる。鎧は当然脱いでいるしパラケルススの魔剣はとりあえずベッドに放り投げてある。現在バスローブというラフな姿。
下着?
付けてないでござるぞ(笑)
あー、ちなみにここは3階。
「だからこうなると……魔力は……まあ、やっぱりゼロ距離にしないと持続時間が……」
バスローブのまま私は勉強中。
魔法の勉強。
銀色対策の魔法を構想中。
室内は壁に固定された4つの燭台が照らしている。さらに机にはランタンが置かれているので机に向って勉強している私は明かりには困らない。
「ふぅ」
立ち上がる。
少し暑い。
南方都市レヤウィンは亜熱帯なので仕方ないけど。
窓は開いていない。
何故?
虫が入るから。
それに窓を開けたところで快適な風というのはここでは無縁。夜なのである程度は涼なのだろうけど根本的には暑いのは違いない。
ただ、私は魔術師。
温度を操るのはお手の物。
手を天井に向ける。
ポウ。
青白い小さな球体を放つ。
それは天井に当たり、その瞬間に冷気が室内を包む。
弱い冷気の魔法を放ったってわけ。
室温の調整など簡単。
冬場とか寒いところでは弱い炎の魔法を使う。炎というか熱風かな。こういう時は魔術師でよかったー、と思う。
もちろん誰にでも出来ることではない。
室温調整が可能なぐらいになってこその魔術師。これが出来たら一流の仲間入り。
何故なら微調整が出来なければ火災などに繋がるわけだからね。
まあ、私ほどの魔術師なら簡単ではありますが。
ほほほ☆
さて。
「勉強再開しますかねー」
今日中にある程度の基礎理論を確立しておきたい。
新魔法の発動までは少々時間が掛かるだろうけど基礎理論程度なら今日中に終わるはずだ。
「ふわぁ」
眠いですけどねー。
今日はシャドウメアに揺られての旅路。どうやら旅の疲れが出たらしい。
基礎理論程度なら急がない。
寝ようかな?
どっちにしても魔法開発をするにはそれなりの機材が必要。そしてその機材は携帯できるようなものではないしシロディールにはアルケイン大学にしか
その機材は存在しない。少なくとも支部にはない。まあ、財力がある魔術師なら個人単位で持っている可能性があるけど。
魔術師ギルドの氏族有無に限らず、ね。
さて。
「ふわぁ」
また欠伸。
眠い。
眠いです。
夜更かしはお肌に悪いし寝ちゃおうかなぁ。
だけどルームサービスはまだ来ていない。サンドイッチの盛り合わせだ。つーか遅いだろ。
それ食べるまでは寝れないな。
無駄になっちゃう。
……。
……ま、まあ、夜食は夜食でお肌に悪いとは思うけどね。
さてさてどうしたもんか。
「食べたら寝ようかな」
コンコン。
おっ。
きたきた。
「どうぞ」
「失礼します」
ガチャ。
扉が開く。
私は視線をそちらに移す。
「死ねぇーっ!」
「……っ!」
抜き身の剣を持った皮鎧のインペリアルの男がいきなり部屋に乱入してきた。私に向って走りこんでくる。
こんなルームサービスは頼んでないっ!
私は瞬時に立ち上がって椅子を投げ付ける。相手は椅子にぶつかって動きを止めた。
刺客@が動きが止まっている間にもう1人が乱入してくる。
今度は鎖帷子のアルゴニアンだ。
何なの?
何なの、もうっ!
インペリアルの脇を走り過ぎて大胆に私はトカゲに飛び蹴り。まともに顔に受けてトカゲは引っくり返った。その際に手にしていた剣を落とす。私は
素早く早く拾ってまだ立ち直っていない刺客@の背中に刃を突き刺す。はい一丁上がり。
次はトカゲっ!
トカゲの顔にさらに蹴り一撃、顎を蹴り上げて一撃、トカゲはよろよろと壁際まで下がる。
トドメだーっ!
「はぁっ!」
ガンっ!
喉元に蹴りを一撃。
そしてそのまま壁に蹴りで押し付ける。トカゲはもがくものの私の足ががっちりと相手の喉元を押さえてる。
逃がしはしない。
根本的に力はないけど、それなりに体術は出来ます。
「お前何者?」
「ひ、1つだけ」
「何?」
「……その体勢、やばいぜ……?」
「はっ?」
「……バスローブの下、丸見えだ。意外に……」
「死ねーっ!」
めきゃ。
足に力を込めると嫌な音がした。
相手の喉を潰したのだ。
喉を押さえながらトカゲはその場に崩れ落ちた。まだ死んでない。だけど、まあ、すぐに窒息して死ぬ。
私は既にトカゲに興味を失っている。
ドス。ドス。ドス。
足音を立てながら巨漢の男が入ってきた。
オークか。
意外なことに平服のまま、そして武器は何も持っていない。
格闘家?
そうかもしれない。
ジャラジャラと光物を身に付けている。耳には無数のピアス、首にはネックレス、腕にはブレスレット。
悪趣味。
「ぐふふふ」
男のようです。
オーク、アルゴニアン、カジートの性別は外観では分かり辛い。まあ、カジートは意外と見た目で性別分かるかなぁ。
さて。
「何者なの?」
「殺し屋さ」
「ふーん」
だとしたら大分素人の殺し屋だ。
路地裏のチンピラ程度かな。
「誰に頼まれたの?」
「心当たりはあるだろ」
「まあね」
問題は心当たりがある過ぎて分からないというか(汗)
特定できないんだよなー。
おおぅ。
「金を貰い、対象を殺す。それだけのことさ。……ああ、そうそう。俺には魔法は通じないぜ? 無駄さ無駄」
「へぇ?」
面白いことを言う。
ならばっ!
「裁きの……っ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「はっ?」
猛進してくるオーク。
すいません流れ的に1発目は無条件に魔法を受けてくれるんじゃないんですか?
空気読めないらしい。
私は横に飛んで避ける。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
盛大な音を立ててオークは壁に自爆。
……。
……えっと……馬鹿……なのかな?
うーん。
これで殺し屋名乗るんだから不思議よねぇ。
まあ、殺し屋もピンからキリだ。
だからこの程度でも地震が殺し屋だと名乗れば確かに殺し屋なんだろうけど……この程度の腕で私を狙おうだなんてお笑いよね。
さあて、試してみようかしらね。
魔法が効くかどうか。
手のひらを壁に頭をぶつけてフラフラしているオークの背中に向ける。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
必殺の一撃をまともに受けてオークはそのまま壁を貫通して外に押し出される。
むしろ吹っ飛ばされる。
ここは3階。
綺麗に弧を描いて飛びましたなぁ。
「ふん」
そのまま死んどけ。
ベッドの上においてあるパラケルススの魔剣を手に取って鞘から引き抜く。鞘は無造作にベッドに投げ捨てた。
私は開いた穴から下を覗く。
「効かんと言っただろぉーっ!」
「はっ?」
オーク、ピンピンしてる。
頭を3度ほど横に振ってから宿に向って突撃、盛大な音を立てて扉を開けて宿に戻ってくる。
丈夫な奴だ。
私は扉の方に向き直って魔剣を構える。
魔法に耐性があるのは分かった。
体質?
どちらかというと体質ではなくアクセサリのお陰だろう。
既に本質は見切った。
あいつは身に付けているアクセサリでおそらく魔法耐性を底上げしている。つまりあれは魔法耐性の効力のある代物。
指輪やらブレスレットやら色々と身に付けてるけど全て魔法アイテム。
あれだけ装備してるい以上、魔法が効かないのは理解出来る。
だったらどうする?
処方箋は簡単。
斬るだけだ。
「……」
腰を沈めて構える。
室内に入ったと同時に斬れる体勢をキープする。
来いっ!
……。
……。
……あれ?
来ない。
とっくに来てもいいと思うんだけどな。
何してる?
ガッ。
「はっ?」
足首が掴まれる。
床から突然生えた緑色の両手にしっかりと。
そして……。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
私はそのまま階下に引きずり込まれた。
さすがに対応できなかった。
くそっ!
まさか丁度真下の部屋の天井から私を階下に引きずり込むとはっ!
「くっ!」
「ここまでだな、女っ!」
引っくり返っている私の首を両手で絞めるオーク。
この部屋には元々宿泊客が入っていなかったのかオークの乱入で逃げたのかは知らないけど誰もいない。
ならばっ!
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
奴の腹に叩き込む。
魔法そのものは効かなくても反動は防げない。オークの体は大きく宙を舞った。
どすんと音を立てて転がる。
私は素早くパラケルススの魔剣を探す。
ラッキー☆
一緒に落ちてきていた。
私は視線を移すとパラケルススの魔剣は宙に浮かび私の元に来る。
念動。
柄を握る同時にオークが突進してきた。
馬鹿の一つ覚え。
一歩下がる、私はまた一歩、この間合なら……。
「あ、あれ?」
ぐらりと私の体は後ろに揺れた。
瓦礫で蹴躓きました(汗)
ど素人か私はーっ!
おおぅ。
そのままタックルは直撃、私の体は壁に叩きつけられる。
そして私達は空を飛んだ。
……。
……どんだけ脆いんだここの壁は……。
タックルで壁崩れました。
ここは2階っす。
さすがの私もこの高さから落ちたら骨を折る。さらに言うのであればオークは私と一緒に宙を舞いながらも、私の首を再び掴む。
結果どうなる?
結果、私はこいつに頭から落下させられ地面に叩きつけられる。
脳天粉砕ですな。
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!
響きました、脳天の音。
「効くかそんなもん」
「なっ!」
竜皮です。
一分間私の肉体はドラゴニアンと同等の防御力を得ている。
鋼鉄以上の強度。
私には腕力はないけど鋼鉄で腹部を殴られれば誰だってよろめく。事実オークは私の首から両手を離して後退した。
素早く私は立ち上がり、腰を沈めてから一気にオークの横を通り過ぎる。
閃いた刃。
飛び散る血。
そして悲鳴を上げることすら許されず、ただ瞳と口を大きく見開いた首が飛ぶ。
終わり、ね。
「なかなか面白い戦いだったけど、私に勝つには100年ぐらい早かったわね」
パチパチパチ。
「誰?」
「お久し振りね、子猫ちゃん」
ダンマーの女がいた。
気配がまるでしなかった。
これは油断じゃない。
こいつ、気配を殺してた。私が気付かないレベルまで気配を殺してた。
見覚えのない女。
ただ……。
「カラーニャ」
「そうよ。よく分かったわね。髪形弄ったのに。くすくす」
虫の賢者カラーニャ。
虫の王マニマルコの高弟である四大弟子の筆頭であり虫の王の腹心。そしてその正体は虫の王の力の一部を与えられた蜘蛛。
今までの姿はアルトマーの女だった。
現在はダンマー。
違和感?
ない。
元々こいつにとっての肉体は入れ物でしかなかったわけだから別にダンマーに寄生しててもおかしくない。
「あんな雑魚を殺し屋に差し向けるとはね」
ベルもカラーニャに雇われていたらしい。ただしさっきのオークはお粗末過ぎる。
敵にすらならなかった。
カラーニャは楽しそうに笑った。
「ふふふ」
「何がおかしいの?」
「あなたの悪い癖ね、子猫ちゃん。瞬殺できる相手でも興味深いことを言われたら、相手の力量を試すが為に闘争心が薄れる。相手を試そうとする」
「だから?」
「だから子猫ちゃんはわざわざ遊んだ。あの刺客の魔法は効かないという言葉を試す為にね。あれ。私が言わせたのよ。魔法アイテムを都合したのも私」
「……」
私は黙る。
くそ。
先代アークメイジの腹心として猫被ってた頃のカラーニャも好きじゃなかったけど……それでも長い付き合いだ。
私の性格を見通している。
こいつの目的は……。
「竜皮ね?」
「そう。あの魔法は厄介だった。どうしても使わせたかったのよ」
「なるほど」
まんまと罠に嵌ったか。
カラーニャの微笑はまだ消えない。
「それに子猫ちゃん、注意力が散漫じゃないかしら? 自分が誰よりも強いと思うのもあなたの悪い癖」
「それは……」
ごふ。
出たのは言葉ではなく血の塊だった。
口から私は血を吐く。
ゆっくりと後ろを見た。そこに奴がいた。背後から私の腹部に剣を突き立てた奴の顔を睨みつける。
「し、仕方なかったんだ。俺には家族がいるんだよっ!」
「マグリールぅっ!」
やっぱりブラックウッド団の時に殺しておくべきだったっ!
がくりと私は膝を付く。
「子猫ちゃん、蜘蛛の巣にかかった気分はどうかしら? あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」