天使で悪魔
VS鬼人
東方の伝説にある。
額の角を生やし強力な魔術を操る魔性の眷属は、人を襲い、食らい、貪るのだと。
人、それを鬼と呼ぶ。
「くくくっ!」
青白い肌。
額に1本の長い角。
ついでにご丁寧に瞳は深紅に光って爛々としてます。
化け物だ。
完璧なまでにね。
肌に刺すようにビリビリと威圧感が放たれてます。
「わざわざ悪役顔になってくれて助かるわ。私が善玉でいいわけよね?」
「設定は好きにしなよ」
「そうする」
パラケルススの魔剣を構えながら私は一歩下がった。
こいつ強い。
魔力が増幅されている。
まともにやりあったら痛い目に合うだけじゃすまないかもしれない。
圧倒的な差、とまでは言わないけど油断は出来ない。
あーあ。
疲れる戦いになりそうだ。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
放たれる雷撃。
鬼人に転じた喪部は手のひらをゆっくりとこちらに向けた。雷撃が迫るにも関わらず悠然とした動作。
そして呟く。
「鬼鳴念(きめいねん)」
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
「……っ!」
雷撃が消滅した。
もちろんそれだけではない。大気が揺れる。
……。
……いや空間が歪むっ!
彼の手から次第に空間が歪んでいく。その歪みは雷撃を飲み込み次第に私に近付いて……。
「くっ!」
バっ!
その場を離れる。
喪部の向けた手のひらから直線状の空間は歪む。私は避けた、つまり対象が何もいないから空間は歪み、そして元に戻る。
もしも私があの場にいたらどうなるのか?
とてもじゃないけど試したいとは思えない。
「くくく。ボクの外法の本質を一度見ただけで理解したみたいだね」
「理解はしてない。だけど空間に飲み込まれたくはない」
「へぇ? やはり君は賢いね」
「そりゃどうも」
鬼鳴念ね。
要は空間転移の要領だろう、多分。
まともにあれを受けたら私はどっかに飛ばされる。
どっかってどこ?
さあね。
ただまともな場所じゃないだろうよ。
生きて帰れるところかどうかも怪しい。現世かどうかもね。
強制的に飛ばされる経験は、邪教集団にオブリビオンに送られた過去だけで充分だ。新しいトラウマを作るつもりはない。
それに少なくとも今の技は放った直線状にいなければ回避できるようだからやり易い。
まあ、変則的なやり方もあるのかもしれないけど。
ともかく。
ともかく相手はトリッキーな魔術の遣い手。正確には外法使いのようだから遊ぶ必要はない。
一気に沈めるっ!
「煉獄っ!」
火の球を放つ。
そして。
「弾けて散れ」
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
喪部の目の前で爆発。
目くらまし。
素早く次の魔法を発動っ!
「デイドロスっ!」
二足歩行のワニ型悪魔を爆煙の中に召喚。召喚した際に命令は伝達してある。近くにいる敵を殺せ、と。
鬼対悪魔。
さてさてどちらに軍配が上がるかな?
「小賢しいっ!」
煙の中で喪部が叫び、デイドロスが咆哮し、そして格闘の音が響く。
ガチンコバトルしてる模様。
デイドロスが勝てるとは思ってない。普通の相手ならデイドロスが勝つだろうけど喪部が普通の相手だとは最初から思っていない。
少なくとも変身した時から喪部は普通の敵じゃあない。
だから。
だから一気に決めるっ!
デイドロスはあくまで囮であり時間稼ぎ。
精々じゃれてろっ!
パラケルススの魔剣を床に刺す。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
両手で印を切る。
ブースト。
ブースト。
ブースト。
ブースト。
ブースト。
ブースト。
ブースト。
ブースト。
出し惜しみは必要ないっ!
これで決めるっ!
「ちっ!」
煙が晴れ、喪部が私を見て舌打ちをする。勝負を一気に決めるべき大技を繰り出そうとしているのを察したらしい。だけどさっきの鬼鳴念は空間
を歪ませてその直線状に飲み込むスピードはそんなに早くなかった。むしろ遅かった。だから私は簡単に回避できた。
鬼鳴念では私の最大魔法は防げない。
私に届く前に奴に届くからだ。
範囲内にいる者に対して無差別に、しかも全方向から雷撃が踊り狂う。直線状だけ雷撃消しても意味はない。
そう。
私の最大魔法<神罰>を防げる術などない。
魔力が爆発的に増幅される。
これでトドメだーっ!
「鬼鳴閃っ!」
「……っ!」
別の魔法っ!
喪部が手を振るうとデイドロスの体がズタズタに切り裂かれた。デイドロスは奴の横にいた、喪部は私に対して術を発動した。つまりこれは無差別っ!
感覚を研ぎ澄ます。
不可視の魔力の刃が四方八方に放たれている。
くそっ!
バチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
瞬時に私は魔力障壁を張る。
阻まれ、無数の刃は音を立てて消滅する。喪部は冷笑を浮かべる。
ブーストは一定時間を過ぎると立っていられないほどの疲労感を覚える。少なくとも戦闘できる状態ではなくなる。一時的にしてもね。
奴はそれを知っているのだろう。
私が魔法の使い方を誤ったと思っているのだろう。
その考えは半分正しい。
ただし半分が間違ってる。私は魔力障壁にブーストした魔力を全て注ぎ込んでいない。半分だけだ。もちろん残り半分では<神罰>は使えない。
だけど……。
タッ。
床に突き刺してあるパラケルススの魔剣を引き抜き、俊敏な動作で私は喪部の懐に飛び込む。
パラケルススの魔剣は持ち手の魔力に応じてその威力が変わる。
比例して、変わる。
ブースト半分の魔力とはいえその威力、絶大。
慌てて喪部は障壁を展開するか回避するかを選択するもそのわずかな迷いが命取り。
「はあっ!」
一閃。
鋭い一撃が喪部の角を斬り飛ばす。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
激痛なのだろうか。
獣のような咆哮をあげて喪部は後ろによろめく。
トドメっ!
奴の首を刎ねる……。
「……っ!」
がく。
私の体は前のめりになってその場に膝を付く。
くそっ!
ブーストの反動か。
こんな時にーっ!
喪部も無理攻めは避けたいらしく数歩後ろに下がった。肌の色は元に戻り、額にある角の残りかすも陥没し元の人間に戻る。
角はまた生えるのかな?
お互いに荒い息。
だが喪部の顔にはまだ闘争心は消えていなかった。
「……変生が解けてしまったか」
「私に勝ちかしら?」
「勝った気になるのはまだ早いよ」
「へぇ?」
角は落ちてる。
変身も既に解けた。
さてさて、それでどうする?
「フィッツガルド・エメラルダ。そういえばどうして首を落とさなかったんだい?」
「角」
「角?」
「実物は見たことないけどユニコーンの角はすごい効力があるみたい。どんな効力かは知らないけど。……まあ、鬼の角も珍しいからね。アルケイン
大学をここまで荒らしまわった代償にそれぐらい置いていって欲しかったわけ。というかまだ聞いてなかったけど翁の手下に殺されたのは?」
「ボクだよ」
「何故生きてるの?」
「仮死状態にしたんだよ、自身をね。……しかしボクも焦ったよ。まさか作戦開始当日に別口の襲撃者に殺されるとはね」
「人生は驚きが一杯ね」
「確かに」
油断なく相手を見る。
無手だ。
喪部は何も持っていない。角がないから魔法の威力は落ちていると思うけど……つーか角はまた生えるんだろうか?
鬼の生態は不明です。
「君は運命を信じるかい?」
「はっ?」
私を口説く気?
「ボクは信じるよ」
「そう」
相手の出方を待つ。
ブーストの反動で私を包んでいた疲労感は次第に消えつつある。魔力はまだ少ししか戻ってきてないけど煉獄程度なら放てる。
喪部は続ける。
「人は誰しもが神の意図に操られているんだよ。そう。神の御手から伸びるその糸にね」
「意図だろうが糸だろうがどうでもいいのよ。で? どうする?」
「この世は人形劇なんだよ」
「……っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
喪部の宣言と同時に何かが飛び掛ってきた。
咄嗟に剣で受け流す。
「マ、マリオネットっ!」
そう。
飛び掛ってきたのは人ではなかった。
マリオネット。
それは古代アイレイドに作られた魔道人形。人形姫はマリオネットの軍勢を率いて反旗を翻した奴隷を虐殺し各国を蹂躙した。基本的にマリオネットは
人間の姿をしている。つまり見分けはできない。しかし私には分かる。目の前にいるのがマリオネットだと。
「けけけっ!」
「あんたフィフスっ!」
行方不明のフォルトナの従者フィフス登場っ!