天使で悪魔
九龍の秘宝
先人が残した過去の遺産。
だが必ずしもそれが今も存在するとは限らない。
「貴様ぁっ! レリック・ドーンに逆らってただで済むと……」
「ただで済むと思っているから彼女はボクたちの前に立ち塞がっているんだろ? そんな事も解らないから君は無能なのさ」
喪部っ!
奴がそう宣言した瞬間、マッケンゼンの腹に穴が開いた。
突然の味方からの攻撃。
マッケンゼンは大きく目を見開いてその場に膝を付いた。背後からの攻撃だが声でそれが喪部だと気付いただろう。
だが何故奴が?
仲間のはずだ。
それに地下へと向ったんじゃなかったの?
もちろん私は連中の関係はどうでもいいし食い合ってくれるならそれはそれでいい。
手間が省けるからだ。
マッケンゼンはそれでもまだ生きている。
腹部に穴が相手も生きている。
丈夫な奴だ。
震えながらも振り向いた。喪部は笑っていた。
「頑丈だな、マッケンゼン」
同意します。
「お……お前……」
「ふん。ボクは品のない奴は嫌いでね。今回君が指揮を執ると知って始末する機会をずっと窺っていたのさ」
「モノベ……裏切るつもりか……?」
「裏切る? 止してくれよ」
冷笑。
私は本能的に警戒した。
喪部は別格の存在だ。少なくともマッケンゼンとはレベルが違いすぎる。私の見たところ翁クラスっ!
……。
……何なんだ今年はっ!
強い奴ばっか出てくる。
嫌な年だ。
厄年?
「ボクは初めからレリックドーンに服従するつもりはない。ボクが興味あるのはレリック・ドーンが持つ情報ネットワークと総統であるシュミット老人
が持つ莫大な遺産だけさ。その為だけに近付き、その為だけに働いている。全ては自分の為ってわけさ」
「何だと?」
「あの爺さんももう引退し頃だとは思わないか?」
「……っ!」
「とりあえず君がいなくなった席にはボクが座らせてもらう。それからゆっくりとこの先の事を考えるとしよう」
「そんな事させるかっ! そんな事をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
驚いた。
あのダメージでマッケンゼンは立ち上がり手のひらを喪部に向ける。
衝撃波を放つつもりか。
一矢報いるつもりなのかレリックドーンに対する忠誠心なのか。
それは私には分からない。
「モノベーっ!」
「君、うざいよ」
ボンっ!
衝撃波は放たれることはなかった。
両腕が綺麗に吹き飛んだからだ。
「がはぁっ!」
「くくく」
どぉん。
大きな音を立ててマッケンゼンは引っくり返った。
もう動かない。
死んでる。
喪部は既にマッケンゼンに興味などないのだろう。視線を私に移す。
私は肩を竦めた。
「で? 次は私?」
「そう思うんだけどどうだろう? 一緒に秘宝を見てみないかい? ……途中で引き返して来てまだ見てないんだ。どうだい?」
「そうね」
私は頷く。
喪部は強い。私はそう判断した。
今ここでやり合うのは容易いけど……少し先伸ばししてもいいだろう。
こつ。こつ。こつ。
階段を下に降りる私達。
先頭は喪部。
そのあとに私が続く。
「九龍の秘宝?」
「そう」
まったく聞き覚えのない秘宝の名前を私は聞き返した。
まったく知らん。
代々のアークメイジが伝えてきた秘事。だけど私の場合は黒蟲教団との抗争の最中での就任だったから伝えられていない。
もちろん仕方ないことだけど。
それどころではなかった。
さて。
「それは何?」
「シュミット老人が言うには、手にした者の肉体を神に昇華させるらしい」
「神に?」
「ああ」
眉唾物だなぁ。
だけど代々アークメイジが語り継いできた秘事をどうして知っているのだろう?
「シュミットとは何者?」
「君も会っているはずだよ。老人は君を敵視しているから」
「私を?」
「ああ」
レリックドーンを何度か蹴散らしたから敵視はされているだろうけど会ったことは……あー、マラーダであった奴かもしれない。
車椅子の老紳士。
なるほど。
確かにボスの雰囲気あったなぁ。
「喪部」
「なんだい?」
「レリックドーンの目的は何?」
質問攻め。
そう。
私が一時休戦したのは情報源として喪部を利用すること。特に喪部は組織に対して背反している。表面的にはこれからも従い付けるのだろうけど
最終的には乗っ取るつもりでいる。ある程度は情報ほ洩らすだろう。
そして喪部も私の質問の真意に気付いている。
この関係が続く限り私達は敵対しない。
少なくとも束の間は。
秘宝を前にした時は敵対する運命ですが。
「シュミット老人は魔力の込められた代物を集めているんですよ。目的は不明ですがね。……ああ。そうそう。最近では聖戦士の武具を集めてるようですよ」
「聖戦士の?」
なるほど。
確か前に水没した遺跡から聖戦士の兜を奪おうとしてたな。
「その意味は?」
「さあ」
「さあって……」
「ボク自身もレリックドーンに関しては分かっていないことが多いんですよ。大半はリビングメイルですしね」
「そもそもなんで鎧人間が多いの?」
「レリックドーンの歴史はかなり古いようです。つまりリビングメイルはかつての構成員」
「鎧に魂を宿してまで忠誠を?」
「そのようです」
「ふぅん」
「マッケンゼンのような生身もいますよ。兵士にもいますけどね。さて……」
「ん?」
「最下層に到着ですよ」
到着した先は灰褐色の世界だった。
アイレイドの遺跡?
なるほど。
元々帝都はかつてのアイレイドの都市を流用したものだ。その地下には広大な遺跡が広がっている。大学の地下に遺跡があってもおかしくはない。
私達は進む。
ウェルキンド石が部屋中を照らしているので暗くはない。
けっこう広いな、ここ。
円形の部屋。
おそらく端から端まで全力で走っても5分はかかるだろう。
そしてこの部屋の中央に台座がある。
「どういうことだ?」
喪部は呟いた。
それから突然走り出す。
私にもその意味は分かった。遠目でも分かる。
台座の上には何もない。
そう。
何もないのだ。
「どういうことだっ!」
叫ぶ喪部に私はゆっくりと歩いて近付き、立ち止まった。
やはり台座には何もない。
「どこにやった?」
「さてね」
そう答えるしかない。
そもそも私はお父さんから秘事は受け継いでいないのだから答えようがない。
ただ何となく存在しない意味が分かる気がする。
「喪部」
「なんだい?」
「九龍の秘宝は手にした者の肉体を神に昇華させるのよね?」
「そうだ」
「だったらない意味が分かる。それは既にある人物が所持した後なのよ。そもそもここに置いたのだって一時保管用だったのね」
「どういう意味だ?」
「虫の王マニマルコよ」
「虫の王?」
「私は奴と対峙した、戦った。その際にあいつは言った。魔術師ギルドの始祖ガレリオンの肉体を乗っ取ったと。そして黒蟲教団と魔術師ギルドを
長年に渡って戦わせてきたと。より強い魂を育てる為に。そして奪う為に。九龍の秘宝とは奴が魔術師ギルドにいる間の仮の名前」
「……つまり禁断の不死魔道書ネクロノミコンと同一のものだと?」
「おそらくは」
ここに保管したのは一時的なものだったのだろう。
大学の主として収まっている間の。
虫の王マニマルコとして活動する際に持ち去ったのだ。秘事だけを残して物は持ち去られていた、と見るべきだろう。
「残念だったわね」
「……」
憶測です。
憶測ですけど、どつちにしても九龍の秘宝なんて存在しない。
無駄足でしたね。
徒労。
「帰るのであれば止めはしないわ。どうぞどうぞ、お帰りはあちら。レリックドーンに対して背反しているあんたはこのまま帰した方が楽できそうだしね」
「内部からボクが組織を食い潰すから?」
「そうそう」
バッ。
喪部はローブを脱ぎ捨てる。
その下には鎖帷子を着込んでいた。鉄の鎧よりは軽量だし皮の鎧よりは丈夫。
まあ、私的には中途半端な代物ですが。
「さてと」
「戦う気?」
「それじゃ君にもそろそろ死んでもらうとしようか。ボクの野望を知る者に生きていられるといろいろ面倒なんでね」
相手は得物を持っていない。
純粋な魔術師か。
こちらに手を突き出した。私も同じ動作をする。
「雷破っ!」
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
同時に雷撃。
威力は同等かっ!
相殺。
その瞬間私は走る。パラケルススの魔剣を構えて。
「はあっ!」
一閃。
必殺の一撃。しかし斬ったという感触はなかった。
消えたのだ。
喪部が。
透明化の魔法かっ!
気配はする。
だけど私はあまり気配を読むのは得意ではない。素早く生命探知の魔法を発動、淡く光る光が私に迫りつつあった。
見つけたっ!
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
直撃を避けても余波までは避けれない。
広範囲だからね。
余波に巻き込まれて後ろに吹き飛ぶ喪部。ダメージを受けた瞬間に透明化は解けて実体化した。
トドメっ!
「裁きの……っ!」
「カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
「……っ!」
私に襲い掛かる衝撃っ!
吹き飛ばされはしないけど私の体勢は大きく崩れて魔法は中断された。
これは攻撃じゃない。
喪部はただ吼えただけだ。
何だこいつ?
ゆらりと喪部は立ち上がった。
そして……。
かぁっ!
深紅の光が満ち溢れる。
私は顔をそらす。
「くくく。さすがはアークメイジ、と言ったところか。このままでは勝てないので君に面白いものを見せてあげよう。ボクの真の姿をね」
「真の姿?」
光が収まり私は喪部を見る。
そこにいたのは既に喪部ではなかった。
肉体が変異している。
肌の色は青白くなり額には特徴的なものがあった。
1本の角だ。
「あまりこの醜い姿にはなりたくないんだけどね。だけど、キミの絶望する姿が見たくてさ。どうだい? 勝てそうにないだろ?」
「あんた何者なの?」
「遥か遠い幻の世界、東方ではボクのようなものをこう呼んだそうだよ」
「それは……?」
「鬼とね」
VS鬼人喪部っ!