天使で悪魔
不慮の事故
シェイディンハルにある、暗殺者達の住処『聖域』。
そこには多くの暗殺者が住んでいる。そしてその中でも個室を与えられているのは二人だけ。
アルゴニアンの女性で聖域の管理を任されているオチーヴァ。
吸血鬼でおそらくは男性陣のまとめ役であるヴィンセンテ・ヴァルティエリ。
この2人だけ。
後は共同の部屋で寝起きしている。
……私がここにいる理由はアダマス殺しをしたいだけなのだが……おかしな事に、次第に馴染んでいる自分
がいた。別に殺しが三度の飯より好き、とは言わないけど、望んでた家族がここに……。
「……ふん。そんな馬鹿な」
「どうした、妹よ」
「……なんでもないわ。おいしいわね、この料理。特にシチューは絶品よ」
「それはよかった」
「誰が作ってるの、ここの料理」
「スケルトンだ」
「そ、そう」
私は今、サシでヴィンセンテと食事をしている。
私はハチミツ酒。
彼は……多分、あれはワインじゃないだろう。真紅だけど……ワインの色ではない。それにこの微かに臭うのは……。
「ああ、これか? 血じゃないぞ」
「嘘ぉー? 臭うけどなぁ、血の臭い」
「血酒だ。酒に混ぜてある」
「同じじゃんっ!」
「はははははは。妹には分からないと思うがな、渇きは抑えられてもやはりある一定で摂取しなければ気が狂いそうな
衝動に襲われる。そして、あまり好ましくない事だがお前達が餌に見えてくる」
「そんなもの?」
「そんなものだ。まあ、安心してくれ。私は今まで家族に手を出した事はない」
「信じるわ。……でその血はどこで手に入れたの?」
「通販だ」
「そ、そうなの?」
「世の中ありえないと思う事は、大抵はありえるものだ。妹よ」
「じ、人生経験低いのを認めるわ」
「ははははは」
通販で血が手に入るのかこの世界は?
……すげぇ。
「ところでこの食事、何か意味があるの? 私に気があるとか?」
「意味? まぁ親睦を深める、と言ったところか」
「なぁんだ。口説いて欲しかったなぁ」
「ははははは。残念だな、妹よ」
「で? この聖域に来て一週間ぐらい経つけど……どうしてそんなにフレンドリーなの?」
「家族だからだ」
「それはいいのよ、それは。どうして家族にこだわるの?」
組織的には、裏切り防止の為。
しかし構成員である彼らには別に意味がある。上層部の都合で家族にされた、それだけなら別にここまで馴れ合う必要
性はどこにもない。適当に付き合えばいいだけだ。なのに彼らはそれをしない。全力で家族をしている。
それは何故?
ここに来てからずっと疑問だった。その真意はどこに?
ヴィンセンテは血酒の入ったグラスを置き、私を見つめながら言った。
「私はもう何百年も生きている。冒険中に吸血鬼となってな。それからはずっと隠れて生きてきた。しかし闇の一党は私を
拾い、その呪われた力を受け入れてくれた。他の者達も、まあ似たような境遇だ」
「……」
「利用されてるだけなのは分かってる私とて馬鹿ではない。しかし他に行き場がないのもまた事実。私は、ここにこれてよ
かったと思っている。少なくともここには居場所があり、愛すべき弟と妹がいる家族がある。それでは、理由にならんか?」
「……」
家族に理由は必要なのか?
私には分からない、私には。しかし彼は誇っている、この家族を。
……私は?
……私は、どうすればいい?
……私はこの先、どう接すれば……。
……。
正直、殺人狂ならそれらしく振舞って欲しかった。そうすれば私も楽だった。
しかし彼らは家族を大事にする。そこには愛もあるだろう、信頼もあるだろう。私には、眩しすぎる。
……こんな事なら、来なきゃよかった……。
「時に妹よ。この間の海賊殺し、見事だったな。まさに、感服したぞ、あの手並み」
「えっ? あ、ありがと」
「海賊の死を悼む者などいない。いや、歓喜するだろうな。シシスも喜んでおられる。この調子で、頑張れ」
……家族愛はあるけど、やっぱり暗殺者だ。話題はいつも殺伐としている。
まあ殺しは私の人生の一部だ。
別にそこに嫌悪は感じない。
「さて、次の仕事がある。どうだ、準備は出来ているか?」
「ええ。シチューをもう二杯ほど食べたら、いつでもいけるわ」
「くくく。妹よ、素晴しい返答だ」
「ありがと。お兄様」
「まあ食べながら任務の概要だけ聞いてくれ。今回の任務はある事故を演出する事だ。出来るか?」
「望まれれば暗殺者でも演出家でも、何でもこなすわよ?」
「そう言ってくれると思っていたよ。標的はブルーマに住む富豪のウッドエルフだ。名はベインリン。従者のグロムと
共に住んでいる。がグロムは対象外だ。奴には気取られるな、そして殺すな。気付かれないように完遂せよ」
ブルーマ、かぁ。
北方の都市で、雪に支配された風土。
寒さに強いノルドならともかく、私はあまり寒さは得意ではない。
「ベインリンの家の二階には隠された扉があり、そこを開けて進むとベインリン愛用の椅子の上に飾れているミノタウ
ロスの頭の剥製を固定している留め具がある。……後は、分かるだろう?」
「あっははは」
私は手にグラスを持ちながら、無邪気に笑った。
別に殺しが楽しいわけじゃない。
今回の依頼人、おそらく身内だ。きっと財産目当て、かな。
家の間取りが詳細すぎる。それにミノタウロスの頭の剥製、と既に断定されている。身内からの情報だろう。きっと。
闇の一党の情報収集の結果?
ありえない。そこまで調べるなら、その情報収集者が一気に暗殺した方が手っ取り早い。
従者も除外される。
確かに対象外だから、怪しいといえば怪しいだろうけど……彼には得がない。遺産を相続できるわけじゃない。
暗殺の依頼人の鉄則。
誰が一番得をするか、そこから導き出せば身内が一番怪しい。
……まあ、私の問題じゃあない。
「曜日はいつでも構わん。ベインリンは午後の八時から十一時までは読書をしながら愛用の椅子でくつろいでいる。その
際に不慮の事故が起こる、というわけだ」
「はいな」
「一応言っておくが依頼人は事故死を希望している。それ以外の方法で暗殺した時、また対象外の従者グロムを殺した時
は任務失敗と見なしお前に報酬は与えられない。まあペナルティはそれだけだ。後は、好きにしたまえ」
「了解」
「さて、妹よ」
「……?」
「乾杯」
そう言って私のグラスに、自分のグラスを当てる。陶器の音が響いた。
……不思議な暗殺者達だ。変なの。
家族。
家族とはなんだろう。私はいつもそう自問自答してきた。
私の家族は既にない。
幼い時に賊に殺された。その時私も死んでたらこんな事は考えなくて済んだんだろうけど。
……その後は、悲惨。
親族は勝手に遺産を分割し、私は一文無し。たらい回しにされた挙句、叔母のレイリンに引き取られた。
その叔母は死霊術師。
私をアンデッドの具材にしようとした。その後は、転々だ。
家族の愛?
覚えていない。おそらく本当の両親は与えてくれたんだろうけど……今はもう塵となって消えてしまった。
顔も覚えていない。
声も覚えていない。
……だから。
愛も覚えていない。
アルケイン大学に拾われて、私は育ったけど……家族としては、接してもらった風には思えない。
気の良いお兄さん。ラミナス・ボラス。
気の良いお姉さん。グッド・エイ。
優しい師匠。ハンニバル・トレイブン。
皆優しかったし、親切だ。私を想ってくれている。でも、家族としては接してもらってない。
私は……。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああイライラするぅーっ!」
「ど、どうしたのフィー?」
食事を終え、アントワネッタ・マリーと雑談中に私は吼えた。突然。
……うー、最近考える過ぎる傾向にある。
愚にもつかない事だ。
別に大学での暮らしを否定はしないし不満もない。ならそれでいいじゃない。ここと比べてどーする私。
最近、ナイーブなのか?
どーも私らしくない気がする。ミイラ取りがミイラになってピラミッドに共に埋葬されてどーする。
そう、私は墓荒らし。
墓荒らしは目的のものだけ失敬して、悠々と出て行けばいい。
アダマス暗殺。
それだけだ、ここにいるのもそれ以上でもそれ以下でもない。そうよそれでいいのよそれで。
……って……。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああだからいちいち考えるな私ぃーっ!」
「な、何か泥沼ね、フィー」
「す、すんませんお姉様」
「べ、別にいいのよ別に。それでどうしたの? あたしが何でも相談に乗るからね」
「ここにいる葛藤、みたいな?」
「不満があるんですか? ここに?」
「不満はない……けど、最近自分見失ってて」
はぁ、と溜息。
まあ、いい。私は基本、ノリは軽いんだ。ここでの暮らし、別に馴染んでどこが悪い。
私は私だ。
いつも明るいフィーちゃんだ。
「そうだフィー。良い事教えてあげる」
「何?」
「直にオチーヴァの地位をあたしが頂くわ。ふふふ。ルシエンならきっとあたしの才能に気付いてくれるはずよ」
微笑みながら、野心的な事を口にする。
冗談か、と思ったけどそうではないらしい。まあ正直、この聖域のメンバーの実力を私は知らないから彼女の野心
は無謀なのか当然なのかの判断はつけ難い。私も無言で微笑した。ふと、気になる。
ルシエンの事を語る時、彼女はいつも敬慕を持っている。
「どうしてルシエンをそこまで尊敬しているのさ?」
「あの人はあたしを救ってくれた。あの人に出会うまでは、あたしは監獄の中で震えて生きていたの」
「ふーん」
「フィーはある? ……路上で暮らし、日々の糧すらもままならない、そんな惨めな暮らし」
「あるわよ」
即答。
アントワネッタ・マリーは黙った。話を合わせてるだけと思われたか、共感し合える同じ境遇の人が目の前にいる
んだと感動しているのか。別に判断は任せる。人の考え方は、私の知った事じゃあない。
……もっとも。
オブリビオンに転送された時点で、私の方が遥かに不幸だと思うけど。
……悪魔達に貪り食われそうになるのは日常茶飯事だったし。
「さて、私はそろそろ任務に行くかな」
「フィー」
「ん?」
「……ふふふ。フィーって呼べるの、凄く嬉しい。無事に帰ってきてね、フィー」
「了解。お姉様」
両手を広げ、ハグを求めるアントワネッタ・マリー。
こ、この性格は暗殺者になって頭の線が切れてんのかそれとも素なのか。焦れて、彼女は言う。
「ほら、フィー。姉妹はこうやって抱き合って唇を貪りあうのが普通だって本に書いてあったわよ?」
「すんませんお姉様きっと読む本間違ってます」
……おおぅ。
「あぅぅぅぅ。さぶぅ」
北方都市ブルーマ。
私は寒いのが得意ではないので、ここに来たのは初めてだ。
自然環境厳しいから過疎ってる、というわけでもなく立派に栄えてる。銀世界はなかなか見ごたえがある。
……寒いけど。
住人はノルドが多い。連中は極寒の地でも生きていけるように進化した種族だ。
……多分、私は滅びると思う。世界が氷河期になったら私は死のう。
寒いの、嫌いっ!
他の都市と同じように戦士ギルド&魔術師ギルドの支部がある。
ああ、そういえば魔術師ギルド……というか総本山であるアルケイン大学に顔出さなきゃ。私死んだ事になってるし。
……そういうば最近、ハンぞぅに会ってないなぁ。
投獄される前から会ってない。
昔はマンツーマンで魔術を教えてもらったけど、最近は評議会の仕事の関係ですれ違いばかりだ。
……って、おい。
だ、駄目だ。最近妙に心が弱い。過去を懐かしんでどーする私。
さて。
ガサガサ。
「ふん。軽いな、こんな仕事」
街の地図、ベインリンの家に朱印が記されている。さらに家の間取り。
依頼人からの提供だそうだ。
暗殺者達は滑稽にも家族を愛し、本当の家族達は金目当ての為に殺しを依頼する。
どこか、おかしい気がした。
……まあいい。私はただ殺るだけだ。
「さて、始めますか」
裏口から侵入。
鍵は掛かっていたけど、魔法は万能だ。魔法で開錠する。既に空には星。
私の服装は黒いローブ。……もちろん下にはセーターとか着込んでます。寒いもん。
黒い服装は、暗殺者の雰囲気作りだけでは当然ない。
ヴィンセンテがスカウトされた理由もそこにある。つまり、夜こそ暗殺日和なのだ。闇に紛れて生きる。
俺達妖怪人間なのさっ!
……というギャグが分かるのは、一体どれだけいるのだろう?
……今回私は壊れ気味。うへへ……。
さ、さて。
「……」
音を立てず声を立てず。私は居間を通り過ぎた。どこがで食事する音……ああ、あそこか。
このまま忍んで殺す、のは今回はご法度。
ベインリンの側に……いない、従者は……ああ、あそこか。死角になってて見えなかったけど従者も同じテー
ブルに着き食事をしている。な、なんでそんなに無礼講?
まあ、いい。
私は食事に気を取られている間に二階に上がり、そしてミノタウロスの頭の剥製の留め具のある小部屋を見
つけ、潜入。待機した。簡単な仕事だ。後は、頃合を見計らって留め具を外せばいい。
……。
善良な市民の暗殺。
心が痛まないかって?
……さあ、私に心があれば……ここ最近の殺す殺す殺すの連呼も、しないでしょうね。
人はいつか死ぬ。
絶対に、誰であろうとも。おそらく私の考え方はあの暗殺者達ともまた次元が違う。
楽しんではないけど、手を下す事は躊躇わない。
……ふん、きっと私が一番変なんだろう。
その証拠に……。
「がぁぁぁぁぁぁ……っ!」
ミノタウロスの頭は落ちた。潰れる音。噴出す音。怒声……な、泣き声……?
泣いている。ノルドが泣いている。
「任務終了」
しかし私は心動かされる事はなかった。
……心は無のままで……。