天使で悪魔






VSマッケンゼン






  前座にとっての不幸はただ1つ。
  それは自分が前座だと気付いていない時だ。






  「煉獄っ! 裁きの天雷っ! 絶対零度っ!」
  炎。
  雷。
  氷。
  怒涛の連続魔法で立ち塞がるレリックドーンの兵士達を私は粉砕していく。
  アルケイン大学の敷地内で戦闘は繰り広げられていた。
  ベルと天音の貢献で常に魔術師ギルドのターンで展開は進行。結界は天音の力で無効化されて消滅したし、魔術師ギルド勢はベルの采配で
  熟練の部隊と同等の戦果を収めている。
  それに対してレリックドーン側の指揮官マッケンゼンは逃げ回っている。
  士気。
  兵力。
  そのどちらもこちら側が勝っていた。
  一気に掃討したいわね。

  「秘宝の夜明けは近いぞ、あいつを止めろっ!」
  「討ち取れっ!」
  「かかれぇーっ!」

  ドワーフ製の武具に身を固めて兵士達が私の前に立ち塞がる。
  レリックドーンの兵士だ。
  純粋な鎧兵士(リビングメイル)もいれば中身が人間の兵士もいる。まあ、等しくデストロイなわけですが。
  私は舌打ち。
  「邪魔するなーっ!」
  パラケルススの魔剣を振るって敵を蹴散らす。
  鎧袖一触。
  敵じゃあない。
  さきほどマッケンゼンにも言ったけどレリックドーンの登場は私にとっては遅すぎる登場。既に私の敵になれるようなレベルではない。
  アダマス・フィリダやルシエン・ラシャンスと接していた頃の私じゃあない。
  格が違う。
  格が。
  立ち塞がる敵を蹴散らしながら私は目指す。
  宝物殿を。




  アルケイン大学。宝物殿。
  宝物殿という名称ではあるものの、どちらかというと魔法アイテムの倉庫。もちろん伝説級のもあるので宝物ではあるのだろうけど。
  門番していたレリックドーンの兵士を倒して私は中に入る。
  戦いは既に終息に向いつつある。
  何しろ入り込んでいたレリックドーンの兵力は多いけど圧倒的ではない。連中の強みであった<結界による大学内の分断>も天音の力の前に
  消滅したし屋内に閉じ込められていた魔術師ギルドのバトルマージも魔術師も解放された。
  数の上で負けてない。
  勢いすらもこちらが上なので負けるはずがない。
  特にレリックドーンの目的が<秘宝>とからしいけど、そこがレリックドーンの敗退に繋がる。
  どういう意味?
  簡単よ。
  連中はあくまで制圧を目的としているのではなく強盗を目的としている。
  そこが敗因となる。
  兵力の配置が決定的に間違っているってわけ。
  今だってそうだ。
  宝物殿周辺に兵力を集結させているの愚の骨頂。この兵力をバトルマージ鎮圧に向けない。それはつまり<秘宝>さえ手に入れればいいという意味だ。
  犠牲を出してまでの<秘宝>。
  それは何なのだろ。
  代々アークメイジの秘事らしいけど私はそれをお父さんから聞いていない。
  さて。
  「……」
  埃っぽい宝物殿に入る。
  等間隔に台座がありその上に様々な魔力アイテムが置かれている。
  アイレイドの王冠、有名な工匠の遺物、魔力剣。
  様々な物がある。
  捨て値で売っても砦が1つ買える。どれを1つ売ってもね。
  だけどここには連中の望む者はないようだ。
  何故ならここにあるモノは全て私も把握している。貴重ではあるけど<秘宝>と呼ぶにはランクが下だ。それに連中も手をつけていないようだ。
  整然と並ぶ台座。
  私はそこをまっすぐに進む。
  「秘宝、か」
  何だろうな、それは。
  純粋に気になる。
  確かこのまま進めばかなり大きい彫刻があった。
  アイレイド時代のものらしい。
  ファンタジーの王道で行けばその下に何かあるのかもしれない(超適当な設定)
  それにしても。
  「誰もいないな」
  少なくともレリックドーンの兵士は配置されていないようだ。
  私は進む。
  すると……。
  「ん?」
  仮面とマントが捨ててあった。
  変哲もない代物。
  魔力は帯びていないから宝物殿にあった物ではないさそうだ。じゃあ侵入者の物か。
  マッケンゼンはこんなもの装着していなかったしレリックドーンの兵士はドワーフ製の武具に身を包んでいる。つまりまだ別の奴がいるってわけだ。
  幹部クラス?
  そうかもしれないしレリックドーンとは関係ないのかもしれない。
  まあいいさ。
  どんな相手であろうとも敵である以上は粉砕する。
  私は今までこの方法でここまでやってきたし何の問題もなかった。
  今さら処方箋を変える必要もあるまい。
  路線変更も必要ない。
  シンプルに行こう。
  大きな彫刻が見えてきた。鎧を着たアルトマーの戦士の像だ。

  ごごごごごごごごごごごごごごっ。

  振動を立てながら彫像がスライドするのが分かる。
  なるほど。
  超適当な王道が適用されていたらしい。
  ……。
  ……魔術師ギルドも結構いい加減ですなー。
  まあいいですけど。
  私は忍び足で向かうと彫像の前には2人の人影があった。
  1人はマッケンゼン。
  1人は魔術師のローブに身を包んだ人物。
  どちらも背をこちらに向けている。
  「ハイ」
  私が声をかけると2人はこちらに振り返った。
  1人はマッケンゼン。
  1人は……。
  「ああ。君か。……やれやれ。良い思い出で終わらせたかったんだけどね。仮面を捨てるのは早かったらしい」
  「ぐへへへへへ。ファントムって遊びをまたすりゃいいじゃねぇか?」
  何だかよく分からないけど喪部が生きてる。
  ファントムって何?
  よく分からないけど仮面を被って変装してた時期があった?
  私は知らないけど。
  「あんたは死んだはずよ、何故生きている?」
  「心臓を止めるっていう芸当はなかなか疲れるんですよ。出来たら死んだままお別れしておきたかったんですけどね」
  「さっき良い思い出って言ったけど、裏切り者だって言うのは私は気付いてたから」
  「なるほど。勘が鋭いね。さすがはアークメイジですね」
  彫像があった場所を見る。
  彫像はスライドし、元々の場所には地下へと通じる階段があった。
  「アークメイジだとぉ?」
  喪部の言葉にマッケンゼンが反応する。
  なるほど。
  認識してなかったのか。
  まあこいつに名乗らなかったけど。
  「こんな小娘がアークメイジかよ? 魔術師ギルドもよっぽど人手不足なんだな。魔術師っていうのは理解不能な馬鹿ばっかりだぜっ!」
  ひとしきり大笑い。
  喪部は不快そうに顔を歪ませた。
  「
おっと、モノベ。お前は魔術師の中でも別格だぜ? こんな小娘とは格が違う」
  「油断するな、マッケンゼン。こう見えてもその女は死線を何度も越えてきた。もう一度言う油断するな。フィッツガルド・エメラルダの報告書は読んだろ?」
  「ああ。読んだよ。だが本当にこんな奴が闇の一党の聞こえし者になったのか? 怪しいもんだ」
  ふぅん。
  私のことを調べてあるのか。
  それも入念に。
  少なくとも闇の一党時代のことは普通に調べたって出てこない。
  喪部がたしなめるように言う。
  「無駄口はそれぐらいにしておけ。そいつの事は放っておいて奥へ進むぞ?」
  「それもそうだな。じゃあ早く行こうぜ。魔術師ギルドが隠しているものがどんな秘宝か楽しみだ。ぐへへへへっ!」
  戦闘を回避するつもり?
  それはそれでいいだろうけど私は止まる気はない。
  「だがよモノベ。あいつはどうする?」
  「そこの像にやらせる」
  なるほど。
  何らかの魔法を使って像を操る気か。だけどそんなもん簡単に粉砕できる。
  甘く見られたのものだ。
  喪部が何かを呟く。
  その瞬間。
  「ちょっと待て、モノベ」
  「何だ?」
  「そんな面倒なことをする必要はねぇぜ。先に行っててくれ。俺様はこの女を始末するからよ。始末してから後を追いかけるぜ」
  「どうした? そんな奴に構っている暇はないはずたぞ?」
  「だから先に行っていいって言ってるだろ? こいつが挽肉になる光景が無性に見たくなってきてな。我慢できないんだ」
  「……」
  「なあモノベ。任せてくれよ」
  「……分かった。じゃあ先にいっているぞ」
  「ああ。必ず追いつく」
  やれやれと言いたげな表情で喪部は階段を下りていった。
  残されたのは私とマッケンゼンだけ。
  「さあて、それじゃ始めようか。挽肉パーティをよぉ。げははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

  タッ。

  哄笑と同時にマッケンゼンは床を蹴って私との間合いを詰める。
  両手にはそれぞれ銀製のトンファー。
  接近戦が得意らしい。
  だけど私に言わせれば、接近戦しか出来ない奴は接近さえされなければ問題はない。むしろ向うの戦法を尊重しなければ常に私が有利に立てる。
  そして奴に合わせるつもりはない。
  「はっはぁーっ!」

  ブン。ブン。

  大振りに振って来る。
  くだらない。
  腕力はあるんだろうけど私のステップは軽やかで相手を翻弄している。当たりはしない。掠りもしない。
  大きく後ろに飛ぶ。
  一気に魔法で仕留めてやるっ!
  「馬鹿めっ!」
  それは私の台詞ではなかった。

  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  私は台座を3つ薙ぎ倒しながら転がった。
  普通なら死んでる。
  内臓破裂か、もしくは首の骨を折るなりしてね。竜皮の魔法で防御力を底上げしなかったら確実に死んでいただろう。
  奴が左手のトンファーを捨て、こちらに手のひらを向けた瞬間に私は吹っ飛ばされた。
  衝撃波だ。
  こいつ顔に似合わずなかなか器用な真似をするらしい。
  「どうしたどうしたぁ?」
  「……」
  「俺様の頭脳的駆け引きに恐れ入ったのかぁ?」
  「ええ。恐れ入った」

  タッ。

  今度は私の番だ。
  パラケルススの魔剣を構えて走る。マッケンゼンは右手のトンファーを構える。振りとしては向こうの方が早いだろう。
  事実早かった。
  だが。

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  「……っ!」
  「お生憎様。折れちゃったわね」
  一閃。
  パラケルススの魔剣は奴の体を切り裂いていた。しかしなかなか硬い。両断は出来ていない。でもまあ、これで充分だ。
  相手は戦闘不能。
  「……けはー……けはー……」
  妙な息遣いで相手は床に倒れている。
  胴は繋がってるけどこの出血だ。
  すぐに死ぬだろう。
  銀のトンファーは折れてて転がっている。竜皮の防御力の前に折れたってわけだ。

  ぐぐぐぐぐぐっ。

  全身に力を込めてマッケンゼンは立ち上がる。
  よろよろと。
  なかなか頑丈な奴だ。
  「貴様ぁっ! レリック・ドーンに逆らってただで済むと……」
  「ただで済むと思っているから彼女はボクたちの前に立ち塞がっているんだろ? そんな事も解らないから君は無能なのさ」
  喪部っ!
  奴がそう宣言した瞬間、マッケンゼンの腹に穴が開いた。