天使で悪魔






格の差






  格の差は歴然だった。
  彼らは完全に逸していた。

  登場のタイミングを。





  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  声を張り上げて私は走る。
  月明かりの下を。
  場所はアルケイン大学。塔の前に広がる広場。
  累々と倒れている翁の派閥の死骸。
  だがそれだけではない。
  新手の侵入者達の残骸も転がっている。
  残骸?
  残骸です。
  さすがに切断された鎧は<死骸>ではなく<残骸>だろう。
  金色に輝くドワーフ製の鎧。
  それが侵入者達が纏っている武装。
  ……。
  ……いや正確には魂が宿っている鎧、かな。
  リビングメイルなのだ。
  侵入者は。
  そして私はこいつらが何者かは分かっている。そうそうこの手の連中はないからあっさりと特定できる。
  レリックドーンだ。
  ウンバカノの一件でマラーダ遺跡で一戦交えた盗掘集団。
  最近も多少の因縁あったけどまさかここまで乗り込んでくるとはね。

  「迎え撃てっ!」
  「たかだか女1人だっ! 我々レリックドーンが女1人に虚仮にされてたまるかっ!」
  「かかれぇーっ!」

  魂宿る鎧たちは色めき立つ。
  まあ、そうね。
  たかだか女1人に蹴散らされてはこいつのもメンツもないだろうよ。
  もちろん連中のメンツを立てるつもりはない。
  義理もない。
  粉砕するまでだ。



  数分後。
  私は残骸の山を築いた。
  「はあ」
  額の汗を拭う。
  さすがに連戦はきつい。
  ただ成果はあったとは思うけどね。少なくとも翁はデッドアイから生えてきた黒い触手に始末されたし、その触手は球体となって消えた、翁の派閥は
  逃げたヴァルダイン以外は叩き潰した(この場にいるのが派閥の全ての場合、だけど)、レリックドーンの部隊も目に付く限りは潰した。
  ポジティブにいこう。
  ポジティブに。
  「いやぁお見事お見事」
  「ベル」
  聡明の軍師ベルファレス。
  愛称ベル。
  かつてサマーセット島になった学術機関<至門院>のメンバーで策謀家。至門院壊滅後はその智謀を売って活動してた人物でカラーニャの依頼で
  私を付け狙ってた。その策謀を力尽くで引っくり返した私に興味を持ち同行してここまで来た。
  味方?
  敵?
  さあね。
  どっちにしても害はないだろ、少なくとも現在は中立。
  ……。
  ……だと思う(笑)
  まあ、放置しててもあまり問題ないだろ。
  ベルの最大の武器は智謀。
  確かにそれは恐ろしい。
  だけどその智謀を生かす手足である人数が揃わない限りは特に怖くはない。
  実質は籠の中の鳥。
  もっともそのあたりは杞憂だと思ってる。
  そこまでベルは陰険には見えない。それも策謀の一環なのかもしれないけどさ、陽気さを装うのもね。
  「お見事お見事」
  「ありがとう」
  今この場にいるのは私とベルだけ。
  翁との戦いの後、唐突にレリックドーンが現れたので撃退した。何となくね(笑)
  だって敵対する理由が分からなかったんだから仕方ない。
  ともかく。
  ともかく武器を手にして私を襲ってきた。
  翁との戦いの直後からの連戦なので当然ラミナス達はいない。デッドアイ登場でラミナス以下ギャラリーは退避したので。
  ベルは転がっているドワーフ製の兜を手に取る。
  「レリックドーンですね」
  「知ってるの?」
  「有名な連中ですよ。かつて至門院でもその行動に注視していたものです」
  「盗掘集団として?」
  「いえ。謎の組織として」
  「はっ?」
  「レリックドーンの行動は謎そのものです。確かに盗掘家としての側面があります。しかし盗掘した秘宝は必ずしも必要とはしていないのですよ。
  国宝級の秘宝が眠る遺跡に彼らは盗掘した、しかし国宝は無視して魔力の込められた防具だけを手に入れたんです」
  「ふぅん」
  確かに変だ。
  だけどそんなことはどうでもいい。
  敵の真意なんざどうでもいい。敵が朝食に何を食べようと星座が何であろうとも知ったことではない。
  
  ガシャン。

  手にした兜をベルは残骸の山に投げる。
  金属の音が響いた。
  それにしても妙だ。
  完全に大学は沈黙を保っている。
  ラミナスがデッドアイの登場で逃げたとは思っていない。多分何らかの策を講じる為に退いたのだと思っている。
  なのに今だここに来ない。
  それは何故?
  「……」
  瞳を閉じて意識を集中する。
  集中。
  「……結界か」
  魔力の揺らぎを感じる。
  大学中から。
  感じ取れる魔力の揺らぎはアルケイン大学が持つ本来のものとは違う。誰かが何かを大学に張り巡らせたのだろう。
  「分断された、か」
  多分正しいと思う。
  結界で大学内が分断されている。
  それにしても。
  「ベル、この状況をどう思う? あなたの意見が聞きたいんだけど?」
  「例えば連中が大学内から出てきたことですか?」
  「そう」
  頭が良い人は助かる。余計な説明が要らない。
  「レリックドーンは大学内に潜んでいた、私はそう思うんだけど?」
  「同意します」
  「だけど可能かしら」
  「正攻法では無理でしょうね。翁の手下のライカンスロープは木々を利用し、その跳躍力で防壁を乗り越えました。しかしレリックドーンにそれは無理でしょう」
  「鎧だしね」
  「鎧だからです」
  「はっ?」
  「リビングメイルは動かなければただの鎧です。鎧として前もって運び込めば楽勝でしょう。……この場合は内通者が必要でしょうがね。心当たりは?」
  「……あー」
  納得。
  なるほど。
  ベルの理論は正しい。そして私は思い出す。確か喪部はドワーフ製の武具を運び込んだとか何とか言ってたな、ラミナスが。
  あんの野郎ぉーっ!
  レリックドーンの放った内通者かよっ!
  ハイロック地方のイストリアから来たからとかラミナスが言ってたけどそれも嘘で塗り固めた履歴なのだろう。先程のベルの、レリックドーンの情報から察する
  と連中は魔力の込められた物に対して関心があるらしい。だったら大学はその宝庫だ。
  ふぅん。
  喪部はその為に送り込まれたってわけだ。
  そしてラミナスの信頼を得てドワーフ製の武具を運び込んだ。なかなか大胆な作戦だと思う。
  ただ問題は翁達の存在だ。
  おそらくこれはレリックドーンの作戦にもなかったはず。
  当然だ。
  別の組織だもん。
  ありえない確率での、ありえない遭遇により喪部は殺されてしまった。その結果レリックドーンにどの程度の損害なのかは知らないけどね。
  「それでどうされますか?」
  「うーん」
  人材は2人だけ。
  私とベル。
  この状況でバトルマージが誰もこないことを考慮すると結界に分断されているかレリックドーンに阻まれているかのどちらかだろう。
  だとしたら救援の人数は当てに出来ない。
  さてさてどうする。
  「ベル、軍師としてのあなたの作戦は?」
  「おやおや丸投げですか?」
  「軍師でしょ」
  「全幅のご信頼ありがとうございます……と言いたいところですが……」
  「……?」
  「数少ないお仲間のご登場ですよ」
  「仲間?」

  「(゚▽゚)/」

  「天音」
  顔文字を操る謎の金髪少女の天音、登場。
  ……。
  ……ああ、そうか。
  無効化の力か。
  それで結界を無効化したのだろう。どの程度までの結界を無効化したのかは知らないけど。
  ともかく人数は3人。
  「軍師殿、策はあります?」
  「そうですね。まずは……」





  アルケイン大学の敷地内にある青空教室にラミナス達が捕えられていた。
  武具を奪われ、レリックドーンの兵士達に包囲されている。
  こちら側の捕虜は50名。
  それに対して包囲している側の人数は30名。
  数の上ではバトルマージの方が勝ってるのにこの状況……つまりは不意を衝かれたというわけか。
  それともう1つ。
  予想以上にレリックドーンの数が多いということだ。
  黒蟲教団との決戦で弱体化しているとはいえ、こうもあっさりと占領されるとは。
  「……」
  私は無言で近付く。
  当然レリックドーンの兵士達は私の存在を目視、誰何の声を上げた。
  だけど私は止まらない。
  そして無言。
  連中が陣取っている場所から数歩の位置で私はパラケルススの魔剣を鞘ごと捨てた。
  立ち止まって両手を上げる。
  「貴様何者だ?」
  「さあ?」
  「さあ、だと?」
  「ええ」
  兵士3人が私に剣を突きつける。
  無視。
  ラミナス達を見る、向こうも見てる、特に外傷はないようだ。おそらくラミナスは抵抗すれば部隊が危険になるのを看破して捕虜に甘んじているのだろう。
  反撃の機会を注意深く窺いながら。
  「貴様何者だ?」
  「さあ?」
  「さあ、だと?」
  「ええ」
  同じやり取りを2度繰り返す。というかわざわざ同じ反応する鎧兵士もどうかと思うけど。
  虚仮にされているのを感じたのだろう、兵士3人は後ろに一歩下がった。
  斬りかかってくる気かな?
  私は動じない。
  両手を下ろして腕組みをしただけで相手の動向を見ている。

  「どうした? 何かあったか?」

  ドスドスと足音を立てて巨漢が現れる。
  手にはトンファー。
  筋肉質のノルドの男性だ。おそらく指揮官なのだろう。兵士の1人が不快げに私を指差して報告する。

  「マッケンゼン様。この者が我らに反抗を」
  「ん〜? どれどれ……」
  私の顔を確認する。
  マッケンゼンという名前か、このノルド。
  単細胞そうな顔だな。
  「ふむ。生意気そうなだな。小娘」
  「そりゃ失礼」
  マッケンゼンが手を軽く振ると兵士の3人は私の背後に回って身構える。私は無視して一歩前に進んだ。
  奴との距離は8歩。
  始末するのは簡単だ。武器がなくとも魔法がある。
  問題はラミナス達だ。
  彼らを包囲しているレリックドーンの兵士達は30はいる。殲滅するのは可能だけどラミナス達を全員無事に救出するとなるとまた別の話になる。
  とりあえずラミナス達のことは考えないようにしよう。
  私の目的は別にある。
  さて。
  「おいおい小娘近付くなよ? げへへへへへ、緊張してしまうじゃないか」
  「そりゃ失礼」
  低俗な馬鹿だ。
  「我らレリック・ドーンに逆らうとロクな事はないぞ?」
  「どうロクでもないのかしら? そもそもあんたらは何? ……ああ、今から飴玉でも配って歩くのかしら?」
  「飴玉だと? げへへへへ、だとしたらどうする?」
  「くれるなら、あんたの触ってない飴玉にしてよね。ヘンな病気でも伝染されたら堪ったもんじゃないし」
  「ふ……ふへへへへ。面白い小娘だぜっ!」
  「楽しんでもらえて良かったわ。ただし今日はネタ切れ。また明日、出直してくるのね。お帰りはあちらよ?」
  「そうかい、それじゃ……」
  後ろを見ずに手をあげる。
  それと同時にラミナス達を包囲していた部隊は一斉に剣をラミナス達に突きつけた。
  私は叫ぶ。
  「何するつもりっ!」
  「何するつもり? 彼らは関係ないでしょ、ってか? ……関係なくはないぞ? てめぇを殺るのは簡単だが、それだと泣き叫ぶ顔が見れないしな」
  「くっ」
  「どうだ? オレ様のこの知能的駆け引きぃぃぃっ!」
  「……」
  「参ったか?」
  「分かった、分かったわよ」
  「いいだろう。ガキは素直じゃないとな」
  マッケンゼンはまだ手をあげたままだ。その手は開いている。彼はゆっくりと手のひらを閉じようとする。
  奴の下品な笑い、包囲するレリックドーンの動き、それで察する。
  ラミナス達を殺す気なのだ。
  くそっ!
  ここまでかっ!
  私の瞳に殺意が宿る。ここで粉砕するしか……。

  「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  絶叫が響き渡った。
  ここにいる者達の声ではない。しかし大学敷地内のどこかだ。
  そして喚声。
  「ど、どういうことだっ!」
  取り乱したのはマッケンゼンだった。
  私は微笑する。
  「形勢逆転ね」
  「な、何だとっ!」
  「あんたらの敗因を簡潔に教えてあげるわ。あんたの低スペックの脳味噌でも分かるようにね」
  「貴様ぁっ!」
  「私は囮なのよ」
  「囮っ!」
  「それなりの兵力を大学内に引き入れたようだけど決定的ではない、そして別口の翁達の襲撃であんたらは焦った。何しろ大学内の誰もが起きている
  状況だったわけだからね。計画をなぜかあんたらは延期出来ず今回実施した。電撃的に制圧する事も出来ないまま、ね。でしょ?」
  「だったら何だっ!」
  「兵力の差は決定的。弱体化したとはいえ魔術師ギルドの方が上。その差を覆す為に結界を張って大学内を分断化した。でもこちらには天音がいた」
  「誰だそいつは?」
  「魔力を帯びた事象すべてを無効化する謎の女の子」
  私はさらに口元を歪める。
  喚声は近くなってくる。
  レリックドーンは結界に頼りきっていた。大学内に方々に配置している兵力は決して多くない。
  反攻に転じた魔術師ギルドの兵力の方が多い。
  結界を天音の力で無効化する。
  そうすることで屋内に閉じ込められているバトルマージ&魔術師を解放する。
  数の上では勝てる。
  「結界さえ消せば閉じ込められてるこちら側の戦力が大きく上回る」
  「烏合の衆だろうがっ! 調べてあるんだぞっ!」
  「そう。熟練とは決していえない面々が多い。でも悪いわね。こちらには頭の良い軍師がいるのよ。有能な軍師さえいれば熟練の軍隊になるの。お分かり?」
  「小娘が調子に乗りやがってっ!」
  「決定的な敗因もついでに教えてあげるわ。登場が遅かったのよ、あんたら。少なくとも今の私には大した敵ではないわね」
  「く、くそっ! あいつしくじったなっ!」
  「あいつ?」
  マッケンゼンは舌打ちをしてからズカズカと包囲している兵士の一人に近付き、そのままそれを担ぎ上げて私に投げた。
  私は後ろに大きく飛ぶ。
  その間にマッケンゼンは私に背を向けて逃亡した。
  部隊を残して。
  魔法を放とうとするものの、あの位置ではラミナス達にも余波が当たる。まず当面の敵は真後ろの敵。
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  一撃で粉砕。
  地面に落としたパラケルススの魔剣を拾ってマッケンゼンの後を追う。
  ラミナス達は素人ではない。
  マッケンゼン逃亡の際に生じた敵の連携のヒビを見逃さずに反攻に転じた。武器は没収されていたもののラミナスもバトルマージも魔法に長けている。
  何しろここはシロディールにおける魔道の中心。
  魔法の使えない者はいない。
  レリックドーンの兵士達に勝ち目はなかった。
  「フィッツガルドっ!」
  ラミナスが叫ぶ。
  「何だか知らないが秘宝とやらがこの大学内にあるらしい。アークメイジのみが語り継いできたという秘宝だ。連中には決して渡すなっ! ここは任せろっ!」
  「任せるわっ!」
  そして……。