天使で悪魔






真夜中は狼 〜後編〜






  真の狼はヒツジの皮を被っていた。





  「デッドアイっ!」
  「ふぉふぉふぉ。ワシの外法で復活したそやつには死の瞳の能力はないが不死であることには変わりがないぞっ!」
  屍解仙の翁は笑う。
  奴もその甥も高みの見物をするらしく数歩後ろに下がった。
  やれやれ。
  厄介なことですなー。
  ただし良いこともある。
  ……。
  ……いやまあ正確には良いこととは言わないかな。本当に良いことはデッドアイに遭遇しないことですから。
  それだけこいつは天災。
  もっともそれはこの間までのデッドアイ。
  翁の言葉どおり死の瞳の能力はないようだ。デッドアイ登場時に何も知らずに視線を交えたであろう後方ギャラリーの魔術師やバトルマージ達は
  ピンピンしてる。全員が全員咄嗟に視線を逸らしたとは考えられない。だとすると本当に視線の能力はないのか。
  デッドアイの能力、それは死の瞳。
  視線を交差させた者の生命力を等しく奪う能力を有している。
  だが今はその能力はないらしい。
  ふぅん。
  どうやら天音に機能停止された際には一度こいつは死んだらしい。正確には機能停止?
  まあどっちでもよろしい。
  ともかく翁の力で蘇った復活版デッドアイには死の瞳の能力はない。
  つまり?
  つまりデッドアイという名称ではあるもののデッドアイではないということだ。
  死の瞳がなければ問題あるまい。
  ただギャラリーが気掛かりだ。
  「ラミナス、下がって……てぇーっ!」

  「総員退避ーっ!」
  『おーっ!』

  「……お主、人徳ないのぉ」
  「……叔父貴この女、随分と可哀想な奴だぜ?」
  うるさいやい。
  敵に同情されました(泣)
  おおぅ。
  ラミナス以下ギャラリーはバトルに巻き込まれないように緊急退避の模様。
  ま、まあ、邪魔にならないからいいんだけど。

  「お手並み拝見」

  微笑しながら居残ったのはベルファレスのみ。
  聡明の軍師を名乗る男だ。
  ……。
  ……正直こいつが画策したんじゃないかってぐらいに展開が面倒なんですけど。
  だけど今はそれを勘繰ってる場合ではないのは確かだ。
  一応ベルを雇って私を襲わせたのは虫の王マニマルコの腹心でもある四大弟子筆頭のカラーニャらしいし。まあ、ベルの弁ではね。
  信じるのであれば翁とは別口よね、ベルは。
  さすがにカラーニャは翁とは組まないだろうし。
  さて。
  「やりますか」
  「ふぉふぉふぉ。戦闘モード起動せよ」
  手のひらをデッドアイに向ける。
  翁の指示で奴は動き出す。大振りの斧を両手に持ってる。
  ふぅん。
  前回よりも劣化してるな。戦闘能力。前回はあんな普通の武器は持ってなかったし。
  やれるっ!
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  左手で雷撃を放ちながら走る。
  デッドアイには魔法は通じないものの雷撃の直撃を常に受けているのでその反動で体は後ろに反り、それだけではなくゆっくりと後退していく。
  死の瞳さえなければただの的だ。
  ……。
  ……まあ、不死の的なんだけどね。
  だけど死なないにしても魔法で体勢が崩れるのであれば組し易い。
  疾走。
  私はデッドアイと間合いを詰めた。
  奴の懐に入り込む。
  魔法をやめ腰を沈めて回転。パラケルススの魔剣を右手に持って。
  雷撃が止んだと同時にデッドアイが2振りの斧を頭上に振り上げる。私を両断……いや粉砕するつもりらしい。
  だけど遅いっ!
  「やっ!」
  パラケルススの魔剣を一閃。回転のエネルギーを利用しての一撃。

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  ドスーンっ!

  デッドアイは後ろに引っくり返った。
  さすがに死んではないだろう。この程度で死ぬのであれば伝説にはならないだろ、デッドアイ。
  一時的に動かないだけだ。
  もちろんそれでいい。
  私は倒れているデッドアイを飛び越えて翁に迫る。
  走りながら。
  もちろんまだ障害はある。
  ヴァルダインだ。
  「女ぁっ! 叔父貴に挑みたきゃ俺を倒すんだなっ!」
  魔食いの剣は厄介だ。
  ただし戦い方は無数にある。
  正面切って戦うのだけが戦いではない。
  「煉獄っ!」
  「くだらねぇっ!」
  火球を放つ。
  ヴァルダインに向けて。
  「弾けて散れっ!」
  「……っ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  ヴァルダインの目の前で爆発。
  同じ手がまた通じた。
  それにしてもハーマンのこの技術は使えるわね。
  「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ヴァルダイン、爆風で後ろに吹っ飛ぶ。
  盛大にね。
  死んだ?
  さあ?
  どっちらしてもこれで奴は行動不能だ。
  デッドアイ同様に一時的にだけど。
  例え相手が複数いても瞬間的には一対一になる。的確に相手を捌いて行けば相手が多くてもさほど問題ではない。
  もちろん私だから言える言葉だけどね。
  ヴァルダインは吹っ飛んだ、翁との間を阻むものは何もない。しかし翁は悠然と私を見ていた。
  口元には笑みが浮かぶ。
  笑み?
  笑みだ。
  その笑みは……くそ、そうかっ!

  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  私が横に飛ぶと同時に、先程まで立っていた場所に巨大な斧が1つ飛んできて地面に突き刺さった。
  デッドアイだっ!
  素早く後ろを見ると奴はいない。
  上かっ!
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  斧を構えて落下してくるデッドアイに雷撃。わずかに落下の速度を落とし、私はその場を離れる。
  ドスンと音を立てて奴は地面に降り立った。
  私は背後に回ってる。
  「はあっ!」

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  背に一撃を加えるものの弾かれる。
  くそ。
  堅いな。

  バッ。

  後ろに私は飛ぶ。
  ゆっくりとデッドアイはこちらを向く。私は構えながら後ろに下がる。
  翁がポーカーフェイス出来なくて良かった。
  奴の表情が変化しなかったら危なかったかもしれない。つーかベル、本気で傍観してるだけか。せめて警告ぐらいはして欲しいなー(泣)
  デッドアイ、手にしている斧を振りかぶる。
  投げる気か。
  「煉獄っ!」
  奴の頭上に煉獄を放つ。
  「弾けて散れっ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  二番煎じだけど仕方ない。
  頭上から来る爆風でデッドアイは地に屈した。這い蹲る。
  ヴァルダインは今だ復活せず。
  デッドアイは地に屈した。
  ……。
  ……ああ。補足。デッドアイは地面に体がめり込んでくる。しばらく動けまい。
  翁と私を阻むものは今度こそない。
  必死になって地面から抜け出そうとしているデッドアイを挟む形で私と翁と向き合った。奴にパラケルススの魔剣を切っ先を向ける。
  「翁。私とやりあう覚悟は?」
  「気の強い生意気な娘じゃな」
  「当然。繊細な淑女が剣を持って勇ましくしてると思う?」
  「なるほどのぅ」
  「翁」
  「なんじゃ?」
  「お前の思惑なんざ私には関係ない。私と敵対した以上」
  「敵対した以上?」
  「お前殺すよ」

  ぶわっ!

  「……っ!」
  「……っ!」
  私の表情には驚愕が宿る。
  私同様に翁の顔にも。
  突然デッドアイの背が爆ぜた。
  そこから漆黒の触手が無数に伸びる。触手は一瞬ゆらゆらと揺れていたものの、狙うべき対象を定めたのか凄い速度で対象に迫る。
  私に?
  そうじゃない。
  翁に対してだった。
  屍解仙の翁としてもこの状況は想定外だったらしい。触手に絡めとられ、肉体のあちこちは触手に突破られる。
  うわぁ。
  おぞましい光景。
  「叔父貴っ!」
  ヴァルダイン復活。
  奴も並みの耐久力ではない。しかしそれはあくまで人としてだ。デッドアイほどの耐久力はない。迂闊に奴も近付けないでいた。
  何なんだ、デッドアイの背から生える触手は?
  デッドアイそのものは動いていない。
  そう。
  私の印象としては背から映えている触手の方が本体のようにも見える。
  翁もまた動きを止めていた。

  さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。

  翁の体は完全に水分を奪われたかのようになっていた。
  ミイラ?
  確かにミイラ。しかし数秒後には完全に砂状となって宙に舞った。
  「ち、ちくしょうっ!」

  バッ。

  ヴァルダインはそのまま後ろも見ずにこの場を離れた。
  追う気はない。
  私の眼前には黒い触手が存在しているからだ。
  「……」
  やがて無数の触手はそれぞれが繋がり合い、重なり合い、1つの球体となった。
  来るかっ!

  フッ。

  「……消えた……?」
  目の前には何もない。
  ヴァルダインは去り、翁は砂と化し、ライカンスロープ達は全滅。漆黒の球体も消えた。
  何だったんだ?
  数分間私はその場に立っていたものの何も起きない。
  この幕切れは何?
  この幕切れは……。


  この幕切れは後のフラグとなる。















  「ゲストは去ったか」
  「はい。少々予定が異なりましたが……侵入に成功しましたね」
  「ああ。シュミット卿の命令を遂行するぜ。ぐははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  「……あの、閣下」
  「ぐはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  「マッケンゼン閣下、ここはアルケイン大学の敷地内です。あまりお声を立てられては……」
  「分かってるわいっ! ここを制圧する。行くぞっ!」
  「了解しました」


  狼達は夜の闇を駆け巡る。