天使で悪魔
真夜中は狼 〜中編〜
Lycanthrope（ライカンスロープ）。
狼を意味するLycos（リュコス）と人間を意味するAnthropos（アンスロポス）の合成語が由来とされている。
つまり狼人間。
「襲撃？」
「はい。アークメイジ」
そう言いながらラミナスはベッドのシーツを剥いで死んでいる喪部の体を覆った。
結局彼はここまで案内を強要されたのだろう。
そして私に警告したが為にラルヴァ達に殺された。
「……」
私は黙祷。
喪部とは今日までまるで面識がなかった……まあ、そりゃ大学に私がいなかったから当然なんだけど……それでも命を賭して私に警告したが為の結末。
敵討ち？
そうね。
そういう心情で戦う必要があるのかもしれない。
「ラミナス、行くわよ。付いてきて」
「どちらに？」
「塔の外に出る」
「つまり直接立ち向かうと？」
「悪い？」
屍解仙・翁の一派が現在絶賛襲撃中。
先程駆け込んできたときのラミナスは取り乱してはいたものの、その取り乱し方から察するにまだ塔の中には進入されていないのだろう。
少なくともバトルマージ達が敵勢を押し留めている。
つまり？
つまり外に出て私崖連中を蹴散らせばいい。
窓から飛び出して野外に逃げたラルヴァのようなライカンスロープがどれだけいるかは知らないけどバトルマージ達では少々分が悪いだろう。
それにもしも翁まで来ていたら対抗できるのは私しかいない。
……。
……ああ、一部訂正。
大学には私クラスの魔術師も何人かいる。
ただし私のように魔術も剣術も万能に振るえる人材はいない。どちらかといえば大学の人材は魔術に特化し過ぎている。
それに連中の狙いは私だ。
狙われているものを隠すのも手だけどあえて敵にそれを見せ付けるのも１つの手だ。
私が囮になればいい。
そう。
要は撒き餌ね。
ラミナスは私の思惑を察して苦笑した。
「相変わらずですな」
「相変わらずよ」
「向かう前に状況説明をします」
「向かいながら聞くわ。……あんた達は悪いけど喪部の遺体を安置所に運んで」
ラミナスが従えて来たバトルマージに命じると2人は頷いた。
私はラミナスとともに部屋を出る。
「それでどんな状況？」
歩きながら聞く。
武装はパラケルススの魔剣、服装は……まあ、寝巻きだけど仕方ないか。
鎧を着に戻る？
まあ、いいだろ。
屋外での戦闘なら一気に魔法で一掃出来る。
先程のように魔法の使用を遠慮する必要もない。あくまで私の持ち味は強力無比な広範囲魔法。
魔術がメインの私にとって剣術や体術はオマケでありサブ。
「ラミナス」
「塔の入り口付近まで攻め込まれました」
「数は？」
「約50」
「……意外に多いわね。どこから入ったの？」
大学は周囲を高い城壁で覆われている。
魔力が施されているけど、それはあくまで防御力を底上げしているだけであり侵入者を阻むものではない。
つまり。
つまり入ろうと思えば城壁をよじ登って侵入できるわけだけど……。
「防壁の外側に木々が群生しているのを？」
「知ってるわ」
「木の頂上まで登って……」
「高さ足りないでしょ」
「ジャンプしたんでしょうね」
「ジャンプ」
苦笑。
短絡的だと思ったけど分かるような気がした。ライカンスロープ化できるのがラルヴァだけとは限らない。そういう奴らの跳躍力を想定したら可能なの
かもしれない。いずれにしても敵は敷地内に侵入している。
それは事実だ。
「戦況」
「戦況は芳しくないですがここはアルケイン大学。魔道には事欠きません。バトルマージ隊が食い止めている間に魔術師達による結界により
敵勢を封じ込めている状況ですが……」
「歯切れが悪いね」
「妙な剣を持った奴が結界を崩しています。数分後には塔に到達するでしょう」
「妙な剣。ああ、あいつか」
翁の甥っ子だかが魔力を食う魔剣を持ってたな。
その影響か。
結界といえども形成しているものは魔力だから、あの魔剣の前では結界も崩されるのは理解出来る。
「布陣」
「バトルマージが前衛に立って敵を包囲。魔術師が後方支援の為に待機しています」
「奇策でも妙案でもありませんが妥当ではありますね」
「ベル」
壁に背を預けたベルファレスが廊下で待っていた。
私は構わずラミナスと通り過ぎる。
「ちょっ！」
「忙しいのよ」
「つれないですねー」
慌てて付いてくる。
「何か用？」
「戦の香りを嗅ぎつけたのでね。高みの見物というやつです。私がプロデュースした戦いではないので見学します」
「悪趣味ね」
「まあ、至門院の生き残りですから。それで？」
「それで？」
「あなたはどう動きますか、常勝の戦姫」
私は立ち止まる。
ラミナスもベルも止まった。ベルの顔を見ながら問う。
「どうとは？」
「わざわざ外に出ようというんですから参戦するんでしょう？」
「まあね」
「私の推測では敵は退きませんね。アルケイン大学に攻め込める機会なんてそう何度もない、敵も馬鹿ではない限りそこに気付いているはずです。そして
攻めているのは外法使いの翁の派閥。翁は部下を使い捨てにしますから、全滅するか目的を達成するまで手下はここに居残るでしょうね」
「情報早いのね。……あんたが手引きしたんじゃないでしょうね？」
「まさか。私が仕立てた戦いならもっとスマートにやりますよ。それであなたはどう動くんですか？」
「目的は私みたいだからね。私が外に出る、敵が掛かって来る、私が全滅させる、以上よ」
「零点ですね至門院の昇格テストでは」
「そう？」
「しかし奇策ですね。ストレートだからこそ逆に読み辛いし、実に面白い」
楽しそうに彼は笑う。
本当に楽しそうだ。
実際に命のやり取りをする私としては、実際に狙われている私としてはあまり楽しい状況ではないけど。
まあ仕方ないさ。
敵に命に狙われるのはえぶりday。
それにそれが主人公たるものの宿命、さらに言うのであればお仕事なのですよ。
「ラミナス、全員に手を出さないように指示を」
「本当に1人で相手をするおつもりで？」
「1対多数は私、慣れてるから」
「ば、馬鹿っ！」
「……？」
「この間の複数プレイの事をここで言うなんてお前どうかしてるぞっ！ ……まったく、スキモノだな……」
「殺すわよっ！」
複数プレイって何？
複数プレイって何なのーっ！
おおぅ。
「アークメイジ。お気をつけて」
「……」
「アークメイジ」
「……はいはい。分かったわよ」
まあいい。
ともかく敵は＜屍解仙＞の手下。ライカンスロープが主力としているのであればバトルマージの手には余る。
私なら？
私なら、まあ、適当にあしらうことが可能だ。
威力の高い広範囲魔法があるからね。
そこにバトルマージの援護が加われば心強いけど、バトルマージもその攻撃に巻き込んでしまう。それは当然ながら駄目な方の展開だ。
だから。
だから私1人の方が動き易い。
それに敵も戸惑い、集中力と注意力が散漫するだろう。
何故なら普通だったら標的が1人で突っ込んでくるなんてありえないわけだからね。ここは私はテリトリーであり敵さんは無断でそのテリトリーに入り込んできた。
地の利も人数も私に利がある。
なのに私はそれを利用せずに突っ込んできた、当然敵はそれを罠ではないかと疑う。
疑う以上、いつものようには動けまい。
ある意味でそれが私の狙い。
さて。
「始めるか」
塔の外に出る。
バトルマージと魔術師達の視線を背に受けながら私は敵勢に近付く。
敵の数は30。
ラミナスの報告よりも数が減っている。
すぐにその意味が分かった。
無数の亡骸が横たわっている。ただし敵も味方も、だ。
私がここに来るまでに結界が突破されて一戦あったらしい。
……。
……人の部下をよくも……。
「アークメイジ。お気をつけて」
「ええ」
バトルマージの言葉に頷きながら私は一定の距離まで近付いて止まる。その距離10メートル。
敵も立ち止まっている。
戦闘に立つのはインペリアルのむさい戦士。
ヴァルダインとかいう名前だっけ？
翁の甥っ子だ。
この襲撃部隊の指揮官だろう。その傍らには右腕をなくした男が立っていた。
ラルヴァだ。
現在は人間の姿をしている。その他大勢の手下どももだ。
「それで？ 私の部下に何してくれたわけ？」
「なかなか通してくれないのでな。ちょいと命を頂いたってわけさ」
「そう」
すらりと私は背負ったパラケルススの魔剣を鞘から抜く。
恰好がパジャマなのは、まあ、仕方ない。
パラケルススの魔剣の長さはクレイモアと同等で持ち運ぶには背負うしかない。腰にぶら下げるには長いし。ただし長さに比べて重量は皆無。
羽毛のような軽さ。
伝説の錬金術師パラケルススが鍛え上げたからか材質が未知の物質＜黒水晶＞だからかは知らないけど、その軽さ、そして持ち手の魔力に比例して
威力を増すという特性。魔術師であると同時に剣術も得意とする私が持つべくしても生まれたような剣だ。
魔力を元にして威力が上下する、それすなわち魔力剣と意味合いは同じ。
まあ、持ち手がいないと、つまり魔力がある者が握っていないと威力は皆無だから厳密には魔力剣とは系統が別だけどね。
ともかく。
ともかく私が持っている限り強力な魔力を帯びている。ライカンスロープといえどもこの魔剣の前では意味がない。
連中は銀の武器、魔力が弱点。
私の敵じゃあない。
ヴァルダインは鼻で笑った。
「まあ待てよ」
「どうせ戦うんでしょ？ 私はあんたら始末してとっとと勉強に戻りたいのよ」
「ああ。それに対しては同感だ。俺としてはあんたをぶち殺したいんだがな。叔父貴に止められてんのさ。生け捕りにしろってな」
「生死関係ない。とりあえず戦えばいい。でしょ？」
「あんたも好戦的だな。俺と気が合いそうだぜ。だが駄目だ。まだそうするわけには……」
「裁きの天雷っ！」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ！
話など聞くものか。
ヴァルダインは戦闘前に長話をするタイプではない。少なくともその趣味はなさそうだ。
ならば何故な話をしようとする？
簡単だ。
おそらく時間稼ぎ。
新たな増援を待っている節がある。
それなら意味が分かる。
私を生け捕りにするには頭数が足りない。
……。
……まあ、殺すにしても頭数は足りないでしょうけどね。
ヴァルダインは魔力を吸収する＜魔食いの剣＞を地面に突き立てた。奴に魔法は効果的ではないので直撃は狙ってない、敵の雑魚を一掃するべく放った。
直撃を受けた手下は炭化。
そこを中心に余波が生じ私に飛び掛ろうとしていた連中を一掃する。実際吹っ飛んだのは半分だけど敵の大半は変身する間もなく屠られた。
ラルヴァは大きく跳躍して回避。
厄介な剣を持つヴァルダインは余波を剣で吸収して無事。
まあいいさ。
これで仕留められるとは思ってない。
「煉獄っ！」
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ！
雷撃を回避して突っ込んできた手下3名は炎の洗礼で果てる。
視界が爆炎と爆煙で遮られる。
私はその時既に疾走して遮蔽しているモノを突破、相手陣営に肉薄する。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！」
羽毛の如き軽さが機敏な剣捌きに繋がる。
5人を切り倒しながら走り過ぎてヴァルダインに到達……する直前っ！
「小娘っ！」
「ラルヴァっ！」
人狼化したラルヴァが私に挑みかかって来る。
手下は狼人間化する間もなく全滅したけどこいつだけはライカンスロープの面目を保った。……まあ、変身する事でメンツが保たれてるのか知らないけど。
「しゃあっ！」
タッ。
私は軽やかなステップで後退、後退、後退。
狼男化したラルヴァは武器を持っていない。長く鋭い爪を武器に私に挑みかかって来る。
確かに俊敏だ。
変身することで速度は格段に上昇している。
だけど。
「私はもっと速い」
「なっ！」
相手の腹に蹴りを入れる。
パラケルススの魔剣がいくら軽くても長い、この間合いでは振るうには適さない。狼男は苦痛に顔をゆがめた。
やっぱりだ。
銀と魔力しか効かないにしても苦痛はある。
そして苦痛は集中が乱れる。
私は奴の脇を抜ける。抜ける際に柄で奴の頭を強打。ラルヴァは頭を抱えて蹲った。
ふぅん。
ライカンスロープ、見掛け倒しね。
「はっははーっ！ 面白いぜ、叔父貴の言うことなんざ関係ねぇっ！ 殺してやるぜっ！」
「それが出来るならね」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
ヴァルダインの刃と交差。
刃を数合交える。
剣の腕は互角……いやまあ、力は向うが上かな。私は速度で勝ってる。相手はパワーファイターらしい。
問題は奴の持つ剣だ。
魔食いの剣ね。
なるほど。
確かにその名の通りだ。
刃を交える度にパラケルススの魔剣を通して私の魔力が奴の魔剣に吸い取られていく。
厄介だ。
バッ。
私は跳び下がる。
「煉獄っ！」
「効くかよそんなもん」
炎の球は奴が構えた魔食いの剣に吸収され爆発する事もない。
だがそれでいい。
魔剣で魔法を吸収するべく奴は構える→一瞬動きが止まる→私は無事に下がれる、それだけでいい。あとは奴の油断を誘う為だ。
「くそっ！」
背後ではラルヴァが復活していた。
バトルマージ達は私の指示通り動かない。固唾を呑んで見守るだけ。
それでいい。
私はラルヴァには目をくれずにヴァルダインに手のひらを向ける。
炎が宿った。
「煉獄」
「まだ分からんのか。そんなもの……」
「弾けて散れ」
「……っ！」
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ！
奴の魔剣が吸収する前に煉獄は爆発、ヴァルダインの姿は炎の中に見えなくなる。
私はそのまま振り返ってパラケルススの魔剣を一閃。
「がはぁっ！」
ラルヴァ、両断。
これで敵は炎の中のヴァルダインだけだ。
死んだ？
「小賢しいっ！」
「生きてた」
ヴァルダイン、焦げているものの生きている。
なかなかしぶといですな。
さっきの爆発のさせた方はハーマンがしたことだ。私だってそれなりには天才だと自負しています。なのであれぐらいなら見ればやり方は分かる。
「ヴァルダイン、まだやる？」
「それについてはワシに聞いてもらおうかのぉ」
「叔父貴っ！」
ちっ。
翁が登場しやがった。
手下は率いていないけどこいつ1人の方が厄介だ。
屍解仙とは東方（どこかは不明だけど）の死霊術師みたいなものだと文献にはあった。
さてさて。
どこまで私の魔術が通じるのか楽しみだ。
「翁、あくまで私を狙うわけ？」
「その通りじゃ」
「銀色ともう1人はどこ？」
「銀色殿は単細胞の武人気取り故に名のある者に挑んでは殺して回っているはずじゃよ。ついでに虐殺を撒き散らしながらの」
「それ武人じゃないし」
「そうじゃなぁ。まあワシには関係ないことじゃ。……さて綴殿に関しては＜鷹の目＞を探し回っているそうじゃよ。その者の目が欲しいらしい」
「鷹の目」
アリスか。
綴はアリス狙いであって私は眼中にないわけだ。
まあ、あの子なら大丈夫だろ。
唯一私が認めた戦士だし綴程度に負けることはあるまい。
「それで翁、私にどう勝つつもり？」
「こう勝つつもりじゃ」
ヴォンっ！
奴が手を振ると空間が歪む。その歪みから巨体が這い出してきた。
甲冑姿の、大型のミイラ。
深紅に光る瞳。
「デッドアイっ！」
「ザギヴの手下の玩具を再利用させてもらったぞ。さあて。始めるとしようかのぅっ！」
「……くそ」
デッドアイ、再戦っ！