天使で悪魔
真夜中は狼 〜前編〜
外法。
それは人を変質させし法。
「子豚ちゃん子豚ちゃん狼が来たよ」
「……」
口髭を生やしたインペリアルの男を私は見据えながら無言。
真夜中の来訪者は3名。
全員がインペリアル。
口髭の30代の男と20代らしき男が2人。武装は皮鎧にロングソード。
おそらく剣の材質は鋼鉄製。
敵は3名。
たかだか、3名。
わざわざアルケイン大学の私の私室に突撃してくるには少数。
無謀としか言いようがない。
だが、思う。
こいつらどこから侵入した?
アルケイン大学にわざわざ侵入しようとする馬鹿がいるとは思えないけど現にここにいる。しかし問題はその侵入経路だ。
どこだ?
どこから入れる?
かつて盗賊ギルドが何度も侵入を試みたものの何度も撃退してきた実績がある。こいつらはそれ以上の腕前ということなの?
そうは見えない。
だけど現実にここにいる。
内通者?
……。
……それは、ないかな。
少なくとも虫の王マニマルコ率いる黒蟲教団との戦いで在籍者の身元照会は更新された。あの戦いでは多数の隠れ死霊術師が内部に潜んでいた。
そもそも先代アークメイジのハンニバル・トレイブンの腹心カラーニャは虫の王が送り込んだ刺客という笑えない状況。
最終決戦の際に一掃されたけど後を継いだ私は身元の徹底をラミナスに命じた。仲間面されて後ろから攻撃されるのが一番面倒だからね。
だから。
だから内通者ということはあるまいよ。
まあ、私が不在中に入ってきた者の中で怪しい者がいるのかもしれない。
例えば刺されて倒れている喪部。
ハイロック地方にあるイストリアの魔術師ギルドからの留学生らしい。
私は侵入者達を見据えたまましゃがみ彼の首筋に手を当てた。
脈がない。
死んでる。
内通者ならここで殺されるか?
ないだろ、その展開は。
リアリティを増すためにわざわざ殺すとは思えない。現実問題侵入者は目の前にいる、手引きした喪部を殺す意味などない。
私は立ち上がり静かに問う。
「何者かしら?」
「フィッツガルド・エメラルダに相違ないな?」
「ふっ」
「何がおかしい?」
「アルケインにまで入り込んできてから聞くべき事かしら?」
「確かに」
私が狙いか。
だとしたら誰だ?
敵に回してきた組織は多い。現在進行形でも過去形でもね。
闇の一党?
今さら連中が関係してくるとは思えない。
ああ、いや。
「あんたらの目的は、まあいいわ。処方箋は1つでいいわよね?」
「ほう。つまり?」
「お前ら殺すよ」
瞬間、私は手を右に振った。
本棚の本が私と侵入者の間を通り過ぎる。この程度の念動なら私にもできる。室内の中だから派手な魔法は使えない。本は目くらまし。
壁に立て掛けているパラケルススの魔剣まで二メートル、喪部の背に刺さっているショートソードまではわずか一歩。
躊躇わず喪部の剣を引き抜いた。
血が吹き出す。
その時、インペリアルの2人が動き回る本の間を通り抜けた。
口髭は動かない。
悠然と腕を組んでいる。高みの見物か。
まあいいさ。
とりあえずはインペリアル2人。
それぞれロングソードを抜き放っている。
私が手にしているのは鉄製のショートソード。パラケルススの魔剣ならこの場で相手を斬って捨てるけど材質や切れ味は段違いに低い。
純粋な力となると私は弱い。
骨を断つのも無理。
「やっ」
短い気合とともに私は剣を投げる。
があっ、という声と同時に1人が喉元を貫かれて倒れた。
……。
……はい?
弱いぞこいつ(汗)
剣を弾き返すなり何かすると思ってた。ま、まあ、いいですけど。
投げたと同時に私は走る。
もう1人に向かって。
相手は上段に構える、しかしモーションが遅い。
遅すぎる。
不自然なほどに。
こいつらの侵入理由を聞いてはなかったけどもしかしたら私を殺すなという命令でもあるのかもしれない。当然行動も殺意も鈍る。
だけど私に何か問題がある?
問題などありはしない。
殺すだけ。
相手が振り下ろすよりも早く私は相手の懐に入る。
護身用のナイフを手にして。
闇の一党ダークブラザーフッド、ブラックウッド団、黒蟲教団にレリックドーン、深遠の暁、黒の派閥。壊滅させた組織にしろ現行の組織にしろ敵が多い私。
護身用のナイフは淑女のたしなみですわ。
寸分違わず相手の心臓を貫く。
これで2人目撃破。
倒れる敵。
私は死体には視線も向けずに最後の男を見る。
「それで? 子豚に狩られるのはあなたで最後かしら?」
「ラルヴァ、と呼んでもらおうか」
「呼ぶ? 墓標に刻むの間違いじゃなくて? それに名前なんて関係ないわ。無縁墓地に放り込んでやるから安心なさい」
「それは無理だろ」
「……」
私は無言のまま、頭を動かさないまま視線で左右を見た。
人が立っている。
2人。
たった今屠ったはずのインペリアルだ。
……。
……どういうこと?
使った武器は魔力が帯びていない普通の刃物。
剣術には自信があるけど純粋な腕力は私にはない。だから決定打に欠けていたのは理解しているけど……それでも、刃物は刃物だ。
仕留めれていたはずだ。
喉元。
心臓。
それぞれ人体の急所を突いた。
なのに何故立てる?
ラルヴァは含み笑いをした。腹立つ顔だ。
「フィッツガルド・エメラルダ、あんたを生かしたまま連れて来いと命令されている。来てもらおうか」
「断ると言ったら?」
「言うのはタダさ。だが無駄な抵抗だよ。俺達を殺すのは容易くない」
「みたいね」
少なくとも2人は普通に生き返った。
特異体質?
そうかもしれない。
トロルの再生能力でもあそこまでデタラメじゃない。
「ラルヴァ、前言撤回する」
「ほう?」
「無縁墓地に放り込む前に少し話をしましょう。……それで? あんたらは誰の手の者なわけ? 誰の命令?」
「翁さ」
「翁」
あの爺か。
外法使いの爺だ。
銀色の腰巾着かと思いきや実は銀色を軽視しているらしい。というかそもそも仲間意識など皆無の模様。利用し合っている間柄みたい。
翁は独自の組織を従えているらしくこの間仕掛けてきた。
なるほど。
この襲撃は翁の指示か。
どうやら私にご執心の様だ、あの爺。
えっと、何だっけ?
……。
……ああ、確か<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>だっけ?
翁はそれを私が持っていると思っているらしい。
それは虫の王の遺産。
実のところ翁だけではなくシロディールに集結中の外法使い(白骨のザギヴの一党は壊滅したので残りの外法使いはわずかだけど)もまた
同じものを目当てらしい。どうも虫の王を倒した私が隠匿していると思っているらしい。
面倒だなぁ。
さて。
「翁の使い走りが私を拉致しにきたってわけ? ご苦労様」
「……」
ラルヴァは嫌な顔をした。
ふぅん。
顔色から察するに主従関係は存在しないらしい。
まあ、気持ちは分かる。
前回遭遇した際には鳥仮面の弟子達を使い捨てにした。外法の材料にした。まともな主従関係なんて存在しないだろうよ。だとしたら繋がりは何だ?
「生かしたまま連れて来いと言われている。拘束しろ」
『はっ!』
手下2人が私の背後で動き、私の手を2人が掴む。
「私に触れるな」
ごぅっ!
突然2人が炎上する。
炎のゼロ距離魔法<炎帝>。触れた対象を炭化するまで焼き尽くす。直接触れないと効果が発揮されないので<煉獄>に比べるとリスクは高い。
敵にまず触れないと意味がないからね。
それに対個人用の魔法で範囲は限定される。しかしその威力は煉獄を遥かに越える。
不用意に触れた2人はその報いを受けたってわけ。
ちらりと燃える敵を見る。
炎上→炭化。
剣では死ななくても魔法では死ぬらしい。
……。
……さすがに灰からは復活しないでしょうね?(汗)
そこまでデタラメだと困ります。
視線をラルヴァに戻す。
「はっ?」
「しゃあっ!」
視界に入った<それ>は奇妙な気合の声を発して私に飛び掛ってくる。
両手には鋭い爪。
私は後退……はしなかった。後退は奴の間合の範囲内。むしろここは前に詰めるべきだ。私は床を蹴って<それ>に突進する。私は<それ>の胸元に
飛び込む形になる。私の思惑通り攻撃の<それ>の間合を殺すことに成功した。
うっぷ。
毛むくじゃらの胸元にむせる。
毛むくじゃら?
ええ。
毛むくじゃらです。
何故なら狼男が私に襲い掛かって来ているのだから。
私はそいつの胸元で甘えているわけです。
「炎帝っ!」
「しゃあっ!」
がっ!
狼男は私の腹部を蹴り飛ばして炎の抱擁から逃れる。
ちっ。
仕切り直しか。
狼男は軽快なステップで後ろに下がる。私はその間にパラケルススの魔剣の柄を握って鞘から抜き放つ。
狼男は口を開く。
「生かして連れて来いと言われた。しかし腕の一本ぐらい食い千切っても問題はあるまいよ」
「それ妄想よね?」
「さてな」
「にしてもラルヴァ、あんたライカンスロープだったのね」
私は正直驚いてる。
ライカンスロープを見るのは初めてだったし。
なるほどね。
鋼鉄製の剣が効かないわけだ。
定説ではライカンスロープは銀製の武器もしくは魔力を介した代物(魔法&魔力武器)でしか傷付かないし滅しない。
まあ、銀製の武器なくても倒せるけど。
「牙を抜かれた翁の飼い犬ってわけね」
「誰があんな奴のっ!」
「ん?」
「奴の呪いで俺達はこんな姿にされているんだっ! ……だがお前さえ捕えれば呪いは解かれる、そう約束されている」
「そんな約束信じるの? やっぱり飼い慣らされた飼い犬ね」
「ほざくなっ!」
猛進してくる。
随分我を忘れてるなぁ。計画通り。
私は腰を沈め、パラケルススの魔剣を一閃。
斬ったっ!
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタっ。
えっ!
ラルヴァは私の横を通り過ぎて走り過ぎる。私の一撃を回避したわけではない、奴の右腕を落としている。
そのまま奴は窓ガラスを破って外に飛び出した。
……。
……ここを何階だと思ってるわけ?
ふむ。
室内での戦いよりも室外での戦いを選んだわけか。
我を忘れて飛び掛ってきたというよりは外に出れるタイミングを狙ってたのか。腕一本を犠牲にしてね。
なかなか頭が回るじゃない。
それに勇気もある。
だけど運はあるかしら?
「アークメイジっ!」
「ラミナス」
ようやくラミナス登場。バトルマージを2人連れている。
「曲者よ」
「曲者という次元ではありません」
「ん?」
「現在アルケイン大学は襲撃を受けています。<屍解仙の翁>一派を名乗っています。バトルマージが対応していますが敵の数が多すぎます。一時退避をっ!」
「はい?」
アルケイン大学、襲撃される。