天使で悪魔






覇道への誘い





  将器がある者は目指す。
  覇道を。

  それは覇者への道。






  「あなた至門院の残党ね?」
  私は今回の包囲網を形成した銀髪の美形青年に疑惑をぶつけた。
  特に気にはしないけど至門院は帝国の統治下において最大の犯罪者として位置付けられている。生き残りは全て駆逐されたと聞いている。
  おそらくこの男はその残党。
  隠すか?
  それとも……。
  「よくお分かりですね。確かに私は至門院の生き残りです」
  隠さなかったか。
  それどころか微笑を浮かべて答えている。
  「残党という表現は望ましくないですね、生き残りと表現してください」
  「意味は同じでしょ」
  「ニュアンスの問題です」
  「ふぅん」
  「それで貴女はどこまで至門院をご存知ですか?」
  「サマーセット島にあった学術機関。わずかな手間賃で知識を分け与える組織。帝国の治世が行き届かない辺境に知識を与えることで住民を
  貧困から救う事を目的とし、派遣された者達は自らを知識の伝道者と自認していた」
  「正解です。100ポイント追加です」
  「何それ」
  「あっはははははははは」
  銀髪の美形は楽しそうに笑った。
  邪気はない。
  そもそもこの男は剣すら帯びていない。
  魔法の遣い手?
  そうかもしれないけど、遣い手というほどの印象は受けない。どんなに隠しても魔道の遣い手が発する魔力は鋭く、洗練された感じがするものだがこの
  男から発せられる魔力からはそのような感じはない。少なくとも私に匹敵する魔道は扱えないだろう。
  おそらくこの男の武器は武術でも魔術でもない。
  最大の武器は頭脳。
  そう思う。
  それにこの男が至門院の生き残りならその容姿の美しさにも納得がいく。
  こいつフェザリアンだ。
  もちろん翼はない。翼があればすぐにフェザリアンだと断定できた。
  何故翼がないかの理由。
  簡単だ。
  フェザリアンは何代か前の皇帝の殲滅政策によって根絶やしにされた。
  殲滅の理由は至ってシンプル。
  翼がある→空が飛べる→空が飛べる相手では帝国の城壁が意味がなくなる→温厚な種族だけど根絶やしにしてしまおう、そういった短絡的な思考で殲滅された。
  何とか生き残ったフェザリアンはサマーセット島に学術機関<至門院>を設立。
  その際に彼ら彼女らは翼を自ら切り落した。
  当然切り落された翼は二度と元に戻らない。要は種の保存の為に翼を代々生まれたと同時に捨ててきた。
  ……。
  ……余談だけど至門院の設立にはサマーセット島のアルトマー達も関わっていた節がある。
  そうでなければ100年以上も至門院の本当の姿を隠蔽しきれなかっただろう。
  まあ、あくまで余談。
  ともかく至門院を設立したフェザリアン達は辺境に知識を分け与えると同時に何もしてくれない帝国への不満を植え付け、反乱させ、各地で帝国を翻弄してきた。
  だけど現在は既に存在しない。
  何故?
  公式記録が完全に抹消されているので私もよく知らないけど帝都で反乱を企てたらしい。
  結果、至門院は潰され根絶やしにされた。
  こいつはその生き残りってわけだ。
  「私と敵対する気はないの?」
  「依頼終わってしまいましたからね」
  「はっ?」
  「依頼主は人員、物資を集める為の資金を私に渡します。私はその資金をフルに使ってプロデュースする。それだけです。失敗した以上、それで終わり」
  「……それ依頼としていいわけ?」
  「要は私は資金を運用するだけです。依頼主は自信がないから私に任せた、それだけです。私に任せる=自分よりも私の能力を高く買って資金運用を
  任せた。それだけです。能力を買われた私が失敗したという事は、能力の面で私に頼るしかなかった依頼主では完全に失敗だったわけでしょう?」
  「まあ、そうね」
  「失敗したからといって非難される筋合いはありませんよ。私自身はビタ一文貰ってないわけですしね」
  「つまり?」
  「つまり完全失敗した時点で依頼は終了。私と貴女は友達になれる機会を得たというわけです」
  「……」
  何だこいつ、食えない性格だ。
  微笑のまま私を見ている。
  私はこの男に対する警戒を解かないまま至門院の生き残りに問い質す。
  「質問があるわ」
  「何なりと」
  「名前は?」
  「ベルファレスです。通称<聡明の軍師>。……まあ、呼び難いのでしたらフルネームではなくベルとお呼びください」
  「ベル」
  「気安いな控えろ下郎っ!」
  「なっ!」
  「冗談です」
  「……」
  食えないな。うん。
  「さて貴女のお名前は知ってますよ。フィッツガルド・エメラルダさん、ですよね?」
  「ええ」
  「魔術師ギルドのアークメイジ、戦士ギルドのマスター、高潔なる血の一団の名誉会員、元老院議員、帝都闘技場のグランドチャンピオンであり
  通称<レディラック>、未確認ですが闇の一党ダークブラザーフッドの最高幹部<聞こえし者>、そして常勝の戦姫と呼ばれておりますよね」
  「随分と調べたのね」
  「仕事ですから。襲撃する相手の情報は最大限入手します。これ常識ですから」
  「なるほど」
  「貴女を始末する為に最高の顔ぶれを集めたつもりです。なのに結果は失敗」
  「それは失礼」
  扇動者も召喚師も金で集められただけか。
  ……。
  ……こりゃ侮れんなー。
  報酬目当ての寄せ集めをあそこまで組織した、その手腕は恐ろしい。
  聡明の軍師ね。
  なるほど。
  確かにその通称は正しい。
  軍師だ。
  それも厄介なまでに有能な軍師。
  「私の策は完璧のはずでした。なのにこの結果。……実に貴女は面白い逸材です。稀有と言ってもいい。私と組みませんか?」
  「はっ?」
  「貴女には覇道がよく似合う。人を惹きつけるカリスマもある。私と組めば帝国に反旗を翻せるだけの勢力が築けますよ?」
  「ふっ」
  思わず失笑する。
  私を担ぎ上げるつもりか?
  多少とはいえ心が動くけどわざわざ反帝国を掲げる気はない。
  「黒の派閥に加盟したらどう?」
  「それではつまらない」
  「つまらない」
  「1から一緒に築き上げるから面白いんですよ。……ああ。別に帝国に対しての憎しみはないですよ? イベンターとしての楽しみですね、これは」
  「悪趣味」
  「あはははははは。でしょうね。でも時に人はそれを望む。反政府運動はそれなりに需要はあるのですよ」
  「……」
  さてさてどうしたもんかな。
  悪党ではない。
  まあ、善人ではないけど。
  要は自分の才能を世の中に誇示したいだけの人物だ。それも権勢への欲からではなく、おそらく才能を発揮するのが好きなだけの人物。
  敵に回すのは厄介だけど味方にするのも厄介。
  「2、3聞きたい事があるんだけど」
  「どうぞ」
  「依頼人は誰?」
  「名前しか知りませんよ。フードを深く被っていたので容姿は知りません」
  「答えるつもりは?」
  「カラーニャです」
  答えるのはやっ!
  本当にこいつ任務失敗で1つの依頼は終了したと位置付けてるんだろうな。
  「カラーニャ、ね」
  「知り合いですか?」
  「まあね」
  黒蟲教団の死霊術師の名前だ。
  アルケイン大学に派遣されていた虫の王の腹心中の腹心で四大弟子の筆頭。ついでにいうと虫の王マニマルコの魔力で知識と魔力を得た蜘蛛。
  どうやら生きていたらしい。
  それとも騙り?
  そうかもしれない。
  「ベル、そいつに何か特徴はある?」
  「そうですねー……ああ、発音にクセがありました。あの発音はダンマーとノルドに共通する独特のクセですね。ただ付けていた香水の香りは最近
  モロウウィンドのダンマー女性の間で流行っているものです。あの香りはダンマー男性を惹きつけるものです。おそらくダンマーですね」
  「……」
  凄い洞察力と知識ね、こいつ。
  反乱とかはどうでもいいけどアルケインに1人欲しいな、こういうタイプの知識者。
  それにしてもダンマーね。
  騙り?
  そうは思わない。
  カラーニャは元々蜘蛛。
  アルトマーの肉体の中に入り込んで動かしていただけに過ぎない。別に肉体は何でもいいわけだからダンマーでもいいんだろ、多分。
  「そいつが依頼主なのね?」
  「ええ。大量の金貨を私にばら撒いて今回の依頼を持ってきました。それで? まだ聞きたい事は?」
  「あるわ」
  「どうぞ」
  「私を殺したらどこで報酬を得るつもりだったの?」
  「向うから接触してくる予定でした」
  「はっ?」
  場所を知らずに任務を受けたの?
  「勘違いしないで欲しいのは私にとって任務とは趣味みたいなものなのですよ。才能を発揮できたらそれでいいんです。報酬は二の次ですね」
  「なるほど」
  だとするとカラーニャの居場所は不明というわけか。
  だけどこれって連携は出来てないような気がする。
  誰との連携?
  黄泉だ。
  虫の王の手下の生き残りの黄泉とは別行動していると見るべきか。
  うーん。
  逆に連携してない方が面倒な気がする。
  まあ、各個撃破するけど。
  ……。
  ……ん?
  視線を感じる。痛いほどの視線。
  誰かいる。
  誰か。
  「最後にもう1つだけ質問」
  「何ですか?」
  「まだ伏兵はいる?」
  「いませんよ」
  「なるほど」
  森の中を見る。
  ゆっくりと。
  ゆっくりと森の中から杖を付いてくる老人がいる。百姓の老人にも見えるけど見えるけど私はこいつを知っている。
  翁だ。
  銀色の仲間の外法使い。
  ただし銀色の気配はない。あいつがいるかいないかぐらいは私でも分かる。
  もっとも……。
  「たくさんのお仲間を連れて私に御用かしら? 翁?」
  視界に入っているのは翁だけ。
  だけど森の中には姿を隠した連中が複数いる。10……いや、20かな。
  「ご用件は?」
  「まあ、用はあるのぅ」
  「銀色の指示?」
  「あの者は関係ない。ワシの個人的な目的じゃよ。お前さんが持つ<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>にのぅ」
  「私はそんな物持ってない……」
  「それと」
  「それと?」
  「それと、あの虫の王マニマルコを倒したお主の能力に興味があるのじゃよ。色々と実験してみたいものじゃ。たかだかブレトンにあの恐るべき男が敗北
  した理由を調べたいのじゃ。お主は事の重大さに気付いておらぬようじゃが、虫の王は銀色、白骨、死神など足元に寄せ付けぬ存在だったのじゃよ」
  「ふぅん」
  興味ない。
  私は油断なく相手の動きを見据える。
  森の中にもだ。
  基本雑魚みたいだけど中に1人だけ結構強そうな気配がある。ベルが口を挟んだ。
  正確には忠告かな?
  私に対する、ね。
  「気を付けてくださいね。翁は自分の弟子を組織化していますから。……ああ、あと外法使いに仲間意識はありません。シルヴァ、綴、翁はつるんではい
  ますが仲間意識はありません。互いに利用し合っているだけです。もっとも戦闘には関係ない情報ですけどね」
  「いえ。参考になったわ。ありがと」
  「お役に立てれば幸いです」
  ベル、情報通の模様。
  反乱云々は興味ないけど仲間にしたいなぁ。
  さて。
  「翁」
  「何ですかな?」
  「私に敵対したら不幸になるわよ? 実績があるもの。祟るわよ、私」
  「面白いですな」

  コン。

  翁は杖を地面を叩く。
  途端、森の中から無数の影が疾走してくる。私に向って鳥の仮面を被った皮鎧の集団が向ってくる。
  目で素早く数を数える。
  15人だ。
  手にはそれぞれ銀製のショートソードを持ってる。
  妖しく輝く刀身。
  魔力の揺らめきではない、何らかの液体が塗られている。おそらく毒だ。
  「裁きの天雷っ!」

  パチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  一撃で敵を全て消し飛ばす。
  「はっ?」
  弱い。
  弱すぎるだろっ!
  「……翁、これあんたの弟子なわけよね? こんな雑魚育ててんの?」
  何の意味があるんだろ。
  翁は笑う。
  「外法の根幹は負の感情。人は死に直面した時、もっとも深き絶望を魂に刻む。そしてそれは最凶にして最高の糧となる。つまり」
  「つまり?」
  「怨、恨、憎、殺、滅、絶、死」
  「……っ!」

  ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  漆黒の半透明の物体が私を包み込んで縛る。
  動けないっ!
  「お前が殺した我が弟子の憎しみで構築した緊縛魂(きんばくこん)の呪法の味はいかがかな?」
  「緊縛魂の呪法?」
  外法の1つか。
  私が扱うのは一般的な魔法。外法の類とは系統が異なるのでまったく分からないけど、私を縛る物体の正体は察しが付く。
  弟子の魂か。
  この術を使う為に弟子を飼っているらしい。
  外道めっ!
  「ふぉふぉふぉ。魂魄は最大の武器。憎悪は最大の凶器。お主の魔力がどれだけ強かろうが敵うまい。……ただお主は虫の王の<虫の奴隷>に耐えた
  という実績があるのでな。どのような抵抗をするのか楽しみじゃよ」
  「叔父貴。俺の出番はないのかよ?」
  粗野な印象を受ける鋼鉄の鎧を纏ったインペリアルが森から出てくる。クレイモアを背負っていた。
  こいつだ。
  こいつが結構強そうな気配の持ち主だろう。
  というか……。
  「ベル、助けてくれないわけ?」
  「私は軍師ですから。智謀は得意ですけど戦闘は不得意です。そもそも戦闘に自信があれば自分の手で貴女倒してますよ。あははははははははははっ」
  「……」
  薄情な奴だ。
  その時……。

  「動くなベルファレス」

  呟く翁。
  瞬間、ベルの顔から微笑が消えた。動きが止まった。
  何をした?
  「ふぉふぉふぉ。動きを封じさせてもらったよ。名前とはその者を縛る言葉。名前があるからこそその者は存在する。……ああ、名前など魂を
  見れば分かるのじゃよ。言っておくがワシの操れる外法の数は随一と自負させてもらっておる。さて虫の王を倒した女よ」
  「何?」
  「虫の王をどうやって倒したか教えてもらおうかのぅ。……ああ、口にする必要はない。そなたの脳に直接聞くから言葉など不要じゃよ」
  「くっ!」
  漆黒の半透明の物体が私の体を這い上がってくる。
  これはさっき私が始末した翁の手下の魂の集合体。どうやら翁にとっての弟子は外法の材料でしかないらしい。
  ……。
  ……んー、だとすると弟子には自我がない?
  そうかもしれない。
  既に外法で人格を消されている操り人形なのかもしれない。そうじゃなければ生贄同然の扱いを受ける弟子なんてしないだろうよ。
  「どおれ。お主の脳に寄生させてみようかのぅ」
  「くっ!」
  まずい。
  まるで抵抗出来ないっ!
  歯がない口を開けて翁は満足そうに笑った。そしてそのまま頭を後ろに大きく反った。
  いやこれはっ!

  「叔父貴っ!」

  甥っ子らしきインペリアルのむさい戦士は叫ぶ。
  そう。
  翁は自分の意思で首を後ろに反らせたわけではない。突然飛んできた矢によって射られたのだ。私は視線を素早く矢の飛んできた方に移す。
  そこに人がいた。
  森林警備隊の衣服を身に纏った兵士。
  ガンツだ。
  良いところに現れてくれたものだ。
  偶然とはいえナイスタイミングっ!
  束縛が消える。
  調子に乗ってくれた御礼をしてやるっ!
  「裁きの天雷っ!」
  「しゃらくせぇぜ女ぁっ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  放たれる雷撃。
  インペリアルの戦士はクレイモアを引き抜いて翁の前に、いや雷撃の進行方向に立ち塞がる。そして刃で雷撃を薙ぎ払った。
  普通はそのまま感電する。
  そうはならなかった。
  雷撃は霧散する。
  何っ!
  「叔父貴が鍛え上げた魔食いの剣に魔法なんざ効かねぇんだよっ!」
  「ちっ」
  妙な武器を持ってるなぁ。
  おそらく魔力の類をあの剣が吸収するのだろうけど、だとしたら厄介。パラケルススの魔剣は私の魔力に反映して威力を増す。
  つまり私と繋がってる。
  あの剣と斬り合えば自然と魔力が奪われていくだろう。
  厄介。
  さらに厄介なのは……。
  「今回はそこの狩人に免じて終わりにしようかのぅ」
  翁、自分で矢を引き抜いてニヤリと笑う。
  この程度では死なないか。
  矢で頭貫かれても生きてても今さら驚かないです。
  基本外法使いは非常識ですので。
  「叔父貴。殺っちまおうぜっ! この女ムカつくんだよっ!」
  「まあ待てヴァルダイン」
  「だがよぉっ!」
  「もう少々味付けをした方が楽しめるであろうよ。……退くぞ」
  「ちっ。分かったぜっ!」

  フッ。

  2人とも消えた。
  空間を渡ったらしい。
  ……。
  ……というか最近空間転移が一般化してきている気がするんですけど?
  うーん。
  この勢いで私も使えたらいいんだけどね。
  楽だし。
  要は召喚魔法の延長上の技術。
  遠くの相手を召喚するのではなくその要領で自分を別の場所に飛ばす。まあ、要領や理屈は分かってるんだけどなかなか難しいんだよなぁ。
  下手すると岩の中に転移しちゃった、という事例もあるし。いや私じゃないけど。
  「はあ」
  溜息。
  また厄介な奴に目を付けられたなぁ。翁は銀色に従っているようで従ってない。完全に独立して動いている。
  あーあ。
  敵ばっかだ。
  「たまたま鹿を追ってたら通りかかったが……大丈夫か?」
  「ええ。助かったわ、ガンツ」
  「そうか」
  以前無貌の女を倒す際に共闘したガンツ。
  こんな形で再会するとは思ってなかったけど助かった。
  「あんたは?」
  「助かりましたよ。いやぁ私は頭を使うのは得意なんですけど体術も魔術も苦手でして」
  ベル、どうやら謀略以外は無力な模様。
  振り?
  それはないだろ。
  翁の仲間でしたという展開でない限り、あの状況で無力を装う必要はない。だって私が殺されれば自分も死ぬわけだし。翁の仲間という展開もなさそうだ。
  一応私にも人を見る目はあるつもり。
  ベルの振る舞いや性格を考慮すると翁の仲間ということはあるまい。
  「ガンツ、お礼に食事でも奢るわ」
  「いや」
  「用事でも?」
  「今日のノルマで鹿をあと三頭仕留める必要があるんだ。悪いが俺は行くぜ」
  「そ、そう」
  森林警備隊のノルマの趣旨って何なんだ?(汗)
  えっ、鹿を間引くのが仕事?
  うーん。
  まったく意味が分からない。
  「このノルマが終わったら久し振りに家族とバカンスだ。娘可愛いんだ娘っ! 見るか、娘の肖像画見るか見たいよなっ!」
  「い、いえ別に」
  娘ラブなガンツさんでした。
  ま、まあ、私の知り合った男性の中ではまともな部類なんですけどね。
  「じゃあな」
  ガンツは去っていった。
  私は彼を見送る。
  本当に今回は彼のお陰で助かった。
  危ないところでした。
  「ところで」
  「ん?」
  何故か居残るベルが私に声を掛けてくる。
  「何?」
  「私は自分の能力を持て余しているんです。暇してるんです。……どうですか? 常勝の戦姫と聡明の軍師が組めば国崩しも可能ですよ?」
  「覇道には興味ないわ」
  「これは勿体無い。……だけどね、だからこそ相応しいんですよ。権勢に対しての欲がないからこそ相応しいんです」
  「どうしたいわけ?」
  「しばらく一緒に行動させてください。私の知識はそれなりに使えると思いますよ。使えませんけど、外法に対しての知識もありますしね」
  「情報を買えってことよね?」
  「ええ。私という情報源をお買い上げくださいな」
  「いいわ」
  手を出す。
  彼はその手を握る。
  握手=契約成立。
  「さてベル、一度ブラヴィルに戻るわ。天音……あー、天音という名の迷子の女の子がいるのよ。その子を迎えにいくわ」
  「その後は?」
  「一度アルケイン大学に向かうわ」