天使で悪魔






聡明の軍師






  戦場において恐ろしいのは千軍万馬の熟練の戦士?
  そうではない。

  真に恐ろしいのは帷幕に座して策を練る軍師。





  場所はブラヴィル近郊の岸辺。
  近くに都市が見える。
  すぐ私の目の前には森林。
  その森林の中から這い出してくるのは大量のスキャンプ。
  先程まで何の気配もしなかったから、おそらく召喚師が森の中に潜んでいるのだろう。
  土煙を上げて騎馬軍団もこちらに向かってくる。
  ……。
  ……どうやらこの場が総力戦の場所らしい。
  つまり?
  つまり最初から私がここに来るのは想定済みだったのだろう。
  街中での配置はその布石。
  全て想定通りってわけだ。
  ふぅん。
  誰だか知らないけど巧妙な布石を構築したものだ。
  頭脳戦に関しては私の負け。
  それは認める。
  もっともどのような配置だろうが布石だろうが関係ない。
  これがチェスなら私は詰みだろう。
  だけどここには碁盤もなければルールもない。最終的に能力が高ければ展開を引っくり返すことができる。
  そして私はそれを得意としてる。
  悲観する必要?
  絶望する必要?
  どちらもそんな感情は必要ではない。
  騎馬軍団はまだ射程に入っていない、お互いに。まずは森の中から姿を現したスキャンプ軍団が当面の敵だ。少なくとも1分ぐらいはね。
  1分後には騎馬軍団が双方の射程に入る。
  スキャンプ軍団の数は50ぐらい。
  気配を研ぎ澄ませて魔力の流れを感じ取ると森の中で召喚術を行使しているのは1人だけだ。召喚系の生物はこの世界に固定しないと2分前後で元の
  世界に送還される。この場にいるスキャンプは固定化されていない。つまり術者が魔力でこの世界に繋ぎ止めているのだ。
  1人でね。
  誰だか知らないけどかなりの術者だと思う。
  召喚しているのはスキャンプだけどこれだけの数を召喚&維持&操作するとなると並大抵の術者ではない。
  少なくとも私には同じ真似は出来ない。
  まあ、召喚は私の専門スキルじゃないから比べられても困るけど。
  さて。
  「来なさい」
  私は手でスキャンプ達を誘う。
  挑発されたからか……いやまあ挑発は関係ないとは思うけど、スキャンプ達は手に炎の球を宿して一斉に私に投げた。
  視界が炎で一杯になる。

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  私に直撃して爆発。
  ふん。
  こんなもの効くか。
  スキャンプ程度の魔力では私の魔法耐性を貫通することなんて出来はしない。
  普段なら鼻で笑って終わり。
  だけど今回はさすがにそれだけでは済みそうもない。
  誰だか知らないけどここまで策謀を練ってきた奴は相当頭の切れる奴だ。私の魔法耐性の高さを知らないとは考えられない。ここまで私を誘き寄せる
  だけの計画を練ってきた相手なのだから私の性格だけではなく能力まで熟知していると見た方がいい。
  つまりスキャンプの攻撃が効かないことぐらい分かっているはずだ。
  何を企んでいる?
  何を……。

  「突撃ぃーっ!」
  『おうっ!』

  逞しい軍馬に跨った衛兵達20名が私に向って突撃してくる。
  たぶん街中で攻撃してきた連中だ。
  正規兵なのか偽装兵なのかは知らないけどそこは問題ではない。
  街中とは異なりここでなら人目はつかない。
  敵なら始末するまで。
  「はあっ!」
  散発的に炎の球を投げてくるスキャンプを無視、私はパラケルススの魔剣を抜き放って疾走してくる軍馬の群れに飛び込んで刃を振るう。
  間を通り抜けた時、軍馬から転がり落ちる5名の兵士。
  2人は私の刃の前に屠られ、3人は手綱が斬られて落馬した。通り過ぎた一団は身を後ろに捻って弓矢を放ってくる。
  無数の矢が飛来する。
  くだらない。
  
  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン。

  魔力障壁を展開。
  矢を弾く。
  騎馬部隊はそのまま疾走、遠ざかって行く。方向転換して舞い戻ってくるのは時間の問題だ。
  邪魔なのはスキャンプ軍団。
  効きもしない炎の球とはいえウザイ。正確には視界が遮られる。
  もっともスキャンプの攻撃は手当たり次第で落馬した兵士3名を焼き殺してしまう。斬った2人はそもそも死んでます。軍馬は逃げ去ったのは
  動物愛護の心を持つ慈愛の塊ともいうべき私としては嬉しい限りです。反論は許しません、ええ許しませんとも。
  ともかく。
  ともかくオブリの下級悪魔は邪魔。
  私はスキャンプに手を向ける。
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  スキャンプを粉砕。
  直撃&余波でスキャンプの大半は消し飛ぶ。しかし静かになったのも束の間でしかなかった。森の中から新たなスキャンプが現れる。
  補充完了ってこと?
  これで元の数に戻る。
  「ふぅん」
  なかなかの召喚技術ね。
  たかだかスキャンプとはいえこれだけの数を召喚、維持はまず出来ない。さらにすぐさま補充とはね。
  一度に支配できる数は50体ぐらいみたいだけど並大抵の召喚師の出来る能力じゃあない。
  アルケイン大学にもこれだけの力を持つ召喚師はいない。
  ……。
  ……惜しいな。ここで殺すのは。
  だけどこの状況下で魔術師ギルドに引き抜くのはまず無理。
  殺すしかないか。
  まあ、どのみち敵だ。
  敵対する以上は排除するしかない。
  それだけだ。
  とりあえず……。
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  再び粉砕。
  だが数秒後には補充のスキャンプ。
  なるほど。
  連続でここまで召喚できるんだから森の中の召喚師の能力は本物だ。
  騎馬軍団が戻ってくる。
  遠目でも矢を構えているのが分かる。
  どうやらヒット&ウェイ戦法で私に挑んでくるつもりのようだ。
  「はっ!」

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  飛び交ってくる矢を魔力障壁で弾く。
  正直な話、今の私の実力なら一個師団でも潰せるような気がする(笑)。
  帝都軍巡察隊所属の時分に比べると格段に能力は上昇してる。
  扱えるスキルも増えた。
  軍馬に跨った完全武装の兵士?
  可愛い相手だと思います。
  私はパラケルススの魔剣を水平に構えて迎え撃つ姿勢を保つ。向ってくる軍馬に挑む形で直立不動に立つ。騎馬軍団、私を轢き殺す気全開。
  一直線に突撃してくる。
  始末する?
  始末はします。ただし本気で始末するつもりなら魔法で1発で吹っ飛ばせる。
  だけどそれはしない。
  私は動物愛護の精神持ってますから。
  馬は殺さない。
  だってら退場願うまでだ。
  「デイドロスっ!」
  私の目の前にワニ型の悪魔を召喚する。

  ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!

  デイドロス、天を仰いで咆哮。
  その咆哮に馬は驚いて馬脚を乱す。もはや乗っている兵士などお構いなしに暴れてそのまま四方八方に散っていった。
  兵士?
  全員落馬した。
  私は倒れている兵士達の間を駆けに駆ける。振るうパラケルススの魔剣の前に屠られ、または私を狙いスキャンプの炎弾に焼かれて絶命。
  数秒で完全武装の屈強の兵士は全滅した。
  次はスキャンプだ。
  「裁きの……っ!」
  天雷。
  そう言いたかったが私はその単語を紡げなかった。
  口から出たらの魔法の名前ではなく血の塊。
  ごふっと吐き出す。
  きっと私は後ろを見た。
  「油断大敵ですぜ」
  「……っ!」
  アルゴニアンの顔があった。
  私は睨み返すもののどうにも分が悪い。背中に冷たい異物が入ってる。冷静に腹部を見るけど貫通はしてない。刃物は見えていない。
  たぶんナイフの類だ。
  だけど私の鎧は魔力で強化してある、それを貫いて私の体に達しているのだから何らかの魔力が込められたナイフだろう。
  思いっきり私は頭を後ろに振った。

  ガン。

  私の後頭部をアルゴニアンの頭部にぶつける。
  さすがにくらっとするものの相手も当然ふらついた。武器を私の背に残したまま後退する。振り向き様に私はパラケルススの魔剣を一閃。
  奴の首を刎ね飛ばす。
  こいつどこから来た?
  一瞬考え込んだもののすぐに分かった。
  水の中からアルゴニアン数名が這い上がってきて、喚声を上げてこちらに向かってきた。やはりこいつらもナイフを手にしている。
  淡く光っているところを見るとあのナイフ、やはり魔力装備だ。
  私は背中のナイフを引き抜いて投げた。

  「がっ!」

  とりあえず1人のアルゴニアンを始末完了。
  パラケルススの魔剣を地面に刺し、左手を傷口に当てて回復魔法、右手はこちらに向かってくるアルゴニアンの集団に向ける。
  炎が宿る。
  「煉獄っ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  トカゲどもは炎に包まれる。
  悲鳴と絶叫の中でアルゴニアンは全滅。
  「つっ!」
  傷は結構深い。
  回復系は苦手なんだよなぁ。
  それでも次第に痛みは遠ざかり、傷口は塞がり、私に活力が戻ってくる。
  これで敵はスキャンプ軍団だけになった。
  ……。
  ……くそ。
  この包囲網を形成した奴はアルゴニアンを水中に待機させていたのだろう。どんだけ先を読んでたんだ?
  スキャンプ軍団は私の集中を殺ぐ為、騎馬軍団は本命の刺客だと思わせる為、そして本当の大駒は水中待機のアルゴニアン部隊であり私の慢心を
  逆手にとって始末させる腹だったのだろう。
  全て予定通りというわけか。
  問題は私が力で展開を捻じ伏せたということだ。
  兵士が使っていた弓矢を拾う。
  スキャンプは幾ら倒しても無駄なのは既に理解している。
  倒すなら召喚師だ。
  森の中に照準を定める。
  「……」
  引き絞ったままの体勢で魔力の流れを読む。
  視界に頼っては駄目。
  召喚師の魔力の波動を読むべきだ。
  「……」
  魔力の波動を読む。
  魔力の波動を読む。
  魔力の波動を読む。
  ……。
  ……いたっ!
  私はその瞬間に矢を放つ。一直線に矢は飛んで行った。
  その効果は数秒で出る。
  森の中に矢が消えた数秒後に突然スキャンプが消えた。この世界に固定されていたわけではないので召喚師の死で元の世界に送り返される。
  スキャンプの消失、それは召喚師の死。
  私の矢で絶命したのだ。
  「ふぅ」
  弓を捨てた。
  その時、馬を驚かす為だけに召喚したデイドロスは時間切れで元の世界に送還された。
  「終わり……ではなさそうね」

  ぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる。

  獣のような唸り声が無数に響いてくる。
  やれやれ。
  次のお相手が来たようだ。
  誰だか知らないけど本当に頭が切れる。おそらくこれも当初の計画の範疇なのだろう、全体を見て計画を立てたに違いない。
  ブラヴィルの状況を把握した上でね。
  「深緑旅団の残党か」
  トロルだ。
  無数のトロルが森の中から姿を現した。
  私を値踏みするように眺めながら現れる。しかし気遅れしたような感じはしない。私を貪ろうと興奮していた。
  ふぅん。
  計画発案者は最初から配置した刺客が全滅するのを考慮していたのかもしれない。
  血だ。
  血の匂いにトロルは誘われてやって来たのだ。
  その血の匂いの中心に立つのは私。
  「ふぅ」
  溜息。
  パラケルススの魔剣を構えると同時にトロルは飛び掛ってきた。
  一閃っ!
  一撃でトロルの一匹を斬って捨て、さらに無謀にも飛び掛ってきた三体も同様の末路を与える。パラケルススの魔剣は羽毛のように軽い。
  俊敏な動きで私はトロルを翻弄して牽制する。
  さすがのトロルも私の振り撒く殺戮に警戒を覚えたのか距離を保ったまま唸っている。
  魔術師の前で動きを止めるのは愚の骨頂。
  馬鹿めっ!
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  広範囲に及ぶ雷の洗礼を受けてトロルは一掃された。
  私の前にこの程度の数のトロルは敵ではない。
  「勝った」

  バッ。

  勝利宣言をした次の瞬間、私は左に転がってその場を離れた。
  無数の刃がさっきまでいた場所を通り過ぎる。
  パラケルススの魔剣の柄を握りながら私は立ち上がって刃が飛んできた方向を見る。
  男がいた。
  顔見知りだ。
  「対決するのは二度目よね、扇動者」
  「そうだな」
  かつて黒蟲教団のファルカーに雇われて魔術師ギルドに対しての不満を帝都にて煽っていた人物だ。
  本名不明。
  扇動者という通称で呼ばれているフリーのエージェントだ。
  あの後当局に引き渡したけど出て来たらしい。
  現在こいつは街中で引き連れていた民衆は従えていない。まあ、あの民衆は私をこの場所まで追いやる為の勢子の役目でしかないわけで戦力ではない。
  ……。
  ……まあ、民衆いていても叩きのめすけど。
  危険思想?
  そうじゃないと思う。
  身を守る為の最低限の処置だ。誰だってそうするだろうさ。
  まあいい。
  ともかく現在のところ敵は扇動者だけ。
  「それでどうするわけ?」
  「どうするとは?」
  「あんたの笛は感情を増幅させるだけ。怒りなら怒りを、悲しみなら悲しみを、対象が抱く最も強い感情を増幅させるだけ。扇動向けだけど戦闘向きではない」
  「忘れたか、我が魔道の力をっ!」
  印を切る扇動者。
  ああ。
  確かこいつは召喚魔法も使ったわね。それもかなり高等なのを。
  この印の切り方、デイドロスか。
  ならば。
  「デイドロスっ!」
  「デイドロスっ!」
  同時に叫ぶ。
  私も扇動者も同時にこの場にデイドロスを召喚した。
  ワニ型の悪魔が出現。
  扇動者は自分の召喚したデイドロスの肩を撫でて何かを囁く。
  そして……。
  「食らい尽くせあの女をっ!」
  「ゴーっ!」
  お互いに猛進するデイドロス。
  基本的に召喚される存在は同等の能力を保持している。誰が召喚してもデイドロスの能力に差はない。
  長引く戦いになりそうだ。

  ギャヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  「なっ!」
  私のデイドロスが奴のデイドロスの一撃で屠られた。
  首が折られてる。
  たった一撃で。
  私に考える間も与えずにこちらに向かって突撃してくる敵のデイドロス。普通の速度ではない。速いっ!
  ……。
  ……そうか。
  何らかの付与魔法でデイドロスの能力を飛躍的に引き上げたのか、一時的に。
  肩を撫でたり囁いたりはその一環らしい。
  なるほど。
  なかなか上手い手だ。
  扇動者は叫ぶ。
  「あの時とは状況が異なるんだよ、強くなったんだ。そう、強くなったのさっ!」
  「奇遇ね。同じく私も強くなったのよ」
  パラケルススの魔剣を一閃。
  向ってくるデイドロスをあっさりと一刀両断した。相手は驚愕の顔にと変じるものの、それが言葉になる前に私は相手に肉薄。
  刃を振るって脇を通り過ぎる。
  「右腕なければ笛も満足に吹けない。転職するしかないわね」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  奴の腕が地に落ちる。
  殺しはしない。
  能力さえ奪えばさほどの脅威ではない。
  甘い?
  そうかもしれない。
  だけどたまには慈悲深くしなきゃキャラクター投票あった際に一位になれないし(笑)

  パチパチパチ。

  場違いな拍手が響き渡る。
  音の出所を見る。
  男がいた。
  今度は知らない男だ。
  白い毛皮のコートを纏った長い銀髪の男。種族が分からない。インペリアルにしては顔立ちが柔らかい。エルフでもなさそうだしブレトンでもなさそうだ。
  あえて推測するとしたらミスティックエルフかな。
  ただし耳は尖っていない。
  私の視線が完全に新手に移行されるとその隙に扇動者は逃げていった。
  まあいいさ。
  敗北者に用はない。
  「あんた何者?」
  「聡明の軍師、と呼ばれています」
  「聡明な軍師?」
  「いえいえ。聡明の軍師、そういう通り名です。……職業は……まあ、ある意味でイベンターですね」
  「つまり今回の策謀の主ってわけね?」
  「そうなりますね。ただし私の依頼で動いているだけ。久し振りの依頼でしたが自信はあった。私の思惑通りに進んだ。まあ、まさか……」
  そこで彼は笑う。
  愉快そうに。
  「蜘蛛の巣にかかった貴女がそれを力で捻じ伏せるとは予想外でした」
  「何が目的なの?」
  「目的などありませんよ。人数、物資を集める支度金を依頼人が受け取り策謀を組み立てる。それだけです。貴女に怨みはありませんが依頼人に
  対しての義理もありません。まだ報酬は金貨1枚も受けていませんからね。状況次第では貴女への協力も惜しみませんよ」
  「私に?」
  「知識の伝道者としては貴女のような予想外の存在は稀有ですから」
  「知識の……」
  その言葉で私は1つの答えに辿り着く。
  そうか、こいつは……。
  「あなた至門院の残党ね?」