天使で悪魔






情報収集





  時に情報は強力な魔道をも凌駕する。





  ブラヴィル。
  私はギルゴンドリンの経営する宿屋兼酒場で遅めのお昼を食べていた。
  デッドアイ戦から既に3日が過ぎた。
  スキングラードには戻らず私はデッドアイを倒した後はブラヴィルに滞在中。
  本当は帝都のアルケイン大学に向かう途中だったんだけど、突然思慮が働いてブラヴィルに留まっている。
  思慮の意味?
  簡単よ。
  「(゜▽゜)/」
  「はあ」
  帝都に迎えなかったのは妙な言語を操る金髪少女のことがあるからだ。
  現在私達はカウンター席に座ってる。私の隣で金髪少女はバクバクと食事を平らげてます。
  ウェーブのかかった金髪をした少女は空になった皿を私に見せる。Tボーンステーキをペロリと平らげましたおめでとう。
  私は店員に追加を頼む。
  何度目の追加?
  まったく。
  この悪食、何気にフォルトナと対等に張り合えるかもしれない(汗)。
  「はあ」
  溜息。
  正直な話、この子が何者かは知らない。
  ただこの子は魔力を中和というのか消失させる特殊能力を有している。
  あの時ブーストして爆発的なまでの魔力をあっさりと中和し、黄泉の存在を掻き消し(どうも黄泉は魔力を拠り所にした存在だったらしい)、デッドアイを
  機能停止にさせた。発動したら無差別に魔力を中和してしまうのかどうかは分からないけど大学には連れて行けないと途中で気付いた。
  何しろ大学には魔力アイテムが多い。
  伝説級のもね。
  そんなものを全て中和されたら被害が大きい。
  故に大学行きを断念した。
  ついでに言うとスキングラードのローズソーン邸も無理です。
  だってアンがいるもん。
  ……。
  ……いきなり子供連れて帰ったら厄介なことになりそうな感じがするのは私だけでしょうか?
  アンはこういう時はヒステリーだもんなぁ。
  まあ、それは置いておこう。
  「それで? 天音(あまね)、あんたは何者?」
  「(-_-)」
  「だんまりってわけ?」
  「(゜▽゜)/」
  「……肝心なところは謎よね」
  会話は成立してるかって?
  それが一応は成立しているのだよ(汗)。
  相手の言語は意味不明。正直なところ短い異音にしか聞こえない。ただ何故か意味は通じる。おそらく短い異音の中に圧縮された言葉が込めら
  れているのだろう。謎の言語ではあるけれど、耳では異音としか感じないけど、耳から通じて脳に入り言語として変換される。
  不思議な子だ。
  あの短い言葉の中に数行分の意味が込められているのだから凄い。
  天音、という名前もこうした会話の中で得た。
  「迷子ねぇ」
  彼女が言うには迷子らしい。
  何となく私が気に入ったから付いて来ているのだそうだ。
  それは大変光栄ですね(棒読み)。
  迷子であの場に現れ、気まぐれであの場の魔力を中和して私を救い、気に入ったからといって私に同行する、か。
  これって辻褄ってどうよ?
  まあいい。
  私の敵ではないのは確かだと思う。
  敵ならばデッドアイ戦を無視すればいいだけだった、にも拘らず天音は私を助けた。少なくとも敵ではない。……今すぐは敵ではないはずだ。
  最終的には分からないけどね。
  さて。

  「おまちどー」

  店員がステーキを持ってくると天音はフォークとナイフを器用に使ってバクバク食べだす。
  この食欲はフォルトナ二号ですなぁ。
  「(≧∇≦)」
  おーおー。
  嬉しそうですなぁ。
  ……。
  ……しかし私がこの子の会計を受け持つ義務はあるのだろうか?(笑)
  だけど一応命の恩人だしなぁ。
  天音の特殊能力が泣ければ私はデッドアイに十中八九殺されてただろう。
  逃げるという手は、なかったかな。
  デッドアイは生物を殺す為だけに存在し各地を徘徊する。遭遇した場所とスキングラードは近過ぎた。さすがにそんな場所に現れたデッドアイを
  放置するのは私としても寝覚めが悪かった。だからこそ居残って戦った。
  最近私はどうも丸くなってきたらしい。
  ともかく。
  ともかく天音が奴の魔力を中和し、消滅させ、機能を停止させてくれたお陰で私は生きている。
  天音の登場は偶然?
  そうね。
  あの場にこの子が現れたのはたぶん偶然。少なくともそのあたりのことは何も喋ってくれないから偶然という仮定でしかないけどさ。
  ただ偶然とは必然でもある。
  この世に無意味な事象などない。
  どこかで必ず繋がっている。
  運命なんて大嫌いだけど最近はそういう考えに至ってきている。
  まあ、皇帝の戯言もダゲイルの預言も信じちゃいないけどさ。私が勇者様なわけがない。そもそも勇者なんて趣味じゃない。
  「ふぅ」
  再び溜息。
  さてさて、どうしたもんかな。
  天音のことです。
  この子の処遇はどうしたもんか。
  ローズソーン邸は大所帯で住めない。フォルトナとその仲間達はそういう関係で冒険に勤しんでいる。ローズソーン邸を改築もしくはスキングラードに新居
  を建てる為にね。言ってくれたらそれぐらい用立てるんだけど自分達で何とかしたいらしい。まあ、それはそれでいいだろうと思う。
  それにしても私って今いくら持ってんだろ?
  闘技場での賞金もあるし闇の一党で得た報酬もある。何より冒険で稼いだお金がざくざく。
  何気に働かずに生きていける気がする。
  セレブです、私。
  ほほほ☆
  天音の食いっぷりを見ながら私は耳を澄ませる。酒場は情報収集の宝庫。酔いどれ客達が噂話をしていた。

  「最近トロル多いよなー」
  「ああ。多い多い」
  「戦士ギルドが討伐の募集かけてたな。倒した数によって報酬出すってよ。戦士ギルドもトロル討伐には人数足りてないらしいし」
  「それで冒険者が多いのか」
  「小遣い稼ぎになるからな。まっ、もう少しで一掃出来るだろ」

  ふぅん。
  トロルか。
  緑色のゴリラどもがこの近辺で暴れているらしい。
  おそらく深緑旅団の残党。
  連中が従えていたトロルは200や300はいたはず。レヤウィンで暴れていたトロルどもが北に移動してきた可能性もある。
  まあ、戦士ギルドが動いているなら問題はないだろ。
  次の噂話に耳を澄ます。

  「九大神の騎士団が復活したそうだ」
  「確か騎士団長はロドリク卿だっけか? ハイロックの地方の騎士だろ?」
  「おいおい俺が聞いた名前と違うな。ダンマーの小娘が騎士団長らしいぞ」
  「いずれにしても聖堂も大変だな。妙な連中に襲撃されているようだぜ」
  「マジかよ」
  「俺、お祈り行くのやめよう」
  「……お前、一度もお祈りなんて行ったことないだろ」

  噂話が耳に飛び込んでくる。
  九大神の騎士団ねぇ。
  伝説の勇者ベリナル・ホワイトスレークの教えを信奉する面々だ。随分と昔に滅びたはずだけど復活したらしい。
  誰が再建したんだろ?
  噂話によると騎士団はどうも2つ存在している?
  そうかもしれない。
  まあ、どうでもいいんですけどね。
  ただ1つの騎士団を率いているのはロドリク卿らしい。この名前は知っている。ハイロックのウェイレストの英雄だ。
  もっとも<英雄>と言っても戦争で名を挙げたという意味だ。
  私の知るもう1人の<英雄>には足元にも及ばないだろう。
  誰って?
  モロウウィンドの英雄ヴァルダーグ。
  黒の派閥に属し総帥デュオスの懐刀。何より恐ろしいのはヴァルダークはモロウウィンドにおいて現人神を倒した最強の勇者ということだ。
  おそらくはデュオスよりも強い。
  そういう意味合いで考えると同じ<英雄>と冠する者であってもロドリク卿はヴァルダーグよりも一段……いや、それ以上劣るだろう。
  まあ、どうでもいいけど。
  「あのー」
  「ん?」
  振り返る。
  さっき天音の追加メニューを運んできた店員だ。
  「何?」
  「お連れの方がお2階でお待ちです」
  「お連れ?」
  「はい」
  誰だそれ。
  「どんな奴?」
  「魔術師風の男性です。金髪の」
  「ああ」
  何となく察しが付いた。
  シルバーマンかも。
  「天音」
  懐から皮袋を取り出してカウンターに置く。
  金貨が入っている。
  どれぐらいかな?
  たぶん200枚ぐらいかな?
  まあ、これだけあればステーキ100枚ぐらい食べても余裕で支払える。
  「適当にこれで食べてて。私は少し席を外す。分かった?」
  「(v^-゚)」



  私は2階に上がる。
  シルバーマンが待つ個室、まあ、要はシルバーマンが借りている部屋に入る。ベッドの上にシルバーマンは座ってた。
  別にこいつに会う義理はない。
  意味もない。
  ただシルバーマンの目的も黒魔術師ハーマンや銀色達と同じはず。何しろ<力の源>を求めてシロディールに来ているわけだから多分同じだろう。
  虫の王マニマルコの遺産<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>。
  どうも私がそれを持っていると思っている節がある。
  だから。
  だから外法使い達が集結してきているのかもしれない。
  厄介ですね。
  私はそんなものを持ってないけど連中はお構いなしに襲いかかってきそう。
  うーん。
  難儀な展開は主人公の宿命ですなぁ。
  おおぅ。
  「やあ。待ってましたよハニー☆」
  「誰がハニーよ誰が」
  「つれないですねー」
  わざわざ立ち上がって私を出迎えこそしなかったものの、シルバーマンは座りながらも丁寧に頭を下げた。
  自分の隣の場所を叩く。
  「お座りになってはいかがです?」
  「遠慮しとく」
  「べ、別にそのまま押し倒してあんな事やこんな事、果てにはアブノーマルな事までする気はありますがしませんよあくまで脳内妄想で満足してますからっ!」
  「変態かお前は」
  私の周りの男ってこんなんばっかっ!
  うがーっ!
  「シルバーマン、どうしてわざわざ部屋に呼ぶわけ? 何故下で声を掛けてこない?」
  「デッドアイ戦見てましたから」
  「はっ?」
  あの戦いを見てた?
  この野郎逃げたと見せかけて戦いを観察してたのか。
  「私が死ねば虫の王の遺産が手に入るとでも思ってたわけ?」
  「遺産はついでですので今はどうでもいいです」
  あっ。
  今こいつ目的が虫の王の遺産<禁断の不死魔道書ネクロノミコン>だと認めた。
  意外に正直な奴ね。
  「どうでもいいって?」
  「ええ」
  「何故?」
  「銀色と遭遇しましたからね」
  「……奴とはどういう関わりなわけ?」
  普通に気になる。
  隠すか?
  それとも……。
  「自分の飼い猫を奴は殺したんですよ」
  「飼い猫?」
  「おかしいですか?」
  「いいえ。自分の大切な領分を侵された時、人は戦うという選択肢を選べる権利がある。笑いはしないわ」
  「さすがはハニー。自分に惚れてるからそういう台詞になるわけですよね?」
  「お前殺すよ」
  「や、やだなぁ。冗談ですよ。……こういう娘は意外にベッドの上ではMという統計があるんですよねー……」
  「……?」
  なんかブツブツ呟いてる。
  まあ、いいけど。
  「それで? どうして下で声を掛けてこなかったわけ? その理由をまだ聞いてないわ」
  「あの子供ですよ」
  「ああ、天音」
  「戦いを見たと言ったでしょう? あの杖の魔力を消滅させられたら困りますからね」
  そう言って彼は壁に立て掛けてある杖を指差した。
  なるほど。
  天音の能力は魔力の中和。
  杖の魔力を消し去るのではないかと危ぶんで彼女の前では声を掛けてこなかったわけか。
  納得です。
  「そういえば気になってたんだけどシルバーマン、あんた魔術師?」
  銀色戦で魔法を一切使わなかった。
  「なんちゃって魔術師ですよー」
  「やっぱり」
  「この恰好してると賊避けになるんです。魔術師って怖いですからね。まず山賊の類は声を掛けてきません」
  「ふぅん」
  「そうそう。僕はそもそもここに宿を取ってたんですよ。窓の外を見てたらハニーがこの宿に入ったわけですけど……声を掛けたにはそれなりに意味があります」
  「どんな意味?」
  「外を見てごらんなさい」
  「外ね」
  言われるままに窓の外を見る。
  「ん?」
  妙な連中が宿の前に屯している。
  かなり多い。
  20、いや30はいる。全員平服だけど手には薪を持っている。
  「ハニーがこの建物に入ると同時に屯するようになりました。もしかしたら狙いはハニーかもしれませんね。狙われる心当たりは?」
  「あり過ぎで分かんない」
  「あはははは」
  「だけどあれは厄介ね」
  「そう思います」
  敵ならそれでいい。それでいいけど……問題は武装だ。
  完全装備で剣持ってる相手ならぶっ飛ばしても問題ないけど喧嘩支度程度の恰好ではそれはできない。戦闘と喧嘩は別物だからね。
  意識してあの装備ならなかなか侮れない。
  私の攻撃封じの意味合いがある。
  つまり?
  つまり問答無用で消し飛ばすことはできない。
  「どうします? ハニー?」
  「話し合ってくる。私は平和主義者だし」