天使で悪魔






敵の敵は、利用出来る敵





  過去。
  現在。
  未来。
  それが人を構成している成分。そしてもっとも多い成分は過去。

  何故?
  何故なら現在は留まらない。
  現在は常に過去を生み出し続ける。未来は常に磨り減り続ける。人に寿命がある以上、未来には限界があるから。
  過去が累積されていく。

  誰しもが過去から逃れらない。
  何故ならそれはその人物の構成している全てだから。

  自分からは逃げられない。
  自分からは。




  
  白い白い世界を歩く。
  霧の世界。
  ここは異世界。
  <廃墟の王><白骨のザギヴ>と呼ばれる外法使いの派閥の親玉が封印されている。
  封印したのはハシルドア伯爵。
  アイレイドの遺跡ごとザギヴを封印したらしい。その封印は完璧で鉄壁。内部からも外部からも結界を崩す事は不可能。
  絶対に。
  つまりザギヴは永遠にこの世界に囚われ続けるってわけだ。
  ……。
  ……にも関わらず現在私はこの異世界に突入中。
  あーあ。
  難儀な事をしてるなぁと霧の中を歩きながら思う。
  「ふぅ」
  五里霧中とはまさにこのこと。
  私は無意味に歩き続けてる。
  一応伯爵の期間の方法は与えられているので24時間は大丈夫。期間方法のリミットが丸1日。なのでとりあえずは大丈夫。
  わざわざここに入った理由。
  答えは簡単。
  白骨のザギヴの手下を私が始末しちゃったから。
  倒した外法使いの名前は無貌の……誰だっけ?
  うーん。
  忘れたな。
  ともかく倒したその女は白骨のザギヴの手下らしい。そしてザギヴは異世界に囚われているものの思念で部下をシロディールに招集したらしい。
  まずいです。
  非常にまずいです。
  今までの展開では<子分がやられた。お前らやってしまえーっ!>という感じになりそう。
  だからここにいる。
  どうせ異世界に引き篭もってる奴なんだから始末してしまおう、そんな感じでここにいる。
  短絡的?
  まあ、そうだろうね。
  だけど行動と効果は簡単な方がいい。
  親玉始末→手下は烏合の衆→離散→邪魔だったら各個撃破してやろう、的な感じです。
  さて。
  「で? 私は東西南北のどこ向ってる?」
  不明です。
  不明。
  私は歩く。歩き続ける。
  霧に包まれるまでは街並みがあった城があった人がいた、それが妙な声と同時に全てが霧となった。
  誰かは確実にいる。
  まあ、白骨のザギヴが引き篭もっていらっしゃるので声はそいつなんでしょうけど。
  そしてそいつは私を確認している。
  だからこそ声を掛けてきた&世界を霧で包んだ、私に対しての挑戦という感じかしらね。にしてもザギヴめ、封印されているとはいえこの世界を自在に
  操れるとなると結構な力量とみるべきか。外法使いの派閥の一つの親玉だけあって半端ない能力らしい。
  もっとも私にも利点はある。
  ここは閉鎖された空間。
  内部からも外部からも結界に干渉出来ない、つまりは破れない。
  つまり?
  つまり敵さんの援軍はどこからも来ない。
  頂上決戦というわけです、いきなり。
  実に楽。
  雑魚との戦いがないのは実に楽。
  何しろザギヴの手下、つまりは全員外法使い。能力の程度の差がそれぞれあるとはいえ並みの魔術師よりも最低でも一等上だろうし群れると面倒。
  だけどその点は安心。
  ここには奴の手下はいない、ここまで来れない、サシで勝負できる空間なのは安心ね。

  「……何をしている……」

  「……誰?」
  立ち止まって周囲を窺う。
  右手は背負っているパラケルススの魔剣の柄を握り、左手はいつでも魔法を放てる状態を維持。
  冷静に。
  冷静に私は状況を把握する。
  声の出所は不明。
  だけど声の主は当然ながら私の位置を把握しているのは確かだ。
  霧の中でも視界が利く奴らしい。
  そして……。

  「……困った奴だ……」

  「黄泉」
  ぼうっと目の前に現れたのは黄泉だった。
  虫の王の手下の生き残り。
  四大弟子には含まれてないけどその能力は私が聞く限りでは四大弟子よりも上。四大弟子と対等の位置関係なのかそれとも上なのかはよく分からない。
  最終決戦には現れなかったし特殊な位置関係なのかもしれない。
  まあ、そこはどうでもいい。
  「あんたが何故ここにいるわけ? 虫の王の手下のあんたがさ」
  「……」
  「ここでケリをつける?」
  「……こっちだ……」
  「はっ?」
  「……この世界の結界は崩せない。しかしお前は脱出の手はある、が出るつもりないのだろう? この世界のあり方を調べて出て行くがいい……」
  「ちょっとどういうつもり?」
  「……」
  黄泉は沈黙。
  ただ私に背を向けてゆっくりと歩き出す。
  案内するつもりらしい。
  罠?
  罠とみるべき?
  確かにこいつが、虫の王の手下のこいつが私に親切にする必要はない。
  ならば罠なのだろう。
  だけど現在のシロディールの状況は虫の王が台頭していた時期と少々と異なる。
  既に虫の王の黒蟲教団は壊滅しているし虎の子の虫の隠者は全滅している。まだ残っている可能性もあるけど、あの最終決戦の際に出し惜しみする
  必要性はどこにもない。多分あそこで滅した連中がほぼ大半だろう。まあ、黄泉みたく出し惜しみされた部下もいるけどさ。
  教団は滅びたし四大弟子も全滅。
  カラーニャはともかく他の四大弟子達はアリスの魔剣ウンブラで魂を食われた。永遠に復活しない。何故なら魂そのものが魔剣に食われたからだ。
  転生もしない。
  それは二度と復活しないということだ。
  つまり虫の王の手駒は皆無。
  残っていたとしても本当に残党の域を超えない規模。
  それが虫の王の一党の現状。
  それに対してシロディールの現状はあの頃よりも悪化してる。禁呪の収集家とも呼ばれている外法使いどもがシロディール入りしてる。本当のところ外法使い
  の数は未知数。10人にも満たないとも言われてるけどそれは20年前の話だから当てにならない。
  外法使いには三つの派閥がある。
  現在シロディール入りが確実なのは少数精鋭の<銀色>の一派と最大規模とも言われている<廃墟の王>の派閥。
  この異世界に封じられているのは<廃墟の王>自身。
  虫の王の手下にしてみれば味方ではないだろう。敵ではないにしてもあまり面白くない連中なのかもしれない。
  だから。
  だから私をこの際利用してザギヴを殺させるつもりなのかもしれない。
  それならそれでいい。
  私は私で黄泉を利用してこの異世界を自在に動き回ってザギヴを殺す。そして返す刀で黄泉を始末すれば問題ない。
  殺伐とした発想?
  今の状況を考えれば妥当でしょうよ。
  そもそも私は冷酷な女なので。
  「……こっちだ……」
  「はいはい」
  敵の敵は味方とは限らないけど、味方でないにしても利用は出来る。
  効率的でしょ?
  実にね。
  私は歩き出した黄泉の後を続く。
  「……」
  「……」
  お互いに無言。
  何故?
  だってこいつと合う話題なんてないだろ(笑)。
  色々と聞きたいことはあるけど多分聞いても無駄。私が一番知りたいのはこいつのポジション。四大弟子より上なのか下なのかそれとも対等なのか。
  まあ、おそらく上なのかな。
  少なくとも能力は四大弟子筆頭<虫の賢者カラーニャ>よりも強いと思う。
  それともう一つ知りたいのは、こいつの存在。
  実体?
  幽霊?
  うーん、その中間。
  この間私はこいつに生気を吸われた。その瞬間、こいつは急に実体化した。あやふやだった存在から急に実体感を帯びた。もちろんそれはこいつの
  弱点でもある。諸刃の刃なのだ。能力は上がるけど実体化が進む事によりこちらの攻撃が当たりやすくなる。
  簡潔に言うと?
  攻撃力が上がるけど防御力が下がる、というのが妥当な表現かな。
  さて。
  「どこまで連れて行く気?」
  「……お前はこの世界をまるで理解していない。止めたのに、ここにいる。ここは危険なのだよ……」
  男だか女だかよく分からん声で淡々と喋る。
  振り返りもせずに歩きながら。
  フードを目深に被っているとはいえ顔の下半分は露出しているから女性なのは分かるけど……感情の欠片もない声なのでたまに戸惑う。
  あまり聞いていて楽しい声ではないのは確かだ。
  私は黄泉に聞き返す。
  「危険な世界?」
  「……そうだ。ハシルドアは知っていて封印したのかは知らん。ザギヴが知っていて立て籠もったのかは知らん。しかし遺跡は危険なのだ……」
  「遺跡、アイレイドの?」
  確か名はモルグ。
  ザギヴがそこに立て籠もり、ハシルドア伯爵が遺跡ごと異世界に封印した。
  だけど問題は遺跡だと黄泉は言う。
  どういう意味?
  「……フィッツガルド・エメラルダ……」
  「何?」
  「……人の成分は過去。そこからは誰も逃れられん。お前もまた然り。案内はここまでだ。あとはお前の精神次第。死なない事を祈ってるよ……」
  「ちょっ!」
  光は溢れ……。

  「あの女、邪魔ではありませんか? 陛下のご寵愛を受けるのは私だけ、ではありませんか?」
  「……」
  「私に味方なさい。そうすればお前にも損はない、ではありませんか? ジョフリー」
  「何なりと命じてください、皇后」

  皇后?
  ジョフリー?
  目の前には異様な光景が広がっていた。
  突然私は宮廷にいる。
  そして……。