天使で悪魔
霧の国
死者と生者を分かつのはただ一つ。
現状を理解しているからどうかだ。
死を認識していない者達は動き続ける。
そこは亡者の国。
「くっそ。痕残らないでしょうね?」
首を摩りながら灰色の空の下を歩く。
視界の先は霧。
五里霧中ってこんな感じ?
「はあ」
行きたいなんて言うんじゃなかった。
白骨のザギヴは弟子だか手下だから知らないけど大勢引率して100年前にシロディール北部に攻め入り防衛に出張ってきた帝国軍を撃破、その後
まっすぐ帝都に向えばいいものを道に迷った挙句にスキングラードに。そして当時から伯爵だったハシルドア伯爵に排除された、らしい。
弟子は一網打尽。
何名かは逃げたらしい。白骨のザギヴも逃げた。
親玉であるザギヴは現在は地図からは消されたモルグと呼ばれるアイレイドの遺跡に逃げ込んだらしい。地図から消されたのは、要はハシルドア伯爵に
遺跡ごと異世界に封印されたから。白骨のザギヴは遺跡もろとも封印されたらしい。
……。
……うーん。伯爵凄いなぁ。
前もネラスタレスの魔術師を屋敷ごと封印してたし。
どうやら封印系は得意らしい。
白骨のザギヴとかいう奴は封印された現在も思念で弟子達を従えているらしい。そしてその弟子どもがドンドンとシロディール入りしている。
別の派閥の連中もね。
本来なら捨て置く。
封印されてる奴にわざわざ喧嘩売るつもりはないけど……白骨のザギヴの派閥の弟子1人倒したからなぁ。
完全に敵対する前に。
刺客送られる前に。
親玉始末します。
その為に私はわざわざ封印を超えてここまで来た。
何気に入るのは簡単。
実際簡単だった。
モルグ遺跡のあったとされる場所(現在は草原)に行けば入れるわけです。まあ、私クラスの魔力の持ち主じゃなければ反応しないけど(じまーんっ!)。
だけどこの封印、入れても出れない。
だからこそ白骨のザギヴの手下どもは手も足も出なかったというわけだ。
まあ、つまり親玉は大切だけど自分達も一緒に封印されるのは嫌というわけですな。
ヘタレどもめ。
私は大丈夫。伯爵の力の一部を得ているので出入り制限は解除されてる。
力の一部?
つまり噛まれる事で伯爵の血を体内に得たという状態です。
吸血鬼は相手の血を吸う一方で、相手の自分の血を注入している。だからこそウイルスが対象の体内に入る。伯爵はその応用で私の体に
空間魔法のノウハウを与えた。一時的だけど。要は仮の通行許可証のようなもの。24時間だけはこの空間から私は出ることも出来る。
それを過ぎたら?
白骨のザギヴと仲良く暮らすしかないわけです。
それは嫌だなぁ。
とっとと殺すとしよう。
「ん?」
視界が開けた。
街があるっ!
私は街に入る。
周囲を霧に包まれた街。おそらく周囲の霧は次元の歪み。つまり街の外には何もない……と思う。
まあいい。
別に街の外には用はないし。
街の文明レベル的にはシェイディンハルっぽいかなぁ。綺麗な街並みなんだけど、どこか空虚というか寂しさが漂ってる。そんな感じだ。
街の中心には城がある。
現在私はそこに向ってる。ボスはそこにいるだろうし。
王道です。
「……」
街を歩く。
行き交う人々の表情には生気がない。
死人のようだ。
……。
……そもそもこいつらはどこから来た連中?
ここはアイレイドの遺跡モルグのはずなんだけど……街並みって何?
どうやら空間が妙に捻れているらしい。
さてさて。
どうしますかねぇ。
話を要約すると白骨のザギヴはハイロック地方にあった小国の王様。死霊術で国を滅亡させた。その為、廃墟の王とも呼ばれているらしい。国王
の間からなのか、国を滅亡させた後からなのかは知らないけど外法使いの一派の親玉。
シロディール制圧の為に出張って来たもののハシルドア伯爵に返り討ち。
手下の半分は戦死、残り半分は逃亡。
親玉の白骨のザギヴはアイレイドの遺跡モルグに立て籠もる。ハシルドア伯爵は遺跡ごと白骨のザギヴを封印。実に効率的よね。
それで?
それで……そうそう、封印された白骨のザギヴは思念だけ飛ばして生き残った手下を統率している、らしい。
この間倒した無貌の女は廃墟の王の手下なわけで。
何故このタイミングで外法使いどもがシロディール戻ってきたかは知らないけど、まあ、偶然とはいえ手下を1人殺っちゃったからね。怒ったボスが
抹殺指令を出す前にボスを殺すという短絡的な思考で、それでいてもっとも分かり易い方法で私はここに来た。
短絡的でも分かり易い方がいい。
それで?
それでここの住人は何?
人間ではないと思う。
だって行き交う人々、意味もなく街を徘徊しているだけだし。井戸で水を汲む動作をしている人は実際には汲んでいないし、露天商でモノを食べてる
人も振りだけ。そもそも露天の建物はあっても食べ物の類は何もないし。皆、生活の振りをしているだけ。
実際には何もしていない。
何なんだろ、こいつら。
頭の中に染み込んだ生活習慣に従っているだけ?
そうかもしれない。
露天商に声を掛けてみるかな。
「ねぇ」
「……」
露天商のハゲ親父は無視。
うーん。
少し別な感じかな。無視とは別物な気がする。そもそも私の声が聞こえてる?
私の存在を視認できてる?
「おーい」
「……」
「わっ!」
「……」
大声を出したものの動じる者はなく。
こちらを見た者もいない。
ただただ、行動する振りをしている。いや。正確には振りではなく、何かをする動作かな。まあ、結局何も出来てないんだけど。
こいつら何者なんだろ。
死人なのか人形なのかは知らないけど薄気味が悪い。
「煉獄っ!」
天に向って放つ。
直撃しない限りは爆発する事はないけど注意を引くには充分。街中で魔法をぶっ放すという行為、はっきりいって他のシロディールの街で同じ事
をしたら衛兵に『スタァァァァァァァァァァァァァァプっ!』されても文句は言えない。まあ、私はその衛兵を蹴っ飛ばして逃げるけど。
さて。
「どうすっかなぁ」
「イキテイルニンゲンダ」
「ん?」
囁きが聞こえた気がする。
私は周囲を見る。
そして知る。
わずかな間に人影が全て消えていることに。私に油断はなかったはず。完全に警戒態勢ではなかったにしても白骨のザギヴが捕らわれている空間だ。
背後からいきなり差されるというような失態をしない程度の警戒は怠っていなかった。にも拘らず住人の消失に気付かなかった。
ちっ。
外法使いのお出ましってわけ?
白骨のザギヴかっ!
「カンジルゾ。テキイヲ。サツイヲ。ダガオマエハコロセルカ? カガミノナカノジブンヲ」
「どこにいるっ!」
パラケルススの魔剣を引き抜く。
虫の王マニマルコを倒して以来、私の魔法攻撃力は桁外れとなった。純然たる魔力も増幅されている。それが何故かは知らないけど白骨のザギヴが
魔術師の規格外である外法使いであろうともそう易々とは負けない。いや、むしろぶっ飛ばす。
ぶわっ。
街並みが霧と化す。
全ての建物は白く、淡く、そして形ない霧と化す。私はそこにただ立ち尽くすだけ。
幻覚?
全ては最初から幻覚だった?
だけど城だけは見える。
当初から白骨のザギヴがいると踏んでいた城だ。霧で視界が遮られているはずなのに城だけは視覚の中に鮮明に映っていた。
外法?
外法なの、これ?
霧は囁く。
「コロセルカ? カガミノナカノジブンヲ?」