天使で悪魔






廃墟の王





  その王は虎視眈々と復活の機会を窺っていた。
  その王、廃墟の王。

  名は……。






  翌日。
  私はエイジャに手伝ってもらって正装をしてる。ドレス着込んでます。今からスキングラード城に行くからね。ある程度の正装は必要だろう。
  会う人物が人物だし。
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵に会いに行く。
  正装は必要。
  「ご主人様、整いました。香水はいかがしますか?」
  「良い香りなのよろしく」
  「かしこまりました」
  香水ねぇ。
  あの吸血鬼伯爵を喜ばせる為にニンニクエキス入りにしようかな?
  ……。
  ……いやいや。ありえないか。そもそも私もそんな匂いは嫌です(泣)。
  多分屋敷出る前にヴィンセンテ死ぬし。
  「ふぅ」
  腕を摩る。
  昨日奪われた活力は回復してる。あの謎の女、私の腕を一瞬とはいえシワシワのおばあちゃんにしやがった。結局何者だったんだろ。
  身の覚えがあり過ぎて判断できん。
  まあいいさ。
  関った組織全て潰せば問題はないだろう。
  短絡的?
  だけど一番分かり易い、一番後腐れのない方法。
  本日は良い天気。
  まだまだ太陽は高いから虫の王の残滓も出てこないだろう。あのシャイな亡霊は日中は出てこないから実に助かる。
  さて。
  「エイジャ、香水はあった?」
  「はい」
  「銘柄は?」
  「通称男殺しと呼ばれる香水なんですが……」
  「却下っ!」
  「あっ。うっかりしてました。ご主人様は逆属性でしたね」
  「……」
  逆属性って何?(汗)
  この世の人間は全て私を弄る、私の敵なのでせうか?
  うがーっ!




  「ふぅ。外は気持ち良いなぁ」
  シャドウメアに跨って私はゆっくりと山道を進む。スキングラードの城は小高い丘の上にある。
  都市の城壁の外に城があるのはアンヴィルとスキングラードだけ。
  防御的な意味合いで離れてる?
  そうかもしれない。
  青いドレスに身を包んだ私。ただし護身用の武器は忘れてない。さすがにパラケルススの魔剣を背負ってはないけど、腰には雷属性のショート
  ソードを差してある。私のお手製の、高威力の魔法剣。ナイフでは軽装備過ぎ、ロングソードではゴテゴテし過ぎ。
  なのでショートソード。
  柄に華麗な装飾を施してあるので見映えも良いし。

  ぴたり。

  「そこにいるのは誰」
  私は誰何する。
  それよりも早くシャドウメアも何かを察して立ち止まった。
  敏感な愛馬だ。
  結構この子、謎の多い馬だから……まあ、そういうスキルがあっても不思議じゃないか。
  静かに私はシャドウメアから降りる。
  まだ剣は抜いていない。
  「そこにいるのは誰」
  もう一度言う。
  すぐ目の前に1本の若木がある。道に沿って生えている若木の陰に誰かいる。
  まだ日は高い。
  虫の王の残滓ではない。
  ならばレリックドーンか、蒼天の金色か、外法使いか、それとも今まで潰してきた組織の生き残りか、もしかしたらさらに新たな敵?
  そのどれかなのかは分からないけど敵なのは確かだろう。
  殺意。
  敵意。
  それがひしひしと感じられる。
  もう一度問う。
  「そこにいるのは誰」
  左手を若木に向ける。右手は腰のショートソードの柄に当てた。
  木陰にいる者は何かを囁いた。
  だけどよく聞き取れない。
  まるで夜の暗闇の中で老婆が囁いている、そんなような響きに感じられた。
  押し問答はお終いね。
  「煉獄」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  若木ごと吹き飛ばす。
  パチパチと音を立てながら木の残骸は燃える。
  漆黒のローブの者がいた。
  「……植物を苛めるのはよくないわ……」
  「なっ!」
  こいつ生きてたっ!
  昨晩の奴だ。
  多分同一人物なのだろう。それとも同系統のお仲間なのかもしれない。日中だというのに強調されているのは白い白い口元だけ。他は全て朧だ。
  亡霊?
  そうかもしれない。
  「お前は結局何者なの?」
  「……」
  「外法使い?」
  「……その事で話がある……」
  「ふぅん?」
  「……お前はザギヴの一党の1人を殺した。スキングラード伯は奴の居場所を知っている。廃墟の王の居場所を……」
  「廃墟の王?」
  その瞬間、シャドウメアが駆けた。奴との間合いを詰めて前足で踏み潰すっ!

  フッ。

  消えたっ!
  どこに行った?
  どこに……。
  「……廃墟の王には関るな。行けば帰れなくなる。それは困る……」
  「……っ!」

  バッ。

  私は飛び下がる。
  敵の姿は見えないけどその場に留まったら攻撃されると思った。しかし攻撃は来ない。声だけが虚ろに響く。
  「お前何者なの?」
  「……我が名は黄泉(よみ)……」
  「黄泉。あんた外法使い?」
  「……あんな下等な連中と一緒にしないで。私は唯一猊下のお言葉に従う忠実なる者……」
  「猊下っ!」
  そうか。
  こいつ虫の王の手下の生き残りかっ!
  人間なのか亡霊なのか。
  よく分からないけどまともな存在の仕方はしてないだろう。何らかの魔法の影響を受けている奴なのかもしれない。今はまったく気配がしない。
  それでも。
  それでも悪寒が走るような感覚が私を襲ってくる。
  虚ろな声は続ける。
  姿は相変わらず見えない。
  声だけだ。
  「……廃墟の王に関るな。行けば帰れなくなる。手を組もう、一時的に。私が奴らを狩ってやる……」
  「その見返りは?」
  「……お前の中のものに用がある。お前自身には用はない。殺したりはしない。誓ってもいい……」
  「信頼しろって? 無理でしょそれ」
  誓いなんか信じられるわけないし。
  もうこいつとの会話は充分だ。
  これ以上情報を引き出せるとは思わない。結局重要な事は何一つ口にしていない。会話の断片だけで私を釣ろうとしてるけど甘い。
  そんなので釣られるもんか。
  「去れ。亡霊」
  「……愚かな……」
  声は静かに遠退いていく。
  去った?
  さあね。
  だけど虫の王、厄介な手下を残してるわね。
  ある意味で四大弟子よりも一等上の能力を秘めている、そんな気がする。カラーニャよりも厄介そうだ。
  やれやれ。
  とっておきの手下は出し惜しみしてたってわけ?
  厄介だなぁ。




  スキングラード城。
  私は虫の王の手下の生き残りとの自己紹介を終えてスキングラード城内に入った。
  ガクブルして屋敷に帰る?
  いえいえ。
  それは私の流儀ではないので。
  つーかそういう性格だったら私はとっくに殺されてると思う。かなぁりハードな展開超えてきてるわけだし。震えて泣き叫ぶヒロインならとっくに死んでます。
  あいにく私は剣を振り回して自分の道を切り開く勇者系ヒロイン。
  ガクブルは性に合わない。
  さて。
  「こんにちは、伯爵」
  現在、私室にいます。
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵の私室。案内は……されてないですなぁ。無断侵入。もちろんシャドウメアは厩舎に預けてきてある。
  さすがにシャドウメア連れて室内侵入はちょっと(汗)。
  「こんにちは、伯爵」
  「……」
  伯爵、ベッドに横になったまま。
  目は開いてる。
  私の声で目を覚ましたんだろうけど……状況判断が出来てないらしい。つまり寝ぼけている。
  伯爵は吸血鬼だから日中は寝てるみたい。
  昼夜逆転してるってわけだ。
  吸血鬼の宿命ですな。
  ……。
  ……あ、あれ?
  うちの吸血鬼のヴィンセンテお兄様は昼間は配送会社である黒の乗り手の幹部としての仕事をこなし、夜は夜で月光浴で外を出歩いている。
  何気にうちの吸血鬼は24時間戦える一昔前の企業戦士なんですけど何故に?
  ま、まあいいか。
  そういうサイクルで生きてても問題ないなら別にいいか。
  「伯爵」
  「何故私が君の家のベッドで寝ているのだ?」
  うっわ完全に寝ぼけてる。
  どうやら伯爵が私の部屋のベッドで寝てると勘違いしてるらしい。
  悪ノリしてみよう。
  「酷いっ!」
  「ん?」
  「伯爵が私の体を弄んだんじゃないのっ! 何もしないって最初は言っておきながら……酷いわ酷いわっ!」
  「君は脳味噌の代わりにプリンが詰まってるほどの馬鹿か。悪ノリは期待しておらん」
  「……」
  こいつ寝ぼけた振りかよ。
  私がどういうノリで接するかを楽しむ為にわざと寝ぼけた振りをしたのだろう、多分。
  だから伯爵は友達できないんだーっ!
  うわぁんっ!
  めっちゃ恥かしいんですけどーっ!
  おおぅ。
  「やれやれ」
  起き上がり大きく伸びをする伯爵。
  くっそぉー。
  ヒッキー伯爵のくせに生意気だ(ジャイアン風味)。
  「それで何の用だ? 私は眠いのだが」
  「昼は起きてましょうよ。正しい人間の務めですよ」
  「では夜勤をしているのは人間の屑か? そうかお前は全国の夜勤業務をしている皆様を敵に回すのだなこれだから成り上がり主人公は困るのだ」
  「……何かよく分かりませんけど私が間違ってましたごめんなさい」
  理詰めなのかな?
  うーん。
  伯爵も結構良い性格してるからたまに言動の真意が意味不明だ。私を弄りたいだけなのかそれとも意味があるのか。
  まあ、多分どっちもだ。
  ともかく。
  ともかく私は華麗に一礼する。
  一応は正装してるし。
  「本日はお招きいただき感謝していますわ、伯爵閣下」
  「招いておらん。帰れ」
  「……」
  「まったく君は馬鹿か」
  「……」
  ごめん裁きの天雷放ちたくて仕方ないんですけどーっ!
  ちくしょーっ!
  だけど伯爵って先代アークメイジ、つまり私のお父さんと肩を並べるほどの魔術師。実力行使で何とかするのは結構難しい。もちろんわざわざ
  喧嘩する気はないけどね。立場的にも向うは伯爵だし。不敬罪で断罪……いや待て、私は私で元老院議員じゃん。
  議員の権限で伯爵の地位を剥奪してやろうかな?
  げっへっへっ。
  ……。
  ……いやまあ冗談だけどね。
  伯爵は怪訝そうな顔で私に言う。
  「どうしたアホヅラして? 脳が融解したのか? やれやれ。馬鹿だとは思ってたけどそこまで徹底して馬鹿になる必要はないと思うぞ」
  「うがーっ!」
  議員特権で平民に落としてやるーっ!
  「それで何の用だ?」
  「あっ」
  忘れてた忘れてた。
  今回ここに訪れたのは伯爵の知識を得る為だ。昨日までの私なら……少なくとも外法使いと接触するまではダンマーのはぐれ魔術師の居場所に
  心当たりないか聞く事だった。だけど現在はそうじゃない。はぐれの方はスキングラードの魔術師ギルド支部に任せるとしよう。
  私の興味。
  レリックドーン?
  蒼天の金色?
  いえいえ。
  そいつらも気になるけど外法使いが現在一番気になっている。誰だか知らないけどザギヴとかいう奴がいるらしい。そいつは外法使いを複数従えてい
  ると見てもいいだろう。少なくとも無貌の女は従っていた。銀色とは別の一派を形成しているのかもしれない。
  外法使いは基本的に対等らしいけど強い奴には従うのかな?
  そうかもしれない。
  銀色は2人従えているらしいし、おそらくザギヴも複数従えているのだろう。
  そしてそのザギヴは近くにいる。
  「ふぅ」
  私は溜息。
  自分でも分かってる。厄介な事に首を突っ込もうとしている事に。
  黄泉の所為でもあるわね。
  あいつが『ザギヴが近くにいる』なんて言うから私は今、首を突っ込もうとしている。もちろんただの酔狂じゃあない。私はザギヴの手下の無貌の女
  を倒した。正確にはガンツが倒したんだけどザギヴとかいう奴からしたら私も立派な敵の部類だろう。
  まだ無貌の女を倒したのをザギヴは知らないのかもしれないけどさ。
  知られてないから知らん顔?
  わざわざこっちから喧嘩を売る必要はない?
  いえいえ。
  部下倒されたのを知ったら向こうは絶対怒るに決まってる。
  どうせ敵対するならこっちから喧嘩吹っ掛けた方が得策。先制攻撃ってやつだ。正当防衛の為の先制攻撃とも言う(笑)。
  「まさか私の寝顔を見に来たのか?」
  「そんなキモい事するか(泣)」
  「馬鹿か君は。本気で受け応えてどうする? 君の頭の中にはまさか石ころが入っているのか? それで頭を振るたびにカラカラと鳴るのだな」
  「すいませんマジで殴っていいですか?」
  「だが断る」
  「はあ」
  もうやだよー(泣)。
  この世界にはまともな奴がいないのだと最近は思うのです。
  おおぅ。
  「伯爵、実は聞きたい事が……」
  「待て」
  彼は右手を上げて室内に備え付けられているワインセラーに向かい、2本のワインを取ってくる。グラスを2つ取り出しそれぞれのワインを注いだ。
  血の匂いが漂ってくる。
  片方は血酒だろう。
  「飲みたまえ」
  「どうも」
  私にもう1つのグラスを手渡す。満たされている液体からは芳醇な香りが漂ってきた。こっちはスリリー産のワインみたい。
  勧められるままにワイングラスを取り、勧められるままに椅子に座った。
  ちびりとワインを一口啜る。
  おいしい。
  「それで聞きたい事とは何だ?」
  「外法使いについて何か知りませんか?」
  「外法使い。ふむ、シルヴァの事か。奴が仲間2人を連れてシロディール入りした事は私も聞いている。その事について聞きたいのか?」
  「いえ。ザギヴという奴の事を」
  「廃墟の王か」
  「はい」
  少なくとも黄泉はそう言っていた。
  私にはその通り名の意味がよく分からないけどやっぱり何らかの意味があるのだろう。
  廃墟に君臨してるとか?
  それだとそのまんまだなぁ。
  まあ、通り名なんて私にしてみればどうでもいい。
  必要なのは居場所の情報。
  それだけだ。
  「何故奴に関る。奴は100年以上身動きが取れない奴だ」
  「身動きが取れない?」
  「……? 何も知らずに奴の情報を知りたいのか?」
  「何も知らないというわけじゃないです。奴の手下を自称する女と交戦して撃破しましたから、まったくの無縁じゃないですね」
  「女」
  「無貌の……」
  「無貌のエルンツェアンか。奴がシロディール入りしていたという事か。ふむ。その女は白骨のザギヴの弟子の1人だ」
  「白骨の? 廃墟の王じゃないの?」
  「ザギヴ自身は自らを白骨のザギヴと称している。死霊術師だ。ただし虫の王とは別系統の死霊術を学んだ男だ。元々はハイロック地方の小国の王
  だったのだが死霊術の失敗で国を滅亡させ、ただ1人取り残された。だから廃墟の王とも呼ばれている」
  「ああ。廃墟の王の称号は悪口なのね」
  「そういう事だ」
  あれ?
  そういえばこの間会った変態魔術師シルバーマンもハイロックから来たとか言ってたな。
  何か意味がある符号?
  「伯爵。シルバーマンという名の外法使いっています?」
  「ここ最近外法使いデビューした奴でないのであれば、その名は知らない」
  「そうですか」
  伯爵はここで血酒を啜る。
  うーん。
  ワインが混ざっているとはいえやっぱり目の前で血を飲まれるのは生理的によろしくないです。これはヴィンセンテお兄様にも言える事だけどさ。
  まあ、目の前で生き血を飲まれるよりは良いんですけど。
  「今から100年前、奴は外法使いの集団を率いてシロディール北部に攻めてきた。アンデッドの軍団を率いてな。破竹の勢いで帝国軍を打ち破ったの
  だが連中は地理不案内という事もあり何故かスキングラード方面に進軍してきた。当時も私は伯爵だったから都市軍を率いて返り討ちにした」
  「倒したの?」
  「うむ。しかし奴はアイレイドの遺跡に逃げ込んだ。私は遺跡ごと封印してやった。結界は解ける事はないのだが……弟子が1人とはいえ確認されたという
  事は何らかの方法で復活させるつもりなのかも知れん。他の外法使いも続々と入り込む可能性もあるな。奴の派閥であるに関らずだ」
  「シロディールに何があるの? 連中を何が惹きつけるの?」
  「それは分からん。しかしザギヴとは別の派閥のシルヴァもシロディール入りしている。何かがあるのだ、この地に」
  「ふむ」
  「それでどうする?」
  「えっ?」
  「わざわざザギヴの居場所を聞くぐらいだから奴に喧嘩を売るつもりなのだろう? 本格的に始動する前に奴を消すつもりか?」
  「それもいいかなぁって」
  「ならば奴の居場所に誘おう。帰る方法については考えてある。どうする? ザギヴと手下が接触する前に本拠地に乗り込むか?」
  「当然」


  廃墟の王、白骨のザギヴとの対決を私は決心。
  本格的に敵対する前に消す。
  それが私の方針。
  それが……。