天使で悪魔
暗黒の時代
太陽は中天から落ちた。
この国に既に楽観的な未来など存在しない。
皇帝の崩御。
皇族の暗殺。
帝国軍の弱体化、各地方駐留の軍団は地方政権の巻き返しの前に身動きは取れず、元老院は内部で権力闘争を続けている。
太陽は落ちた。斜陽。
これから暗黒の時代が到来する。
ブルーマ近郊。雪原の大地。
近くには崩壊した山彦の洞穴がある。そこで戦闘が繰り広げられていた。月光輝く雪原の戦い。
「くそっ！」
カジートは大きく飛び下がった。
男性だ。
この男の名、バロル。
黒の派閥の幹部であり総帥デュオスの親衛隊イニティウムの1人。通称『魔眼』のバロル。主な任務は密偵、伝令。しかし幹部に抜擢されるぐらい
だから戦闘能力は高い。ブレイズの隊員30名を単独で倒した実績もある。
今回の任務は虫の杖の入手。
イニティウムマスターからの命令で黒の派閥に属する兵士20名を率いて山彦の洞穴跡地にやって来た。
そこで遭遇した。
この3人に。
「この猫、何者かは知りませぬが我らと敵対した。どうしますかな、銀色殿？」
「誰かが言った。神の御手に送るのが正しい道だと。翁……いや綴、お前がやりたいか？」
「はいシルヴァ様。この猫、綺麗な目してやがるぜ。僕のコレクションにしてやりたいですねぇ。うふふふふふふふふふふ」
この3人、禁呪の収集家。
外法使い。
名をシルヴァ、翁、綴、それぞれが純白のローブとフードに身を包んでいる。
バロルには交戦命令は出されていない、少なくとも外法使いと交戦するように命令されていない。たまたま同じ目的でここに現れ、そして向うから
一方的に攻撃してきた。まるで遊びのように。バロルは幹部、部下も精鋭、挑まれたら排除するだけ。
それだけ。
……。
……ただしそれはいつもの展開だ。
今回、一方的に戦闘は展開した。バロル以外は全滅。バロルもまたかなりの手傷を負っていた。
魔眼が効かないのだ。
本来ならバロルの目で見つめられた者は麻痺する。それがまったく効かない。もちろん特殊能力が効かずともバロルは精鋭、幹部、戦闘では
遅れを取らないはずだった。しかし力量が違い過ぎた。外法使い達は強かった。
綴と呼ばれた男が迫ってくる。
「綺麗な目をしてるよなぁ、猫さん。その目、『百目』の綴様が頂いてやるからよぉ。感謝しなっ！」
「殿下、外法使いどもにお気を付けくださいっ！ 殿下ぁっ！」
バッ。
バロルは右手を天に掲げた。光が宿り、天に向って走る。
それが。
それがバロルの最後の行動だった。
「さすがはエイジャさんのシチューはさすが絶品ですねっ！ ……ただ出来ればもう少し冷たい方がいいかなぁと……」
猫は不平を口にする。
ふぅん。
カジートって猫舌なわけ？
1つ発見ですね。
「フィー。あーん☆」
「自分で食べれるわ」
「あーん☆」
「……」
「あん♪」
じろりとオチーヴァが私を睨む。
何もしてませんからーっ！
ちくしょうっ！
ここはスキングラードの私の自宅、ローズソーン邸。ついさっき外法使いを倒して戻って来た。本当は夕食は終わっている時間のはずなんだけど
家族達も各々の仕事が長引いたらしく食事の時間が後ろにずれ込んだってわけ。
考えてみたらここで食事するの久し振りね。
家族と食事するのもさ。
……。
……つーか最後にここにいたのはいつだっけ？
何十話も終わった気がする（汗）。
おおぅ。
ともかく久々に賑やかな食事ですね。
元シェイディンハル聖域の暗殺家族達は雪原の決戦の際にも駆け付けてくれたし本当の意味で家族になってる。
まあ、かなり血生臭い側面がある家族ですけど。
さて。
「ヴィンセンテお兄様」
「何ですか、妹よ」
食事も一段落着いたので私はヴィンセンテに話し掛ける。吸血鬼の兄は口元をナプキンで丁寧に拭った。
この家族の中で一番博識なのは彼だ。
何か知っているはず。
「禁呪の収集家って知ってる？」
「外法使いの事ですね」
「そう」
「私の耳にも入ってきてますよ。シロディール入りしたそうですね」
「随分と情報が早いのね」
「以前は、まあ、ああいう仕事をしていたので最新の情報入手は容易いのでね。シルヴァ、翁、綴の3人らしいですね。どんな奴かは私も知りませんが」
「無貌のエルンツェアンは知っている？」
「その名は知りませんね。その者も禁呪の収集家なのですか？」
「ええ。さっき近くの森で仕留めた。そいつが言動から察するに『ザギヴ様』とかいう奴に仕えてるみたい。知ってる？」
「いえ。連中の全貌は基本的に謎ですので」
「なるほど」
確かに。
確かにそれは言えるかもしれない。シルヴァが銀色という通称で呼ばれているのは知ってるけど……不思議な事に種族は誰も知らない。
何故？
相対する者は全員死ぬからだ。
噂で『銀色』の容姿をしている、それだけしか誰も知らない。その銀色も髪なのか瞳なのか服装なのかすら分かってない。
はあ。
面倒な連中がシロディールして来たなぁ。
それに私の予測だけどこの分だと外法使いどもが続々と入ってくるような気がする。連中の目的は『禁呪』、古代の忌まわしい遺産だ。
シロディールに連中を惹きつける何があるというんだろう？
「妹よ、力になれなくて申し訳ない」
「あともう1つ……いや、2つ」
「なんでしょう？」
「レリックドーンって知ってる？ アイレイドの遺跡で出会ったんだけど。マラーダとヴァヌアでね。何者なの？」
「盗掘集団ですよ。場合によっては虐殺も辞さないテロ組織でもあります」
「組織の規模は？」
「ははは。実はこの組織もよく分からないんですよ。指導者は車椅子の老紳士、それだけは分かってますが名前すら分かっていません」
「ふぅん」
「力になれなくて申し訳ない。それで残りの1つは？」
「蒼天の金色という組織なんだけど」
「これなら分かりますね。魔王メリディア信仰のカルト教団ですよ。その関係で魔術王ウマリル復活を目指す急先鋒でもあります」
「あっ」
そうか。
迂闊だった。
古代アイレイド王朝の王族の1人魔術王ウマリルは魔王メリディアに魂を売ってデイドラの肉体とメリディアの軍勢を得た。それが事実かどうかは
当然ながら私は知らないけど魔王メリディアにしたらウマリルはタムリエル侵攻の為の足掛かり的な存在だったはずだ。
そんなメリディアを信奉するカルトどもの目的は？
魔術王ウマリルの復活か。
まあ、それが可能かどうかは私にはよく分からないけど聖戦士装備の破壊はメリディア信奉に繋がるってわけだ。そこにどうしてレリックドーンが
関わってくるのかは分からないけどさ。盗掘集団は装備の魔力だけ抽出したいらしいから……まあ、利害は一致してるのかな。
どっちにしろ装備は壊れるわけだからね。
「ありがとう、お兄様」
「いえ。あまりお役に立てずに申し訳ないですね、妹よ」
これでささやかな情報が私の頭の中に構築できたってわけだ。
明日からこれで動き易い。
……。
……ま、まあ、私のそもそもの任務は『はぐれ魔術師』の撃破もしくは捕縛なんだけどさ。
ただ今年は厄年らしいのできっと全部関る展開のはず（泣）。
先手必勝だ。
どうせ関ると思われるわけだから先に手を出すとしよう。
少なくとも全ての組織と一戦既に交えちゃってるわけだからね。敵対関係は成立してる。
「ねーねー、フィー」
「何？ お姉様？」
「早く食べて夜のお勤めしようぜ☆」
「殺すわよっ！」
「てへ♪」
もうやだよぉー（号泣）。
神様、出来たら一昔前の暑苦しい熱血漢のキャラでいいので登場させてください一癖も二癖もある連中ばっかでウンザリですっ！
うがーっ！
明日あたりスキングラード領主のハシルドア伯爵にでも聞きに行くかな。彼もまた博識。有意義な時間が過ごせるだろう。
今、私がするべきなのは情報収集。
何をするにしてもね。
「ふぅ」
食事を終えて、湯浴みを終えてようやく自室でまったりタイムの時間。
本日もお疲れ様でした。
パジャマに着替えた私はベッドに横になる。
……。
……断るまでもないけどアンはいませんっ！
私はノーマルですっ！
お忘れなくっ！
「はあ」
だけど今日は疲れたなぁ。
森で外法使いの1人と遭遇するとは思ってもなかった。
まあ、元々はぐれ魔術師探しの途中だったから戦闘は想定してた。相手が違ったけど戦闘ありきでの探索だった。だから戦闘云々は
文句はないんだけど外法使いってトリッキーな攻撃方法。それが疲れました。相手が意外に弱いのにはびっくりしたけどさ。
無貌の……誰だっけ？
まあいいか。
過去の人だし。
「寝るかな」
本でも読もうかと思ったけど結構疲れてる自分に気付いた。横になった途端にどっと疲れが体の奥から這い出してくる。
今日は寝てしまおう。
立ち上がって暖炉の火を消す。室内にはロウソクの微かな光だけ。
ベッドに戻って横になった。
寝よう寝よう。
目を瞑る。
睡魔はすぐに私を覆って……。
バッ。
私は飛び起きつつ枕の下に忍ばせてある護身用の短剣を取り出す。
護身用の短剣？
常に枕の下に忍ばせて寝てます。
私は殺伐な女ですので（苦笑）。
「何者？」
気配がした。
殺意がした。
一瞬眠りに落ちたけど完全に目が醒めた。つーか何なんだ、今日は？
いや。
そもそも最近何なんだ？
虫の王の残滓は付き纏うわ蒼天の金色と敵対するわレリックドーンと深いお付き合いになりそうだわ外法使いとも敵対するわで最悪なんですけど。
厄年か、今年。
うがーっ！
「あんたはどこの所属？」
「……」
相手は沈黙。
ロウソクの光だけなのでよく見えないけど黒いローブとフードを纏っている。妙に白い口元だけがよく見える。口元から察すると女だ。
虫の王の残滓じゃあないらしい。
ナイフを相手に向けながら構えてはいるけど物理的な武器としては心許ない。パラケルススの魔剣は壁に立てかけてある、丁度奴の後ろだ。
「あんた外法使い？」
「……」
「どっちにしても入る家を間違えたわね。ここは暗殺者の巣窟。あんた五体満足で帰れると思ってるの？」
ガチャ。
突然扉が開いた。
アンだ。
アンが銀のショートソードを手に部屋に駆け込んできた。夜這いではないです（笑）。
そんな彼女の後ろには他の暗殺家族もいる。
不法侵入するには問題だらけの家だと思いますよ、泥棒の皆様は絶対に入らない方がいいと思われます。
ともかく。
ともかく駆け込んできたアンが謎の侵入者の背後に肉薄、刃を一閃した。
そこに容赦などない。
「なっ！」
バッ。
妙な顔をしてアンが突然後ろに飛び下がった。入り口まで飛び下がったので入ろうとした他の家族達は廊下に押し出される。
どした？
アンは叫ぶ。
「フィーっ！ そいつの感触おかしいっ！」
「感触？」
瞬間、謎の侵入者は床を滑るように私に迫る。いや実際に滑ってるっ！
よく見ると足がなかった。
幽霊か何かかこいつっ！
こちらに向かって手を伸ばしながら接近してくる。白い手がこちらに伸びた。
「はあっ！」
交差する瞬間、ナイフを相手に突き刺した。
心臓を一突き。
ぬる。
妙な感触がした。まるで水の中に突き刺したような、そんな感覚。こいつ実体が朧っ！
白い両手が私の両肩を掴む。
しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
私の両肩から白い煙、そして数秒後に腕の力が消失していくのが分かった。
視線を腕に落とす。
老化してるっ！
それとは逆に謎の侵入者は精気が満ちてくる。
こいつ私の精気を吸って活性化してるっ！
謎の侵入者が初めて声を発した。
「……生命力、貰い受ける……」
「勝手に吼えてろっ！」
バッ。
敵の腕を振り払い、相手の右腕を掴む。……うわぁ。私の腕、おばあちゃんになっとる（泣）。
この代償を食らえーっ！
「炎帝っ！」
ごぅっ。
ゼロ距離の炎の魔法を叩き込む。
謎の侵入者は一気に炎上、炎に包まれる。炎に耐える様は一切見せずそのまま簡単に崩れ落ちた。
根性ないな。
「絶対零度」
火事になるので冷気の魔法で炎を消す。
実体がないのかな？
もしかしたらローブが本体？
よく分からないけど何とか倒した。腕の老化は……生命力を回復させたら何とか回復するだろう。腕の精気を活性化させなきゃ。
「なぁ親友。大丈夫か？」
「問題ないわ、ムラージ」
敵は沈黙した。
誰だか知らないけど撃破完了。
「ふぅ」
私は溜息。
既にシロディールには希望はないのかもしれない。太陽は中天から落ちた。ここは斜陽の王国。
暗黒の中を様々な者達が蠢いている。
暗黒の中を……。
三時間後。
ブルーマの宿屋オラブタップ。その一室。
粗末な室内。
木造の造りで宿屋としてはランクは最低な位置する。宿としての機能はさほど果たしてはおらず（旅行客はもっと良い宿に泊まる為）もっぱら
地元の人間が仕事帰りに一杯ひっかけに来る酒場としての立場の方が強い。
そんな宿の一室に黒衣の男がぼろいベッドに腰を下ろしていた。
そしてもう1人、その男の前で直立不動の人物。
「何用だ、ヴァルダーグ」
「ご清遊中申し訳ありません。問題がおきました。……しかし」
「何だ？」
「もう少しランクの上の宿をお取りするべきではありませんか？ 仮にも皇帝になろうとするお方がこんな場所に泊まるべきではないかと……」
「俺はこういうところの方が落ち着くんだ。そんな事はどうでもよかろう。どうした？ 何が起きた？ お前がわざわざ来たという事は大事なのだろう？」
「はい」
「言え」
「イニティウムの1人、魔眼バロルが戦死しました」
「……何？」
「バロルは最後に通信弾を放ちました」
通信弾。
魔力に思念を付与して放つ魔法で通信用に主に使われている。感応師と呼ばれる専門の魔術師のみが通信弾に込められた思念を解読出来る。
「バロルは何を最後に報告してきた？」
「感応師に解読させたところ外法使いに殺されると。シルヴァがシロディール入りしているのでどうか若お気をつけくださいと」
「どういう事だ？」
「何がでしょう？」
「どうしてバロルがシルヴァと戦った？」
「イニティウムマスターの命令で虫の杖を探しに……」
グッ。
その瞬間、デュオスがヴァルダークの首元を掴んだ。
「勝手に何させてやがるっ！」
「マスターのご命令でした」
「俺様はそんな命令は出していないぞ？ 死ぬか、ここで？ 誰の組織だ黒の派閥はっ！ 勝手に俺様の部下から死人出してんじゃねぇよっ！」
「申し訳ありません」
「死にたいか貴様っ！」
「それが若の御心なら」
「……ちっ」
バッ。
ヴァルダークを離して再びベッドに腰を下ろす。
「爺の命令には従う必要はねぇ。全員にそう徹底させておけ。どっちにしろあの爺はジョフリーのお守りで修道院から動けないんだからな。分かったか？」
「御意」
「それで銀色はバロルが俺様の部下だと知ってるのか？」
「たまたま鉢合わせしただけだと思われます。それに若は20年前に公式では死んだ事になっています。そして当時の若はブレイズ。まさか現在は
反帝国の組織を率いているとは思わないでしょう。仮に気付かれたとしてもさほどのデメリットはありますまい」
「ふむ」
「しかしバロルの損失は甚大です。密偵と伝令、この役は必要不可欠です。いかがなさいますか？」
「現在アイリス・グラスフィル抹殺の為に派遣してるセエレを引き抜いて本来の伝令と密偵の任務に戻せ。抹殺はリリス1人でも問題あるまい」
「しかし万が一という事もあります」
「心配性だな、相変わらず。ならばルディウスのチームを送り込め」
「御意」
「……」
デュオスはそのまま瞑目した。
別に銀色は怖くない。20年前、まだブレイズに属していた頃銀色の片目を潰した。その代償に手傷を負ったものの勝ちを収めた。
もっともそんなデュオスの卓越した能力を恐れたジョフリーに獅子身中の虫として刺客部隊を送られ殺されかけたわけだが。
「バロルの遺体はどうした？」
「バロルと部下の遺骸は回収済みです」
「弔ってやれ。金は惜しむな。派手に弔ってやれ」
「御意」
「俺はブレイズのように捨て殺しはしない。忠義を尽くした者には報いる。……甘いか？ この考えは？」
「いえ。そのようなお方だからこそ自分はあなたに仕えております」
「その気になればあっさりと殺せる俺にか？ モロウウィンドの勇者殿？」
「あっさりとは無理でしょう。若を倒すには30分は掛かるでしょう」
「くくく。そうか」
「話を戻しましょう、若。まずは拠点に戻った方がよろしいかと思います。万が一という事もあります。護衛として従えているイニティウム2人だけでは……」
「問題ない。それよりもヴァルダーグよ。銀色は俺様の部下を殺しやがった。宣戦布告と取る。問題はあるか？」
「問題は大いにありますがどのみち若はお聞きになりますまい。御供します。どこまでも」
「くくく」
黒の派閥、禁呪の収集家、敵対のフラグ発生。