天使で悪魔






復活の兆し





  復活の兆候。
  それは宿敵の復活の可能性を意味する。






  「私が相手するわ。下がってて、ガンツ」
  「しかし……」
  「下がってて」
  「了解した」
  私は森林警備隊のガンツを下がらせる。
  レンジャーとしては有能なんだろうけど、帝国軍の兵士だから戦闘は得意なんだろうけど、魔術戦においてはさほど役には立たないと私は見てる。
  帝国軍は基本的に魔法は専門外。
  宮廷魔術師や専門の魔道部隊は存在してるけど数は少ない。そして一般的な帝国兵は魔法に対しての教育は施されていない。
  確かに魔法が使える帝国兵もいるにはいるけどあくまで自主的な鍛錬であり趣味。
  カリキュラムにはないのだ、魔法学。
  だから。
  だから純粋な魔法戦では役立たず。
  少なくとも今眼前にいる外法使いの相手をするには能力的に適さないのは確かだ。
  さて。
  「お話しはもういいのかしら? ブレトン」
  「ええ。でもあなたとのお話もしたいわね。どうしてシロディールに? 観光?」
  「お前なんかに話しても意味がないとは思わない? これから死ぬお前なんかに話す意味はないわ」
  「遺言はするべきよ。私が責任持って無縁墓地に放り込んでやるわ」
  「……へぇ?」
  「ふふふ」
  「やれるもんなら、やってみるがいい、ブレトンっ!」

  ごぅ。

  外法使いの両手にそれぞれ炎の弾が宿る。
  紅蓮の炎。
  敵は
禁呪の収集家、外法使い『無貌』のエルンツェアン。
  力量のほどは不明。
  そもそも私はあんまり外法使いの事は知らない。有名どころのシルヴァ、通称『銀色』の名前を知っている程度。この女は外法使いの中でどの程度の
  ランクなのかは不明だけど少なくとも並の魔術師よりは一等上だろう。外法使いだから当然外法、人の道に外れた外道の魔法を使う。
  未知の魔法の遣い手が相手、か。
  なかなか面白いじゃないのっ!
  「こいつで決まりよ、ブレトン。死出の炎っ!」
  それぞれの手に宿っている炎をこちらに投げた。
  ふぅん。
  どの程度の威力なのかは知らないけどさほど大した威力には見えない。当たっても問題なさそう。私は魔法は効かないし。
  だけど敵は外法の遣い手。わざわざ受けてやる義理はないわね。
  防御した方が無難か。

  バッ。

  右手を前に突き出す。
  その瞬間、炎が私の目の前で爆ぜた。しかし私には届かない。魔力障壁を展開したからだ。
  この程度の威力か。
  「お返しするわ。煉獄っ!」
  右手は突き出したまま。そのまま外法使いに向かって炎を撃つ。
  そして……。

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  爆発。
  虫の杖を手にしてから煉獄の威力も上がってる。その威力は最早牽制レベルじゃあない。
  炎上と黒煙が敵を包む。
  敵は沈黙したまま。
  「はっ?」
  何の反応もない。
  防御したわけでも回避したわけでもないだろう。少なくともそのようには見えなかった。
  ……。
  ……えっと、まさか死んだ?
  外法使いのレベルってこんなもの?
  うーん。
  だとしたらかなり期待外れだ。
  「やったのか?」
  「さあ?」
  少し離れた後方で傍観していたガンツの問いに対して明白には答えられずにいた。
  これが賊なら、まあ、死んでる。
  戦士や魔術師相手でもね。何しろ直撃なわけだからまず死ぬだろうよ。明確な防御手段を講じない限り誰だって死ぬ。圧倒的な能力を誇っている
  私だってこの間巨大スローターフィッシュに殺されかけたし(苦笑)。
  つまり。
  つまり無敵の覇者なんて存在しないってわけ。
  結構つまらない負け方をするのは人生の常。例えば竜皮を使わなければ私だって雑魚のなまくら剣の直撃で死ぬわけだし。
  外法使いとて例外ではあるまい。
  直撃ならこのまま勝敗は決している、と見てもいい。
  まあ、魔法に関しては生まれながらの特性も関係してくるから直撃受けても死なない奴は死なないか。ブレトンは特に魔法耐性が生まれながらに
  高いしダンマーなら炎に対しての特性がある。この外法使いもそういう恩恵がある可能性も否定は出来ない。
  もちろん後顧の憂いは立つに限る。
  「煉獄っ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  駄目押しの1発。
  よし。
  これで死んだろ。
  その時、空気の音を切り裂いて一条の殺意が私のすぐ真横を通り過ぎた。びびったー(泣)。
  ガンツが放った矢だ。
  黒煙の中に吸い込まれるように消えた。

  キィンっ!

  「……?」
  弾かれた。
  弾かれた音がした。
  ふぅん。
  ガンツの思慮に助けられたか。何だか知らないけど矢を弾くわけだから突っ込むのは得策ではない。
  だったら完膚なきまでに吹っ飛ばすっ!

  ぶわっ!

  黒煙が突風で払われる。視界がすっきりする。突風は私の魔法じゃない、多分外法使いだ。
  そこに奴はいた。
  外法使いの前には寄せ集めの白骨が山積みとなっていた。
  念動で目の前に置いた?
  それとも……。
  「こいつらカルシウムは生前に充分に摂取してたみたいね。炎も矢も私には届かなかった。くすくす☆」
  「貴様ぁっ!」
  同胞の白骨を冒涜されてガンツは吼える。
  私はそれを無視した。
  外法使いもだ。

  パン。

  外法使いは両手を合わせる。
  白骨は無数に分かれる。それぞれが1人分の分量に。
  なるほど。
  「お行き、スケルトンっ!」
  「ふぅん」
  骸骨達がこちらに向かって歩みを始める。
  児戯っ!
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  雷撃で一蹴。
  骸骨達はバラバラとなって宙に舞う。
  「降り注げ悪意の欠片となってっ!」
  「……っ!」
  バラバラとなった骨が私に向って来る。
  一直線に。
  無数に無数に、迫ってくる。
  下らない。
  「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  パラケルススの魔剣を振るう。
  的確に。
  的確に。
  的確に。
  剣で砕き、弾き、迫り来る骨を次々と撃墜。私を魔術だけの女だと思うなよーっ!
  「これで終わり?」
  パラパラと骨の欠片が私の周りに舞い落ちる。
  「終わりなの?」
  「なかなかやるわね。ブレトン。だれど禁呪の収集家を舐めない事ねっ!」

  パン。

  両手を再び合わせる外法使い。
  瞬間、私の足元に深紅の光が光った。その光は骨の欠片と欠片を繋ぎ合わせて行く。
  魔法陣っ!
  「そうよ分かったかしら? あんたは魔法陣のど真ん中にいるのよ? くすくす。このまま骨だけを抜き取ってやるわっ!」
  「ほざけ」

  ザンっ!

  パラケルススの魔剣を足元に突き刺した。
  魔法陣を形成していた骨の欠片の1つを破壊。そして魔法陣は光を失う。私の足場は元の地面に戻る。
  「それで?」
  「くっ!」
  「まさかこの程度の想定も出来てなかったってわけじゃないわよね?」
  「生意気な女だねっ!」
  「お互い様よ」
  魔法陣は繊細。
  一部を破壊すれば効果を失う。この程度の原理は魔術師なら誰だって知ってる。魔法陣に捉われた際に気を付けるのは冷静さを失わない事。
  取り乱さなければ問題なんてない。
  ……。
  ……つーかこの程度で外法使い?
  もしかしたら大した相手じゃないのかもしれない。
  「ちょ、ちょっとちょっとブレトンっ!」
  「何?」
  「あんたもしかして禁呪の収集家、外法使い『無貌』のエルンツェアンを見くびってるわね? そうでしょっ!」
  「いえいえ。正当に評価した結果で雑魚だと思ってるだけ」
  「ザギヴ様の配下である私を怒らせると怖いわよぉーっ!」

  パン。

  両手を合わせる。
  「骨よ、骨よ、骨よっ!」
  私の足元に散らばる白骨の残骸が宙に浮く。そしてそれは全て外法使いの元に集う。
  何するつもりだろ。
  「骨の硬度はダイアモンドの五分の一。ここに数人分の骨があるわ。それら全てを身に纏えば硬度は当然上がるっ!」
  「まあ、理屈は分かるけど短絡的よね」
  「御託はいいのよ、ブレトンっ!」
  全身を人骨で隙間なく纏った外法使い。無貌とか名乗ってる割には骨系の攻撃が得意みたい。数人分の骨を纏って巨大化した外法使い。
  でかければ強い?
  短絡的ですな。
  まあ、何でもいいんですけど。
  「さて行くわよぉブレトンーっ!」

  タッ。

  勢いよく足元を蹴ってこちらに向って来る。
  ふん。
  白兵戦のつもりか。
  馬鹿めっ!
  「裁きの天雷っ!」
  「無駄よ無駄ぁーっ!」
  「なっ!」
  思ったより早いっ!
  人骨を全身に寄せ集めた外法使いは雷撃を放とうとした私の右腕を蹴り上げた。右手を蹴り上げられて右手は天に向く。雷撃は天を貫いた。
  でかいのにこいつ結構早いっ!
  外法使いは手刀を私に叩き込もうとする。鋭利に尖った骨が腕に装着されている、まともに当たったら死ぬだろう。私は身を捻って回避するものの
  それは右腕を少しかすった。鉄の鎧は腕の部分が露出しているから防ぎようがない。血が噴出すけどそんなに深くないのは救いかな。
  外法使いは笑う。
  「お前の骨は支配したわブレトンっ!」
  「……っ!」
  右手が動かないっ!
  少しずつ。
  少しずつゆっくりと右手は私の首に近付く。

  「ブレトン、私の魔力が傷口からお前の右腕の骨を支配したわ。そして全身の骨もねっ! そのまま自分で首を絞めるがいいわっ!」
  「ねぇ?」
  「命乞いかしら?」
  「ここまで戦って置きながらなんだけど……敵対する理由はお互いに気に食わないだけってのはどうかと思うんだけど? どうしてシロディールに?」
  「遺言でも教えてやる義理はないわぁっ!」
  「ああ。そうですか」
  「死ねっ!」
  「裁きの天雷」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  体は自由に出来ても魔力まで好きには出来ない。
  体を動かすのと魔法を制御するのは別物。雷を私自身に向けて放つ。魔法の基本原理として自分の魔法では死なない。自身の放つ魔力と自身が帯び
  ている魔力の波長は一緒。これにより中和され、無効化される。ただし炎の魔法で建物を焼くなどをした場合、建物の炎に包まれたら死にます。
  あくまで一時的接触に限り無効化。
  二次降下としての炎上等では死にますのであしからず。炎上に限らずね。
  ともかく。
  ともかく私は雷撃を自分に放った。
  余波が私を中心に発生、外法使いを吹っ飛ばした。

  どさぁ。

  盛大に転がる外法使い。
  だけどまだ終わりじゃあない。外法使いは骨を纏ったままだ。なるほど。なかなかしぶとい。
  「よし」
  私の体の自由が戻った。
  トドメっ!

  「トドメは俺がするっ! 仲間の仇だっ!」

  ガンツが叫ぶ。
  瞬間、鋭い一撃が放たれた。外法使いはせせら笑った。
  「矢なんて効くものかっ!」
  それが。
  それが外法使いの最後の言葉だった。
  奴の首が宙を舞った。
  確かに矢は効かないだろう。しかしショートソードを矢につがえて放てば意味は別物。攻撃力は段違いとなる。首は天を慕うかのごとく舞った。
  纏っていた骨はバラバラとなった。
  死んだってわけだ。
  「無貌ね」
  私は呟く。
  本当の意味で無貌になった外法使い。倒すには倒せたけど、結果としてどうしてシロディールに来たかは不明のまま。
  仲間の数もね。
  ……。
  ……まあいいか。
  厄介な外法使いの1人は果てた。今後関るかどうかは不明だけど厄介な奴が1人果てたのは吉報だ。
  「冒険者殿」
  「ん?」
  「感謝する。お前のお陰で仲間の敵が討てた」
  「いえいえ。こちらこそどうも。凄い弓の腕前ね。普通ショートソードを弓で放つなんて出来ない芸当よ。少なくともまっすぐ放つ芸当は初めて見たわ」
  「あんたの魔法の腕も大したものだ。報酬としてネズミの肉もつけてやろう」
  「いえ肉払いは結構です」
  「はははっ!」
  肉が通貨かこのおっさん。
  まあいいですけど。
  「仲間を葬るんだが手伝ってくれないか?」
  「いいわ」
  「敵だがそいつの死体も……」
  「外法使いの死体には触らないで」
  鋭くぴしゃりと私は言った。
  わざわざ『無貌』を名乗ってたんだ、多分意味があるのだろう。何らかの外法が掛かってる可能性もある。
  外法は呪いにも似た厄介さがある。
  触らない方がいい。
  「首も体もそのままにしといた方がいいわ。何らかの外法が施されているにしてもしばらく放置しておけば消えるでしょうから」
  「そうか。分かったぜ」
  新しい噛みタバコをくわえながらガンツはニヤリと笑った。それから敬礼。
  私は微笑しながら右手をあげた。
  「あんたには感謝してるぜ、冒険者殿」
  「気にしないで。すべき事をしただけだからさ」
  「肉で支払うぜ?」
  「だから肉はいいってば」
  「はははっ! 肉が嫌いか? そんなんじゃ俺の愛娘のようにプリティになれないぞーっ! ……まあ、絶対に勝てないけどなっ!」
  「はいはい。負けました負けました」
  悪い奴じゃない。
  悪い奴じゃないんだけど……うーん、まともなタイプのやつはいないの?(泣)
  この世界の神様はいい加減だなぁ。
  おおぅ。





  数時間後。
  フィッツガルド・エメラルダとガンツが去った後、放置された外法使いの首に這い寄る影があった。
  首に近付く。
  首に。

  「……力がここにある……」

  それは虫の王の残滓。
  復活の兆し。