天使で悪魔
迎えられし日
1人の老人を殺した。
名をルフィオ。
インペリアルシティで強盗殺人をした、殺人犯。
闇の一党に付け狙われていた老人であり、私の入団テストの標的。
彼に特に恨みはない。
しかし私は殺した。この手で、彼の喉元を切り裂いた。
別に何の感情も浮かばなかった。そういう意味ではルシエンの言葉は正しい。
私は殺しを殺しとして認識していない。
……いや。あえて言うけど殺人狂というわけではない。
……まぁ人殺しには違いないけどね。
私は今、シェイディンハルにいる。ルシエンに手渡された地図によると、ここに闇の一党の支部がある。
聖域、とか言ってたっけ?
そこに向っている。
私はシシスも夜母も知った事ではないし、ルシエンも上役だなどとは思わない。
この先も『邪悪なる母を称えよっ!』とか言うつもりはないし崇拝もしない。私はただ利用するだけだ。
アダマス・フィリダ。
あの爺だけは許さん。危うく人生食い物にされるところだった。
……絶対に殺す。
闇の一党は、その為の道具でしかない。
……その為の……。
そこは廃屋だった。
帝都とブラヴィルの中間の場所にある『不吉の前兆』から馬(帝都軍から失敬♪)を飛ばし、到着した時は既に夜。
……良い演出じゃない?
監督も思わず感涙して撮影忘れる、というぐらい演出が最高。
夜の闇に佇む廃屋は、はっきり言って怖すぎ。
「さて。行きますか」
扉に手を掛ける。かちゃり。鍵は開いていた、私は中に入る。
暗い。
それに荒れ果てている。打ち捨てられて何年も経つのだろう。とても人が住んでいるとは思えない。
……ここにはね。
さらに奥の扉を開く。荒れ方は、さっきとそう変わらない。
「あれか」
視線の先には、崩れた石の壁。
ちょうど人一人が通れる、穴が開いている。私はそこをくぐった。
途端、暗闇は掻き消され真紅の光が照らしている。その色、私はあまり好きではない。
……毒々しすぎる。
……ついオブリビオンの空を思い出してしまう。ふぅ。気が滅入るな、この色は。
真紅の色を発するは扉。
そのデザインもある種の歴史を感じさせるモノではあるものの、人によっては呪われしモノと受けるだろう。
一言で言うと、悪趣味。
赤子を左手で抱き、右手には刃。それに怯える四人の子供。何なの、このセンス?
ここが闇の一党、シェイディンハルの聖域。
聖域?
ふん。悪魔の巣窟……あー、厳密には殺し屋の楽園?
どちらにしてもろくな場所じゃない。そこまで考えてから、苦笑。私もその同類項だ。
「夜の色とは何色だ」
扉が発しているのか、それとも向こうの者が言っているのか?
問い掛け。
私はルシエンに手渡された地図に端に書かれた言葉を口にする。
「サングイン。我が同志よ」
「よくぞ戻った」
異質な声はそう囁いた。もしかしたら声ではなく、私の思念に語りかけているのかもしれない。
まあ、どうでもいい。
ギギギギギギギっ。
扉が不平を言いながら、開いた。さて、暗殺者の花園に足を踏み入れますか。
そして……。
「ようこそ。ようこそっ! 私の名はオチーヴァ。この聖域を治める者です。貴女の事は既にルシエンから聞いて
いますよ。闇の一党は貴女の事を心より歓迎しますよっ!」
「そ、そう。ありがと」
黒い皮の鎧に身を包んだ、アルゴニアンの女性が私の手を握りながら歓迎。
……ルシエンの奴、私を大統領とでも言ったのか?
妙に親しげな雰囲気。
「新たな同志が加わる事はいつでも大歓迎です。夜母はきっと愛しき娘達に微笑み掛けているでしょう」
ほんとに嬉しそうだ。
感性が私とは違う模様。まあ、こいつらは戒律が絶対だからね。私は、末の妹に位置されるわけだ。
「この場所は我々が聖域と呼んでいる場所です。この場所が貴女の新しい居場所となり、いかなる時も貴女に心
の安らぎと平穏を与えてくれるでしょう」
安らぎねぇ。
確かにオーガに非常食として飼われるよりはマシだけど……あまりにも馴れ馴れし過ぎて逆に怖い。
私、うなされるかも。
「ヴィンセンテ・ヴァルティエリに会いに行ってください。奥にいます。新しく加わった者はまず彼から任務を受けるの
が習わしなのです。ああ、もちろん貴女の準備が整ってからでいいですよ」
「分かったわ」
まったいいにくい名前。
ヴィンセンテ・ヴァルティエリ……どこのどいつよそんな名前付けたの。
「聖域にようこそ、新しき同志よ」
「オ、オチーヴァ?」
面食らう。オチーヴァが2人……いやでも、声が違う。別人か。それにしても似てる。
まあアルゴニアンの見分けは私には最初から出来ないけど。
「俺の名はテイナーヴァ。ははは。オチーヴァとは双子なんだ。同じ卵から生まれたのさ」
「なるほど。そっくりね」
「あんたをこの聖域へ、そして俺達の家族として歓迎するよ。この場所があんたにとっても帰るべき場所になる事を心
から祈ってるよ」
「ありがと。私も馴染めるようにするわ」
アルゴニアンの男性……どっちが双子の兄か姉かは知らないけど、彼も馴れ馴れしい。
殺し屋っぽくないとでも言うのか。
奥に向うべく歩いていると、今度別のメンバーに捕まる。
「ああっ!」
「ん?」
タタタタタタタタタタっ。
金髪の女性……いやあどけなさが残ってる。金髪の少女、と言うべきか。その少女が走ってくる。
似つかわない、この場所に。
「何?」
「貴女の事はよぅく聞いています。ようこそ、聖域へっ!」
「そ、そう」
ここの連中は皆、フレンドリーだ。それも過剰なほどに。
ルシエンの戒律、それに大学の時に読んだ文献からも知ってたけど構成員は兄弟姉妹という概念がある。
ただの概念だけだ、と思ってたけど違うようだ。
変な言葉だけどこいつら全力で家族してる。暗殺者なのにね。変なの。
「あたしはアントワネッタ・マリー。ようやく会えて嬉しく思いわ。問題なくやってます? 面倒事は? 何かあればどんな
些細な事でも言ってくださいね。姉であるあたしが力になりますから」
……ああ、納得。
兄弟姉妹は年功序列ではなく、入った順。彼女は多分、ここでは末の妹だったのだろう。
私が入って、順序が変わった。つまり私が一番下の妹。
妹が出来て、嬉しいのだろう。……暗殺者なのにね。健気と言うかなんと言うか。
「じゃあお姉様、また後でね。任務を聞きにいかなくちゃ」
「……」
「ん?」
「……もう一度、言って……」
「お姉様」
「んんー♪ また後でね、妹♪ 今夜はゆっくり飲みましょう♪ その後で……ふふふ♪」
「……」
スキップしそうなまでに気分は上り詰めているご様子。
多分、彼女の心はダイブロックをも越えたわね。しかも姉妹の意味を間違えてる気が……。
……今夜酔い潰されたら私は何される……?
おおぅ。
彼女と別れ、私はさらに奥に。ここの人種は多様なわけね。差別もないわけだ。家族愛に包まれてる。
……後、殺しがなければ理想郷なんでしょうけど。
話し声が聞えた。
重武装のオークの男と、弓矢を背負った長身の女性。
「だけどどうしてコソコソ隠れなきゃならん。標的なんぞ斧で一撃だぜっ!」
「ゴグロン。貴方は暗殺者なのよ? 姿を現してどうするの? その結果組織の秘密が洩れたら事よ?」
……あのオーク。
見た目だけではなく性格も豪快なご様子。あいつだけ違うじゃん。どー見ても戦士ギルド向き。
こちらに気付き、弓矢娘が私に向き直る。
「ああ失礼。気付かなくて。私はテレンドリル。シシスの忠実なる娘のウッドエルフです。貴女が我々の聖域を気
に入ってくれる事を切に祈っていますわ、どうぞよろしく」
「ええ。こちらこそ」
総じて『聖域ラブ♪』な連中ばっか。この穴蔵がぁ?
さっきの話題も殺伐としてるけど、この連中にしてみれば茶飲み話程度なのだろう。
「そんで俺様がゴグロン・グロ=ボルモグだ。家族の1人としてあんたを迎えられるのはとっても嬉しいよ。歓迎
するぜ。抱き締めてやりたいが、オチーヴァに止められててな」
「そりゃそうよゴグロン。子供の頃、飼ってた兎を抱いたらグチャグチャにしたんでしょう?」
「ハハハ。そうだな。ハハハ」
「ふふふ」
……こ、こいつら筋金入りの暗殺者……というか変人ばかりだ。
頭の線が一本か二本、切れてるのだろう。
まっ、私も人の事言えないけど……こいつらよりはまだマシだと思う……。
二人と別れて、次に目に入ったのは歩くスケルトン。黒いベストを着込んでいる。
見ていても、別にこちらに何するでもない。
もちろん攻撃的であられても困るけど。ガーディアン、と言ったところか。さて最奥。扉がある。そこに例の依頼
の紹介人がいるのだろう。その時、カジートが出てきた。
こいつもフレンドリーなんだろう。きっと。
「ハイ」
「これはこれは我が家族の新入り様ではないですか」
むっ!
こいつトゲトゲだ。あからさまに私に嫌悪をぶちまけた。
「一つだけはっきりさせておこう。戒律は俺にお前を殺す事を禁じているが、だからと言ってお前と仲良くしなきゃな
らん義務はないんだ。俺は道具類を扱ってる。オチーヴァはお前とも取引をしろと言う。それには従う」
「で、結論は?」
「そもそもこの家族にお前みたいな余所者はいらねぇんだよ」
「なるほど。……お互いに干渉しなくていいみたいね。私はフィッツガルド・エメラルダ」
「ムラージ・ダール」
「じゃ、お互いに非干渉という事で」
「……臭い猿め……」
ふん。ネコめ。毛玉でも吐いて縁側で日向ぼっこでもしてろってんだ。
それに風呂は……はぅぅぅ、臭いかもー。三日前に入ったままだ。すいません、臭くてすいませんーっ!
あぅぅぅ。
沈む気持ちのままで、扉の奥へ。そして思わず剣に手を掛けた。
無論、すぐに戻したけど……こいつ、吸血鬼だ。異常に痩せこけた頬。それ吸血鬼の特徴だ。
たまに例外はあるけど。
しかし私の反応を見ても気にする風でもなく、歓迎してくれた。
こいつもフレンドリーだ。イメージと違うなぁ。
「おお、来たか。オチーヴァから紹介があっただろうが、私がヴィンセンテだ。よろしく頼む」
「フィッツガルド・エメラルダよ」
「見れば分かると思うが私は吸血鬼だ。しかし恐れる事はない。闇の一党の戒律は私を吸血鬼として振舞う事を抑制
している。私にとって、戒律は何よりも重きものだからな」
「へぇ。じゃあ高位なのね」
高位の吸血鬼は血の渇きを頭を抑える事が出来る。
大抵の吸血鬼は血に飢えすぎると、この間の下水道にいた吸血鬼見たく自我を失う。ただの獣になるのだ。
でもこいつは違う。
ふぅん。やっぱり油断しない方がいいな。なんだかんだで質は高い。さすがは闇の一党、かな。
「さて。早速だが任務に就くか?」
「ええ、そう……」
「まぁ今日はいい。任務の概要だけ教えよう。今夜は歓迎会を行うとしよう」
「はぁー?」
か、歓迎会?
いずれはお遊戯会までしようと言いそうな連中よね。
私はアダマスを殺したいだけ。その下準備に時間が掛かる、その間は我々の為に働けと言うルシエンとの協定の元に
ここにいる。何気に利用されている気もするけどね。それはそれでいい。
でも歓迎会?
こういう迎え方の方が、私にしてみれば最終兵器よりも怖いし攻撃力も高そうだ。
「さて、まず闇の一党の契約だが……依頼者は儀式を行う。そこに訪れ契約を結ぶ。依頼人は金を払い、我々は
標的を消す。至極簡単な事だ。分かるな、妹よ」
「そうね。殺し屋の基本よね。基本は抑えておかなきゃね」
「お前は海賊にどういう感傷を持っている? ……ああ、答えなくていい。今回は海賊の抹殺だ」
「はいな」
「その者は部下に護られている。そう、船長だ。こいつを殺せ。出来るか?」
「誰に聞いてんの?」
「素晴しい。帝都の波止場地区に行き、そこに停泊している海賊船に忍び込み船長を殺せ。名はガストン。息の根を
止めろ。この任務、そう難しくはない。どの道海賊だ。殺すのに躊躇いはいらんだろう」
「確かに」
……ふん、なかなかのうまい任務運びじゃないの。
ルフィオの時もそうだった。向こうは犯罪者。殺してもあまり……私は完全にだけど……あまり気を病まない。
死んで当然だったと割り切る事が出来る。
もしくはそう、思い込む事も。
で、最終的にはそんな気持ちも麻痺して闇の一党の暗殺者の出来上がりー♪
「妹よ」
「な、なに?」
その呼び方、あまり慣れていない。
グッドねぇも妹扱いはしてくれたけど、私を妹とは呼ばなかった。別に、そこに不満はないけど。
「今夜は飲もう。皆もそれを望んでいる。家族として、共に食卓を囲もう」
「そ、そうね」
ここが闇の一党の拠点の一つ。シェイディンハルの聖域。
想像していた場所はと違う。
想像していた連中とは違う。
確かに暗殺が下地にある為、どこか現実離れした危ない連中が多いものの……というかそれが全てではあるも
のの、それと相反するように家族愛に包まれている。
兄弟姉妹。
兄と姉は弟と妹を愛する。
弟と妹は兄と姉を愛する。
そこには確かに、確実に家族としての繋がりがある。
……歪な愛ではあるけれども。
それは今まで感じた事がないものだった。私には家族はいない。
いや。厳密にいる。
既に死んだ肉親レイリンじゃない。ハンニバル・トレイブンやラミナス、グッドねぇ。確かに家族的ではあったけど、そ
の一線は越えなかった。あくまで師弟であり同僚。
それでもよかった。
それでも満たされてた。恵まれてた。私は大学での暮らしは嫌いじゃなかった。心地良かった。
しかしここは……。
「おかしなものね、この気持ち」
ここには家族愛がある。
……それが、ミイラ取りがミイラになった瞬間だと、私は心の奥で冷静に感じていた。