天使で悪魔






森林の接触





  森は生命の源。
  生命を生み出し、そして育む。

  だけど忘れてはいけない。
  悪意はこの世界のどこにだって存在する事を。





  はぐれ魔術師の排除。
  魔術師ギルドの責任の領域なので何とかする必要性がある。
  だからといってアークメイジ直々に動く必要はどこにもないわけですけど。というか補佐役のラミナスに都合よく扱われるってどうよ?
  うーん。
  私ってば利用されやすいタイプ?
  ともかく。
  ともかく私ははぐれ魔術師ブラルサ・アンダレンがいるとされているスキングラード近郊にあるという祠を探すべくやって来た。
  まあ、その前に……。



  「ご主人様。あいにくと全員出払っております」
  「はっ?」
  スキングラードのローズソーン邸。
  私の自宅。
  久々に帰ってみたけどメイドのエイジャがいるのみ。元シェイディンハル聖域の面々は現在、黒の乗り手という配送会社を運営してる。営業時間は当然
  業務中であり家にはいない。まあ、当然よね。ただゴグロンはそういう仕事に向かないらしく戦士ギルドの助っ人をしてるらしい。
  どっちにしろ手が空いてる家族はいないわけだ。
  うーん。
  一口で祠って言ってもどんな場所なのか見当も付かない。手が大いに越した事はないんだけど……空いてる人はいないかぁ。
  戦士ギルド動かす?
  確かに私の組織だから動かせれるけど魔術師ギルド同様に現在戦力不足。ブラックウッド団絡みで実質半壊状態。
  建て直しが大変です。
  魔術師ギルドもね。
  ……。
  ……えっと、つまり、これは独力で何とかしなきゃいかんわけ?
  祠探しにはぐれ魔術師探し。
  それでいてその祠に魔術師がいるとは限らんという罠(泣)。
  面倒だなぁ。
  これが主役の宿命ってやつですか?
  おおぅ。
  「ご主人様?」
  「ああ。何でもない。ちょっと考え事。……そうだ、フォルトナは?」
  「ここ最近は帰ってらっしゃいませんが」
  「ふぅん」
  なるほど。
  黒蟲教団との決戦の後、再び冒険に直行したわけか。あの子、行動力すごいなぁ。
  「ご主人様」
  「何?」
  「何でしたらお手伝いいたしましょうか?」
  エイジャはただのメイドじゃあない。
  あくまでそれは仮の姿。
  実際は元老院直轄の諜報機関アートルムの捜査官。まあ、組織そのものは壊滅したので帰る場所がないらしいけど。なのでメイドに完全転職です。
  捜査官なわけだから戦闘能力も高いのだろう、きっと。
  少なくともそこらの雑魚よりは強いはず。
  「いかがなさいますか、ご主人様?」
  「やめとく。私1人でいいわ」
  「そうですか?」
  「ええ」
  「そうですね。考えてみたらアントワネッタ様の大切な方を奪うわけにはいきませんしね。略奪愛はまた今度にしましょう、ご主人様」
  「……」
  「冗談です」
  「そ、そう」
  「シュガーパイを丁度作ったんです。しばしティータイムを楽しんではいかがですか?」
  「お、お願い」
  「かしこまりました」
  一礼して下がるエイジャを見ながら私は思う。
  まともな奴いないの、この世界?(汗)



  「ぜぇぜぇ」
  スキングラード近郊の暗い森。
  絶賛遭難中。
  迷子とも言う(号泣)。
  「ぜえぜえ」
  鉄の鎧を着込み、背にはパラケルススの魔剣。完全武装。……ついでに日が沈み掛けているので虫の王の残滓も私を絶賛ストーカー中。この死に
  損ないは人がいない&日が落ちた限定で私をストーカーする。付かず離れずで付いてくる。
  ヒタヒタヒタヒタとね。
  オヤシロ様かお前は。
  うー。
  「いい加減付いて来ないでよ」
  私は振り向きもせずに歩きながら言う。足元を照らすのは松明のみ。月明かりも森が深いので届かない。
  こんな状況下で虫の王の残滓とデート。
  2人っきりです。
  辛抱たまらなくなった彼に襲われたらどうしよー☆
  きゃーきゃー☆
  ……。
  ……最悪だ(大泣き)。
  現在の虫の王は能力を完全に失っている、それだけだ。多分自我はあると思う。それとも妄執だけで追ってくる?
  まあ、奴の動機は分からん。
  だけど私を憎悪しているのは確かだ。
  それとも惹きつける何かがある?
  それは一体何?
  それは……。
  「もう付いて来ないでよ」
  ぴたり。
  そう言ってから私は足を止めた。
  気配が消えた。
  さっきまでは背筋に悪寒が走ってた。虫の王の残滓が私に向ける視線を背に一身に浴びて鳥肌が立っていた。
  それが消えた。
  ゆっくりと振り返る。
  「シャイな奴ね」
  消えた。
  虫の王の残滓は消えた。
  まだ夜明けには時間がある。というか夜は更けていく一方。
  ならばどこに行った?
  諦めたとは考えられない。だとすると誰か人がいるの?
  そうかもしれない。
  感覚を研ぎ澄ませる。
  ただ私は聖域メンバーのように気配を読むのはあんまり得意じゃないんだよなぁ。殺意は読めるんだけど純粋に人の気配を読むのは得意じゃない。
  「いた」
  松明持った奴が茂みから出てきた。

  緑色の軽装をした人影。
  男だ。
  背には弓矢、腰にはショートソード。
  山賊じゃあない。
  私はその武装に見覚えがあった。あれは帝国の森林警備隊だ。隊と言っても目の前にいるのは1人だけだけどさ。私はかつて帝都軍巡察隊に所属し
  ていたからその武装を見知ってた。巡察隊は街道を巡回、森林警備隊はその名の通り森林を巡回するのが仕事。
  ただ巡察隊と異なる点は基本的に山奥住まいというところかな。
  自給自足してます、森林警備隊。
  稀に人里に下りて来るのもいるけど大抵は自給自足のレンジャー生活してる。
  お陰で鹿やイノシシの乱獲が進んでます(泣)。
  さて。
  「帝都軍の人?」
  「……」
  私が誰何すると男は弓矢を手に取って身構えた。矢は性格に私の心臓を照準に定めている。
  ギリギリと矢を引き絞る音が聞こえる。
  ふぅん。
  流れるような動作にはまるで無駄がない。
  こいつ出来る。
  もちろん私がその気になれば矢を放つより先に消し炭に出来るのは言うまでもない。
  「私は冒険者よ」
  「どうだかな。仲間達を骨抜きにした魔女の仲間じゃないと断定は出来んよ」
  「魔女?」
  お目当ての奴かな?
  「それってダンマーの女魔術師?」
  「いや。よく分からん」
  「はっ?」
  「俺には顔がよく見えなかった」
  「夜だから?」
  「俺達は卓越したレンジャーだ。夜目には自信がある。そうじゃない。俺には顔が見えなかった。ただ仲間は恍惚の表情だった」
  「魅了か」
  そうかもしれない。
  その魔女は魅了の魔法を使ったのだろう。それはともかく男の顔はようやく判別が出来るようになった。
  インペリアルだ。
  まあ、帝国軍は基本的にインペリアルなんですけどね。
  無精髭を生やした30代中盤ぐらいの男性。
  粗野な感じがする。
  それは野外生活が長いからか元々なのか。
  まあ、両方なのだろう。
  噛みタバコを口にくわえていた。
  「あんた魔女ってわけじゃあなさそうに見えてきたよ」
  「じゃあこっちに矢を向けないで欲しいんですけど?」
  「最低限が分かってからだ」
  「最低限とは?」
  「……あんた戦術眼があるな。無駄に鸚鵡返しの発言をして時間を稼ぐ、そして状況を有利にしようとしてる。ただの冒険者とは思えんな」
  「そいつはどうも」
  「魔女は俺の仲間8名を森の奥に連れて行った。そして骨抜きにしやがった。あれは何だ? あんたには理由が分かるのか、冒険者殿?」
  「見当は付くわ。多分魅了の魔法ね」
  「俺には効かなかった。何故だ?」
  「顔が見えないって言ったわね。それはきっとあんたには効かなかったから。……もしかして大切な女性がいる?」
  「妻と娘がいる。任務だから最近は会ってないがな」
  「きっと妻子の想いがあるから魅了の魔法に抵抗できたのね。でもできなかった人達にはきっとそいつが絶世の美女に見えたはずよ」
  「抵抗出来た俺は、だから魔女の顔が見えなかった?」
  「おそらくは」
  「……」
  男は静かに弓矢の照準を私から逸らした。
  矢を矢筒に戻し、弓を背に背負った。
  信用はされてないだろうけど敵対はせずに済んだってわけだ。
  「そうか。メリッサちゃんが俺を守ってくれたってわけだな」
  「奥さん?」

  「メリッサちゃんは今年で三歳になるっ! くぅぅぅぅぅっ! 妻の前にメリッサちゃんに会ってたらきっと結婚してたっ!」
  「いや物理的に不可能だから」
  ロリコン?
  ロリコンなのか?
  それともただ娘を溺愛してるだけ……いやぁ既に変態の領域だろこれ。
  野性味溢れる常識人かと思ったらただの変態でした。
  こんな奴と森に一緒にいる。
  罰ゲームです(泣)。
  「俺は仲間を骨抜きにした魔女を追跡する。冒険者殿、何の目的でここにいるかは知らんが手を貸してくれないか? もちろん報酬は支払う」
  「うーん」
  「手伝ってくれたらイノシシの肉で支払おう。何なら鹿の肉でもいい。鹿三頭」
  「……お金でくれたら嬉しいんですけど」
  「仕方ないだろ。サバイバル生活が続いてて既に帝国軍の兵士ではなく自分は狩人なんじゃないかと思えてくる時もある。それだけ文明とは疎遠だ」
  「まあ、いいわ」
  こいつの言う魔女と私が追うはぐれ魔術師が同一人物とは限らないけど他に情報はない。
  ご一緒するにしよう。
  骨抜きね。
  男って美人に弱いってわけだ。

  「おっと、申し遅れたな。俺はガンツ。森林警備隊所属の帝国兵だ」
  「フィッツガルド・エメラルダよ」
  「よろしくな」




  「これが俺の仲間達だ」
  「……」
  全員死んでた。
  異様な姿で。
  「魔女に骨抜きにされたんだ。くそ。ひでぇ事をしやがるっ!」
  「……」
  噛みタバコをぺっと地面に吐き出した。
  骨抜き?
  骨抜き?
  骨抜き?
  はいはい。確かに嘘偽りないですな、この死体には全部骨がない。まさに骨抜きだ。
  ……。
  ……しかし外傷などない。
  血も出てないし肉も裂けてない。少なくともそのようには見えない。
  どうやって骨だけ抜いた?
  男達は人としての原形は保ってる。まあ骨がないのでところどころ異様ですけど……全員骨がなくなってる。なくなった骨は山積みとなっていた。
  こりゃはぐれ魔術師じゃないな。
  私が追うダンマー女は破壊魔法の達人。これは破壊魔法の範疇じゃあない。
  誰だ、こんな事をした魔女。

  「これはこれは飛び入り参加のゲストってわけね?」

  森の中から女が現れた。
  まるで地面を滑る様に金髪の、ウェーブのかかった髪型の女性が現れた。
  こいつが魔女か。

  「ああら? 男の骨だけでザギヴ様がお飽きになっていたところよ。わざわざ自分の足で女の骨を届けに来てくれるなんて感謝、ブレトンさん」
  「あんた何者?」
  ウェーブのかかった金髪の女性は私の態度にカチンと来たらしい。
  ふん。
  恐れられるのが当たり前、そんな顔してるなこの女。
  ……。
  ……だけどおかしいな?
  私には女の顔がよく見えない。霧がかかったようによく見えない。
  何故?
  女は咳払いをしてから私を指差す。
  「お前死んだよっ! この無貌のエルンツェアンを怒らせたんだからねぇっ!」
  「無貌……」
  ふぅん。
  なるほどね。こいつ顔ないのか。正確には常に幻術を纏ってるんだろう、それで男を手玉に取って『骨抜き』にしちゃうわけですね。だけど女の私に
  魅了の魔法は効かない。少なくとも同性同士では効果がない、それが法則だ。
  少なくともはぐれ魔術師ブラルサ・アンダレンではないのは確かだ。
  この女、2人連れらしい。
  視界の中にはいないけど『ザキヴ様』とかいう奴がいるらしい。もしくはこの場にいないけどザギヴ様とやらに仕えてる?
  そうかもしれない。
  女は楽しそうに笑う。
  「シロディールはいいね、やっぱりさっ! 人がウヨウヨといるっ! ザギヴ様の献上品に困る事がないわっ! あっははははははははははははははっ!」
  別の地方から来たらしい。
  わざわざ私に殺されに?
  ご苦労なことです。
  「お前運が良いよブレトン。この禁呪の収集家である私の獲物になれるんだからねっ! お前の骨、貰い受けるわっ!」
  「ふぅん」
  外法使いか、こいつ。しかも魔術師ギルドが把握してない奴だ。
  そうなると『ザギヴ様』とやらも同様なのだろう。
  実に好都合っ!
  「お前殺すよ」
  「あらあら威勢の良い骨ちゃんねっ! 私に勝てると思うなよ、小娘っ!」
  邪魔な外法使い、ここで1人消してやるっ!



  禁呪の収集家。
  外法使い『無貌』のエルンツェアン、登場。