天使で悪魔






侵入者





  人は誰かに必ず憎まれている。
  必ずどこかで。
  例え自分が気付かなくとも、排斥しようとする者は必ずいる。

  万人に好かれる人間などどこにもいないのだから。






  水没したアイレイドの遺跡ヴァヌア。
  そこには伝説の聖戦士装備が眠っているという情報を耳にした私は単身で遺跡に潜った。しかしその遺跡には先客がいた。
  盗掘集団レリックドーン。
  魔王メリディアを信奉するカルト教団の蒼天の金色。
  この2つの組織は同盟関係を結んでいるらしい。
  同盟の理由?
  さあ。
  それは分からない。
  私が殲滅しちゃったから。
  ま、まあ、カルトの親玉(実際には親玉にヴァヌア調査部隊を任されてただけなのかもしれないけど)には逃げられたけどさ。それでも切れっぱし程度
  の情報は手にしている。どうも聖戦士装備を双方の組織は破壊したいらしい。
  レリックドーンは込められた聖なる力を装備品から抽出したいようだ。
  蒼天の金色は装備が使い物にならなくする事。
  両者の利害は一致してる。
  だから。
  だから手を組んでいるのだろう。
  おそらくね。



  ともかく蹴散らしました。
  そして聖戦士装備、私は遺跡の奥でゲット。
  本当にあったんだぁと驚く一方、期待外れ感もありました。
  聖戦士装備は剣ではなく兜。
  私が欲しかったのはストーカーを続ける虫の王マニマルコの残滓を斬れるであろう聖戦士の剣。兜には用がありません。しかもその兜、バケツです(泣)。
  時代が古いから兜のフォルムも古臭い。
  どこの十字軍の兜だよ(号泣)。
  手にしてのは一応は兜だけではないです。アミエル卿と署名された日記もあった。彼の骨もあった。そして骨の指に朽ちずに残っていた指輪もね。
  日記は読んでない。
  虫の王の残滓がストーカーしてたからね、落ち着いて読んでる暇はなかった。
  レリックドーン&蒼天の金色の別働部隊がいないとも限らなかったし。
  バケツ……失礼、歴史的に価値のある兜と日記と指輪を回収して私は大学に戻った。
  そして一夜が過ぎた。




  「はっ?」
  「ですから盗まれました」
  早朝。
  私はベッドに横になって寝てたけどラミナスに起こされた。起こされた理由、それは盗難事件の発生。
  この間血虫の兜を盗まれたばかり。
  なのに……。
  「聖戦士の兜が盗まれたって……マジ?」
  「はい」
  「……はあ」
  何やってんだバトルマージ。
  セキュリティに問題ありまくりだろ、完全に。
  「他に被害は?」
  「アークメイジが回収してきたもの全てです」
  「日記と指輪も?」
  「はい」
  「……はあ」
  これはつまり無駄骨ですか、昨日遺跡に潜ったのは?
  そうかもしれない。
  嫌だなぁ。
  漁夫の利って奴かな。誰だか知らないけど盗んだ奴は遺跡に潜る手間を省いて兜と日記と指輪を手にしたわけだ。大学は現在、バトルマージの兵力
  が手薄になってるから警備は確かに甘い。遺跡に潜るより大学に忍び込む方が遥かにリスクが少ない。
  「盗賊ギルドの仕業?」
  「手口が違いますので違うと思われます」
  「血虫の兜を盗んだ奴の仕業?」
  「それも違うでしょう。その一件で大学内のバトルマージの巡回を増やしています。誰にも見られないまま強奪するのはまず不可能です」
  「ふむ」
  聖戦士装備。
  私が欲しいのは剣。歴史的価値があるから兜を持ち帰ったけど別に私はどうでもいいと思ってる。
  惜しいものではない。
  惜しいものではないけどこうも簡単に盗難されるのは面白くない。
  「他に被害は?」
  「それだけです」
  「ふむ」
  「いかがなさいますか、アークメイジ」
  「バトルマージの再編成を急いで。警備もままならないようじゃあ私の対面にも関わる」
  「了解しました」
  「後はよろしく。じゃあ私は寝るわ」
  昨夜は大忙しだったし。
  疲れてます。
  遺跡潜りや戦闘もそうだけど魔術師ギルドの書類整理も仕事も忙しかった。戦士ギルドマスターでもあるからそっち方面の仕事も忙しかった。さらに
  私は元老院議員だから雑務もあるわけで。まあ、魔術師ギルドを預かる身だから特例措置で会議に必ず列席する必要はないんだけど。
  つーか山彦の洞穴の遠征の為の裁可の為に列席したっきりだ。
  さて。
  「後はラミナス、よろしく。私は寝るから」
  「……ふぅ。やれやれ」
  「……?」
  「また抱いて欲しいのか? 1日3回が限度だって言ってるだろ。まあいい。可愛がってやるからとっとと服を脱げ。げっへっへっ♪」
  「ぶっ殺すわよっ!」
  「お前を弄ると楽しいなぁ☆」
  「はあ」
  アークメイジ弄るってどんなよ?
  まったく。
  他の奴だったら問答無用で左遷してやるところだ。
  ……。
  ……ま、まあ、普通に常識があるなら奴らならアークメイジにこんな事は言わないかな。ラミナスすげぇーっ!
  「ではアークメイジ、私はこれで」
  「ええ。後は任せる」
  「アークメイジ」
  「ん?」
  「本当に夜伽は必要ないですか?」
  「うがーっ!」
  もうこいつやだよぉー(泣)。
  あうー。




  「んー」
  本日休業日。
  私はベッドの上でごろごろしてた。
  そういえば最近はスキングラードの自宅に帰ってないな。つーか仕事忙しいもんなぁ。
  魔術師ギルドと戦士ギルドのトップ、それが私。
  忙しいのは当然かな。
  魔術師ギルドの評議長は自動的に元老院議員になっちゃうわけだから……当然元老院議員としての責任もあるわけで。さらに言うのであれば全て
  最年少で私は存在してる。なので黒馬新聞とかのインタビューも多い。出来る女は辛いですなぁ。
  疲労が蓄積してます。
  泥のように眠ろう。
  「んー」
  眠りが私に訪れかかってる。
  この瞬間が一番好き。
  眠りに。
  眠りに。
  眠りに……。
  「誰?」
  気配がした。
  私が誰何の声を発するとその気配は動揺した。私はゆっくりと目を開き、ゆっくりと身を起こす。
  そこには……。
  「ラ、ラミナス?」
  「そうっ! フィッツガルドの兄貴分でありアークメイジの補佐役ラミナス・ボラスとは私の事だっ!」
  「いや意味分かんないから」
  変なタイミングで名乗りを挙げたわね。
  つーか何故ここにいる?
  「何してんの?」
  「お前はまだ若い」
  「はっ?」
  「体が夜鳴きしてないかと思ってな。まあ、まだ昼前だがお前は時間帯限らず旺盛な奴だからな。そこで私が推参したわけだ。迷惑か?」
  「迷惑じゃボケーっ!」
  「ちっ。生意気言いやがって。お前なんて二度と抱いてやらん」
  「抱いていらんわーっ!」
  「じゃあな」
  「ちょっ……っ!」

  ガチャ。バタン。

  「……」
  あっさりと退室するラミナス。
  何しに来たんだ、あいつ?
  まさかギャグの為?
  今のトークする為だけにここに来たのかも。あいつすげぇーっ!
  「はあ」
  ストレス解消の玩具か、私は。
  やれやれだ。
  もちろんストレスが溜まるのは分かる。私が気ままにしていられるのもラミナスが補佐しているからだ。いや。むしろラミナスが運営してる、そう言っても
  過言じゃあない。ラミナスの気分転換に付き合うのも私の務めだと思ってる。別に深いじゃないし。確かに彼は私の兄貴分。兄だと思ってる。
  さて。
  「寝ようかな」
  今度こそ本気で寝よう。
  私は横になった。

  ドサ。

  瞬間、私はベッドから転げ落ちた。
  寝相が悪い?
  いえいえ。
  殺気が急に室内に満ちたからだ。私がベッドを転げ落ちた瞬間、無数の刃がベッドに突き刺さる音が響いた。素早く立ち上がり敵に体当たり。
  パジャマ姿の私、当然武器は持ってない。
  だけど魔法がある。
  敵は敵で必殺の一撃をかわされるとは思ってなかったのだろう、一時的に呆けたようになっていた。私の体当たりで1人が倒れる。残りの2人は大きく
  飛び下がって私との保つ。倒れた1人もすぐに立ち上がってゆっくりと後ろに下がった。私は追わない。剣の切っ先をこちらに向けていたからだ。
  敵は3名。
  深紅のローブを身に纏っていた。フードを目深に被っているので顔は良く見えない。
  誰だこいつら?
  レリックドーンでも蒼天の金色でもない。
  どこかで見た衣装。
  どこかで……。

  「暁の到来の為にっ!」

  1人が叫ぶと、3人とも光に包まれる。光が薄れた時、ローブ姿は消えていた。異質な武装に身を包んだ3人がいる。
  武装召喚っ!
  そうか思い出した。こいつら皇帝暗殺犯か。確か深遠の暁。魔王デイゴンを信奉するカルトどもだ。
  ちっ。
  昨日はメリディア信奉のカルト、今日はデイゴン信奉のカルトかよ。
  やれやれだ。
  こいつらが聖戦士装備を奪った……まあ、タイミング的には合うけど……まあいい。どっちにしろ惜しいものじゃあない。問題なのは私を襲う理由だ。
  元老院議員だから?
  皇帝暗殺の場にいたから?
  うーん。
  両方なのかもしれない。
  何しろ思い当たる節がたくさんあり過ぎるから特定できない。私そこら中に敵作ってるからなぁ。

  バッ。

  3人、こちらに向かって床を蹴って突っ込んでくる。
  武装召喚自体は珍しくない。私も召喚剣使える。ただしこいつらの纏っている武装は見た事がない。おそらく一般的に確立されている召喚武装とは別の
  ジャンルなのだろう。見慣れない武装というのは結構心を怖気付かせる。まあ、私はそこまでびびってはないですけど。
  粉砕するまでだ。
  「裁きの……っ!」
  「死ねぃっ!」
  くそ。
  攻撃速度が速い。私は魔法を放てないまま床を転がる。転がりつつ相手の足を払った。1人が転ぶ。私は転んだ相手に掴みかかろうとするものの他の2人
  が斬撃を浴びせてくるので回避、間合を保とうとする。転んだ奴は立ち上がり、3人連携で私に斬りかかってくる。
  こいつら思ったよりも強いっ!
  斬撃の連続。
  1人を回避し、1人を退けるもののもう1人の斬撃が私に襲い掛かる。回避出来ないっ!
  相手は勝ち誇ったように叫んだ。
  「死ねっ! 貴様はキャモラン様の障害となったのだからなっ!」

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  「な、なにぃっ!」
  私は左手の甲で相手の斬撃を防いだ。金属と金属がぶつかり合う音が響いた。刺客の声に動揺が走った。
  静かに微笑。
  「武装召喚使えるのは自分だけだとは思わない事ね。お分かり?」
  私の左手には異界の籠手を纏っている。
  部分的な武装召喚。
  これぐらいは私にも出来る。虚を衝かれた暁の戦士の腹に右手を当てる。
  「炎帝っ!」
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  ごぅっ!

  ゼロ距離の炎の魔法が敵の1人を焼き尽くす。
  予想外の反撃に2人は後退する。
  間合を保った?
  そうね。
  相手にとっては防御の間合なのだろうよ、距離を取ったのはね。だけど私にしてみれば魔法を放つ良い間合だ。
  食らえっ!
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  雷撃が残りの2人を粉砕。
  虫の杖を手にしてから私の魔法攻撃力は1.5倍になっている。深遠の暁の精鋭とはいえ私の敵じゃない。
  「ふぅ」
  死骸を見下ろす。
  死んだら武装召喚は解ける。死体の判別はほとんど出来ない、炎と雷で黒焦げだからね。ただ炎帝で焼き尽くした最初の奴の判別は出来た。多分武装召
  喚中は魔法耐性が上がっているのだろう、焦げてはいるけど最初の奴の顔は多少は原型があった。
  見知った顔だ。
  関りはなかったけど数度見た。
  「クラレンス」
  そう。
  ラミナスが解任された際に後任になった奴だ。
  黒蟲教団の内偵者かとは疑った事はあったけどまさか深遠の暁の密偵だったとはね。しかしまずいな、皆殺してしまった。
  聖戦士装備強奪犯はこいつらなのかが結局分からないまま。
  はあ。
  「新たな組織の登場か」
  厄介な事です。
  厄介。