天使で悪魔
蒼色と金色
カラーリングには意味がある。
だけど何故だろう？
今年は色物の組織がやけに多い。
ルマーレ湖南東。
海中にアイレイド時代の遺跡が水没しているらしい。遺跡の名はヴァヌア。
「よしっと」
私は鎧を脱いで岸辺に立つ。
少し肌寒い。
日が傾き掛けているから涼しくて当然かな。
ター・ミーナに聖戦士の装備がある可能性が高い遺跡ヴァヌアの存在を聞いた後すぐに私は調査の為に単身でここにいる。正確には調査というよりは
虫の王の残滓を倒す為にどうしても必要な聖戦士の剣が欲しいだけなんだけどさ。
奴が力を取り戻す前に始末したい。
何故？
物騒だからだ。
あんな奴が能力を完全ではないにしても取り戻すのは正直面倒以外の何者でもない。能力を取り戻せば信奉する連中が現れるだろう。組織が再び奴の
傘下の元に再集結された日には決戦の犠牲が全て無駄になる。私は禍根を速やかに断つ為に遺跡に単身で突入する事を決めた。
……。
……あっ。鎧を脱いでいるとはいえもちろん全裸ではありません。
水着です水着。
今年の新作の水着を着てます。超ビキニ（笑）。
まあ、冗談はおいといて。
「行こうかな」
着ているのは水着。
水中呼吸の魔法使えるから水中での行動に問題はないけど、鉄の鎧着込んでは泳げない。沈むから普通に。だから脱いだ。ただ背にはパラケルススの
魔剣を背負ってる。これは黒水晶という材質の魔剣。羽毛のように軽いので水中での行動の制限にはならない。
準備体操は終わった。
そして私は水の中に飛び込んだ。
暗い水の中を進む。
ルマーレ湖の水は透明度は高いけど、さすがに深度が深くなると光は届かなくなる。それに既に薄暗いし。
私は水の中を泳ぐ。
遺跡の大体の場所は聞いている。もちろん文献だけで遺跡があると判断されたわけではない。私は書類整理で知らなかったけど遺跡の存在を調べる
為に先遣隊は出されていたらしい。まあ、まだ奥までは調査されていないらしいけど。現在のところまだ正式な調査隊は送られていない。
あくまで存在の確認の為にだけ送られたに過ぎない。
つまり。
つまり今回奥まで行くのは私が初めてってわけだ。少なくとも魔術師ギルドの中ではね。
さて。
「……」
無言で水を掻き分ける。
まあ、水中ですので喋れませんので無言は普通なんですけどね。
暗い。
暗い。
暗い。
視界が悪いなぁ。
だけどこればっかりはどうしようもない。日が高い時間帯まで待てば良かったのかもしれないけど、これだけの深度なわけだからどっちにしても太陽の
光は届かないだろう。天気予報では明日はどっちみち雨だし。それに虫の王の事を考えたら時間はロスできない。
あの残滓が力を取り戻すのを待つ気はない。
速攻です。
速攻ですよ、何事も。
「……？」
ひたすら泳ぐ私。
何かが水中の中で赤く光った。
何だろ？
泳ぎをやめる。
「……」
右手で背にあるパラケルススの魔剣の柄を握る。
水中では魔法は制限される。遠距離魔法が使えなくなる。攻撃魔法はゼロ距離魔法なら使えるけど剣の方がリーチが長い。ゼロ距離魔法を対象に
叩き込む為には対象に触れる必要がある。剣を持って迎え撃った方がリーチは長い。
「……」
赤い光はこちらに向かってくる。
2つだ。
2つの赤い光だ。
その光はある間隔で並んでいた。まるで眼みたいだ。
そして……。
「おおーっ！」
私は必死でバタ足して泳いで逃げる。
魔剣を引き抜く？
そんな暇あるかボケーっ！
でっけぇ魚が深紅の瞳を爛々と輝かせてこっちに向ってくる。それは巨大なスローターフィッシュだったっ！
バタ足バタ足っ！
随分前にブラヴィル近海に突然変異した巨大なスローターフィッシュが出現したとは聞いていたけどまさかルマーレ湖にもいたなんてーっ！
そ、それともブラヴィル近海から出張してきた？
ともかくっ！
ともかく私は逆方向に泳いで逃げるっ！
逃げる理由。
だってでかいもん、あの魚。私を丸呑み出来るだけのサイズはある。さすがに虫の王マニマルコや闇の神シシス、夜母といった伝説級の相手と戦って
乗り越えてきた私が魚の胃の中で溶けて死ぬのは嫌です。常勝の戦姫の人生の幕を引くのが魚というのは論外。
逃げながら思うのは1つ。
まずいな、これ。
遺跡の方向が分からなくなった。
大学で見せてもらった地形図で大体の位置が分かったけど……完全に頭の中から飛びました（泣）。
私だって逆境には弱いのです。
まあ、正確な方向は分からないけど逆走しているのは分かる。
気分も少しは落ち着いた。
方向転換。
私は魚の方に向き直る。巨大な魚、あまり泳ぎは早くない。結構距離が離れていた。パラケルススの魔剣を引き抜いて構える。
「……」
待つ。
待つ。
待つ。
巨大なスローターフィッシュは大口を開けてぐんぐんとこちらに近付いてくる。
一気に平らげる気らしい。
私を一口で食す？
無礼者めっ！
急接近してくる巨大魚。私はギリギリの距離で右に回避。真正面から戦う気は最初からない。ギリギリで回避して刺身にしてやるっ！
ガッ！
「……っ！」
水中で回転しながら私は弾き飛ばされる。
くそっ！
直撃は避けたけど尾びれが体に当たった。上下が一瞬分からなくなる。パラケルススの魔剣を手放さなかったのはラッキーだ。この水中の中で
落とした一振りの剣を探すのは骨が折れるからね。スローターフィッシュは私を弾き飛ばした視界から消えた。
本当に消えたわけではないのが厄介。
つまり見失ったってわけだ。
ちっ。
この私が巨大とはいえ魚にここまで手こずるとはね。
世の中意外性に満ちてる。
「……」
身構えたまま警戒。
魚は来ない。
向うは向うで私の姿をロストしたのかな？
そうかもしれない。
あまり楽観視するのは好きではないけどそれはそれでありえると思う。巨大なスローターフィッシュだって別に尾ひれで私を叩きのそうとしたわけで
なくたまたま吹っ飛ばしただけだろうし。このまま未決着で終わるのもスッキリしないけど別に魚と雌雄を決する為にここにいるわけではない。
とっとと進もう。
「……？」
ん？
海底に目を凝らす。
何かある。
私は泳いでそこに近付く。
扉だ。
扉がある。
白い石で造られた扉。これはアイレイドの特徴的な扉だ。ビンゴ。丁度遺跡に到着したらしい。
扉を押してみる。
グググググググググ。
お、重いっ！
先遣隊はどうやってここに入ったんだ？
入り方聞けばよかった。
「……」
うーん。
どうしたもんか。
アイレイド遺跡の扉にはノブも取っ手もない。つまり押すしかないわけだけど……これ、動かんぞ。どうすっかなぁ。
まあいい。
一度で直すとしよ……おおーっ！
巨大な魚がこっちに一直線で向ってくる。くそ、私を捕捉しやがったか。
……。
……待てよ？
あの魚の勢いは利用出来るんじゃない？
コースは丁度良い。
ならば。
竜皮っ！
伝説の竜人ドラゴニアンの防御力を得た私はスローターフィッシュの突撃を受け止める。もちろん勢いは止められない。魚の顔に張り付いた私。
巨大な魚はそのまま石の扉に突っ込む。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ！
石の扉を突破る。
よしっ！
これで遺跡の中に入れた。扉さえ通り抜けれれば巨大スローターフィッシュに用などない。ガジガジと鋭い牙で私を齧ってるけど鉄壁の防御力の
私には通じない。一分間の限定ではあるけど今の私は鉄壁です。鉄壁のうちに始末するとしよう。
パラケルススの魔剣を巨大な魚の口の中に突き刺す。
噛んでいた力が段々と弱まる。
そして。
そして完全に息絶えた。
ふぅ。
一件落着。
刺身にしたら食べ応えがありそうね、この魚。
巨大な魚を倒して私は遺跡の中に移動。
ところどころ水没していたものの十分ほど奥に進むと乾いた部分に出た。淀んではいるけど空気がある。多分どこかが地上部分と繋がっている
のだろう。こういう遺跡にはガーディアンがいる。気を付けないといけない。まあ、いてもスケルトンとかその程度だろうけどさ。
ともかく気を付けよう。
何しろ私は水着。
対魔法戦に置いては無敵でもナイフでお腹刺されれば普通に瀕死になるか弱い女なのですよ。
気を付けんと。
「うーん」
歩きながら大きく伸び。
いい加減飽きた。
敵がいない。
まったくいない。
厳密にはいたんだけど動いてはいない。そこら中に骨が散乱してる。多分これは元スケルトンじゃないかな。魔術師ギルドの先遣隊が調査の際に倒したのかな？
そうかもしれない。
まあ、楽でいいんですけどね。
「ん？」
話し声が聞こえた気がした。
私は背にあるパラケルススの魔剣の柄を右手で握る。
警戒。
どうやら先客がいるらしい。
魔術師ギルドの先遣隊は触り程度の調査で引き上げている、つまりお仲間はこの遺跡の中にはいない。
遺跡荒らし？
そうかもしれない。
だけどよくもまあ鉢合わせになるものだ。どんな確率だ？
ゆっくりと。
ゆっくりと私は声の方に近付く。
気配は消してある。
……。
……少なくとも私の暗殺家族でない限りは気付かないだろう。あの家族、暗殺技術と隠密技術に関しては私を遥かに超えているからなぁ。
正直、シェイディンハル聖域の面々を敵に回さなくて良かったと思ってる。
色々な意味でね。
さて。
行き着いた先は……おおっ！
足場ねぇっ！
元々は渡り廊下みたいなものがあったらしい、視線の向うには扉がある。渡り廊下は今はないので向うまで行けないけど。
廊下はかなり昔に崩れたらしい。
下の方に崩れた渡り廊下があった。そして下には下で通路がある。私のいるところから充分見下ろせる。そこを歩いている一団がいた。
金色の鎧と蒼いローブを着た面々だ。
金色の鎧、ドワーフ製の武具。そいつらが8名。蒼いローブの連中は30やそこらはいるだろう。金色の鎧の連中が蒼いローブの魔術師風の面々を
護る様に前後を固めながら進んでいる。トレジャーハンターの類には見えないなぁ。
その一団、話しながら進んでいる。
金色鎧の1人が言う。
「分かっているとは思うが聖戦士の装備は我々レリックドーンが頂く。込められた魔力を抜く。そうすれば破壊した事になる。意義はないな？」
「分かっている。その為の同盟だ。我々蒼天の金色は約束は護る」
レリックドーンと蒼天の金色っ！
こりゃまた厄介な連中が関ってきたわね。
前にウンバカノの一件で関った盗掘集団レリックドーン。蒼天の金色を見るのは初めてだけど魔王メリディアの信奉者の組織らしい。
「ふむ」
まあいい。
どうやらスケルトンを蹴散らしているのはこいつららしい。
……。
……いや違うか？
ここまで一本道だった。連中が歩いている場所に出る道はなかった。じゃあスケルトンは魔術師ギルドの先遣隊が蹴散らしたのか。
それともただの人骨？
どっちにしてもレリックドーンと蒼天の金色には露払いをやってもらうとしよう。
お陰様で楽が出来ます。
「んー」
だけど魚の一件もある。
戦闘に必ずしも実力が反映されるとは限らない。その状況や展開によっては格下の相手に敗北する事だってある。
消せる内に消すべき？
そうかもしれない。
前衛と後衛にレリックドーンの兵士。その中間に護られる様に蒼天の金色の魔術師達が進む。魔術師達の武装、杖を持っている者といない者がいる
けど全員ナイフは標準装備として携帯しているようだ。レリックドーンの武装はドワーフ製のロングソード。盾も持ってる。
戦士戦力。
魔道戦力。
なかなかの布陣だと思うけどそれが効果的に発揮出来る場所ではない。私は一列縦隊で進む一隊を見下ろしながら考える。
ここから飛び降りたら敵のど真ん中に降りれる。
「狩るか」
減らせる内に敵を減らした方がいい。
あいつらは敵？
どう転んだって敵だろうさ。
だったら遠慮なく消した方がいい。聖戦士装備を破壊する云々という発言もあるし、どう転んだって敵だ。私は入手したいと願い、相手さんは壊したいと
願う。どちらも折り合えないし折り合うつもりもないだろう。ならば敵でしかない。
さて。
「行くかな」
私はここから飛び降りた。
敵のど真ん中へ。