天使で悪魔






忍び寄る影






  妄執は簡単には滅しない。
  様々な思惑がこの世界を彷徨い続けている。






  「いい加減しつこいわね。成仏するにはまだ未練があるのかしら? 虫の王マニマルコ」
  真夜中の街道。
  私の目の前には夜の闇よりもさらに色濃い影がわだかまっている。
  真っ黒な影。
  そこに深紅の眼が2つ、未練がましく私を見つめていた。
  私に対しての返答はない。
  あるわけがない。
  そもそも口なんてない、鼻もない、耳もない、あるのは深紅の眼だけ。あとは完全なる闇で構成されている。それが伝説の死霊術師、無敵のリッチ
  マスター、虫の王といった様々な称号と伝説を持つ者の成れの果て。
  この姿で現れたのは3日前。
  以来私を付け回している。
  ただ私以外には見えない。……いや。正確には私以外の前には姿を現せないと言った方がいいのかな。
  他の人と一緒にいる時は現れない。
  虫の王の残滓が私をストーカーしてる際に誰かが現れたら(私の顔見知りであろうとなかろうと)その瞬間に消えてなくなる。出現するのは夜限定。
  まさに怨念。
  まさに悪霊。
  ……。
  ……純粋にただのストーカー?
  そうかもしれない。
  今のところは実害はまるでないけど、このままただのストーカーで終わるとは限らないし断定は出来ない。
  ただし排除する手段がないのも確かだ。
  何故?
  「はあっ!」
  パラケルススの魔剣を引き抜く、斬り付ける。この魔剣は長剣。腰に差すには長過ぎるので背負ってるわけだけど、さすがに腰に差している時のよ
  うに自在に居合い切りは出来ない。そのあたりはネックだけどこれだけ長いわけだから背負うより他はない。

  ブン。

  パラケルススの魔剣は空しく空を切った。
  回避された?
  そうじゃない。
  「一体何の用なのよ、虫の王」
  返事はない。
  攻撃の手応えもない。既に3日前に学んだ事だから分かりきってはいたけどね。こいつには攻撃は効かない。
  学習済みです。
  それでもやっぱりこんなのにストーカーされたら生理的に嫌なものなので気分転換に剣を振ってみただけです。こいつはある意味で夜母状態。こっち
  から干渉出来なくなってる。もちろん向うからも干渉出来ない。双方非干渉。別に虫の王はそういう状態に敢えてなってるわけではあるまい。
  本気で力を失っているのだ。
  ただ干渉出来ない&してこないという状態でもうざいっす。やっぱり。
  虫の王の影はある一定の距離を保ってヒタヒタとついてくる。
  常に同一のスピードで追跡し、常に一定の距離を保って私の後を付かず離れずでストーカーしてくる。
  オヤシロ様かお前は。
  あーっ!
  うざいんですけどーっ!
  ブルーマからここまでの街道、こいつずっとヒタヒタと付いてきていた。盗賊とかシルバーマンがいたから姿を現さなかったんだろうけど盗賊は焦げて
  るしシルバーマンは乙女の禁忌に触れた為に馬に蹴られて瀕死。だからこそ出て来たってわけだ。
  今、私は冷静でいれる。
  だけど当然ながら最初に虫の王の残滓が現れた際には大暴れしました。
  大学の研究室が1つ消し飛んだ。
  若気の至りってやつです。
  ついでに報告するとその時、私は始めて気が付いた。自分の魔法の攻撃力が全体的に増強されているという事に。一律1.5倍の威力増しになってました。
  虫の杖を使ったから?
  そうかもしれない。
  妙な形で虫の杖に封じられていた魂をこの身に取り込んでしまってるのかもしれない。
  ……。
  ……えっと、それはつまり私が二代目虫の王状態ってわけ?
  もしかしたら何度か死んでも生き返るのだろうか?
  うーん。
  さすがに試すわけにもいかんしなぁ。
  試しに死んでみたら生き返らなかったら笑い話にもなりません。シュール過ぎて笑えんって。
  さて。
  「妄執尽きずに私に付き纏うか、虫の王」
  返事はない。
  「私を殺す事も出来ない、かといって憑依するだけの力も残ってない。さらには諦める事も出来ないってわけだ。……落ちぶれたものね、虫の王」
  返事はない。
  私はパラケルススの魔剣の切っ先を向ける。
  「この体が欲しいんでしょう? それは分かる、それが目的よね。だけどあんたじゃ無理よ。この世界に固執する残滓め」

  すぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  返事はない。
  そのまま虫の王の残滓は消えて行った。
  逃げた?
  逃げる理由なんてない。あの残滓は完全に攻撃能力はない。完全なる影。影は決して消す事は出来ない、もちろん影がこちらに触れる事も出来ない。
  双方非干渉。
  なのに消えた。それはつまり奴の行動法則に従っただけだ。
  それは何?
  それは……。

  「う、ううん」

  シルバーマンが目を覚ました。
  虫の王の残滓は何故か私以外の者がいる時には姿を消す。シルバーマンが意識を取り戻したから消えたのだろう。
  だけどいなくなったわけではない。
  どこがで私を見ている。
  そして1人きりになったらまた登場するって寸法だ。
  面倒な奴。
  「こ、ここは?」
  「街道」
  「街道……ああ、そうか。自分は君の馬に蹴られて……うっ、両手が骨折している。責任とって君の両手で今夜は世話してくれないか、色々と」
  「お前殺すよ」
  パラケルススの魔剣を首筋に突きつける。
  「すいませんでしたっ!」
  「分かればよろしい」
  根性なしめ。
  別に見た感じ骨折はしていないようだ。普通に彼は立ち上がった。まあ、少しふらついているようだけど。
  剣を鞘に戻す。
  そもそも虫の王の残滓には攻撃効かないわけだし向うからも仕掛けてこない。つまり構える必要はない。なのに剣を引き抜いたりしたのは、まあ、生理
  的なものです。さすがについこの間激戦を繰り広げた絶対的な魔術師のマニマルコの亡霊が現れたらそりゃ身構えますって。
  最初に亡霊が出た初日は攻撃魔法連打したし。
  私だってびびる時はあります。
  亡霊だから怖い?
  そうじゃない。
  虫の王の亡霊だから怖いだけだ。正確には面倒臭い。
  あいつが私に付き纏う理由は分かってる。
  神罰で焼き尽くす瞬間に虫の王は私の事を『最高の器』と呼んだ。
  つまり私の肉体が欲しいわけだろう。
  エロですなぁ。虫の王も☆
  所詮は男ってわけだ。
  ……。
  ……いやまあ、そんな冗談の展開はないんですけどねー。
  どっちにしても面倒だなぁ。
  奴は私に寄生して復活を果たそうとしている。現在何の手出しもしてこないのは能力が完全にゼロになっているから。
  虫の王、現在は攻撃すら出来ない。
  憑依も出来ない。
  かといって諦める事も出来ない。
  だからストーカーして私に付き纏っているわけだ。
  奴は待っている。
  能力の回復の時を。
  そうなると当然ながら厄介な展開になる。すでに虫の杖は存在しないけど、虫の王が復活したとなればまた仲間を招集する必要がある。無敵の4人娘が
  結集する必要がある。それだけ虫の王の能力は馬鹿には出来ない。完全復活はありえないにしても面倒なのは確かだ。
  何とかしないと。
  何とか。
  虫の王がただの残滓でいるうちに何とか滅しないと。
  魔剣ウンブラ?
  難しいなぁ、それは。
  虫の王の唯一の弱点でもある魂を食らう魔剣だけど属性は闇。完全なる悪意のみの象徴と化している虫の王の残滓を倒すには適しているとは言い難い。
  それに多分効かない。
  通り抜ける。
  夜母状態の今の虫の王にはどんな攻撃も効かない。
  効くとすれば……。
  「逆の属性か」
  そう。
  魔剣ウンブラは闇。
  神に祝福された聖剣とかないと今のあいつは倒せないだろう。しかしそんな武器がどこにある?
  「ふむ」
  まあ、いい。
  アルケイン大学に戻って神秘の書庫の本棚を引っくり返せば何か分かるだろう。
  「あのー」
  「ん?」
  「自分置いてけぼりなのは気のせいですか?」
  「ううん。そのまんま」
  「……」
  「シルバーマン。このまま帝都に来る予定はある?」
  「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそれは一夜を共にするかって事ですねっ! くぅっ! シロディールの娘は進んでるなぁっ!」
  「ぶっころーす☆」
  「すいませんでしたっ!」
  こいつがいれば虫の王が出てこないという意味での誘い。
  それだけ?
  それだけっす。
  虫の王は私以外の者がいる時は姿を現さない。どうやらシャイな性格らしい。シルバーマンとの同道は私にとって利がある。
  「あの、すいませんけど自分はブルーマに戻ります」
  「戻る? ならここまで何しに来たの?」
  「一目惚れの相手追跡」
  「一般的にストーカーと言うのは知ってる?」
  「大丈夫。被害がなければ警察は動きませんからまだ犯罪じゃないです。限りなくスレスレですねー」
  「笑顔で言うなそういう社会の歪」
  まったく。
  子供が聞いたら教育に悪いじゃないの。
  「ブルーマには共がいるので。今頃自分が消えたからあたふたしてるでしょうね。あはははははは」
  「人騒がせな奴」
  「あっ。自分はイストリア王国から来ました」
  「イストリア?」
  「ハイロック地方にある小国です」
  「ふぅん」
  あのあたりは王位継承問題から端を発して小国が乱立してるからよく分からないなぁ。
  聞き覚えもない。
  「イストリア王国は元々はハイロックの盟主国なんです」
  「なんでわざわざハイロックから来たの?」
  「実は力の源を求めてきました。より強力で強大な力、それがあれば人は伝説になれるんです」
  「……」
  結構危険な思想だと思う。
  純粋?
  純粋ね。
  だけどそこから狂気が始まる。
  まあ、こいつが虫の王と同じような存在になるとまでは言わないけど強大過ぎる力は最終的に暴走する。かといって今こいつを批判する事は出来ない。
  他人だし。
  まだ何もしてないし。
  それにこいつの人生だ。私が止める権利なんかあるまい。
  「じゃあ自分はこれで。今度会ったらデートしましょうっ!」
  「考えとくわ」
  ほんとに変な奴。
  これがシルバーマンとの最初の出会いだった。