天使で悪魔
後ろの正面だあれ?
私の背後に誰かいる。
「ふぅ。すっかり遅くなった」
シャドウメアに跨りながら私は呟く。
真夜中。
頭上には満天の星空と真ん丸の満月。夜道の際に心を癒してくれる夜の友がいるから、まあ、夜道も悪くはないけどさ。
夜風が心地良い。
既にブルーマの気候からは離れたから寒いというよりは涼しい。一番心地良い気候だと思う。
「このまま帝都までお願いね、シャドウメア」
手を伸ばしてゆっくりと歩く愛馬の首筋を撫でる。
共はシャドウメアだけ。
他には誰もいない。
そもそも護衛とか御供とかは私が固辞した。現在の魔術師ギルドにはそんな人的な余裕はないし、仰々しいと思ったからそういう習慣をやめた。
一人旅の方が楽しいし、私強いし。
鉄の鎧に身を包み、背にはパラケルススの魔剣。指輪や首飾りで魔法耐性&魔力を増幅。完全武装です。
今回、私は魔術師ギルドの仕事でブルーマに向った。
現在はその帰り。
すっかり遅くなった。完全に真夜中です。
わざわざブルーマまで行ったのはブルーマ支部の再建の為だ。既に新しい支部員は送り込んであるし支部長の任命もしてある。問題は建物。現在は
民家を暫定的に支部としている。民家といってもそれなりに大きい。前にある事件で関係したアルノラの自宅だ。そこを支部にした。
もちろんカリウス隊長には話を通してある。
アルノラの自宅を仮の支部とし、その間に新しい施設を作らないとね。木材の調達や大工の雇い入れなどの申請などは既に終わってる。ブルーマ伯の
認可も下りている。現在進行形で新しい支部会館を作ってる最中。一応の形になるのはしばらく先だろうな。まあ、それは仕方ない。
新しい支部長はイラーナ。
私自身は良く覚えてないんだけど私が大学で勉強していた見習い時分には懇意にしていたらしい。
うーん。
まるで覚えてないけどさ。
コロールの支部長ティーキウスと不仲で大学を去ったらしいんだけど、言語学や魔術に精通しているらしいので支部長の件を依頼した。
彼女は快諾。
まあ、コロール支部長はあまり良い顔しないだろうけどこれからのギルドは実力主義。文句は言わせません。もちろん年功序列を蔑ろにしないし義理
も重んじてるけど実力も今後は評価の内にしようと私は思ってる。今までの評議会は馴れ合いや身内びいきが多かったし。
評議会は既に存在しないけどさ。
何故?
永遠に解散させちゃったし。過去の因習は必要ない。
ともかく。
ともかく今回の私のブルーマ行きは視察。
ついでに戦士ギルドの支部も視察した。一応私は戦士ギルドのマスターだし。
出来る女は忙しいですなー。
ほほほ☆
「……」
街道を行く。
ブルーマから南下。帝都を目指す。街道の両脇は広い草原だ。見通しが良い。
「……」
街道を行く。
街道を行く。
街道を行く。
「……」
ちっ。
尾行されてる。誰かが着いて来ている。
誰かが?
……。
……いや。私にはそれが誰かが分かっている。いい加減しつこい。付き纏われ始めて今日で三日目だ。
始末する?
そうね。
普段ならそうして禍根を断つ。
だけど今回の相手はそういうわけには行かない。
面倒なものだ。
タタタタタタタタタタタタタタタッ。
私の右脇の草原を誰かが走り去る。私は眼で追う。しかし夜だからよく見えない。あまり夜目は効く方じゃない。
つーか誰だ?
シャドウメアが止まる。
誰だか知らんけど私の前に立ち塞がったからだ。
カジートだった。
眼前にいるのは毛皮系の防具に身を包んだカジート。腰には鉄製の片手斧を差している。
ふぅん。ただの盗賊か。
先程感じた追跡者の気配に気を取られ過ぎていた。カジートの盗賊の接近に気付かなかった。なかなか迂闊ですなぁ。
「死にたくなければ金を出せっ!」
カジートの盗賊は荒々しい口調で言う。
盗賊だからって見下すつもりはないです。職業に貴賎なしという超建前を昔の聖人君子様も残してるわけだし。……って見下してるか(笑)。
まあ、犯罪者なので見下しても良いという方向で。
さて。
「お金?」
「そうだっ! 金貨100枚出せっ!」
「それ私に言ってるのよね? そうなのよね?」
「他に誰がいるんだよブレトンっ!」
「んー♪」
久し振りの展開だーっ!
何か新鮮。
確か物語初期に物取りに絡まれた気がする。
うーん。
何か懐かしいなぁ。
最近は人間辞めてる夜母とか闇の神とか伝説の死霊術師とか意味不明な連中と張り合ってたもんなぁ。和みます。
「金を出せっ! さもないと死体から漁るぞっ! こっちはそれでもいいんだぜっ!」
「断ると言ったら?」
「馬鹿な奴だっ!」
腰の斧を引き抜く盗賊。
粋がるな馬鹿め。
……。
……だけど殺すほどか?
うーん。
最近殺伐とした展開が多いからなぁ。
闇の一党の再起動とかブラックウッド団とか殺伐とした展開が多かった。そしてそれに伴い私も死を振り撒きました。振り撒くりました。
何か殺すのは忍びないかも。
かといって無罪放免で見逃すのもどうかと思われ。
私だからどうにでも扱える。
これが普通の旅行者とかだったりしたらそうはいかないだろう。
よし、決めた。
半殺しっ!
「サンダーストームっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
あっ。
盗賊、吹っ飛びました。ご愁傷様です。
私?
まさか。
私の雷撃魔法は裁きの天雷。サンダーストームとかいうベタな名前ではないです。それに威力もこんなに低くない。雷は私の後ろから来た。
何者だろ。
ちらりと見る。
「危ないところでしたねー、お嬢さん」
「ん?」
灰色のフードとローブ、背には杖。典型的な魔術師タイプだ(超偏見っす)。フードを目深に被っているのと夜だからというのが合わさって顔がよく見え
ない。顔の下半分しか見えないけど結構整った顔だ。まだ若そう。しかし私はこんな奴知らない。誰だろ。
盗賊?
焦げてます。
死んだな、こりゃ。私は殺す気なかったのになぁ。
「あんた誰?」
「自分ですか? シルバーマンです。シルバーマン」
「ふぅん」
「旅の魔術師です。お嬢さんはブルーマでのお仕事は終わったんですか?」
「何故それを知ってる?」
静かに私は問う。
敵?
「実は、その、ストーカーしてました。お嬢さんに一目惚れしたらしく。ははは。いやぁ。参ったなぁ。ハート、奪われちゃいましたー」
「はっ?」
「い、いや。別にお風呂覗いてないですよっ! 胸から洗う主義だというのも自分は知りませんっ! つーか揉み洗いしてましたよね……ぐはぁっ!」
「死ねボケ」
シャドウメアが後ろ足でぶっ飛ばしました。ぐっじょぶっ!
ピクピクと痙攣して倒れているシルバーマン。
蹴られた際にフードが外れたらしく顔を晒していた。銀髪の若い男性だ。若いといっても私より少し上みたいだけど。
そのまま死んどけ。
馬鹿が。
「ふぅ」
私はシャドウメアから降りた。
シルバーマンにトドメ?
まさか。
始末するなら回復魔法で元気にしてから消し飛ばします。それが私の流儀ですので。
ほほほ☆
「……」
闇を見据える。
焦げてるカジートの死体も気絶しているシルバーマンも私の眼中にはない。シャドウメアは何かを感じ取っているのだろう、低く嘶いた。
近付いてくる。
ヒタヒタと闇の中からこちらに近付いてくる。
ストーカーめ。
「出てきたらどう?」
無意味だと思うけど私は一応は問う。
無意味?
ええ。
完全に無意味ですね。既に何度も体験してるからね。
ストーカーはある一定の距離を保つ。そして誰かがいる場合には絶対に出て来ない。
「光よ」
照明の魔法。
周囲を淡く照らす。あくまで淡くであって周囲を見渡せるほどの光量ではない。それでもストーカー相手を照らすのに充分だった。
淡い光の中に黒い影が地面の上にわだかまっている。
ゆらゆらと揺れながら。
黒い影の塊が地面の上にいた。顔のような場所には深紅の瞳が2つあった。
私は言う。
「いい加減しつこいわね。成仏するにはまだ未練があるのかしら? 虫の王マニマルコ」