天使で悪魔
暗闇の刃
闇の一党ダークブラザーフッド。
その名をタムリエル全土に轟かせている闇の結社。殺し屋の集団。暗殺者ギルド。
様々な呼び方、様々な捉え方があるものの一貫して一つだけ共通している。
彼らに慈悲はない。
この世界、殺しという行為はそう遠いものではない。
帝国の法律でも基本的に盗賊や吸血鬼に人権は与えられておらず、例え一般人であってもそれを殺しても罪
にはならない。フォーク一本盗んで、逮捕に抵抗すれば帝国は容赦なく斬り殺す。
この世界において人の命は軽い。
そんな軽い命を確実に刈り取るのが、殺し屋だ。彼らは代価に応じて人を殺す。
そういう組織は少なくない。
チンピラ上がりの殺し屋からプロの殺し屋まで、何でもござれだ。
しかし闇の一党は少々毛色が違う。
プロ中のプロ。
それは確かだ。しかしそれ以上に、殺しは純粋にビジネスではなくある種の宗教的儀式の一環。
闇の神シシス。
それを崇拝しているのが、闇の一党。
彼らはシシスの為に人を殺す。魂は献上品。その魂はシシスの虚無の海で永遠に貪られるのだ。
ある種の宗教的な団体。
そんな組織を率いるのが夜母(よぼ)と呼ばれる女性。
文献によれば数百年前から存在する女性で、老女とも幽霊、精霊、はては実在しない偶像的な存在とも言われ
ているが一切の詳細は不明のまま。エルフ族なら生きている可能性もあるけど……。
信奉する神は闇を支配するシシス。
率いるはシシスの伴侶となり永遠の命を受けたとも言われている夜母。
シシスと夜母は、立場的には『夫婦』であるとされている。その為、構成員は皆2人の子供と称される。
無論、そんな事はない。
しかし闇の一党はそういう習わしを用いる事により結束を強めてきた。
家族。同胞は皆兄弟姉妹。血塗られた家族。
私の前に1人の男が現れた。闇の一党の『伝えし者』である『ルシエン・ラシャンス』。
彼は言う。
家族になれと。人を躊躇いなく殺せる私にはその資格があると。家族になれと。
そう、囁くのだ。
……私にそう囁いて……。
話は二日前に戻る。
下水道の中でアダマス・フィリダの精鋭連中を始末した時、途中から介入して来た男。
ルシエン・ラシャンス。
彼は言う。家族の一員になるのであれば、アダマス暗殺を援助すると。
「お生憎様。私はあんな爺、1人で消せる。無駄足運ばせて悪いわねぇ」
「ふふふ。そうは思えんな」
フードの下の顔はニヤニヤと笑っている。この自信、どこから出てくるのだろう?
私がどういう人物か。
私がどういう実力か。
どうやらよく知らないらしい。……教えてやろうかしら、その身で。
「お前はアダマス・フィリダに今日、襲撃した。奴の盾と刃はここで朽ち果てた。しかしこれで奴の護りはこの先鉄壁
となるだろう。奴が街に出る事も少なくなるだろう。お前は殺せない、安易にはな」
「ふん。人の弱み、見透かしてるのね」
「交渉するには相手の弱いところを突くべきだ。強談過ぎるのも駄目だ。……分かるだろう?」
「……気に食わないなぁ」
手にしていた短刀は衛兵の首に刺さったままだ。下水道に浮かぶ、衛兵だった者のね。
向こうは構えていない。
しかし、間合いに私は入っている。向こうは殺し屋だ。殺す術に掛けては衛兵よりも格段に上。
……まっ、私の魔法で消し炭に出来るけど。
腕を左右に大きく広げ、まるで演説するようにルシエンは私に語りかけてきた。芝居がかっている。
それに本人は自覚してるのかは知らないけど、嫌味だ。それもものすごく。
「これはチャンスだ。家族の一員になれ。そうすれば奴の隙を作ろう」
「私を引き込む、その心は?」
「二つある。一つはアダマスは闇の一党撲滅を掲げている、だから邪魔だ。そしてもう一つは」
「もう一つは?」
「お前の殺しの衝動を満足させる為だ」
「そりゃどうもご親切に。……で、その代償は?」
「シシスを信奉せよ。夜母を敬愛せよ」
こうして手駒を増やしているのだろう。
どこでどう監視しているのかは知らないけど、ルシエンはスカウトマン。
私は悪戯っぽく言った。
「断れば? 私を殺す?」
「いや。縁がなかっただけの事だ。二度と会う事はないだろう。……誘いにはな」
意外に淡々としている。少し拍子抜け。
まっ、脅し文句はあるけどね。
次に会う時は、誰かが私の殺害を闇の一党に依頼した時だけってわけだ。
「興味がわいたわ。で、どうやってアダマスを殺すの? 手はずは?」
「奴を左遷させる」
「くすくす。それ、おもしろい」
「帝都軍が背景になければただの標的だろう? ……しかし、当然の事ながらそれには時間がいる。我々の同志
になってすぐに奴の殺しの手はずが整うわけではない。そして所属する以上、仕事はある」
「うまい手ね。結局、殺しの依頼を受けされる事によって連帯感作らせる気なんだ」
「解釈は好きにすればいい。私の問題じゃあない」
「……で? 何をすれば入れる?」
「商人は商談に契約書を作る。我々もそれが必要だ。ペンはナイフ、インクは赤い血、契約書は標的の肉体。お前に
暗殺を任せよう。それを殺せば、その時お前は家族。シシスと夜母は両親、我らは同じ両親を持つ家族だ」
漆黒のナイフを手渡される。
材質はなんだろう。デイドラでもなく、鉄でもない。ミスリルでもない。
それにどこか儀礼用のナイフのような……。
「それを使って殺せ。また血を知らぬ、無垢なる刃だ。血の味を教え暗殺者に相応しい暗闇の刃とせよ」
「誰殺す?」
「……くくく」
「何がおかしい?」
「お前はやはり、美しい。まさに殺しを殺しと思っていない、無垢なる殺人者。お前は人を殺す。その時に何も背負わな
い、美しいぞ、まさにな。私を遣わした夜母の御慧眼には頭が下がる」
「ふん、ほざけ」
「殺すべきはルフィオ。奴はブラブィルの北にある宿に潜伏している。……ああ、行く前に一つだけアドバイスだ」
「何?」
「楽しんで来たまえ」
奴は言った。
殺しを殺しと思わない、それが私だと。
そうかもしれないなと思った。色々と破天荒に生きてきた。望む望まないに関わらずに。
その時、欠落したんだろう。
それは理解出来るし、その通りだと思う。
死霊術師であり叔母のレイリン。迷子の洞窟逃走の後に、盗賊に刺殺されたらしい。
ああそっかぁ、程度だ。
何の感傷もわかない。私の数少ない……把握している中ではただ1人の肉親なのに。
さて。
ルシエンからの申し出から三日後。
私は今、帝都から見て南にある宿屋にやって来た。宿の名前は『不吉の前兆』。まさに殺し日和な名前よね。
……宿の名前センスわりぃ……。
宿の入る。客は……いないみたい。店主に手を振った。
「ハイ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお」
「……?」
「おおおおおおおおおお客様だ久し振りの新規のお客様だーっ! ありがたやありがたやーっ!」
「そ、そう。よかったわね」
土下座しそうな勢いで感激する店主に、さすがに私は戸惑う。
客が少なく閑古鳥。
まっ、すぐ近くにもっと小奇麗な宿屋があるし宿の名前も最悪だし、まず旅人は寄り付かない。
「簡単な食事ちょうだいな。……あっ、鹿肉ある?」
いきなりルフィオ暗殺もどうかと思う。
それにこの宿の泊り客なら……おそらくそうだろうけど、店主である彼にそれとなく生活パターンを聞き出すのにも
食事しながらの方が、客としてなら世間話程度にポンポンと口を割るだろう。
彼がルフィオ、というわけじゃないようだし。
「鹿肉はないなぁ。猪ならあるけど……」
「うっわマジ? ……鹿がよかったなぁ……」
ここシロディールでは現在、鹿肉が大ブレイクしているのだ。
帝都兵の中には鹿肉を巡って『ハハハハハーっ!』『ユー、ダァイっ!』とか言って殺し合うという都市伝説もあるぐらい。
例に洩れず私も鹿肉にはまっている。
ハチミツ酒をコップに注いでもらい……一杯だけです、だから暴れません。
食事を楽しみながら、私はそれとなく聞いてみた。
「景気悪いの? 店の名前の所為じゃない?」
「ははは。そうなんだけどな。でも、それなりに店の名前には愛着があるんだよ」
「ふーん。そんなもんかねぇ」
「それに長期の客はいるんだよ。二階に1人、地下に1人」
「地下? そんなに部屋があるの?」
「偏屈な爺さんがね、俺のプライベートルーム……ははは、そんな上品なもんじゃないけどな。二階は人目に付く可能
性があるから地下の方がいいんだとさ。まっ、金払いはいいから文句はないけどな」
「でも変わった人ね。何か意味深な人?」
「ルフィオって爺さんだ。何かに追われてる、俺はそう見てるんだ。……まあこんな場所だ、アブレ者とか犯罪者とか、色
々と駆け込んできても別に文句はないよ。あの爺さんだって払うもんは払ってるし」
地下にいる、か。
さっきから引っ掛かってるのは……ルフィオという名前に聞き覚えがある。
確か何かの犯罪……押し込み強盗か何かで人を殺した……ような……?
それにしても、と思う。
「……うまいなぁ」
ルシエン・ラシャンスは。
私は付け合せのサラダを口に運びながら、喉の奥で笑った。手が込んでる、あの殺し屋。
犯罪者を暗殺しろだってぇ?
私じゃなくても、他の奴でもあまり罪悪感を覚えずに達成するだろう。達成とは、殺すという事。あまり精神的に重く圧し掛か
らない犯罪者を殺させる事によって連帯感を作り、次第に組織の暗殺者としての心構えを養成するつもりらしい。
「そのサラダ、そんなにうまいかい?」
「えっ? ……ああ、ええ。おいしいわ」
「便所の裏に生えてある野草なんだけど……満足してもらえて嬉しいよ」
「ぶーっ!」
ゲホゲホっ!
こ、この店主、こんないらん事ばっかり言ってるのが客が来ない最大の原因なんじゃないのっ!
半分、食べちまった。
……ちくしょう。
その日、私は『不吉の前兆』に宿をとった。
店主は小躍りしながら私を二階の部屋……というか物置だろう、ここ。ともかく、案内した。
隣の部屋にいるのがルフィオとは違う、別の長期滞在者。時折神経質そうな咳が聞える。壁が薄い。
おそらく女性だろう。
外の世界は闇に包まれ、宿の中は眠りに包まれている。そしてやがて包むだろう。
……死と血の臭いが
ギギギギギギっ。
軋む扉を開け、私は下の階に降りて行った。
酒場にもなっている下には誰も……ああ、店主がイビキをかいて眠っている。地下の自室にルフィオが間借りしてい
る為に布団を床に引いて眠っていた。
酒瓶が転がっている。
泥酔して、眠っているらしい。そうそう起きないだろうが、私は細心の注意を払って脇を抜けた。
ギギギギギギっ。
地下室への扉を開ける。一応、振り向いて確認。……店主はイビキの最中。
手には血を知らぬ漆黒の刃。
ひんやりとした地下には、私とルフィオの2人だけだ。部屋が二つある。一つを覗く……無人だ。じゃあ隣は?
……いた。老人が眠っている。
部屋に踏み込んだ。途端、ルフィオはわずかな物音で跳ね起きた。
なるほど、追われるもの特有の共通点として、神経質になっている。私を震えながら見つめている。
私は何も言わない。
それがルフィオには気味が悪い。
無言の、見知らぬ女が黒塗りのナイフを持って立っている。沈黙。間。私は何も言わない。
ただ、立っている。
耐えられず、ルフィオが甲高い声で騒いだ。
ここは地下。それも造りから見て上には声は届かないだろう。叫ぶがいい。この世で最後の声を。
「お、お前は何だっ! ワシは無実だ、何しに来たっ!」
「私? んー、そうね……私は花屋」
相変わらず人が悪いと思う。
しかし思い出した。こいつは押し込み強盗の末に人を殺した殺人犯だ。殺したのは女性。
その旦那は夜母への依頼の儀式をし、今現在は帝都の牢獄に拘留されている。
こいつこんなところに隠れていたのか。帝都軍が探し出せないわけだ。それにしも巡り合わせとは、怖いものだ。
まさか私が旦那の無念を晴らす立場になるとはね。
人生、何があるか分からない。
「は、花屋? ワ、ワシに花を届けに来た?」
「そう。夜母から死の花を束ねたブーケを渡せって頼まれたの。是非とも受け取ってもらうわ」
「夜……っ! ち、違うっ! 私は警告したんだ動くなと言ったんだなのになのにあの女は動いた、だからワシは仕方
なく殺したんだっ! そ、そうだ、仕方なく、仕方なくだ。ワシは悪くないっ!」
「そっか。それなら仕方ないよね」
「そ、そうだろ? そうだろ、そうだろっ!」
「じゃあ私が仕方なく殺してもそれは許されるよね」
「や、やめ……っ!」
「死ね」
転がるルフィオの死骸を見つめていると、背後で気配を感じた。
どこでどう監視しているのか?
「これでいいの、ルシエン?」
「素晴しい」
「どうも」
「お前はこれで死の契約にサインした。闇の神シシスは父親であり、夜母その血塗られた花嫁。我らはシシスの種と
夜母の子宮から生まれし存在。我らは家族だ。全ては兄弟姉妹」
「そこまで馴れ合うつもりはないわ」
芝居なのかこれが性格なのか。
ルシエン、貴方は役者になった方がよかったかもよ。それも三文芝居の、ね。
「今日からお前も同胞。ならば教義に基づき行動するのだ」
「教義?」
「そう。戒律だ。お前は自身の目的がある。しかし所属する以上は護れ。さもなくばシシスの憤怒を受けるだろう」
「はいはい。了解」
一つ。夜母の存在を汚してはならない。
一つ。闇の一党の情報を外に洩らしてはならない。
一つ。全ての命令に対して決して背いてはならない。また拒否も許されない。
一つ。兄弟姉妹の財産を奪ってはならない。
一つ。兄弟姉妹の生命を奪ってはならない。
……ふん。笑わせる。
殺し屋の集団に規律とはね。しかも仲間同士仲良しでいて、命令には絶対従いないさいよー、と来たもんだ。
しかし私にはアダマスを殺すという理由がある。
ルシエンの言うとおり、先の暗殺失敗で今後のアダマスの警備はいっそう強くなるし向こうも警戒してる。
容易ではない。
……利用してやる。こいつらの組織力を。
「で、次の任務は?」
「向上心があり非常に結構だ。しかしお前は私から任務を受ける権限がない」
「はっ?」
「シェイディンハルに行け。そこに拠点の一つ……我々は聖域と呼んでいるが、お前はそこに属し、そこで命令を受けよ」
「……ああ、私は下っ端だから幹部のあんたからは受けられないのか」
「そういう事だ。ではな。……我らの邪悪な母を称えよ」
そう言い残しルシエンは去った。
最後のはスローガンみたいなものかしらね。まあ、いい。
これでアダマスを殺せるなら、利用されてやるとするか。あの爺だけは許せないし許さない。
……。
皇帝陛下様?
これでも私は世界を救えますか?
……ふふふ。それもまた、笑えるわね。