天使で悪魔






そして伝説は始まった






  伝説の死霊術師、虫の王マニマルコは滅びた。
  そして始まる。

  新しい伝説が。






  雪原の大地で決戦は続いていた。
  軍勢と軍勢の激突。
  既に双方の軍勢は戦場で入り乱れての乱戦と化していた。


  黒蟲教団の軍勢。
  死霊術師300名とアンデッド軍団3000体もの大軍勢。


  魔術師ギルドの軍勢。
  魔術師ギルド、戦士ギルド、シャイア財団の私兵、スキングラード領主とその親衛隊、ブルーマ衛兵隊、シェイディンハル衛兵隊の混成軍。
  全員合わせても敵勢の三分の一にも満たない。


  「全員心を奮い立たせっ! アークメイジは虫の王と対決しているのだっ! 彼女に比べたら、我々の死闘など死闘ではないっ!」
  『はいっ!』
  ラミナスは叫ぶ。
  それに呼応するかのように近くにいた魔術師やバトルマージは闘志を奮い立たせる。
  ただし内心ではラミナスも弱気になっていた
  闘志は弱っていない。
  だが戦いの流れは次第に追い込まれつつあった。
  ブルーマとシェイディンハルの部隊には騎兵も多くいた。両都市の混成騎兵部隊が当初はその機動性を活かし、一撃離脱で敵勢を撹乱し、さらに
  切り崩していたもののその貫通力も今は衰えつつある。やはり圧倒的な数の差が次第に出てきていた。
  その時、右翼方面の部隊から悲鳴が轟く。
  ラミナスがそちらの方を見るとリッチが、虫の隠者が猛攻してくるのが見えた。
  リッチは哄笑する。
  「トレイブンの愚かなる支配は終わったっ!」
  「君は馬鹿か。君の人生もリッチと化した瞬間に常に終わっているのが分からんか」

  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  拳闘士……いや、ハンニバル・トレイブンと唯一互角に渡り合えると称されたスキングラード領主であるハシルドア伯爵はリッチを殴り倒す。
  ズザザザザと音を立てて地面を転がりながらリッチは吹っ飛んだ。
  そのまま動かない。
  「ラミナス、君はフィッツガルドに全権を任せされているのだろう? 弱気になってどうする」
  「……そうですね、伯爵。彼女の兄貴分である私が頑張る必要がありますね」
  戦士ギルドのオレインとバーズも敵を蹴散らしながらラミナスの側に近付いてくる。
  「ラミナス・ボラス殿、あいつは戦士の中の戦士。信じて問題ないですよ。俺の姪もいますしね。若い奴を信じましょう、がっははははははははははははっ!」
  「あの女ほど活きの良い奴はいない。殺したって死にはしねぇよ」
  2人の戦士の豪快な励まし。
  魔術師であるラミナスにしてみればあまり接した事のない人種なので一瞬呆気に取られるものの、その励ましを胸に秘めて微笑した。
  騎兵部隊を率いるブルーマ&シェイディンハルの衛兵隊長の声が響く。

  「ブルーマ騎兵隊の心意気を見せろ、行くぞっ!」
  「バード隊長、我々シェイディンハルの意地も見せるつもりです。共に参りましょうっ!」

  誰も心が折れていない。
  誰も。
  ラミナスは自分が一番弱気になっている事を知って苦笑。そして総指揮に当たりフィッツガルドから預かったフローラルの氷杖を振りかざした。
  そして叫ぶ。
  「虫の王の伝説はここに終わるっ! アークメイジが、フィッツガルドが新たなる伝説となる、我々を導く伝説となるっ! 恐れるな、進めっ!」





  山彦の洞穴。最深部。
  そこに存在するのは2人だけ。もうあの男は存在しない。
  存在しないのだ。

  「終わったな」
  「うん。終わった」
  私とお父さんは塵すらも残さずにこの世界から姿を消した虫の王マニマルコの立っていた場所を見る。
  そこにはもう何もない。
  何も。
  虫の王マニマルコはこの世に存在していない。
  「……はあ」
  ぺたり。
  その場に私はへたり込んだ。
  格好悪い?
  ……。
  ……仕方ないじゃん。
  肉体的な制限により虫の王マニマルコは肉体が崩壊しない程度の魔力しか発揮できなかった。つまりリミッターが掛かってた状態。だけどそれでも私より
  も高い攻撃力を有していた。魔力は数百倍を誇っていた。結局は相手に肉体限界という制限があったから勝てたけど完全に人類規格外の敵だった。
  人類規格外。まあ、そりゃそうね。
  何しろ相手は伝説の存在。
  虫の王の言葉が本当なら奴の肉体は魔術師ギルドの祖ガレリオンのものだった。
  まあ、眉唾ですけど。
  いずれにしても奴が伝説の存在だったのは間違いない。
  そんな相手と戦うという事は当然ながら激闘と死闘の連続という事だ。
  アリス達がいなければ。
  そしてお父さんが参戦しなければ……負けていただろう。総力戦に次ぐ総力戦。
  疲れました。
  「はあ」
  「どうしたんだね、フィー」
  「いくら稀代の魔術師と虫の王に認定されても……私は奴ほど人間やめてないからね。疲れた」
  「ははは」
  お父さんは笑った。
  その顔はどこまでも人間らしい。
  人間ではない?
  ええ。
  お父さんは既に死体。四大弟子の1人が作った(現場を見てないので何とも言えないけど)お父さんの死体に憑依している、らしい。
  死霊術を禁術にしたのはお父さん自身が死霊術を体得し結果としてその危険性を知ったから。
  つまり。
  つまりお父さんは死霊術師でもあるわけだ。
  そういう経歴があるわけだから当然ながら死霊術が使える。霊となって死体に憑依するのなんて簡単……なのだろう。
  私には理屈はよく分からん。
  そもそも私は魔術師としては天才かもしれないけど死霊術師としては落第生。墓荒らしのレイリン叔母さんの教え方が悪かったのか私に素質がなかっ
  たのか、まあ、ともかく私は死霊術には精通していない。最下級のスケルトンを召喚する程度の力量だ。
  憑依の概念はよく分からん。
  「フィー」
  「何?」
  「1つだけ聞いて置きたい事がある」
  「スリーサイズはお断りよ?」
  「そう言うな。私とフィーの仲ではないか」
  「……」
  「冗談だ」
  「……そ、そうですか」
  「ははは」
  お父さんは楽しそうに笑う。
  一度死ぬと性格はちゃけるわけ?
  おおぅ。
  「それでお父さん、何?」
  「虫の杖をどうするつもりだ?」
  「虫の杖」
  魂が数千単位で封印されている強力な代物。私では効率的には使えないけど……持っているだけで魔力が溢れてくる。
  そう。
  つまり使いこなせない私でさえここまでの恩恵がある。
  正直、これを完全に使いこなせれば虫の王と同じになる。殺しても死なない体になるだろう、常に杖から魂を吸収して生命力を補えるわけだからね。そして
  それが可能になる頃には自身の肉体にも無数に魂を取り込めるようになっているだろう。虫の王が3000もの魂が体内に宿していたように。
  高み?
  高みかな、それは?
  ……。
  ……そんなわけがない。もしもそれが魔術師としての高みと言う奴がいるのであれば私は叩きのめす。
  そんなのが高みであってたまるかっ!
  「虫の杖をどうするつもりだね?」
  「破壊するわ」
  「ほう?」
  「ガレリオンと同じ事はしないわ。過去の失敗を私は繰り返すつもりはない。破壊してこの連鎖を終わらせる」
  血虫の兜。
  死霊術師のアミュレット。
  どちらも魔術師ギルドの祖ガレリオンが『破壊するのが勿体無い』という理由で虫の王の遺産を後世に残してしまった。その結果で失った命は数多い。
  私は同じ失敗はしない。
  破壊して連鎖を終わらせる。
  虫の王曰く『ガレリオンの肉体を奪った、魔術師ギルドの祖とはつまり余だ』的なカミングアウトしてたけど……本当かな、それは。
  眉唾ではある。
  まあいい。
  確かめる術はないし、それに虫の王は既に滅びた。
  今さらどうでもいい。
  さて。
  「何か問題があるの、お父さん」
  「……」
  「お父さん?」
  「お前は私の自慢の娘だよ、フィー」
  「えっ?」
  「虫の杖で私を生き返らせるとは言わなかった。それが私にとってとても誇らしいよ」
  「だって喜ばないじゃん、その提案」
  「そうだね。さすがは私の娘だ。私の心をよく分かっている」
  本音。
  本音では生き返らせたい。
  だけどそれは無駄だ。
  きっと虫の杖で蘇らせてもお父さんはそれを喜ばない。もしかしたら自ら命を絶つ殻も知れない。
  何故?
  それがお父さんの意思だからだ。
  望まない蘇生をした場合、お父さんは自分の命を自分で裁くだろう。私としてもそんな様は見たくないし蘇生なんて嫌がらせ……いや、罰ゲームでしかない。
  死霊術を禁じた本人が死霊術で蘇る。
  それはただの罰ゲームだ。
  だから。
  だから私はそれをしない。
  「フィー」
  「何?」
  「そんなに悲しい顔をしないでおくれ。フィーの本当の気持ちは分かってる。生き返らせたいと思っている。それはありがたい、しかしそれはしてはいけない事だ」
  「……」
  「人は1つの時代以上を生きるべきではない」
  「……」
  「それに一度失った命を蘇らせたとしよう。次はどうする? 死んでも生き返るのであれば命の価値はどうなる?」
  「……」
  「一度使えば心が次を求める。歯止めが利かなくなる」
  「分かってる。私だってもう子供じゃない。それぐらいの理屈は分かってる。だけど心情は別。だから悩むし葛藤する。でも理屈は分かってるから大丈夫」
  「さすがは私の娘だ」
  「ありがと」
  「虫の杖を貸しておくれ。私がここで処分する。そして奴が施した魔方陣も私が処理しておこう」
  魔法陣。
  それは虫の王が現在両軍が対決している雪原の大地に施した代物だ。
  一度その魔法陣が発動すればその領域にいる者は全て虫の王マニマルコに魂を吸収される。そして奴は神だか何だかに昇華するつもりだったらしい。
  私は虫の杖をお父さんに手渡した。
  「杖はどう処分するの?」
  「魔法陣が発動すればおそらく洞穴は崩れるだろう」
  「えっ?」
  「魔法陣が魂を無数に奪ってここに運んでくる。その瞬間、大規模な爆発が起きるだろう。おそらく洞穴そのものが吹き飛ぶ。もちろん虫の王の場合はそれで
  何度か死ぬ事はあったとしても脱出は可能だ。しかし私には耐えられまい。虫の杖もその時、爆発と落盤に巻き込まれて破壊されるだろう」
  「ちょ、ちょっとっ!」
  「私が耐えられぬ以上、杖を護る事は出来ない。虫の王は死なない肉体であるが故に護れたであろうが私は死ぬ。だから杖も破壊される」
  「ちょっと待ってよっ!」
  「なんだい、フィー?」
  「魔法陣を発動させるって……ラミナス達がいるのにっ!」
  「ああ。心配いらない。多少アレンジするから」
  「それともう1つ」
  「ん?」
  「今度はちゃんと挨拶させてよね。勝手に逝くなんて許さない」
  私は微笑した。
  多少無理はしているけどお父さんに向けて微笑した。
  「行ってらっしゃい。お父さん」
  「行ってくるよ、フィー」
  「私はそっちに行く予定が当分ないけど……まあ、元気でね。体に気を付けて」
  「……向こうの世界に体はないよ、フィー」
  「そう?」
  「フィー、私は向うでゆっくりしているからフィーはゆっくりと自分の人生を生きておくれ。それが父親としての望みだよ。元気でいておくれ」
  「お父さんも元気でね」
  「ああ。それじゃあ……」
  「ええ。いつかまたどこかで会いましょう」





  山彦の洞穴を出るとそこには死体が累々と転がっていた。
  動く死体も無数にいる。
  アンデッドどもだ。
  戦っているのはアリス達、そして何故か元シェイディンハル聖域の暗殺者の家族達も獅子奮迅の戦いをしていた。
  私はパラケルススの魔剣を引き抜く。
  その時、洞穴から何かが地を這って迫ってきた。物凄いスピードで。
  それは蒼い光だった。
  まるでそれは水を床に零した様に広がっていく。私達の足元に広がり、さらに広がり、どこまでも広がっていく。

  ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。

  無数に崩れ去る音が響く。
  それは何?
  それはアンデッドの崩れる音。
  蒼い光が死体どもに触れた瞬間、まるで魂を失ったかのようにアンデッドどもは崩れていく。
  そうか。
  これがお父さんの言っていたアレンジか。
  「行くわよっ!」
  私は叫ぶ。
  敵を突然失い呆然としていた仲間達は一瞬反応しなかったけど力強く失った。そして走る私に付いてくる。
  向かう場所は絶壁。
  雪原の決戦の場が見下ろせる場所。
  そこに到達。
  そして見る。
  「終わった」
  私は小さく呟いた。
  黒蟲教団は動きを完全に止めていた。吸魂の魔法陣により黒蟲教団だけが魂を吸われた?
  それは、ない。
  さすがにそこまで都合良い展開ではない。
  吸われた魂は死体に宿っていた魂だけ。つまりはゾンビだ。お父さんのアレンジは幽霊も適応されるらしい。スケルトンも全滅。
  そして超越した存在を自称するリッチ達も全滅していた。
  つまり?
  つまりアンデッド軍団3000は壊滅した、という事になる。
  完全に勝敗は決した。
  死霊術師は300人いた、しかしそれは戦闘直前の話。今はそんなにいない。あくまで目勘定だけど半数にまで減っているはず。
  こっちの方が数が多い。
  戦意を失ったのか、死霊術師達は動きを止めていた。
  完全に状況を判断出来ないでいる。
  その時、死霊術師の1人が何かを叫んだ。ここまでは聞こえてこないけど何かの絶叫をあげた。戦意を奮い立たせようとしているのだろうか?
  ブルーマの衛兵がその声に反応、躊躇いなく刃を振るった。
  ……。
  ……ブルーマの衛兵?
  何でいる?
  つーかシェイディンハルの衛兵もいるし少ないけどスキングラードの衛兵もいる。私が中にいた間に色々と動きがあった模様。
  まあ、そこはいいか。
  ともかくブルーマの衛兵は躊躇いなく何かの行動に移ろうとした死霊術師を殺した。
  それを見て1人の死霊術師が手にしていた武器を捨てた。多分メイス。ここからではよく判別出来ないけどメイスだと思う。
  怖じけた心は周囲に伝染する。
  死霊術師達は次々と武器を捨てた。黒蟲教団には既に戦意はない。

  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  うっわびっくりしたっ!
  アルラが突然天に向って雷撃を放つ。その音が眼下の軍勢の耳にも響いたらしい。魔術師ギルド混成軍、黒蟲教団、双方がこちらを見る。
  無数の眼が集う。

  
ごおおおおおおおおおおっ!

  私達の後方で突然凄い音がした。
  振り向く。
  すると山彦の洞穴があったであろう場所の方向から1本の蒼い閃光が天に向って柱のように立ち昇っていた。
  「綺麗ですね。アリスさん」
  「そうだね。フォルトナちゃん」
  囁き合う2人。
  この蒼い柱の正体に気付いているのは私だけだろう。たった今魔法陣に奪われたアンデッドの魂、虫の杖に封じられていた魂が解放されたのだ。
  そう。
  お父さんが解放したのだ、弄ばれた魂達を。
  私はパラケルススの魔剣を天に向って掲げた。そして眼下の軍勢の方を見る。
  喚声が上がった。
  私達の勝利だっ!


  今日この日、新たな歴史が綴られた。
  そして伝説は始まったっ!












  その頃。
  シロディールにあるアイレイド遺跡の1つ、その内部。そこは黒の派閥の本拠地となっていた。
  最下層にある、一番奥の玉座のある部屋に鎮座するのは総帥のデュオス。
  通称『黒き皇太子』と呼ばれる男。
  その男は玉座に座り、直立して報告するカジートの話を聞いている。このカジートは親衛隊イニティウムの1人で『魔眼』のバロル。
  デュオスの隣には最強の懐刀であるヴァルダーグが控えていた。
  「若。報告は以上です」
  「くくく」
  「刺客部隊のリリス達は現在ここに撤収しつつあります。私は密偵として、伝令として報告の為に先行して戻ってきました」
  「ご苦労。下がっていい」
  「了解しました」
  報告の内容。
  それは虫の王マニマルコ抹殺の為に送り込んだ刺客達の失敗の報告だ。全員帰還予定ではあるもののデュオスの傍らに立つヴァルダーグは沈痛そうな
  顔をしていた。バロルが退室した後、デュオスはヴァルダーグに問う。
  「何か言いたそうだな、ヴァルダーグ」
  「愚見よろしいでしょうか」
  「言え」
  「はい。事は既に大事であります、若。虫の王マニマルコは自分が唯一手間取る相手、シロディールでもっとも難敵な人物でした。4人掛かりとはいえあの女
  どもは既に我々の障害となっています。早急に始末するべきです。直にイニティウムでも対処出来なくなる可能性もあります」
  「くくく」
  「若、笑い事ではありません。直ちに討伐の任務を自分にお与えください」
  「殺す必要はない」
  「何故です?」
  「俺達は深遠の暁と組んでいる。いずれは敵対するが、今はまだ公然と敵対できん。キャモランにはオブリビオンの門を開いて帝国を引っ掻き回して貰わね
  ばならんからな。しかしカルトどもをそのままにするわけにもいかん。女どもは泳がす。上手く行けばカルトとぶつけられるって寸法だ」
  「しかし確率的には低いかと」
  「まあな。俺様の役に立つという結末を紡ぐ為にはかなり運が必要だな。しかしリスクのない賭けなどあるまい? くくくっ!」
  「若。子供のような遊びはおやめください」
  「くくく。ヴァルダーグ、成り行きを楽しめ。人生には遊びが必要だぞ?」
  「計画の根底が覆される可能性があるのです。お命じくだされば自分が全てを始末して参ります」

  「そういうわけにもいかないみたいよ、ヴァルダーグ。今あんたが若の側を離れるのは少々危険かもね、厄介なのが出て来たから」

  コツ。コツ。コツ。
  足音を立てて玉座に近付いてくる人物。金髪の女性。その背には純白の翼があった。有翼人フェザリアン。
  それは『空の女王』の異名を持つディルサーラ。
  ヴァルダーグとディルサーラはそれほど仲が良くない。互いに『若のお気に入り』を自負している為だ。
  「何かあったか、ディルサーラ」
  「報告します。虫の王マニマルコの敗退と黒蟲教団の壊滅によりマンカー・キャモランが動き出しました。深遠なる暁が行動を開始したようです」
  「くくく。ようやく動き出したか」
  虫の王マニマルコは史上最強の魔術師だった。マンカー・キャモランがもっとも恐れていた人物だった。
  虫の王が滅びた以上、キャモランも動きやすくなったというわけだ。
  ヴァルダーグが不満そうに鼻を鳴らす。
  「ふん。それでどうして自分が動けないんだ? キャモラン風情に遠慮する必要はないだろうが、鳥女」
  「それを今教えてあげるわよ。……若、外法使いどもがシロディールに入りました」
  「……何?」
  「外法使い。いえ、連中風に言うのであれば収集家と呼ぶべきでしょうか。ともかく連中がやって来ました」
  「いつシロディールに現れた?」
  「2日前です。私はそれを報告する為に急いでここに帰還しました」
  「……ちっ」
  デュオスの顔から笑みが消えた。
  ヴァルダーグの顔にも緊張の色がが奔った。
  収集家。
  それには大きな意味がある言葉だった。
  デュオスが問う。
  「禁呪の収集家どもか? シロディールに来たと? 外法使いどもが現れただと?」
  「はい。若」
  「まさか……」
  「いえ。あの女は来ていません。少なくともまだ確認は出来ていない、と言った方が良いかも知れませんが。シルヴァがシロディール入りしました」
  「シルヴァ……銀色か」
  「はい。他に2名ほど。綴(つづり)と翁(おきな)もシロディール入りしています。この2人はさほど脅威ではありませんが」
  「何故今さら収集家がシロディールに現れる? 20年も前にアイレイドの遺跡を荒らし尽くしたはずだ。シロディールには連中の求める物などないはずだが」
  「真意は不明ですが襲来は事実です」
  「ちっ」
  「いかがなさいますか、若?」
  「放っておけ」
  「よろしいのですか?」
  「好きに行動させろ。銀色のもう片方の眼をこの俺様が潰すのはそれはそれで楽しそうだが、我々がわざわざ関知するまでもない。他の組織と連中とぶ
  つかれば後々が楽だ。仲良く潰し合えばいいさ。死津奈(しづな)がいないのであれば大した問題ではない。それにしても……」
  そこまで言ってデュオスは瞑目した。
  口元には次第に野性味のある笑みが溢れてくる。
  「今年は色々とあるな。虫の王が退場したかと思えば収集家の到来か。今年は誰の厄年だ? くくく。色々と面白くなって来たぜ、まったくな」