天使で悪魔







偽りの永遠が終わる時






  奴が求めた者は不老不死。
  だがそれはただの仮初の、紛い物の不老不死でしかなかった。

  それは偽りの永遠。
  必ず終わりが訪れる、偽りの永遠なのだ。






  山彦の洞穴。最深部。
  虫の王マニマルコは四大弟子筆頭である虫の賢者カラーニャを復活させた。ただしアルトマーとしての擬態ではなく本性全開の状態で復活させた。
  本性、それは巨大な黒い蜘蛛。
  スキングラードの墓地で遭遇した、死体を回収していたあの黒い蜘蛛がカラーニャの正体だった。
  今、私の前にいる。
  虫の王マニマルコと虫の賢者カラーニャ、師弟コンビが目の前にいる。
  厄介?
  厄介ですとも厄介ですとも。
  勝ち誇った声で虫の王は宣言した。

  「我ら師弟に勝てるかな、トレイブンの養女よ」

  「そちたらこそ我々師弟に勝てるつもりなのか、虫の王マニマルコよ」

  静かな声が響き渡る。
  この場にいる誰とも違う、新たな声。私達3人の動きが止まった。
  新たな来訪者を見て一番最初に驚愕の声を上げたのは虫の王マニマルコだった。声に同様が籠もっている。
  予想外らしい。
  そりゃそうか。
  私だって動揺している。
  何故?
  だって私は彼の死を看取ったのだから、この場に彼が現れたのは当然ながら驚く。
  虫の王は吼えた。
  「貴様は、貴様は確かに死んだはずだっ! トレイブンっ!」
  「だがこうして存在している。物事は確かに目に映るものだけを信じるのでは浅はかではあるが、まずは目の前のものを信じる事が必要だ。そこから
  真偽を見極める、それが何よりも大切な事だと私は考える。そう、思わないか、虫の王マニマルコよ」
  「確かにな」
  「だろう?」
  「君の養女は希代の魔術師として有望ではあるが……ふぅむ、思慮と教養は君が勝る、かな?」
  「年の功だよ、虫の王よ。私の方が長く生きている。時間という結果に過ぎない」
  「なるほどな。では数百年生きる余が君の言葉に感銘を受けたというのは……単に勉強不足と言うべきかな?」
  「失礼な事は言いたくはないが、その可能性も大いにある」
  「これはこれは手厳しい」
  「ははは」
  「くくく」
  和やかなムード?
  さすが、というべきなのかなぁ。黒蟲教団の親玉と魔術師ギルドの先代元締めの対峙。
  お互いに余裕がにじみ出ている。
  余裕。いや、貫禄かな。
  ……。
  ……あ、あれ?
  もしかして私ってば置いてけぼり?
  ま、まあ、いい。
  私のお父さんのハンニバル・トレイブンは史上最強の魔術師と言っても過言ではない。虫の杖がある以上、私も対等以上に虫の王と張り合えるけど経験
  の上ではお父さんの方が上。奴の対応はお父さんに任せるとしよう、私はカラーニャを潰す。
  師弟対決っ!
  だけどどうしてお父さんがここにいるのだろう?
  まあ、嬉しいけど。
  一度は亡くなった筈のお父さんが今、ここにいる。虫の王もそれが気になるのだろう、詰問してくる。
  「貴様、何者だ?」
  「ハンニバル・トレイブン。享年72歳の乙女座。甘いものが好きではあったがある病で控えていた。死ぬのであればもっと食せば良かったと思っている」

  ガク。

  私は思わずずっこける(死語?)。
  ……。
  ……あー、お父さんってばこういう性格だったんですか知りませんでした。
  はちゃけた?
  はちゃけちゃつたわけ、一度死んで?
  うー。なんだかお父さんのイメージが狂ったなぁ。
  おおぅ。
  「貴様、ふざけているのか?」
  「さてな」
  「親愛なるハンニバル・トレイブンよ。そのふざけた発言は、まあよい、流してやろう。余の手で君を殺せるという幸運に感謝するとしようっ! 雷光の調べっ!」
  「悪いが通用せぬよ」

  バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  腕組みをしたままのお父さんの目の前で雷撃は遮断される。
  魔力障壁だっ!
  それもかなり強力な魔力障壁だ。何の印も切らず、構えてすらいないのにあの出力の魔力障壁を展開するとは……さすがは史上最強の魔術師。
  虫の王はニヤリと笑う。
  「さすがと言うべきかな、親愛なるトレイブンよ。出がらしのような君の養女とはやはり格が違うっ!」
  出がらしっすか?
  酷い言い様だな、お前ーっ!
  さっきのさっきまで私やアリス達に追い込まれていたのはどこの誰だ、しかも虫の杖は私が没収したんだぞ、今の状況分かってるのか?
  お父さんは静かに告げる。
  「虫の王よ」
  「何かな?」
  「私の娘を馬鹿にするなっ!」
  「……っ!」

  
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!

  お父さんが右手を虫の王に向けると爆音、それと同時に虫の王が後方に吹っ飛んだ。
  衝撃波っ!
  「私の自慢の娘を馬鹿にする資格は貴様などには、ない。私が命じる、滅びよっ!」
  「随分と熱い男なのだな、親愛なるトレイブンよ。しかし何故お前が生きている?」
  「そういうお前は何故存在している?」
  「これは手厳しいな」
  私も不思議だ。
  お父さんは確かに亡くなった。私の目の前で。魂は黒魂石に封じ込められ、肉体は私とラミナスでちゃんと埋葬した。
  黒魂石は虫の王に破壊されたから魂は解放されたわけだけど……肉体はとっくにない。にも関らず肉体を持った身でここにいる。
  それは何故?
  お父さんは微笑んだ。
  誰に言うでもなく静かに語る。
  「私は考えなしに死霊術を禁じたわけではない。自ら死霊術を学んだからこそ、禁術にするべきだと判断したのだ。この肉体は虫の王よ、君の弟子の1人が
  作り出したものだ。黒魂石が破壊された後、私はこの肉体に憑依した。もちろん生き返ったわけではない、歩く死体だ。他に何か質問は?」
  「そうか。なるほどな。ならばもう一度死ぬべきだな。カラーニャっ!」
  「御意のままに。猊下」


  ザシュ。

  1本の太い、黒い刃が突然虚空から出現しお父さんの胸元を貫いた。
  黒い刃?
  ……。
  ……いや。これは蜘蛛の足かっ!
  蜘蛛の足が宙に浮かんでいる。足の部分だけが。
  カラーニャを見る。
  1本の足が消失していた。
  どうやら足だけを空間転移してお父さんの胸元を貫いたらしい。カッと私の心が熱く煮えたぎるような気がした。よくもっ!
  カラーニャは勝ち誇ったように、狂ったように叫ぶ。

  「きっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひぃっ! 愚かなるトレイブンをついに殺ったぁっ!」
  「お父さんっ!」
  パラケルススの魔剣を手に私はカラーニャに迫る。
  殺すっ!
  「子猫ちゃん、オントゥス砦での決着を付けましょうかねっ! ずっとあんたを引き裂いてやりたいと思ってたぁっ!」
  「はあっ!」
  迫る私の進路に無数の黒い刃が現れる。
  奴の足だ。
  うざいっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  全てを弾く。
  カラーニャの口に雷撃が宿った。
  ふぅん。
  蜘蛛バージョンでも魔法は使えるってわけだ。
  ならばっ!
  「裁きの天雷っ!」
  「消し飛びなぁっ! 雷光の調べっ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  相殺っ!
  オントゥス砦ではカラーニャの魔力に圧倒されたけど今の私には虫の杖がある。お陰で魔力が底上げされている、威力もだ。
  だからこそ相殺にまで持ち込めた。
  「ちぃっ!」
  「一気に畳み掛けるっ! 裁きの天雷っ!」
  
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  「師弟と師弟の戦いというのを忘れてもらっては困るなっ!」
  「くっ!」
  届く前に雷が遮断されたっ!
  カラーニャの後方に位置する虫の王によって魔法が遮断されたか。虫の王は雷の球を宙に投げた。
  まずい、四方八方に雷を放つあの魔法かっ!
  「死ね、小娘っ!」
  「師弟と師弟の戦い、それを忘れているのはそちらもであろう?」

  バジィィィィィィィィィィィィィっ!

  雷の球、爆ぜる。
  「トレイブンっ!」
  「叫ぶ必要はない、虫の王よ。聞こえている」
  お父さんの何らかの力のお陰だ。念動か何かなのかな。……というかカラーニャに胸元を貫かれたのに無事なの?
  ま、まあ、考えてみれば既に死んでる。
  今のお父さんは死体に憑依している状態なわけだから胸元貫かれようが何されようが死ぬ事はないんだよね、うん。
  我を忘れて恥かしいですなぁ。
  舌打ちする虫の王、そしてカラーニャをけし掛ける。
  「行け、奴らを食い殺せっ!」
  「全ては猊下の仰せのままに」
  巨大な蜘蛛は八本の足を駆使してこちらに全力疾走してくる。雲の動きをマジマジと見る機会は今までになかったけど……結構気味悪いものだ。
  私は身構える。
  その時、お父さんが私の肩に手を置いた。お父さんは微笑。そしてそのまま私の前に出た。
  ここは任せろという事なのかな?
  八つの足を駆使して突撃してくるカラーニャに対してお父さんは静かに語り掛ける。
  落ち着きを保ったままで。
  まるで大学にいる頃のように柔和な笑みを浮かべていた。
  「カラーニャ。君はいつも私の補佐をしてくれた。尽力に感謝している。だからこそ今まで言わなかった事がある」
  「ああら、それは何かしらぁっ!」
  「君は詰めが甘い」
  「随分と風変わりな遺言ね、愚かなるトレイブンっ! あんたの時代はっ! 終わったのよ、そう、これからは猊下の時代なのよっ!」
  前足を振りかぶる。
  巨大な黒い蜘蛛はお父さん目掛けてその鋭利な足を……。
  「愚かなるトレイブン、冴えない最後の台詞だったわねっ!」
  「地獄の業火」


  
ゴオオオオオオオオオオっ!

  「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  カラーニャ、炎上。
  アルラの召喚した火の精霊王の火力とほぼ同等の炎が具現化。カラーニャの全身は炎に包まれた。
  ……。
  ……いや。
  炎に包まれたのは数秒だけだった。
  既に炭化、カラーニャという存在はただの灰と化していた。
  「馬鹿なっ!」
  虫の王が叫ぶ。
  一気に勝負を仕掛けるのであれば、それは今だっ!

  バッ。

  私は駆ける。
  右手には黒水晶という材質で作られたパラケルススの魔剣。持ち主の魔力に比例してその威力を増す、史上最高の頭脳と才能の持ち主とされた伝説の
  錬金術師パラケルススか鍛え上げし、この世界に一振りしかない逸品。私はそれを手に駆ける。
  駆ける。
  駆ける。
  駆けるっ!
  「虫の王マニマルコっ!」
  「余に近付くか、実に不届きっ! 消えよっ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  雷光の調べを放つ虫の王。
  だがそれは届かない。
  何故?
  「虫の王よ。師弟と師弟の戦い、だったね?」
  「また邪魔をするか、トレイブンっ!」
  そう。
  お父さんが敵の魔法を遮断してくれている。故に私は虫の王の迎撃魔法をまったく気にする必要はない。
  「煉獄っ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  「小癪っ!」
  駆けながら私は奴に向って炎の魔法を放った。幾ら虫の王に魔法耐性がないといってもこの程度の魔法で勝てるとは思ってない。
  相手に対しての牽制だ。
  爆炎が奴の視界を遮る。私の視界も遮られるものの、素早く生命探知の魔法を発動。炎と煙の障害を物ともせず私は進む。
  虫の王との間合、私の得意とする間合っ!
  奴に近付いたっ!
  「はあっ!」
  「調子に乗るな小娘っ!」

  ブォンっ!

  虫の王の右手に闇が収束、まるで剣のような形状となる。
  黒い剣と黒い剣がぶつかり合う。
  いっけぇーっ!
  「虫の王マニマルコ、滅ぶがいいっ!」
  「愚かなリっ! 死ぬのは貴様だ、小娘よっ!」
  剣と剣が交差する。

  バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  衝突した時、漆黒の魔力がスパークする。
  威力は五分と五分。
  だが力の均衡はわずか一瞬に過ぎなかった。虫の王の力が急速に衰えていくのが感じ取れた。限界を超えたんだ、肉体が。次第に魔力が低下していく
  のが感じ取れる。虫の王自身、このタイミングでの力の低下は想像していなかったのだろう。顔に焦りと驚きが入り混じった表情を浮かべた。
  考えてみれば当然だ。
  どれだけ時間を越えてこようと、どれだけ限界を超えてこようとも所詮使っている肉体はアルトマー。
  つまり。
  つまり既存の存在でしかない。
  別に虫の王は悪魔に転生しているわけでも肉体の限界を超えているわけでもない。何度も再生したり魔法の出力を高めたりしている内に肉体の限界を
  完全に超えてしまったのだ。虫の王は舌打ちを1つしてから姿を掻き消す。空間を越えたかっ!

  フッ。

  消えたのはわずか一瞬だった。
  私のすぐ右隣に現れる、虫の王の手には黒い闇の剣。ふぅん。右隣ね、一応は私の死角よね。かなり位置が近いので剣を振る間合ではない。
  「小娘、死ねぃっ!」
  「謹んで辞退する」

  ガン。

  虫の王は近い。故に剣は振るえる間合ではないけど、肘打ちぐらいは出来ます。
  まともに頭に食らって虫の王はふらつく。
  ふん。
  どれだけ魔力を増幅しようとも結局肉体に縛られている以上、虫の王の底は見えている。私はわずかに下がって間合を作り、斬撃っ!
  「はあっ!」
  「不届きっ! 無礼っ! 下がれぃっ!」

  バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  数合刃を交える。
  虫の王の腕は悪くないものの魔力は急速に低下している。闇の剣も次第に保てなくなってきている。刃を交える度に形成している剣の魔力が失われていく。
  それに対して私には虫の杖がある。
  魔力は常に補充されている。
  「小娘、真っ二つにしてくれるわぁっ!」
  「ふん」

  ガッ。

  振りかぶり、闇の剣を振り下ろしてくる。私はその右手首を左手で掴む。
  純粋な力では私の方が上のようだ。
  「くっ!」
  「はあっ!」
  そのまま私はパラケルススの魔剣で奴の右手を切断。私に掴まれていた手を失った虫の王は、私の束縛から逃れようとしていた虫の王は突然その腕を
  失った事により支えを失ってこちらに倒れてくる。私は瞬時に腰を沈め、そしてパラケルススの魔剣を横に一閃。
  虫の王の肉体を横に切断した。
  「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「お父さんっ!」
  「地獄の業火っ!」

  
ゴオオオオオオオオオっ!

  虫の王の上半身も下半身もお父さんの炎の魔法で焼き尽くされる。
  さすがにすぐ近くで燃えているので熱い。
  だけどそれもわずか数秒の辛抱。
  「はあはあ」
  数秒後、虫の王は完全に灰と化していた。原型1つない、そう、今度は骨の一欠けらもない。
  この状況では再生できまい。
  そして最後のあたりの魔力の低下というあの状況を見る限り、虫の王は限界を超えていたに違いない。肉体的な復活はもうありえない。
  そう見て問題ないだろう。
  どっと疲れが出てくる。

  「はあはあ」
  「大丈夫かい、フィー」
  私は肩で息をしながら右手を軽く上げる。お父さんはまるで息切れしていない。
  そもそも息をしていないのだから当然かな。
  ……。
  ……それにしても、また会えるとは思ってなかった。
  死んだなんて思えない。
  ある意味で嬉しい。だけどある意味では悲しくもある。別れが再び確実に待っているわけだから手放しには喜べない。
  それでも。
  それでも、やっぱり嬉しいかな。
  今度はちゃんとお別れが言えるのだから。
  「お父さん、私は……」
  「フィー」


  「余の意志は潰えぬぅーっ!」

  「……っ!」
  透明な髑髏が宙に浮かぶ。顔の部分だけ、頭蓋骨だけ半透明になって宙に浮いている。大きさは人間大ではない、大きさは小さな家ほどある。
  それが突然具現化した。
  声はどこかくぐもってはいたが紛れもなく虫の王のものだった。
  ちっ!
  肉体は滅んでもこの世界にしぶとく霊体として残っているというわけだ。
  厄介な話だ。
  幽霊と化した虫の王は叫ぶ。
  「お前達の人生など余にとって瞬きに過ぎぬっ! 余は永遠、余は絶対、余は不死っ! 余に逆らう者は許さぬっ!」
  「くっ!」

  ごうっ!


  黒い波動が周囲を飛び交う。
  私は大きく飛び下がる、お父さんは目の前に魔力障壁を展開して波動の軌道を逸らしたり遮断したりしている。
  「フィー」
  「何、お父さん」
  「私が虫の王の動きを止める。空間を渡らせない為に、私が何とかする。奴の動きを私が封じたら最大の攻撃で奴を仕留めて欲しい」
  「分かったっ!」
  即座に答える。
  考えている暇はない。虫の王にもう後がないように実のところ私にも後がない。これ以上の連戦は肉体的には無理。
  この決戦、早期に終らせる必要がある。
  短期的に。
  「フィー、では始めよう。決して躊躇はしないように」
  「了解っ!」

  「話は終わったか、虫けらよっ! さあ、死ねっ! 死ねっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇーっ!」

  宙に浮かぶ半透明の頭蓋骨から黒い波動が飛び交う。
  私は左手に虫の杖、右手は奴に向けている。
  最大の攻撃。それは神罰。
  虫の杖から常に魔力が供給されている状態なので、常に私の魔力は最大限。この状態でなら私はブーストなしでも神罰が放てる。
  だけどこの状態でブーストしたら?
  ……。
  ……正直、体が耐えられるか微妙。
  何しろ神罰が放てるという事は今現在の状況がブーストしている状態と同義なわけだから、この上本当にブーストしたらどうなるか分からない。
  私は瞳を閉じる。
  すーはー。すーはー。
  深呼吸。
  心を落ち着けてからゆっくりと目を開く。
  無差別に飛び交う黒い波動の威力は不明。ただやたらと命中率が悪い。虫の王の最後の攻撃、思いっきり地味です。
  虫の王もただ宙に浮いているだけだし。

  ドサ。

  その時、突然お父さんの体がその場に倒れた。
  黒い波動に当たった?
  だけど。
  だけどここはお父さんの言うとおり躊躇わずに攻撃に移ろう。
  それがお父さんの望み。
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  魔力が爆発的に高まっていく。
  「……つっ!」
  頭が痛む。
  意識が一瞬、飛びそうになる。
  こ、これは……やばい感覚だ、意識が吹っ飛びそうだ。立っている感覚すらしない、完全に体が心許ないような感覚に陥っている。
  集中しなきゃ。
  集中っ!
  虫の王も私の魔力を感じ取ってやばいと感じたのだろう、その存在が薄れつつある。
  空間を飛ぶ気かっ!

  「回避させてもらおうか、小娘。無駄に受けるつもりはないのでな。いずれにしても無意味ではあるぞ、小娘。余には永遠の時間があるのだからなっ!」
  「永遠、そんなものはないっ!」

  声は2つした。
  次の瞬間、半透明の頭蓋骨は動きを止めた。1つの声は虫の王、1つの声はお父さん。
  何がどうなっているかは分からない、虫の王の動きが止まる。虫の王は叫んだ。

  「トレイブンかっ! 余に干渉する思念体はトレイブン貴様かっ! 余の中に入ってくるなああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「今だフィーっ!」

  そうか。
  肉体が崩れ落ちたのは魂が離れたからか。そして今、霊体となって虫の王に干渉しているのだ。動きを封じているのだ。
  今、虫の王は完全に動きが封じられている。
  そしてわざわざ私の攻撃を空間転移して回避しようとしていたぐらいだから、奴にしてもやばい攻撃なのだろう。
  攻撃あるのみだっ!
  絶好の機会っ!
  ……。
  ……お父さんも巻き込まれる?
  そうかもしれない。
  だけどお父さんは躊躇うなとわざわざ言った。ならば私はそれに従うだけだ。
  結末を紡ごう。
  さあ今こそっ!
  「虫の王マニマルコっ! 汝に命じるっ! 土は土に、塵は塵に、死者は死者に戻るがいいっ!」
  「小娘がっ!」
  「汝に命じるっ! 今こそ滅びるがいいっ! 悪意の温床よ、今こそ滅びよっ!」
  「このままでは終わらぬぞっ! 余は永遠に貴様を呪い続けるだろう、呪い言葉を綴り続けるだろう、このままでは終わらぬ。お前を決して忘れはせぬっ!」
  「死体は死んでりゃいいのよ。わざわざ生者に関ってくるな馬鹿」
  「小娘がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「終わりの時よ、虫の王っ! 神罰っ!」

  
バチバチバチィィィィィィィっ!

  雷光が踊り狂う。
  虫の王は絶叫をあげた。まるで獣のような咆哮を。
  だけど奴は笑った。笑ったのだ。
  苦痛と激痛の中、踊り狂う雷撃の中で奴は満足げに笑った。
  「実に素晴しい攻撃だっ!」
  「なっ!」
  雷撃で焼かれながら虫の王は叫ぶ。
  悲鳴?
  絶叫?
  その類の声ではない。
  実に満ち足りたような声。滅びの時とはいえ、さすがは伝説の死霊術師……と言うべき?
  「貴様こそ最高の器だったのだなっ! ずっと貴様を見ているぞ、ずっとなっ!」
  「滅びろ、虫の王っ!」
  「素晴しい、実に素晴しいっ! お前の魂、実に、実に素晴しいっ! お前は、お前はぁっ! 実に美しいっ!」



  そして。
  そして歴史は動く。
  伝説の死霊術師である虫の王マニマルコの滅亡。

  虫の王マニマルコ、撃破。