天使で悪魔






史上最強の魔術師





  最強の魔術師は誰だろう。

  伝説の死霊術師、虫の王マニマルコ?
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵?
  それとも私?

  史上最強の魔術師。
  それは……。




  数分後。
  私達はお互いに微笑を浮かべながら向かい合っていた。
  私は口開く。
  「これでサシってわけね」
  「まさかここまで余を追い詰める者がいようとは思っていなかった。貴様はガレリオンやトレイブンをも越える希代の魔術師といっても過言ではないだろう」
  「あら嬉しい。それ褒め言葉?」
  「余が贈る最高の賞賛だよ」
  「だけどこれだけは知りなさい。どれだけ褒めようとも」
  「褒めようとも?」
  「お前殺すよ」
  アリス達を山彦の洞穴の外に出し、私は一人静かに対峙する。
  史上最強の死霊術師である虫の王マニマルコと。
  勝てる?
  さあね。勝てるかどうか分からない。
  何事も絶対という事などない。必ず予想外の展開や落とし穴があるものだ。
  だから。
  だから過信は禁物。
  確かに私の手には今、左手には虫の杖がある。
  虫の王マニマルコが体内に取り込め切れなかった魂を封じた虫の杖。その魂の数はおよそ三千。
  奴自身が体内に取り込んでいる数とほぼ同じ。
  つまり杖を手にした時点で私は奴と同等の魂を手にしていることになる。
  さらに言うのであれば現在、奴の体には三千もの魂は既にない。
  初戦の私の攻撃。
  アリスの攻撃。
  そして私、アリス、アルラ、フォルトナとの連携攻撃により奴の魂はかなり削られている。
  特にアリスの持つ魔剣ウンブラの威力は目を見張るものがあった。
  何しろ魔剣ウンブラは魂を食らう魔剣。
  一説ではオブリビオンの魔王の一人であるクラヴィカス・ヴァイルですら恐れた伝説級の武器。
  魂を取り込んで魔力と生命力を増幅している虫の王マニマルコにとって天敵ともいえる武器だろう。
  魔剣ウンブラの効果で奴の魂はかなり削られた。
  魂の数だけで言えば私の持つ虫の杖の方が多い。
  もっとも私には虫の杖を効果的に使うだけの能力はないだろう。そもそも死霊術師ではない……わけではないけど、私は死霊術に関しては落第生同然。
  レイリン叔母さんの教え方が悪かったのかそもそも素質がなかったのか。
  まあ、たぶん両方なのだろう。
  いずれにしても私には虫の杖を効果的には扱えない。あくまでわずかな魔力の増幅が関の山だ。
  魔剣ウンブラがあれば効率的に戦えたんだろうけど、私はアリスに差し出されたあの魔剣を受け取らなかった。受け取らずにアリスたちを洞穴の外に出した。
  何故?
  保険だ。
  私が万が一ここで負けた時の対抗策だ。
  連携して戦えば良かったんだろうけどアリス達は虫の王の腹心である四大弟子戦からの連戦。これ以上の消耗は無理だと思った。
  だから洞穴の外に出した。
  もちろんそれ以上に外で魔術師ギルド連合軍と黒蟲教団のアンデッド軍団との決戦に戦力として回した、という意味合いもある。
  戦いは佳境だ。
  山彦の洞穴にいるのは魔術師ギルドの総帥でありアークメイジの私と黒蟲教団の総帥である虫の王マニマルコだけ。
  既に私の仲間は洞穴の外に出たし虫の王の四大弟子も果てた。
  サシでの勝負。
  頂上決戦。
  「虫の王マニマルコ」
  「何かね、トレイブンの養女よ」
  「あんたはたくさんのものを奪った」
  「ほう? 何を奪った? 貴様まさか自分だけは綺麗だとは思っていまいな?」
  「まさか」
  確かに私も今まで色々なものを奪ってきた。
  闇の一党ダークブラザーフッド時代に奪ってきた命、必ずしも悪党だけではない。遺産目当ての奴の依頼で、依頼人の叔父を殺したこともある。
  ……。
  ……まあ、その後で依頼人まで殺しちゃったけど。気に食わなかったから。
  私は善人?
  私は悪人?
  私は自らをこう定義する。
  天使で悪魔、と。
  私は私のまま、あるがままに生きる。我侭だと映るだろうけど知った事じゃない。
  「虫の王マニマルコ。お前は魔術師ギルドの内部を引っ掻き回した。結果、お父さんの弟子達は殺され、プルーマ支部は壊滅、バトルマージは半壊、
  そしてお父さんもお前の所為で死んだも同じ」
  「だからどうした? 謝ればいいのか? 悔いればいいのか? ふん。せっかくの戦いに水を差す台詞を吐くものだな」
  「勘違いしないで」
  「ん?」
  「お前は喋らなくていい。ただ悲鳴と絶叫を上げればいい。裁きの天雷っ!」
  「小癪っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  手から雷撃を放つ。
  ダラダラ喋ってるだけだと思うなよ、虫の王っ!
  タイミングを図っていただけだ。
  それにしても虫の杖を手にしているからだろうけど裁きの天雷を使ってもまるで魔力が消費しない。
  杖から常に魔力が体に流れてくる。
  つまり。
  つまり常に魔力がフルの状態。
  いや、それ以上だ。
  ならば試してみよう。神罰を。ブーストなしで今なら使える気がする。
  さあ行くぞーっ!
  「神罰っ!」

  
バチバチバチィィィィィィィィっ!

  使えるっ!
  本来ブーストが必要なはずの、私の最強魔法が何のブーストもなく使えるっ!
  凄い。
  何の制限もなく魔法が使える。
  ……。
  ……虫の杖、隠匿したらまずいかな?
  マジでこれほっしぃーっ!
  「滅びろーっ!」
  「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  奴は絶叫とともに体を雷撃で焼き尽くされる。
  神罰を使えば今までなら立つ事もままならない状態なのに今はそうじゃない。魔力は全然減ってない、むしろ溢れてる。
  これなら、これならいけるっ!
  もう一発っ!
  「神罰っ!」
  「覇王・雷鳴っ!」
  虫の王も両手から雷撃を放つ。ほぼ同時の攻撃。

  
バチバチバチィィィィィィィィっ!

  雷と雷のぶつかり合い。
  相殺かっ!
  さすがは虫の王、と言ったところか。虫の杖を持っている者と張り合えるとは、さすがと言うべきだ。
  虫の王が吼えた。
  「これ以上の勝手は許さんぞ、フィッツガルド・エメラルダっ! 余に対しての無礼は許さぬっ!」
  「御託はいいのよ。文句があるなら、力で捻じ伏せてみなさい。話し合いで解決する関係?」
  「雑言っ!」

  フッ。

  虫の王の姿が掻き消えた。
  空間を渡ったか。
  私にはアリスのように空間転移する相手を察する事はできない。
  だけど……。

  「雷光の調べっ!」

  後ろかっ!
  私は虫の王の声がした方向に、自分の後方に魔力障壁を展開する。雷撃を魔力障壁が阻む。
  今のこいつに接近戦を挑む勇気はあるまい。
  虫の王の力の半分でもある虫の杖は私が取り上げた、空間転移しようとも仕掛けてくるのは中距離もしくは遠距離からの魔法攻撃だけ。
  予想できる以上、阻むのは容易だ。
  ゆっくりと振り返る。
  「それで?」
  「可愛げのない小娘だっ!」
  「悪いけどあなたの求める可愛さを追求する気はないわ。悪いけどね。裁きの……」
  攻撃のモーションに移る。
  舌打ちとともに虫の王は空間を飛ぼうとする。
  またその手か。
  今のこいつにはこれぐらいの手しかないってわけだ。
  圧倒的な魔力を持とうとも私は対魔術師戦においてほぼ無敵の存在。
  ブレトンとしての特性、そして身に着けている装飾品による魔法耐性の増幅。故に私には魔法が効かない。……完全にじゃないけど。
  ともかく完全なる魔術師タイプのマニマルコでは私には勝てない。
  虫の杖が奴の手にあればまた別の戦い方もできるんだろうけど、今現在この杖の所持者は私。
  空間を渡って、距離を保って、魔法攻撃するのがこいつの限界だ。
  ならば。
  「虫の王」
  「なっ!」
  空間を渡る瞬間、私は虫の杖を投げた。私から十メートル前方に。

  フッ。

  虫の王は消えた。
  私は背にある剣の柄を握る。錬金術師パラケルススの鍛えし魔剣パラケルススの柄を握る。
  そのままの体勢で私は静かに待つ。
  奴が具現化するのを。
  そして……。

  「虫の杖を捨てるとはどう意味だ?」

  「煉獄っ!」
  案の定、虫の杖のすぐ側に出現した虫の王に対して私は左手で炎の玉を放つ。
  奴にしても虫の杖の奪還は必要。
  罠と承知で嵌ってくれた。
  馬鹿めっ!

  ドカァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  爆炎と爆風。
  虫の王の行動は至ってシンプルだった。杖は囮だと気付いていただろう。確かに囮、撒き餌に過ぎない。
  出現位置を限定させる為にした行動だと奴は思ったに違いない。
  それは、当たってる。
  魔法の一撃に耐えるだけの自信があったからこそ奴はわざわざ策略に乗った。大量の魂を体内に取り込んでいる虫の王にとって一回死ぬなど大した事ではない。
  一度の死と引き換えに虫の杖を取り戻せるのであれば易いと踏んだのだろう。
  ……。
  ……随分と浅はかですね、虫の王殿?
  私を魔術師と思うからこういう目に合うわけだ。魔術は私のスキルの1つに過ぎない。剣術もまた、私のスキルなのだよ。
  お分かり?

  バッ。

  思いっきり地を蹴って私は奴に肉薄する。
  無数に魂があるから死んでも死んでも生き返る、それが奴の強み。しかし私から言わせるとただの弱みでしかない。
  死なないから隙ができる。
  日々命の砂時計を減らしていく私達と無数の魂を取り込んで生き続ける虫の王。
  当然ながら危機感の違いが生まれる。
  それが……。
  「あんたの限界よ、マニマルコっ!」
  「……っ!」
  間合いを詰めた私は虫の王の脳天にパラケルススの魔剣を叩き込む。山彦の洞穴の前で私が倒した四大弟子のボロル・セイヴェルと同じように奴は
  真っ二つとなった。絶対的な魔力と生命力はあるけど、攻撃力と防御力は大した事がない。
  特に防御力は紙切れ同然。
  もちろんこれでも奴は死なない。いや厳密には死んでるけど、魂のカウントが1つ減るだけ。
  すぐに再生するはずだ。
  すぐに。
  もちろんそうはさせない。
  「炎帝っ!」

  ごぅっ!

  ゼロ距離魔法である炎帝を発動。
  奴を炭化させる。
  そして私は虫の杖を再び奪い、後ろへと大きく飛んだ。少なくとも今ので数回は死んだはずだ。
  残りの魂の数は後いくつ?
  「随分と派手に死んだわね」
  「くっ!」
  わずか数秒で奴の肉体は再構築される。
  伝説の死霊術師マニマルコ、弱いとは言わないけど私との相性は悪いみたいね。そして虫の杖が没収されているのが痛いでしょう?
  だが奴は不敵な笑みを消さない。
  その余裕の意味は分かってる。
  奴はその気になれば魂の補給が容易なのだ。
  雪原の大地で決戦をしている魔術師ギルド連合軍と黒蟲教団、そこから魂を回収するという手がこいつにはある。
  そう。
  軍勢が対決しているその足元には強大で、広大な魔方陣が広がっている。
  一度発動すれば敵も味方も全員が死ぬ。
  こいつは最初からそのつもりだった、自分の手駒も全てただの遊びにしか過ぎない。
  最初から両軍の魂を取り込むつもりだった。
  「お前との戦いは忌々しいが、久し振りに退屈しのぎになった」
  「退屈しのぎで追い込まれたら世話ないわね」
  「四大弟子は全滅、か。ふぅむ。パウロ、ボロル、ファルカーは魔剣ウンブラに魂を取り込まれて復活は不可能か」
  「復活?」
  「カラーニャぐらいは残ると思ったが……いささか予想外ではあったな。虫の杖は魂を大量に封印した代物。余自身も肉体に魂を大量に宿している。つまり
  虫の杖と同じ原理。分かるかな? 余がその気になれば虫の杖と同じ効果を施せるのだ」
  「つまり?」
  「つまり死者の蘇生」
  待て待て待てっ!
  さらっと凄い事を言いやがったぞ、こいつっ!
  「くくく」
  奴の袖の中から何かが這い出してくる。
  一匹の小さな蜘蛛だ。
  「トレイブンの養女よ。適当な肉体さえあれば復活は可能なのだよ」
  「えっ?」
  「カラーニャよ、蘇れ」

  カッ。

  小さな一匹の蜘蛛は淡く光る。
  カラーニャ?
  あの蜘蛛にアルトマーのカラーニャの魂を宿したというの?
  虫の王は首を振りつつ笑う。
  「違う。お前の考えているであろう事柄は違う。そもそもカラーニャはアルトマーなどではないのだよ」
  「えっ?」
  「すぐにその答えが分かる」

  ざあっ!

  虫の王の服の中から無数の蜘蛛が這い出てくる。そしてそれらは虫の王の数メートル右隣に集まる。
  さながら黒い泉のように。
  数百匹。
  そうね。それぐらいはいそうだ。
  そしてその蜘蛛の群の中にカラーニャと称した蜘蛛を投げ入れた。
  何も起こらない。
  何も……い、いやっ!

  ざわざわざわ。

  「カラーニャは元々ちっぽけな一匹の蜘蛛、余が戯れに魔力と知性を与えた存在。無数の蜘蛛はただの蜘蛛、カラーニャはその司令塔となるのだよ。くくく」
  蜘蛛達は一塊となる。
  次第に形を成し、さらに巨大化し、グングンとでかくなっていく。五メートルほどの大きさまで育つ。
  ちょ、ちょっと待てっ!
  これってスキングラードの墓地に出てきたあの蜘蛛かっ!
  死霊術師絡みだとは思ってたけどまさか……。
  「また会えて嬉しいわ、子猫ちゃん」
  「カラーニャ。あんたがこんな化け物だったとはね」
  異質な声を発する巨大な黒い蜘蛛。
  お父さんの腹心である同時に黒蟲教団が放った密偵、そして虫の王の四大弟子筆頭、それがカラーニャの経歴。
  だけど化け物とは思ってもなかった。
  こんなのが今まで同じ大学にいた?
  怖い。
  身震いがする。
  それにしてもこの状況は厄介だ。私には魂を砕く術はない。カラーニャを倒しても虫の王はすぐに復活させるだろう。
  魂がある限り復活は可能なのだから、実に厄介だ。
  虫の王は笑う。
  「我ら師弟に勝てるかな、トレイブンの養女よ」

  「そちらこそ我々師弟に勝てるつもりなのか、虫の王マニマルコよ」

  静かな声が響き渡る。
  私も、虫の王も、カラーニャも動きを止めた。ただただその声の持ち主を見るだけ。
  動揺した声で虫の王は吼えた。
  「貴様は、貴様は確かに死んだはすだっ! トレイブンっ!」


  史上最強の魔術師ハンニバル・トレイブン登場。