天使で悪魔






悠久の呪縛






  断ち切らなければならない。
  理不尽に悲劇を振り撒く連鎖の鎖を。数多の人生を狂わせてきた呪いを解き放たなければならない。

  それは悠久の呪縛。






  「はあっ!」
  パラケルススの魔剣を振るって相手と接近戦を私は繰り広げる。
  それは虫の王マニマルコ。
  その者、この世界でもっとも強大な魔術師。
  その者、この世界でもっとも邪悪な死霊術師。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  私は間断なく刃を振るう。
  黒水晶という持ち主の魔力容量に応じてその威力を増すという特殊な材質で作られたパラケルススの魔剣を振るって相手と肉薄、剣戟の戦い
  を展開している。マニマルコは幾千もの魂を封じ込められた虫の杖で私の剣を弾いている。
  防戦一方ではあるけどマニマルコ、私の剣を防ぐだけの腕があるのは驚きだ。
  まあ、次第に私の剣戟で後退、追い詰められてはいますけどね。
  虫の王はそれなりに体術も得意のようだけど私には劣る。そこが私の狙い目となるんだけど……。
  「そこっ!」
  パラケルススの魔剣で隙を晒したマニマルコの胸元を貫く。
  一瞬痙攣するものの虫の王はすぐさま攻撃に転じてくる。私は大きく飛び下がる。
  ブン。
  虫の杖が先ほどまで私がいた場所を通り過ぎた。
  私は飛び下がりながら……。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  爆発。
  炎が虫の王を包む。
  「それで?」
  「くっそ」
  刃を構えながら私は相手の次の動向を探るように、虫の王を見据える。
  炎の中に悠然と奴は立っていた。
  効いていない?
  いえ。
  おそらくは効いている。
  戦ってて分かったけどこいつの魔力耐性は大した事がない。純粋にアルトマーとしての特性を有している。つまり魔法に対しての耐性が無力に近い。
  魔力耐性は、魔法に対しての防御力は紙切れ同然。簡単に奴の魔力耐性を貫通できる。
  私は大学で研究員やってた時分に提出した論文を思い出す。
  アルトマーの特性に対しての論文だ。



  『アルトマーの特性に対しての見解』

  『アルトマーは強大な魔力を有しているエルフとして有名ではあるものの反面、魔力耐性が極端に低い』
  『あくまで憶測ではあるがその理由は遺伝的な欠陥ではないだろうか?』
  『差はあれど誰もが魔法耐性がある』
  『そもそも魔法耐性とは何か、とは誰も論じない』
  『私が文献で調べた結果、魔法耐性とは自分で自在に扱えない魔力だという結論に達した』
  『魔法耐性とは本能の奥底にある防衛的な魔力ではないだろうか』
  『免疫機能というものがある。肉体を自動的に護る機能であり、別に頭でわざわざ免疫を上げよう病気を治そうとしているわけではない。あくまでそれは
  本能的に起動している、と言ってもいいだろう。魔法耐性もまたそれと同じではないだろうか。無意識に全身を覆う魔力、それが魔法耐性となる』
  『つまり私の推察の結論。アルトマーは本来魔法耐性に回すべき魔力を、全て自身が行使できる魔力に転換しているのではないだろうか』
  『もっとも意思で転換しているのではなく、やはり遺伝的な欠陥の可能性もある』
  『これが私のアルトマーに対する考察です』



  「お手上げならそろそろ死んでもらうとしようか」
  「冗談っ!」
  私は手のひらを向ける。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  ブーストなしでは最強の威力の雷の魔法。
  雷は虫の王に直撃。
  焼き尽くす。
  「それで?」
  「ちっ」
  効かない?
  そうじゃない、完全に効いているし死んでる。問題はこいつが推定3000の魂を肉体に宿しているという事だ。ついでに言うと虫の杖にも肉体に取り込め
  ない分の魂が封じられている。殺せないわけじゃないんだけど、魂がある限りこいつは死なない。
  実に厄介。
  実にね。
  「恐怖と絶望に彩られた魂は実に美しい。……が」
  「ん?」
  「お前は実に腹立たしい女だよ。この状況でもまだ勝とうとしている。まだ自分が死なないと思っているし恐怖も絶望もない。実に不愉快」
  「そりゃ失礼」
  「そろそろ消えて貰うとしよう。実に目障りっ!」
  ブン。
  虫の杖を振るう虫の王。私との距離はある、打撃が当たる距離ではない。振るったのはただの示威行動?

  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!

  瞬間、轟音とともに衝撃波が襲ってくる。
  どさぁぁぁぁぁぁぁぁっ。
  私は盛大に引っくり返った。
  「くくく」
  「くっそ」
  「まだ分からぬか? お前の技量など余にとっては児戯でしかない。絶望ではないか? 悪夢ではないか? お前の技量は全て余に否定されるのだっ!」
  「ちっ」
 
  あいつ遊んでやがる。
  虫の杖を手にして悠然と立っているだけ。私は数メートル吹っ飛ばされた後で何とか立ち上がる。
  殺せないわけではない。
  死なないのだ。
  非常に厄介な展開だと思う。殺せるには殺せるんだけど決定打に欠ける。魔法耐性はアルトマーとまったく同じようだし魔法で殺せる、剣でも突き殺
  せる、しかし魂がある限りは倒した事にならない。効率的に悪いな、何度も何度も殺すのは。
  そもそも私の体力が尽きる。
  そもそも私の魔力が尽きる。
  作業的に殺していけばいつかは勝てるんだろうけど、私はその前に疲れ切って行動不能になるだろう。
  どうする?
  「くくく」
  「……」
  虫の王は私を殺せないわけではない。殺そうと思えばいつでも殺せる、だけど殺さないのは遊んでいるからだ。
  不愉快。
  実に不愉快です、こいつの余裕。
  「どうかな、トレイブンの養女よ。余と組まぬか?」
  「ん?」
  殺すんじゃなかったの?
  まあ、わざわざそう簡単に殺させてやるつもりはないけど。
  「どういうつもり?」
  「お前はそれなりに強いのでな。殺すのに惜しい。余の弟子の1人にならぬか? お前ならボロル・セイヴェルよりも良い仕事をしてくれそうだ」
  「その質問、愚問だと思わないの?」
  「どのような状況になろうともお前を殺せば修正は可能だ。愚問とは思わんよ」
  「ああ。そうですか」
  確かに。
  確かに手詰まりなのは私の方だ。
  虫の王、圧倒的な攻撃力があるわけではないし圧倒的な防御力があるわけでもない。魔力は多分私の十倍以上でしょうけど戦力的に私とそう大した
  差はないと思う。やり方によっては勝てるだけど……死なないんだよなぁ、こいつ。
  面倒な展開。

  フッ。

  虫の王が消えた。
  空間を渡ったっ!
  「余に仕えんのであればそろそろ死んでみるか? 養父であるトレイブンの後を追うか?」
  「……っ!」
  声は真後ろからした。
  私は動けない。
  冷たいナイフが首元に押し付けられていたからだ。
  「絶望は最高のスパイスとなる、至高のエッセンスとなる。絶望を効率的に作り出すには痛みがもっとも最適。喉元を抉ってやろうか?」
  「虫の王マニマルコ」
  「何だね?」
  「その余裕が命取りよっ!」
  バッ。
  ナイフを持つ奴の腕を掴む。意外に虫の王は力強い、掴んだものの腕はビクともしない、払い除けれない。
  もちろん問題はない。
  それが目的ではないからだ。
  「炎帝っ!」
  「……っ! くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  ゼロ距離専用の炎の魔法を奴の腕に叩き込む。炎上は腕から始まり、数秒後には虫の王は火だるまとなる。
  腕が離れた。
  私は肘打ちを叩き込み、奴から離れて間合を保つ。
  そしてーっ!
  「裁きの天雷っ!」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷で奴を吹っ飛ばす。
  これで何回死んだ?
  「舐めるからよ」
  軽く笑ってから私は走る。
  奴との間合いを詰める。虫の王は黒焦げ状態から瞬時に再生、立ち上がったところだった。
  「はあっ!」
  「くぅぅぅぅぅぅっ!」
  飛び込み様に脇腹をパラケルススの魔剣で薙ぐ。
  虫の王は接近戦もそれなりに長けているので安全性を考慮するなら遠距離から魔法で攻撃した方がいい。しかし虫の王自身が強力な魔術師であり私の
  魔力の数十倍を有していると思うから純粋な魔法の撃ち合いだと負ける。
  だったらどうする?
  接近戦よ。
  斬るっ!
  斬るっ!
  斬るっ!
  結局のところ殺せる回数は微々たるものでしょうけど……それでも殺し続けるしかないっ!
  「そこっ!」
  「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
  顔を真っ二つにしてやる。
  もちろんすぐに生き返る。常に私のターン状態で戦えるのであれば、虫の王はサンドバックとしてフルボッコのし甲斐がある。

  フッ。

  再び奴は消えた。
  次はどこから来る?
  次は……。
  「雷光の調べっ!」
  「……っ!」
  声からして斜め右後ろ。
  駄目だ、回避出来ないっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷撃をまともに私は浴びる。
  威力そのものは大した事がない。
  ……。
  ……あー、訂正。多分魔法そのものの威力はかなり高いんだと思う。ただ私はブレトン、アルトマーとは真逆で魔法耐性が生まれつき高い。
  さらに私は特製の首飾りや指輪で魔法耐性を増幅している。
  故に魔法は効かない。
  ただし……。
  「いったぁーっ!」
  ずざざざざざ。
  雷撃の直撃により私はごろんごろんと引っくり返る。その際に体のあちこちをぶつける。
  痛い。
  魔法そのものの威力は無効化(限りなく無効化。魔法の威力によっては多少はダメージを受ける)出来るものの、その際に生じる衝撃までは中和できない。
  結果として吹っ飛ばされる。
  魔法戦ではほぼ無敵の存在ではあるけど物理的にはあまり頑丈な方ではないです、私は。
  「うー」
  頭を振って立ち上がる。
  その時、宙にバチバチと音を立てながら球体化された小さな雷玉が浮かんでいた。
  げげーっ!
  瞬間、それは爆発的に膨張。
  「雷破・放雷」
  虫の王の低い呟くと同時に四方八方に雷光が降り注ぐ。
  やばーいっ!
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  あまり得意ではないけど魔力障壁展開っ!
  防御する。
  見えない魔力の障壁が雷を遮断、しかしその時虫の王は次の魔法を放つべくこちらに指先を向けていた。
  雷光の調べかっ!
  魔法の威力は知らないけど衝撃から察するに……魔力障壁を貫通されるな。
  ならばっ!
  「デイドロスっ!」
  「オブリビオンの使い魔か。下らぬ真似を」
  嘲笑するマニマルコ。
  だがそのまま奴は押し潰された。魔法を放つ事すら出来ずに。
  馬鹿めっ!
  別に召喚魔法は呼び出す存在は自分の近くという法則はない。別に敵の真上でもいいのだ。当然真上の場合は召喚された直後に落下する、つまり相手
  を押し潰す形で落下する。デイドロスの巨漢なら相手を死に至らしめる事も可能だろう。これでまた一回マニマルコを殺した。
  デイドロス、咆哮と同時に押し潰したマニマルコを襲い始める。
  やれやれーっ!
  「思い込みがいけないのよ、虫の王っ!」
  「小賢しいわーっ!」
  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  手にしている虫の杖でデイドロスを粉砕。
  うげっ!
  まともに受けたらあんなにも威力があるのか、虫の杖って。
  気を付けんと。
  「下郎め、死ぬがよいっ!」
  「手下にしたいのか殺したいのか、どっちかにしてよね。混乱するじゃん」
  「雑言っ!」
  コン。
  虫の杖で足元を突っつく。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  岩肌が裂けて奴を中心に礫が飛ぶ散る。
  物理攻撃だ。
  魔力障壁はそれなりには使えるけど物理障壁に関してはまったく使えない。しかしこいつの場合は対処が出来る。何故ならさっき見せつけるように同じ
  攻撃をしたからだ。余裕があるからこそ手の内を見せたんでしょうけど、私相手にそれは不用意っ!
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  足元に放つ。
  私の雷は何かに直撃したと同時に余波が発動される。飛んでくる礫の速度を相殺……いや、むしろ逆に虫の王へと弾き返す。
  「返すわ、マニマルコっ!」
  「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  肉体的には脆弱な虫の王。
  礫が奴の体を次々に射抜く。これで一気に数回分殺した事になるでしょうね。
  虫の王はよろけながらも虫の杖を振りかぶる。
  まずいっ!
  衝撃波かっ!
  「うざったいわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「……っ!」
  
  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!

  衝撃波が私を襲う。
  堪え切れずに私は引っくり返った。これで今日は何回目だ、引っくり返ったの。
  「雷光の調べっ!」
  「……っ!」
  トドメとばかりに雷撃に直撃。
  さっきより直撃の際に生じる衝撃が強いっ!
  見ると虫の王は手のひらをこちらに向けていた。指先で放つのをやめて手のひら全体ではなったらしい。
  焦ってるの、あいつ?
  舌打ちする虫の王。
  「くそっ! たかだかこの程度の威力しか出せぬのかっ! この肉体、思っていたよりも力が出せぬっ!」
  「……?」
  意味が分からない。
  今のは一体どういう意味だろう?
  ただ分かったのはこいつは魔力の量が絶対的に高いものの攻撃力そのものは大した事がない。多分肉体的に耐え切れないのだろう、これ以上の出力に
  するとね。だとしたら魔力の量は戦闘の決定的な差にはならない。手数は向うが多くなるだろうけど直撃しても塵になるほどの威力はないわけだし。
  どれだけ魔力が高くても攻撃力として発揮出来るのには限度があるのだろう。
  その時……。

  「フィッツガルドさんっ!」

  アリスの声がした。
  アリスだけではない、こちらに向かってアルラとフォルトナも向かって来ていた。四大弟子を全て倒したってわけだ。
  連携したら勝てるだろう。
  「もうよいっ! 目障りだお前らっ! この場にて纏めて始末してくれようぞ、貴様の魔法でなっ! 消え去れ、虫けらどもっ! 神罰っ!」
  「えっ?」

  
バチバチバチィィィィィィィィィっ!

  雷光がこの空間を暴れ狂う。
  魔力障壁による防御は間に合わないっ!
  そして私達を吹き飛ばした。