天使で悪魔






虫の王との対決






  虫の王マニマルコ。
  死を統べる闇の魔術師であり腐臭漂う者達の王。
  魔術師ギルドの祖ガレリオンを圧倒、互角以上の戦いを展開した伝説の存在。……悪の伝説、ではあるが。

  無敵のリッチマスターは復活した。
  再びこの世界に。






  山彦の洞穴の深部。
  四大幹部の3人は仲間達に任せて私は単独で山彦洞穴の最深部に到達した。途中で立ち塞がる雑魚は皆無だった。
  よほど自信があるのだろうか?
  まあ、そうなんだろうね。
  だけどその自信を私が完膚なきまでに叩き潰してやるっ!
  深部は静寂に包まれていた。
  松明の炎が爆ぜる音がたまにするだけで静寂の場。
  「……」
  ただ、妙な圧迫感を感じる。
  それが何なのか?
  わざわざ論じるまでもない。白い玉座に悠然と腰掛けたアルトマーの老人が圧倒的なプレッシャーを周囲に発していた。
  よく見ると白い玉座は骨で構成されている。
  人骨の玉座。
  老人は右手で骸骨で出来た、もしくは骸骨を模した杖を手にしている。その杖を地面に突き立てて座っていた。
  距離はわずか10メートルほど。
  私はその距離で立ち止まる。
  「……」
  この老人は何者?
  答えは簡単だ。
  四大弟子は全て出払っている。この洞穴の前にいたダンマーの幹部は撃破、カラーニャ達3人の幹部はアリス達が対処している。
  つまり、こいつは……。
  「虫の王マニマルコ」
  「そう。余が黒蟲教団の総帥マニマルコ。女よ、そなたが親愛なるトレイブンの養女だね? よくぞ余の元に来た。もっと顔を良く見せておくれ」
  「断るわ」
  「残念だな」
  虫の王マニマルコ。
  見た目はただのアルトマーの老人。少々髪が後退している。骸骨の刺繍入りのローブを着込み、骸骨の杖を手にしている。別に外観は恐ろしくも
  なんともない、ただの爺さんだ。だけど圧倒的な圧迫感を感じる。ここは空気が薄いんじゃないかって疑うぐらいに落ち着かない。
  奴の胸元には死霊術師のアミュレットがぶら下がっていた。
  「親愛なるトレイブンの養女よ。それは彼だね?」
  「……」
  巨大な黒魂石の入ったナップを私は背負っている。黒魂石の中にはトレイブンの、お父さんの魂がある。
  奴は瞬時にそれを理解した。
  虫の王、卓越した魔道センスの持ち主なのは確かだ。
  やはり侮れない。
  「わざわざ余の元に届けてくれるとは君は良い子だね。彼の魂、君の魂、余の中で1つにしてあげよう。感謝の言葉はいらない。余の善意だ、受け取るがよい」
  「御託はいらないわ、今すぐ死ねっ! 裁きの……っ!」
  「言葉遣いの悪い子だ」
  コン。
  骸骨の杖で地面を一突き。
  瞬間、私の体が動かなくなる。裁きの天雷を放つべく手のひらを相手に向けたまま、私の体は動かなくなった。
  ググググググ。
  体に力を込める。
  駄目だ。
  まるで動かない。
  麻痺の魔法?
  「そうではないよ、親愛なるトレイブンの養女よ。それはただの麻痺ではない」
  「くっ!」
  声は出る。
  だけど体はまったく動かない。
  「裁きの天雷っ!」
  「頭の悪い子だね。君が自由になるのは声だけだ。肉体も魔力も一時的に封じてある。それが余の『虫の奴隷』の魔法だよ。本来なら君は余が命じるまま
  に動く奴隷になるのだが心配は要らない。親愛なるトレイブンが命を賭して対抗策を講じてくれていよう? 現状では麻痺しているだけだ。直に解ける」
  「デイドロスっ!」
  「ふぅ。随分と無駄な事をするのだね。君には期待したが少し期待外れだね。無駄な労力は余がもっとも嫌う事だよ」
  「くぅっ!」
  ググググググ。
  これは力では無理か。魔力でなら打ち消せるだろうけど、魔力そのものも肉体の動作と一緒に封じられている。お父さんが護ってくれてるから虫の奴隷の
  根幹ともいえる効力は無効化しているけど動けないのであれば意味がない。
  くそっ!
  「別に怯える必要はない。少し話をしよう。その間に君の麻痺も解けるだろう。何も心配要らないよ。本当だ、約束しよう」
  「……」
  内心焦る私とは対照的にゆったりとした口調の虫の王。
  これで王者の余裕?
  ……。
  ……本音。私はこいつが怖い。
  逃げれるのであれば逃げよう。そして状況がそれを許すのであれば私はとっくに逃げている。でも状況はそれを許さない。状況とは今この現状を差すの
  ではない、それは私の心情の話。こいつは実際問題お父さんの仇。こいつがいなければアークメイジとしてハンニバル・トレイブンは生きてる。
  そう。
  こいつが殺したようなものだ。いいえ、こいつが殺したと断定しても間違いではない。
  私は仇を前にして逃げる事はしない。
  麻痺が解けたら殺してやるっ!
  「余はここにいながら全てを見ていたよ。しかし、それにしてもボロルは足止めすら出来なかったか。まあよい。全て片付けたら余が蘇らせてやるとしよう」
  「蘇らせる?」
  「この虫の杖には幾百、幾千の魂を純然たる魔力に変換して封じてある。余の体に取り込みきれない予備の魂を封じてあるのだよ。この杖を使えば魔力を
  格段に増幅出来るし生命力も拡充出来る。そして死者を蘇生させるという使い方もあるのだよ。何なら親愛なるトレイブンを……」
  「断る」
  「ほう? それはまたどうして? 死んだ人間を生き返らせる、それは誰もが切に望む夢であろう?」
  「言う義理はないわ」
  「残念だね。君はあまり社交的ではないらしい」
  「ふん」
  ふざけた奴だ。
  わざわざ理由を説明してやる義理なんてない。
  奴は戯言を続ける。
  「本音を言えば余は親愛なるトレイブンと会ってみたかった。高潔で高尚な人物だったと聞く。君はそんな彼の養女にして直弟子、しかしどんなに有能であって
  も彼に遠く及ばない。何より君には彼にあったであろう思慮はない。トレイブンに会う機会がないのは実に残念だよ」
  「私じゃあんたに勝てないというのっ!」
  「今の状況を考えれば答えるまでもなかろう? 余がナイフで首を撫でれば君は死ぬのだぞ?」
  「じゃあ殺したらどう?」
  「そんな勿体無い事はしないよ。余は親愛なるトレイブンの前任者達に会った事もある。いずれも無能で愚かだった。君は親愛なるトレイブンには及ばないにし
  ても稀有な存在なのは確かだ。殺すのは惜しい。少なくとも、ただ殺すのは惜しい」
  「じゃあどう殺す?」
  「余の特性は知っておろう?」
  「ええ」
  こいつは強力な魔術師の魂を食らって魔力&生命力を増幅させている。
  つまり?
  つまり私の魂を内に取り込むつもりだろう。
  ふん。
  食えるもんなら食ってみろ。絶対に食あたりする様にこいつの中で暴れてやるっ!
  「余は高貴な魂を常に求めている。君達が祖として仰ぐガレリオンも美味そうな魂をしていた。叶うのであればもう一度会ってみたいものだよ。ふふふ。彼は
  二度と余には会いたくないだろうがね。奴が余の手から逃れられたのは幸運だったからに過ぎぬ。君達の祖は余よりも弱かった。ふふふ」
  「関係ないわ」
  別にガレリオンなんて気にした事なんてないし。
  憧れでも何でもない。
  「親愛なるトレイブンが君に何を見出して後継者にしたのかを知りたいものだ。そして自らの命を犠牲にしてまで救おうとした君の価値を調べてみたい」
  「余裕ぶってると後で後悔するわよ」
  「後悔か。久しくない感情だね。どんな感情かすら忘れてしまった。君はどうだい? 今、後悔という感情はないのかい?」
  「ないわね。あるのは殺意だけ」
  「そうか。それを絶望へと変えるのは実に楽しみだよ。いずれにしても君の魂はもしかしたら余にとって価値あるものになるのかもしれない。光栄に思うといい」
  「誰がモルモットになるもんか」
  「ふぅむ。君は少し思い違いをしているようだね。選択肢などないのだよ。時に人は絶対的な力の前に等しく頭を垂れる。それは絶対的な力という真理だ」
  「力?」
  「そうだよ、親愛なるトレイブンの養女よ。余は力ある者を捉えて取り込む、結果として余は絶対的な力の保持者となる。だがこうは考えないか? 余と君はそ
  もそも本質は同じなのだとね。共に力に魅入られた者だ。より高威力の魔法に魅入られる。つまり余と君は友、そうではないかね?」
  「気に食わない、その言い方」
  「そうか。だけど君が気に食わなくてもいいんだよ。結局は余の組織と君の組織は根本は同じなのだよ。ただ違うのは余は善も悪もないと考えている、だが
  君達はこの世には善と悪があると定義している。所詮そこが君達の限界だね、この世界にあるのは純然たる力だけ。善悪は後付に過ぎない」
  「はっきりさせましょう」
  「ほう? 何をだね?」
  グググググググ。
  体に力を込める。途端に麻痺が解ける。体が動く。別に私が力を打ち負かしたわけではなく時間切れなのだろう。
  まあいい。
  こいつはわざわざ私の体の麻痺が消えるのを待っていた。
  つまり余裕?
  ふん。
  そんな余裕などない事を教えてやる。
  今日の私は完全に頭に来てる。
  倒すっ!
  「私は魔術師ギルドを受け継いだ。お父さんからの遺産だから大切にはするけど今はそんなのどうでもいいのよ」
  「ならば何故ここにいる?」
  「あんたを倒す為」
  「そんな非生産的な思考の為にここまで来たと?」
  「ええ」
  「はあ」
  奴は露骨に溜息を吐く。
  失望させた?
  そりゃ失敬。
  「つまり君は余を倒す為だけにここにいるのかね? 余との話の中に何かを見出したりは出来ないのかね? 立場の違いだけで敵対するのは愚の骨頂、
  双方の立場を互いに理解する事により何かを生み出せるとは考えられないのかね?」
  「まったく考えないわね、そんなの」
  「ならばここに立つ理由を明白にせよ」
  「簡単よ。あんたを許せない、その心情の為だけにここにいるだけよ」
  「そんな意地だけで余に立ち向かうおうと言うのか?」
  「だとしたら?」
  「実に下らん。実にね」
  「あんたにどう思われようと関係ないわ。私は私の心情に決着を付ける為にここまで来た。別に理由をあんたと同調させる必要性はないわ」
  「所詮君はそのレベルというわけか。なるほど。やはり親愛なるトレイブンには劣る。生かす必要はないな、君を」
  「それはこっちの台詞よっ!」
  バッ。
  手を改めて奴に向ける。
  いっけぇーっ!
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  一気に決着を付けてやるっ!
  爆発的に魔力が高まる。魔力を極限まで増幅、最強最大の必殺魔法を食らえーっ!
  「神罰っ!」
  「ほほう、なかなか良い出力だねっ!」

  
バチバチバチィィィィィィィィっ!

  深部に雷撃が暴れ狂う。
  閃光が視界を包む。
  私が使える最強の魔法だ。虫の隠者も一瞬で屠るだけの威力がある。こいつはリッチの親玉、当然リッチよりも強いんだろうけど結局はこの世界の生き物だ。
  どんな法則だろうが強力な一撃の前には等しく滅ぶだけっ!
  「はあはあっ!」
  雷撃が消える。
  視界がハッキリしない。爆発的に高まった魔力が急激に消費したからだ。最高まで上がって最低まで落ちる、そのギャップが疲労を生む。
  ガクガク。
  足が震える。しかしこれは魔力の消費から来るだけのものではなかった。
  「面白い余興だったね」
  「はあはあ」
  馬鹿なっ!
  無傷だなんてありえないっ!
  「玉座を粉砕して余を大地に立たせる為の魔法……なのかな? なかなか派手ではあったけど魔力のコントロールが実に甘い」
  「はあはあ」
  「君は余を誤解している。余をデュオスの青二才やキャモランの無能と同列視していないかい? だとしたら君の認識は駄目だ、実に甘い、甘過ぎるよ」
  「はあはあ」
  「余こそ史上最強の魔術師。君は対峙する権利を得はしたが、余とまともに戦える権利などないのだよ。嬲り殺しは趣味ではないが仕方あるまい」
  「はあはあ」
  全力の一撃がまるで無効。
  これほどの差があるなんて……いいえ、こんな差なんて認めないっ!
  「化け物めっ!」
  「絶対的な格の差を学ぶがいい。高名な魔術師ほど自身に絶対的な自信がある。それを打ち砕き絶対的な絶望を与える。その魂こそ強力な生贄となるのだっ!」