天使で悪魔






決戦は白い大地







  ブルーマ近郊。
  雪深い白い大地が死霊術師との決戦の場となる。





  「布陣、完了しました」
  「ご苦労様」
  その場に待機するシャドウメアに跨って鷹揚に補佐官ラミナスに答えた。私は左手で手綱を持ち、右手にはフローミルの氷杖を手にしている。
  フローミルの氷杖。
  それはアークメイジの武器であり、評議長の証明であり、そして大切なお父さんの形見の品。
  私はシャドウメアに跨ったまま前方を見る。
  鉄鎧を纏い、腰には雷の魔力剣、背にはパラケルススの魔剣を背負っている。
  完全武装。
  小さなナップも背負っている。中にはお父さんの魂が込められた黒魂石。物がでかいだけにさすがにポケットには入らないのでナップに入れて帯びている。

  ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  北方の冷たい風が吹き荒ぶ。
  遥か前方には山彦の洞穴がある。ここからは洞穴そのものは見えないけど、ある。
  そしてそこに虫の王がいる。
  だがそれを阻むように、当然ながら阻んでいるんだろうけど死者の軍勢が布陣している。アンデッドの軍団が命令待ちの状態で立ちはだかっている。
  アンデッド、それはゾンビやスケルトンの類だ。
  死体泥棒の黒い蜘蛛が各地で掻き集めた成果なのだろう。死体の中にはスカイリム解放戦線、闇の一党残党、帝都軍の死体も混じってる。
  10qほどの距離で対峙している。
  死体の数は100や200ではない。よくもまあここまで掻き集めたものだと感心してしまうぐらいに多い。
  1000や2000はいるだろう。
  そのアンデッド軍団の背後に、小高い丘の上に黒いローブの集団がいる。
  胸にドクロの刺繍。
  死霊術師だ。
  こちらの数は300ほどかな。
  後方からアンデッド軍団を指揮、さらに続々とアンデッドを召喚するのだろう。なかなか敵ながら良い戦法だ。
  こちらの布陣?
  整った。
  私とラミナスは展開した部隊の一番後ろから指揮を取っている。その時、1つの影が近付いてくる。
  ダンマーの男性だ。
  「よう、ギルドマスター。こっちは布陣出来たぜ」
  「モドリン・オレイン」
  モヒカンダンマーはニヤリと笑った。
  戦士ギルドの名物親父だ。
  今回、黒蟲教団との決戦に私が引っ張り出してきた。戦力が圧倒的に足りないからだ。
  魔術師ギルドは死霊術師との今までの抗争で戦力の低下の一途を辿っている。特に隠れ死霊術師がカラーニャとともに抜けてしまったので人数がかなり
  減ってしまった。もちろん内部に敵を抱えている状況よりは断然マシなんだけどさ。
  現在バトルマージが120名、魔術師が100名。
  合計220名。
  逆さにしてもこれ以上は出ない。純粋な人間の数でさえ黒蟲教団には敵わない。ましてや強大なアンデッド軍団に数では圧倒的に負けてる。
  数で押し合えば負ける。
  だからこそ戦士ギルドを引っ張り出してきた。
  もちろんマスターの特権で無理に参戦させたわけではない、あくまで依頼という形を取ってる。
  戦士ギルドの人数は100名。
  これが動員出来る限度だ。結局のところ戦士ギルドも慢性的な人数不足。ブラックウッド団との一件があったから仕方ないけどさ。
  「オレイン、そういえばアリスは?」
  「使いは出したがまだ来てねぇ」
  「そうなの?」
  「あとでフルボッコにしてやらんとな。あんのヒヨッコめっ!」
  「……ははは」
  相変わらずの性格のようだ。
  圧倒されたのか、ラミナスは押し黙ったままだ。
  ある意味で2人は同じポジションだと思う。
  どちらも組織の為に自分の身の危険を顧みずに行動するタイプ。ラミナス、軽く一礼。
  「御加勢に感謝します」
  「なぁに。水臭い事を言うなって。前に俺の姪がブラックウッドの連中にやられちまった時に世話になったんだ。今度はこっちが助ける番さ」
  ラミナス、怪訝そうな顔をする。
  まあ、彼は知らないからね。
  オレインが言っているのは、アリスがブラックウッド団の暗躍で意識不明になった際の事だ。私の口添えでアリスはレヤウィンの魔術師ギルド支部に
  匿われる事になった。いかにブラックウッド団でも魔術師ギルドまでは敵に回せないと踏んだ上での私の判断だ。
  「オレイン、メンバーの指揮は?」
  「非常に高いよ。名高きフィッツガルド・エメラルダに会う為にやって来た連中だ。あんたに戦いぶりを見せる為に士気が高いよ」
  「心強いわ」
  「それでエメラルダ、どうするんだ?」
  「ふむ」
  布陣。
  前面にバトルマージ部隊、その後方に援護の為の魔術師、左翼に戦士ギルド、右翼にシャイア財団の私兵。
  シャイア財団の私兵?
  お父さんの高弟の1人アルラ・ギア・シャイアの私兵。アルラは子爵らしい。
  今回は私兵50名を率いて合流してくれた。
  ハンニバル・トレイブンへの義理立ての一環だと彼女は言っていた。しかし彼女自身はこの場にはいない。別行動取るとか言って消えた。
  1人で突撃するつもり?
  まあ、それは分からんけど私兵の指揮権を私に移譲して姿を消した。
  それにしても……。
  「ラミナス、さっきから気になってたんだけど後ろのあいつらは何なの?」
  「アルラ子爵が言っていた帝都軍の援軍でしょう、多分」
  「……戦士の俺から言わせるとあれは援軍というよりは高みの見物だぞ」
  そう。
  帝都軍も出張って来ているのだ。
  ジェラス将軍率いる200名の帝都軍が後方に布陣している。
  ……。
  ……後方、20kmの位置にねー。
  何気に私達とアンデッド軍団の距離よりも遠かったりする。
  豆粒です、距離が離れ過ぎて小さくしか見えません。
  あれで後方支援のつもりらしい。
  完全に傍観者じゃん。
  例えこちらが不利な状況になってもすぐに駆けつけれる距離ではない。そもそも助ける気があるかどうかすら不明だけどさ。
  期待しない方向で戦った方が良さそうだ。
  「んー」
  さてさて、どうしたもんかな。
  こっちの数は魔術師ギルド&戦士ギルド&シャイア財団を合計したら370名。数だけなら死霊術師より多い。
  少なくとも人間の数ではこっちが勝ってる。
  だけど。
  だけど向うにはアンデッドの軍団が2000〜3000ほどいる。正確な数は分からないけど桁違いの数だ。アンデッドは木偶でしかないけどあれだけ数が
  いるとどう戦っても数で押されて負けるのは必至。
  帝都軍の人数?
  あれは勘定に入れてません。
  私は以前は帝都軍巡察隊に所属していた。お茶目心でね。だからこそ分かる、あの帝都軍の部隊は動かないだろうなぁと。勘定に入れると損する。
  
  ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  さぶぅっ!
  魔術師ギルド、戦士ギルド、シャイア財団、全ての戦力がここに集結した。
  ずっと気になってたのは相手の出方。
  こちらが全戦力が集結する前に攻撃を仕掛けてくるのではないかと思っていたんだけど……それはまったくなかった。
  実に助かった。
  ただ次第に黒蟲教団の動きがまったくないのが不審に思えてきた。
  向うは数では圧倒的だ。
  なのに何故数で押してこない?
  アンデッドの損害を気にしているというわけでもあるまい。そもそもこちらを皆殺しにすればそれはそのまま黒蟲教団の戦力となる。死霊術師のもっとも
  恐ろしい点は殺した敵をアンデッドとして再利用するところにある。敵を殺せば殺すほど戦力が増えていく。
  ……。
  ……そう考えると相手の動きのなさは不審だぞ。
  何を企んでる?
  何を?
  「アークメイジ、何故敵は動かないのでしょう?」
  ラミナスも考えていたらしい。
  「おお。あんたもか。俺も疑問に思ってたんだ」
  オレインも同意する。
  そう。
  考えてみたら相手の動きのなさは不審過ぎる。わざわざ戦力が整うのを待つ必要などないのだから何か意味があるのだろう。
  それは何?
  見ようによっては相手はこちらが仕掛けてくるのを待っている節がある。
  「オレイン」
  「何だ?」
  「相手がこちらの攻撃を待つ意味はあると思う?」
  「ないな。敵の方が圧倒的に多いんだから待つ必要はない。まあ、どういう戦闘の展開になっても向うが勝つな、これは。全員玉砕は決定だぜ」
  「……そうストレートに言わないでくれる?」
  「がっははははは。まあ、あんたが仕切るんだ、特に心配はしてねぇよ」
  豪傑笑いのモヒカンさん。
  一応は信頼されている模様。
  ただ相手が全てにおいて有利なのは確実だ。数においても圧倒的だし地形的にも向こうに利がある。
  ここは広大な雪原。
  利用出来る地形はない、ただただ広いだけ。こういう地形では数の差が出てくる。つまり相手にとって全てが有利な状況。
  なのに動かない。
  これは……。
  「誘ってる?」
  「ま、待つんだアークメイジ。……ここではまずい。今夜、いつものところで待ってるぞ……」
  「……」
  うがーっ!
  ラミナス君、この戦い終わったらブルーマ支部に左遷してやるーっ!
  と、ともかくっ!
  私は黒蟲教団が誘っていると判断した。
  全軍突撃を誘っているんじゃないだろう、そんな事せずとも向うが勝てるのだからね。つまり相手が誘っているのは……私……?
  ありえる。
  ありえる話だと思う。
  一説では虫の王マニマルコは高位の魔術師の魂を食らって魔力と生命力を増幅しているらしい。
  私との対峙を望んでる。
  うん。それはそれでありえるのかもしれない。それにこちらとしてもそれが最善だと思う。軍勢としては圧倒的に不利である以上、ダイレクトに親玉に
  戦いを挑むのが最善だと判断。闇の神シシスにすら勝てたんだから自信はある。
  「ラミナス」
  「これは……」
  フローミルの氷杖を手渡す。
  総指揮の象徴。
  「ここは任せるわ。私は虫の王と直接対決してくる」
  「なっ!」
  「心配ないわ」
  「心配ないわけないだろうっ! お前は私の妹同然なんだぞっ! 心配……い、いや、アークメイジ、私はつまり……」
  冷静を取り繕うとするもののラミナスは動揺している。
  私は微笑した。
  妹、か。
  その言葉は嬉しいな。
  「ラミナス、報酬を用意しておいて」
  「報酬?」
  「笑顔を用意しておいて」
  「……」
  「ここの指揮は任せるわ。頼める?」
  「承知っ!」
  私はシャドウメアのお腹を軽く蹴る、瞬間シャドウメアは駆け出した。雪原を行く。
  敵の軍勢を避けて山彦の洞穴に突撃開始。
  さあ、決戦だっ!