天使で悪魔
決意
人には決意が必要な時が必ずある。
何故?
それが、人だから。
アルケイン大学。会議室。
円卓を囲む評議員達の視線が痛い。私の隣には評議員に昇格したラミナスが座っている。
私?
私は立って不満げな評議員達を静かに見つめている。
現在の私は評議長。
あれから。
あれから3日が過ぎた。お父さんの死から3日が過ぎた。
私はお父さんがあらかじめ残していた遺言状により評議長になった。アークメイジの称号も受け継いだ。お父さんは帝国元老院議員でもあった、その議席
に関しては現在元老院に申請中でありまだ裁可は下りていない。
元老院に関してはどうでもいい。
とりあえず私は魔術師ギルドを完全に引き継いだ。
どうにかしないといけない。
そう。
虫の王マニマルコ率いる黒蟲教団との決戦を何とかしないといけない。
それが組織を受け継いだ私の責任であり義務、最愛のお父さんとの約束、そして決意。決戦に挑む必要性が私にはある。
ざわざわ。
今日はここ会議室で評議長&アークメイジの襲名披露。
ただし評議員達はこれがご不満らしい。さっきから私語と私に対する陰口が聞こえる。内心では楽しくないらしい。
それもそうか。
つい最近ハンニバル・トレイブンの一存で私とラミナスは評議員に昇格した。その数日後には評議長に昇格したわけだから面白くないのは分かる。
だけどそれをわざわざ聞いている暇は今はない。
私の性格的に?
まあ、それもある。
私はお父さんのように、無意味に反抗して権勢の拡大を図る俗物評議員達の不平不満を親切丁寧に聞く趣味はない。そしてそれ以上に現在の状況がそれ
を許さない。虫の王の復活、黒蟲教団の攻撃、全てが悠長に構えている場合ではないのだ。
戦いあるのみっ!
話し合いの段階は終わった、戦いでしか決着は付かない。
既に虫の王とその組織の強大さは把握している。連中は魔術師ギルドの崩壊だけではないのは明らかだ。もしかしたら帝都に攻めてくるかもしれない。
それだけの勢いが連中には、ある。
「よろしいですか、評議長」
「どうぞ」
頭の薄くなった、口髭の印象的な評議員が手をあげる。私は発言を許可した。
年の頃は60ぐらいかな。
次席カラーニャ、三席デルマーの陰に隠れて印象が薄かった評議員四席目の人物。
印象薄いから名前は知らないけどハンニバル・トレイブンが亡くなり、カラーニャが古巣(黒蟲教団)に戻り、デルマーがテレマン砦で死亡、だからこそ
魔術師ギルドにおいて四番手だった彼が途端に鼻息が荒くなったのだろう。どう見ても彼は私に取って代わろうとしているのは明白。
何を口にするのか。
ふぅん。
なかなか楽しみだ。
「評議長、あなたの所信表明はなかなかよろしかったですよ」
「そりゃどうも」
可もなく不可もなく私は演説しました。評議長としての心構えを語った。……まあ、ラミナスが推敲してくれた内容を口にしただけなんだけど。
内容なんてどうでもいい。
私達がしなければならないのは山彦の洞穴に打って出る事だ。
それも早急に。
状況が遅れれば遅れるほど連中は死体や骨をどこかから調達してきて強大なアンデッド軍団の戦線を構築するだろう。既に帝国軍の部隊を簡単に撃退
するだけの戦力を有している以上、悠長な演説や議論は不必要。私達は帝国軍より人数は当然ながら遥かに少ないけど今なら何とかなる。
何故?
帝国軍はあくまで武芸百般には通じているものの魔道戦力は保有していない。だからこそ死霊術師に勝てなかった。
魔術師には魔術師をぶつけるしかない。
そう。
結局のところ、この騒動の決着に相応しいのは私達だけなのだ。
「評議長」
「何?」
「あなたは演説で魔術師ギルドの総力を挙げて死霊術師との対決を宣言しました。そうですね? 確かですね?」
「いちいち再確認する必要はないわ」
「念の為です」
「はぁ。……あのね、一度口にした事を『記憶にございません』とは言わないわ。自分の言動に責任は持ってる。それで? それが何?」
「不可能でしょう?」
「不可能」
「はい」
「どうしてそう思うわけ?」
「バトルマージは先代評議長の失策によりその兵力は半減しました。つまり魔術師ギルドの虎の子の部隊は半分しかいないのです。それでも可能ですか?」
「……」
「どうなんです?」
「……」
私の沈黙を好機と思ったのだろう、口髭評議員は身を乗り出して私を問い詰める。
それと同時に他の評議員達から私に対して野次が飛ぶ。
はあ。
よく今までお父さんはこういう連中の不平不満を辛抱強く聞いてきたなぁ。
私にはとても真似出来ない。
そりゃ意味のある不平不満ならまだマシ。
だけどこいつらはイタズラに状況を悪化させ、それを評議長の失策の所為にし、自身の権勢の拡大を図っているに過ぎない。
私が黙ったままでいると口髭評議員は冷笑を浮かべた。
「現場を知らない素人の貴女が背伸びする事はない。いくら遺言とはいえ分不相応の評議長の任に就くのはどうかと思いますがね」
「……」
ニヤニヤ笑いの口髭評議員。
ふぅん。
相手が押されて黙ると調子に乗っちゃうタイプなわけか。大した男じゃないわね。
まあ、私は別に押されて黙ってるわけではない。
こんなアホが評議員でいる事に驚いているだけだ。つまり呆れているわけです、完全に呆れちゃってます。しかし私の心が読めない口髭評議員はぐるりと
他の評議員達を見渡す。まるで同意を求めるように。そして他の評議員達も騒ぎ出した。
……。
……えーっと。こいつら魔術師ギルドの幹部連中ですよね?
何でこんな馬鹿どもを掻き集めたんだ?
先代評議長ハンニバル・トレイブンを私は心の底から尊敬しているし父親として敬愛しているけど……この人選は意味が分からない。
洒落?
洒落の一環なの?
だとしたら笑えないなぁ。
口々に批判する評議員達の無意味な叫びを私は聞く。
完全に時間の無駄なんですけどね。
叫びに内容などない。
あるのは権勢への欲求。つまり評議長の座が欲しいだけの叫びでしかない。
俗物め。
「評議長の座は世襲制度ではない。即刻退陣すべきだっ! こんな人事は到底認められないっ!」
「左様っ!」
「就任早々で申し訳ないが退陣して頂くっ!」
「その案に賛成するっ!」
「退陣せよっ!」
はあ。
うるさいうるさい。
私は騒ぐその他大勢の評議員達を無視して、真っ先に異論を呈した口髭評議員を見据える。
「死霊術師との戦いがそんなに不満?」
「不満というわけではないですよ、評議長。現状で戦力がない以上、どうして今戦わなければならないのかという意味ですよ」
「戦力?」
「負け戦をする意味がどこにあります? 評議長、ここにいれば安全です。貴女の行動は我々が旨とする健全たる至高の学問を否定する事になる。我々
は学問を追及する者達の集まりです。厄介な事は帝都軍に任せればいい。移譲すればいい。我々が俗世に関るに必要などない」
「至高? そんなものここのどこにあるっていうの? あるのは権勢への欲望の塊だけじゃない?」
「なっ! 貴女は我々の魔術師ギルドに対する献身的な忠誠を疑うのですかっ!」
「疑ってない。否定してるだけ」
「……」
さすがに押し黙る口髭評議員。
「戦力に関しては問題ない。戦士ギルドに協力を要請するわ」
「戦士ギルド?」
「ええ」
「これは笑えますね。戦士ギルド? 俗世の筋肉馬鹿に加勢を? 評議長、貴女はまだお若いから分からないだろうですけど世の中はそんなに甘くはない
んですよ。妄想、いや失礼、想像豊かなのは結構ですけど貴女の理論は机上の空論でしかない」
「もしも味方に付けれたらどうするわけ?」
「その時は自分は辞任しましょう。ただし出来なかったならば貴女は……」
「ラミナス、彼の解任手続きを」
静かに隣に座るラミナスは頷いた。呆気に取られる口髭評議員。唇をワナワナと震わせているものの言葉が出てこない。
あまりガクブルさせるのも可哀想だ。
解任の真意を教える。
「私は戦士ギルドのマスターでもあるわけなのよ。戦士ギルドを動かすのは容易なのよ。自分の組織だからね」
「ま、まさかっ!」
「あんた首」
「お、お待ちください、評議長っ!」
当然ながら聞く耳なんて持たない。
啖呵を切ったのは向こう。
お互いの首を掛けた条件を提示したのも向う。勝敗は決した、私が賭けに勝った。ならば首を切るのは当然の行動。
逆に私が負けてたら寛容になれる?
無理ね。
無理。
自分が負けた時だけ泣き言を言う奴は好きではない。
私は他の評議員達も見据えながら宣言する。
「虫の王の復活は我々魔術師ギルドだけの問題ではない、これはシロディールに住む者達全ての命運の問題と言っても過言ではない。我々は退けない、
退いてはいけない、人として生きていたのであれば、連中の人形になりたくないのであれば、戦うしかない。戦わずして私達は滅ばないっ!」
『……』
「この期に及んで尻込みする評議員など必要ない。ラミナス、魔術師ギルドに必要のない評議員は全て解任してしまいなさい」
『……』
評議員達は静かに頭を垂れた。
評議は決した。
魔術師ギルドは黒蟲教団との決戦を決定した。今この瞬間に。
私は宣する。
「我々は山彦の洞穴に全面攻撃をする。遠征の準備をっ!」
執務室。
先代評議長の生活の匂いがまだ残っているこの部屋は、今では私の部屋だ。
すべき仕事は多い。
感傷に浸っている場合ではない。少なくとも今はまだその段階ではない。
「ふぅ」
私は戦士ギルドに対して援軍要請の書類を書き上げ終わる。
まあ、正確には援軍ではなく依頼かな。
魔術師ギルドからの依頼という形にしてある。いくら私が戦士ギルドのマスターでも私情だけでは動かせれない。あくまで依頼、あくまで仕事という形で
動員する事にした。依頼なわけだから当然ながら報酬が発生する。まあ、それはそれでいい。ともかく援軍があればそれでいいのだ。
幾ら掛かろうともね。
ただ問題が1つだけある。
私は評議長&アークメイジという地位と称号を受け継いだものの、まだ元老院議員という立場は正式には裁可されていない。申請こそしたものの元老院
ではまだ会議中。審議は終わっておらず私は元老院議員ではない。別に元老院の議席が欲しいわけではない。
バトルマージの大規模動員ともなると元老院の許可が必要なのだ。
私が元老院議員ならばその許可が可決され易い、その為だけに議席が欲しい。さすがに元老院を突っぱねてバトルマージを率いて帝都を離れられない。
会議は何日掛かる?
いや。もしかしたら何週間、何ヶ月かもしれない。
くそっ!
魔術師ギルドの評議員にしろ帝都の元老院議員にしろ会議してれば万事おっけぇな連中の時間間隔はイライラする。
コンコン。ガチャ。
ノックと同時に扉が開く。
ノックの意味ないじゃん。見るとラミナスが入って来た。
「評議長、お客様です」
恭しく一礼するラミナス。
余所余所しいとなんか調子狂うけど、まあ、今はおちゃらけている場合でもないので気にはならない。
ラミナスはインペリアルの女性を連れていた。
女性はドレスを纏っている。
……。
……うん?
どこかで会ったような気がするのは気のせい?
相手も私と同じ感覚らしく首を捻っている。
うーん。
前にウンバカノの依頼で行ったマラーダ遺跡で会ったような気がする。タロス広場地区では闇の一党相手に共闘したような気がする。
気のせい?
まあ、お互いに名乗り合った記憶はないから印象が薄いのは確かだ。
「アルラ・ギア・シャイアですわ。御機嫌よう」
ドレスの女性、名乗る。
アルラか。聞いた事のある名前。
そうか。
この女性がハンニバル・トレイブンの、お父さんの高弟の1人か。
「フィッツガルド・エメラルダよ」
「マスター・トレイブンの養女さんですわね?」
「ええ」
「彼には随分とお世話になりましたわ。元老院議員の件、解決させましたわ。いつでも出兵が可能。さらに帝都軍の部隊を同行させる事に成功しましたわ」
「はっ? ……えっと、どうやって?」
「議員達に大金をばら撒きましたわ。爵位も金次第な以上、可決も金次第ですわ」
「……」
そんな適当なのか、この国は。
最悪だー。
「それはそうとマスターの養女さん」
「はい?」
「わたくしも今回の戦闘に一枚噛まさせて頂きますわ」