天使で悪魔
奇襲
全てはやがて収束されていく。
紡がれし物語は1つの歴史として綴られていくだろう。
決戦の時は近い。
シローン。
スキングラード近郊にあるアイレイドの遺跡。
そこに死霊術師達が集結している。どうやらシローンは黒蟲教団の拠点の1つらしい。かなりの数の死霊術師がそこにいた。
現在の勢力比、魔術師ギルドが不利。簡単には覆らないだろう。
覆す為に必要なのは大胆な行動が必要。
ダイレクトに敵の拠点を攻める。
私達はアークメイジの勅命によりこれからシローン奇襲を敢行する。
「魔術師殿。どうなさいますか?」
「うーん」
茂みに伏せて私達はシローンの様子を遠目で見ていた。
勝ち誇ったように遺跡の敷地内には死霊術師達が闊歩していた。隠れるでもなく堂々と遺跡内をうろちょろしてる。恐ろしいの骸骨刺繍のローブを
着た集団がいるのは目立つのに連中は存在を隠す事はしない。どうやら完全に浮かれている模様。
確かに。
確かに今まで魔術師ギルドは押されっ放しだ。死霊術師が調子に乗るのは分かる気がする。
だからこそ好機でもあるわけだ。
相手の油断や慢心は付け入る隙となる。
奇襲の条件は揃ってる。
……。
……問題があるとしたら……こっちの人数かなぁ。
部隊の面々を見る。
バトルマージの三個小隊を私は率いている。一個小隊の人数は10名。合計してわずか30名。それに対して敵の数はほぼ同等。
同等なら勝てるじゃん、と思うのは軽率。
まあ、確かに外での人数は互角かもしれないけど、まさか死霊術師全員がシローンの外で日向ぼっこしてるわけじゃあるまいよ。当然ながらシローン
遺跡内にも大勢いる。外の連中が見張りだとすると遺跡の中で黒魂石の製造してる連中はもっと大勢いるだろう。
さてさて、どうしようかな。
「魔術師殿」
「今考えてる」
「いえ、そうではなく」
「何?」
「あれを見てください」
「あれ?」
茂みの中からバトルマージが指差す人物を見る。
アルトマーがいる。
アルトマーの男が歩いている。黒い豪奢な服を着込んだアルトマーの男性だ。そいつは手下3人を引き連れて肩で風を切っている。
外で警備をしている死霊術師達はアルトマーに最敬礼。
何者だ、あいつ。
「魔術師殿、奴がファルカーです」
「あいつが?」
「はい。以前奴がシェイディンハル支部から大学に来た際に顔を見た事があります。間違いありません」
「ふぅん。あいつがファルカーか」
今まで何度も間接的に相対した。今回ようやく直接対決だ。
それにしてもここには何しに来たんだろ。黒魂石の製作の為かな。それとも視察かな。
まあいいさ。
ようやくファルカーに会えた。だけど残念なのはすぐにさよならする。
永遠に。
「各部隊横に展開」
「了解です」
「私の合図と同時に魔法の波状攻撃を連中に食らわせてやるわ」
「その後に内部に突撃ですね?」
「いえ」
「では魔術師殿、我々はその後は?」
「波状攻撃継続。外にいる連中を殲滅したら遺跡の出入り口付近に陣取って。そして遺跡から出て来る私以外の奴らを蹴散らして。異論は?」
「ありません。了解です」
バトルマージは頷いた。
同行させない理由?
邪魔だもん。
それに遺跡内で大人数VS大人数の戦いを勃発させると死者が続出する。
まあ、敵の死者はどうでもいいけどバトルマージはハンぞぅから預かった大切な仲間。死なせるわけにはいかない。私が大暴れするしさ。
誤爆で仲間死なせるのもまずいだろうし。
さて。
「攻撃開始っ!」
『おうっ!』
掛け声と同時に魔法が放たれる。
炎。
氷。
雷。
ついでに私が召喚したデイドロス。
全ての攻撃が死霊術師達に襲い掛かる。連中は完全に油断していた。そして私達に気付いていなかった。つまり最初の攻撃は無条件に入る。
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
一撃で死霊術師の大半は消し飛んだ。
もちろんそれだけでは終わらない。死霊術師達の生き残りは動揺し、混乱し、まだ立ち直れていない。
「攻撃続行っ! いっけぇーっ!」
『おうっ!』
魔法の連打。
ファルカーは部下3名を引き連れて……訂正、1人炎に包まれて今死んだ。ともかく部下2名を連れて遺跡内に逃げ込んだ。遺跡内からは入れ違いに
アンデッドの軍団が這い出してくる。ゾンビ、スケルトン、ゴースト、お馴染みの連中だ。
取るに足らない敵だ。
よし。
これなら接近戦しても大丈夫だろ。敵勢は逃げ腰だし。
「突撃開始っ! 私に続けーっ!」
『おうっ!』
雷の魔力剣を抜刀。同時にバトルマージ達も剣を引き抜いた。
喚声を上げて私達は突っ込む。
もちろん接近戦を挑んで間合いを詰めて走ってる間も魔法攻撃を続けている。弓矢を装備しているバトルマージは矢の雨を降らす。
死霊術師達はバタバタと倒れた。
「煉獄っ!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
死体の群れを焼き尽くす。
次第に相手は立ち直りつつあるものの減った人数はどうにもならない。初っ端の私達の攻撃で大半は吹っ飛んだ。連中は既に形勢逆転を狙える
状況ではない。遺跡から出てきたアンデッド軍団の数は多いけど敵じゃあない。
魔術師の私達の敵ではない。
「はあっ!」
雷の魔力剣を振るう。
接近戦が至るところで開始されたものの死霊術師達はあくまで純粋な魔術師でありバトルマージの前には歯が立たない。接近戦に持ち込まれた時点
で連中に勝ち目はなかった。薄い布地のローブで剣が防げるものか。
奇襲は成功。
「ここは任せるわよっ!」
「お任せください、魔術師殿。それと……」
「うん?」
「ご武運をお祈りしていますっ!」
「ありがとう」
私は遺跡に突入。
逃がすか、ファルカーっ!
「煉獄っ! 絶対零度っ! 炎帝っ! 裁きの天雷ぃーっ!」
遺跡内部で大暴れ。
律儀に迎撃に出てくる死霊術師&アンデッド軍団を粉砕。
雑魚は引っ込んでろーっ!
「デイドロスっ!」
ワニ型二足歩行の悪魔を召喚。
群がってくるアンデッドの群れの中に放つ。どれだけゾンビの数がいようと悪魔には勝てない。少なくともこの程度の雑魚にデイドロスは止められない。
私は遺跡内部を突き進む。
奥に。
奥に。
奥に。
当然邪魔してくる奴らがいる。
そういう奴らへの対処?
至って簡単。
「はっはぁーっ!」
テンション上げまくり状態で私は雷の魔力剣を振るう。ナイフを手に不用意に突進してきた死霊術師3人を斬って捨てる。
奇声を上げる危ない女?
……。
……はあ。仕方ないじゃん。最近ストレス溜まってるし。
ハンぞぅには捨てられ掛ける、死霊術師の攻勢は過激の一途を辿る、それに伴い魔術師ギルドの任務が増える。最近ストレスでイライラしてました。
暴れて解消、悪いかーっ!
それにどっちにしても死霊術師達は敵。存在するのは良くない。少なくとも黒蟲教団の連中の存在は否定しなきゃいけない。
何故?
良くない存在だからだ。
連中の行動は既に危険でしかない。魔術師ギルドに取って代わるなどという簡単な展開ではない。
別に帝国には何の義理もないけど、下手すれば国が吹っ飛ぶ。帝国には何の恩義はないし逆に憎悪すらあるけど、今の体制が吹っ飛ぶという事は
各地方で反乱が相次ぐという事だ。私のライフスタイルが維持出来なくなる。だからそれは困る。
かといって黒蟲教団の支配体制がスムーズに確立されて国家を樹立されても困る。死体臭い国など嫌がらせでしかないからだ。
ともかく敵なんだから倒すのは問題ナッシング。
さて。
「私を阻むなら、もうちょっとマシな力量を身に付けるのね」
死体となった死霊術師に一瞥、そのまま歩き過ぎる。
今回の目的。
シローンに集結している死霊術師の排除、巨大な黒魂石の強奪。その2つだけだ。
それを阻む者は……。
「いたぞっ!」
「取り囲め、相手は女1人だっ!」
「我こそは虫の隠者……っ!」
「うるさーいっ! 裁きの天雷ーっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
撃破。
撃破。
撃破ーっ!
雑魚は死んでりゃいいんだよーっ!
……。
……怖い女?
はっはっはっ。ストレス溜まってるんで大目に見てやってください。それに最近強い敵が多いしさ。久し振りに圧倒的な力で敵を一掃してる。
ジゼル、ネラスタレルの魔術師、カラーニャ。私の少し手に余る相手が連続している。
攻撃手段のバリエーションアップが必要かなぁ?
ともかく。
ともかく久し振りの圧倒的な攻撃力で敵を一掃中のフィーちゃんです。
怖い女、暴力女などのコメントは受けていません。
ご了承ください(笑)。
「ここから先は通さ……ぐはぁっ!」
どさぁ。
最後の扉を守る奴を蹴っ飛ばす。そいつは扉を開ける形でその場に倒れた。
あれから。
あれから愛と勇気と友情……はなかったか。攻撃オンリーだった気もする。まあ、ともかく攻撃オンリーで私は奥へ奥へと突き進んだ。
黒蟲教団の死霊術師は闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者よりも質は高いと思う。闇の一党もカルトの側面が強かったけど黒蟲教団は完全
なるカルト。徹底している分、死霊術師の方が狂信的であり恐れを知らない。リッチとかもいるし。
だけど私はもっと強い。
死霊術師は強いけど、結局は魔術師。
対魔法戦においてほぼ無敵の私にとって敵じゃあない。ゾンビとかスケルトンも問題ない。何故なら私は剣術も極めてますので。
魔術。
剣術。
私は魔法戦士として君臨しています。
雑魚は所詮は雑魚。
阻めるものか。
さて。
「ここが終着点のようね」
「貴様の人生のかな?」
「さあ?」
アルトマーがいた。
ファルカーだ。
ようやく会えた。直接会えた。今までは間接的だった。まあ、この間ちょっとだけ会えたけど直接対決はなかった。
高慢なお顔立ちのアルトマー。
奴は腰にショートソードを差している。両手は後ろに組んだままだ。手下は見当たらない。まあ、私が大抵叩きのめしたから残りはいないだろう。
雑魚は必要なし。
サシの勝負だ。
「君の噂はカラーニャから聞いているよ」
「そりゃどうも」
相手の出方を待つ。
せっかく会えたんだし相手の出方を見るのも一興だ。私も剣を鞘に戻す。その様を見届けてからファルカーは再び言葉を続ける。
「魔術の才能に恵まれた子猫だとカラーニャは言っていたよ」
「子猫」
誉めてんのか、それ?
「手を組まないか?」
「手を組む?」
「そうだ」
「私に何のメリットがあるわけ?」
「考えてみろ。魔術師ギルドの犬でいてどうなる? 時間の浪費ではないか? 指揮系統はバラバラ、利害すら一致していない組織に何の未練がある?」
「……」
ファルカーは声を潜めて囁く。
「本当の天才は時間の浪費はしないものだ。君の才能は魔術師ギルドでは活かせない。違うか?」
「だから寝返れと?」
「そうじゃない。才能を活かしたいと思うのは人の常だ。つまり基本的な欲求であり、通したい正義。決して不正義ではない」
「……」
「猊下の側に来い。お前の才能を活かしてくださる。そしてお前なら猊下の数少ない高弟になれるだろう」
「高弟?」
「そうだ。数多いる死霊術師の中で猊下の高弟は4名だけ。私を含めて4名だ」
「ふぅん」
ファルカーは虫の王の直弟子ってわけか。そしておそらくカラーニャもそうだろう、あの強さだし。
あと2人は誰だ?
まあいい。
「悪いけど私は寝返らない。ハンぞぅが信頼してくれている限りはね」
「信頼。笑える理屈だな」
「あんたは虫の王に信頼されていないわけ?」
「信頼など無意味なだけだよ。真に必要なのは支配。それこそが確固たる主従関係となる。信頼などという不確かで不明確な要素になど頼ると崩壊
にへと繋がる。分かるか、猊下は完全なる支配を持って全てを統一しようとしているのだ」
「統一?」
「おいおい。まさか猊下が魔術師ギルドなどという一組織程度に拘っていると思っているのか?」
「どういう事?」
「皇帝は死んだ。時代は今や乱世。猊下は悠久なる国家を築こうとされている。虚構と妄想と思うのであれば好きにしろ。お前がどう考えようと猊下の
戦力は既に揃っている。シロディール中から死体を集め、最強最大のアンデッド軍団は構築されつつある」
「死体を集め……」
あの蜘蛛かっ!
あの蜘蛛は死体を集めてた。つまりはあの蜘蛛も黒蟲教団のペットか?
厄介な話だ。
「フィッツガルド・エメラルダ」
「勝手にフルネームで呼ばないで」
「君は申し出を断るんだな? そうなんだな?」
「だとしたら?」
「君は何て浅はかで愚かなんだ。沈みつつある泥舟から避難するのは当然の理。先見の明があれば当然の事。にも拘らず留まるというのか」
「はっきりさせましょう。私は私の意思でここにいる。それだけよ」
「ならば敵対するのだな?」
「そうね」
「実に愚かだ。所詮はトレイブンの娘か」
「話にも飽きた。そろそろ戦う?」
「そうだな」
バッ。
その瞬間、私は動いた。踏み込み、相手の懐に入り込む。
キラリと刃が光った。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
「なっ!」
踏み込み、間合に入り込み、刃を抜き、振るう。それは同時。同時だった。ファルカーもまた私と同じタイミングで同じ事をした。
こいつ剣が使えるのかっ!
「どうしたトレイブンの娘、まさかこの程度の腕かっ!」
「くっ!」
「私を魔術師と思ったのか? ふふふ。剣士と見抜けないとは所詮はトレイブンの娘という事だな。我こそは虫の操者ファルカーなりっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
刃と刃は交差する。
火花が散る。
「次はもっと早く行くぞ、フィッツガルド・エメラルダっ!」
「調子に乗るなーっ!」
ファルカーの剣戟を巧みに受け流す。私は次第に後ろに下がる。しかしこれは予定通りの行動。相手の虚を誘っている。
だがファルカーもなかなかやる。
それを見越して的確に、不用意な振りはせずに剣を振るう。
「死ねっ!」
「竜皮っ!」
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
鈍い音。
耐久力を爆発的に高めた。私は左腕で相手の一撃を受け止める。さすがにファルカーは驚愕した。今だっ!
「はあっ!」
腰を沈めて私は相手の胴を薙いだ。必殺の一撃だ。
フッ。
「ちっ!」
またか。カラーニャと同じだ。消えた。空間転移は高弟の専売技能か。
背後に気配が生まれる。
私は振り返り、構える。
そこにはファルカーがいた。それだけではなくカラーニャもいる。
……。
……そうか。空間転移はカラーニャの専売特許か。少なくともファルカーは使えないようだ。
何故ならファルカーが空間転移を使う→出現時にカラーニャも登場はおかしい。少なくともカラーニャがファルカー出現と同時に現れる理由が成り
立たない。虫の賢者カラーニャが空間転移を使用してファルカーを救った、その方程式の方がしっくり来る。
「退くわよ、ファルカー」
「しかし……」
「子猫ちゃんを甘く見ない方がいいわ。剣術しかない貴方では勝てるかどうか」
「何だとっ!」
険悪らしい。
確かにファルカーの剣術では私には勝てない。最初は剣士だと思ってなかったから動揺したけど、こいつの腕前はブラックウッド団の団長リザカールと
同等、もしくはそれよりも少し劣る。弱いとは言わないけど私に勝つには100年早い。
それにしても剣術しかない、か。
カラーニャの台詞が正しいのであればファルカーは魔術師ではないようだ。死霊術師という肩書きは『黒魂石の製造に精通している』という意味合いか。
純粋に技術者的な立場かな。
「退くわよ、ファルカー」
「いいだろう」
フッ。
2人は掻き消えた。空間を転移して逃げたか。
追いようがない。
「仕方ない、か」
シローン遺跡に集結していた死霊術師、壊滅。
大幹部である『虫の叡者ファルカー』『虫の賢者カラーニャ』は撤退。2人は虫の王の高弟らしい。弟子は4人いる。残りはどんな奴だろ。
黒魂石はゲット完了。
私達がシローン制圧したのと同時にハシルドア伯爵が差し向けたスキングラード都市軍が援軍としてやって来た。……もっと早く寄越してください(泣)。
後始末は都市軍に任せよう。
さて。
帰ろう、帝都に。
スキングラード都市軍に死霊術師残党の排除を委任。
それでもそれなりに引継ぎの雑事があったので帝都に戻ったのは奇襲から3日後だった。
ハンぞぅは私室に籠もっているらしい。
私は巨大黒魂石を手に早速アークメイジの私室に向う。ハンぞぅは椅子に座っていた。机の上には一振りの剣がある。
任務達成をした私を彼は温かく迎えてくれた。それだけで報われる。
シローンでの一件を報告した。
「以上で報告を終わります」
「ご苦労様、フィー。よく戻ってくれました」
「はい。これ」
巨大黒魂石を手渡す。
これは人間の魂を封印出来る代物らしい。
「それで、ハンぞぅ、それをどうするの?」
「……」
「ハンぞぅ?」
「虫の王の目論みは分かっています。奴は黒魂石を使って私の魂を封印し、それから自身の体に取り込んで魔力と生命力を増強する気でしょう」
「ふぅん」
「そうやって虫の王は現在も存在し続けているのです」
「なるほど」
不死身の理由はそれか。
だけど伝承ではガレリオンに首を刎ねられたはず。蘇らない為にね。だとするとおそらく死体は完全に焼却したはず。
今現在の虫の王と伝承の虫の王は同一人物なのかな?
少し気になる。
「フィー、報酬を与えましょう」
「報酬?」
別にいらないのに。
ハンぞぅは机の上にある一振りの剣を手に取って立ち上がる。
「これをあげよう」
「剣?」
「おそらく人として作り出せる最高の剣だと思う。最高の献金術師が鍛え上げた魔剣だよ」
「魔剣」
受け取る。
すらりと剣を引き抜いた。
「何これ」
漆黒。
材質は何だろう?
黒壇……ではなさそうだ。軽く手に触れてみるものの手触りがまったく異なる。そして強力な魔力を感じる。
「ハンぞぅ、この剣は?」
「パラケルススの魔剣」
「パラケルスス」
「フィーは魔術師であると同時に錬金術師だからその名を知っているだろう?」
「当然」
錬金術師パラケルスス。
有名な人物だ。
帝国宮廷魔術師が提唱して始まったホムンクルス計画。それは奴隷制の廃止に伴う労働力の低下を補う為の人造人間の開発。しかし計画は頓挫、
やがて元からいる人物をコピーするという方針に変わるものの容易ではなかった、らしい。
それを容易く成功させたのが錬金術師パラケルスス。
彼は魔術師ギルドのメンバーではあったものの、時の皇帝に乞われて宮廷魔術師となった。天才的な錬金術の才能を持っていたパラケルススでは
あったものの人間関係は不得手であったが為に同僚達を敵に回し、階段から突き落とされて死亡した不遇の天才。
それがパラケルススという人物の簡単なプロフィール。
この魔剣は知らなかったけど彼が鍛え上げたものなのだろう、彼の名を冠しているわけだからね。
「ふむ」
ブン。
軽く振ってみる。
長さは私が持ってる雷の魔力剣よりも長いけど、軽い。雷の魔力剣の半分程度の重量だ。
「材質は何?」
「分からぬ」
「はっ?」
「それはパラケルススが独自に開発した代物でね、材質が分からないのだよ。ただ、文献では黒水晶という材質を使用しているらしい」
「黒水晶」
知らん。
聞いた事がない。
「フィー、それは魔力の最大量に応じて切れ味が変わる。元々の切れ味も鋭い。オブリビオンの魔王達が鍛えた魔剣と勝るとも劣らぬ一品だよ」
「魔力に応じてって……」
「そのままの意味だよ。例えば魔力をブーストした場合、それに比例して鋭さが増す」
「へー」
魔力の最大量に応じて鋭さを増す魔剣。
魔術師向きの武器だ。
「これくれるの?」
「フィーにこそ相応しいと思ってね。それに今までのように倉庫で眠らせて置くわけにもいかない。今こそ使うべき時なのだから。フィーにこそ相応しい」
「ありがとう」
素直に嬉しい。
最近の敵は結構強い奴が多かった。ジゼル、ネラスタレルの魔術師、カラーニャ、そしてデュオス、何より厄介なのが世界最強の勇者ヴァルダーグ。
私としても能力のバージョンアップを望んでる最中。
まずは最強の武器をゲット。
魔剣ウンブラとどっちが強いかは知らないけど、現在私が使用している雷の魔力剣よりも強いのは確かだ。
いいもの貰ったなぁ。
「気に入ったかい?」
「うん」
「良かった、喜んで貰えて。さて、そろそろ最後の任務の話をするとしよう。すぐに任務を始めるかね?」
「ええ」
「本当に準備は良いのかな、フィー」
「ええ」
「これより先に何が待ち構えているかは定かではない。ただ分かっているのはこれが私とフィーの最後の会話となるという事だ」
「最後の?」
どういう意味だろ。
ハンぞぅの顔を見る。柔和な笑みを静かに浮かべていた。どこか澄み通ったような笑顔。
何かあったのかなぁ?
「フィー」
「はい」
「虫の王マニマルコはこの巨大な黒魂石を求めています」
「それは分かってる」
「カラーニャとファルカーがあっさり退いたのは我々ではこれが活用出来ないのを知っているからです」
「そうね」
今更魔術師ギルドが死霊術の解禁はしないのを連中は見越してる。
それに。
それに黒魂石の活用法は倫理観にも反する。
他者の魂を捕え、食らう。
例え死霊術を解禁したとしてもそこまでは魔術師ギルドはしない。死霊術の禁術前もその前例はない。帝都にある組織としてはそんな邪悪な事は絶対
に出来ないし絶対にしない。こんな事を平然と行えばさすがに帝都軍が潰しに掛かるからだ。
だから魔術師ギルドに黒魂石が活用される心配はない。
魔術師ギルドに黒魂石が破壊される可能性?
それはない。
現在のところ追い込まれているのは魔術師ギルドだ。シローンで集結してた敵勢を片付けたものの、まだイーブンではない。追い込まれている以上黒魂石
は直接使用せずとも交渉として利用出来る。少なくともしばらくの間は。相手が新たな巨大黒魂石を作製するまではね。
ただかなりの時間を要する場合、黒蟲教団はアルケイン大学に乗り込んでくるはず。
そして時間は要するのだ。
だからこそシローンにはあそこまでの厳戒態勢が敷かれていたし、虫の王の数少ない弟子が2人も出張って来たのだ。
必ず来る。
必ず大学に乗り込んでくる。
あっさりとカラーニャとファルカーが退いたのはアルケイン大学襲撃という次の一手の為だ。
シローンで無駄に戦闘せずとも奪還出来るし、その方が手っ取り早いのだろう。
奪いたい魂NO1のハンぞぅもここにいるしね。
「私と2人でなら勝てるわ、ハンぞぅ」
パラケルススの魔剣もある。
ハンぞぅは氷の魔法が込められたフローミルの杖という最強の武器を持っている。私とハンぞぅが組めば負ける事はない。
虫の王にも勝てるっ!
「それは無理でしょう」
「えっ?」
彼は静かに首を振った。
「仮にハシルドア伯爵が助力に来てくれても同じ結末。絶対に勝てないのです、虫の王にはね」
「どういう事?」
「虫の奴隷ですよ、フィー」
「虫の奴隷?」
「奴の究極の魔法です。それを受ければ誰でも奴の下僕となってしまう。抵抗は出来ない。……普通ならね」
「何か対策があるの?」
「虫の王の最大の強みは虫の奴隷という魔法。しかしそれを封じる事が出来るのは皮肉にも、この特注の巨大黒魂石なのです」
「それが?」
「はい」
だから奪うように命じたのか。
だけど巨大な黒魂石からは禍々しい雰囲気は感じるけど魔力らしい魔力は帯びていない。
どうやってあんなもので対処する気?
「虫の王は魂を取り込む事で不死に近い存在と化しています。しかしまだ不死ではない。真なる不死とは御霊となりて大切な人を見守る者を指します。
奴の価値観はそもそもが誤りなのです。そして過ち。私は御霊となってフィー、貴女を守る事でしょう。いつまでも。永遠に」
「何を言ってるの?」
「フィー、私は貴女をいつも愛しています。だから託すのです。しかしただの親愛では終わりません、貴女の魔術師としての才能を認めた上でです」
「ハンぞぅっ!」
「私は妻を持たなかった。人生を魔術の探求に捧げました。それだけで良い、そう思ってました。しかしフィー、貴女という娘を持てて良かった」
「ちょっと何を言ってるの? ねえ何を?」
「会話が終わった後、巨大黒魂石を持って虫の王が潜む山彦の洞穴に行き、虫の王を倒すのです」
「話を聞いてっ!」
「貴女なら出来る。フィーなら誰も成し遂げられなかった高みにまで登れる」
彼は笑った。
彼は笑ったのだ。静かに、優しい、愛おしく。
しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
瞬間、紫の光が彼を包んだ。
手にしていた巨大な黒魂石にその紫の光は収束、そして消えた。わずか一瞬の事だった。わずか一瞬。
バタリ。
その場にハンぞぅは崩れ落ちた。
「ハンぞぅ?」
私は何も出来なかった。
ただその場に立ち尽くすばかりだった。倒れているハンぞぅは力なく、引き攣った顔で懸命に微笑んだ。
「さあお行き、愛しい娘」
「ハンぞぅ?」
「……」
返事はない。
「これは何の冗談?」
「……」
返事はない。
「ハンぞぅ、ねぇ、ハンぞぅってばっ!」
「……」
返事は、ないっ!
何で?
何でなのよっ!
今なら分かる。黒魂石は力に満ちている、魔力に、活力に。彼は自身の魂を黒魂石に封じ込めたのだ。霊は基本的に自我は保てない、しかしおそらく
黒魂石に封じ込める事で自我が保てるのだろう。そして何らかの形で虫の王の魔法を防ぐ方法となるのだ。
だけど肉体的にはこれで死んだ。
そうよ。
これでっ!
死んだのよっ!
私は彼の体に取り縋って抱き締めた。
冷たい。
冷たいよ、ハンぞぅ。
私の人生は彼なくしてはありえなかった。
人にはそれぞれ様々な選択肢があり、そこからいくつもの人生が築かれる。人生の別の可能性、パラレルは誰にでもある。
だけどそれが私にはない。
何故なら私は深紅の装束を纏った邪教集団にオブリビオンに送られた。そんな私をたまたま召喚したのがハンぞぅ。彼に居場所をくれた、育てくれた、娘として
愛してくれた。ハンぞぅなくして私の人生はありえない。
その彼が死んだ。
その彼が……。
「私を1人にしないでよ、お父さんっ!」