天使で悪魔







東へ西へ





  各地を奔走。
  それで全てが丸く収まるのであれば申し分ない。

  だけど実際はそれだけでは終わらない。





  
  血虫の兜を回収して私はテレマン砦を出た。
  マルキナズは追ってくる気配はなかった。実に助かる。あいつは結構強い。個体としても、実力としても。
  負けるとは言わない。
  だけど簡単に勝てるとも思わない。
  まあ、正直表まで巧みに引っ張って行って死霊術師どもとぶつけれれば最適だったんだけどさ。
  虫の隠者も人間やめてるだけあって結構強いし。
  互いに潰し合ってくれれば助かったんだけど。
  あいつマーズとか名乗ってたっけ?
  理性的な紳士だった。
  ああいう悪魔もいるんだなと少し勉強になった
  ……。
  ……ああ。そういえばフォルトナの仲間にも理性的なドレモラ・ケイテフがいたか。ケイティだっけ?
  人間にも様々なタイプがいるように悪魔にもいるってわけだ。
  人生は日々勉強です。
  さて。
  「回収してきたわ」
  「ご苦労」
  私は血虫の兜を片手で持って虫の隠者に振って見せた。あいつはここのボスだ。死霊術師30名、アンデッド軍団60名を仕切っている。
  数としてはかなりの規模だ。
  魔法戦に特化した連中だと思う。おそらく純粋な肉体主義の帝都兵の部隊では敵うまい。何しろ帝国軍の訓練カリキュラムには魔道は含まれて
  いない。もちろん使えるものもいるけどあくまで趣味であり個人的な修練でしかない。
  ある意味で魔法のエキスパート集団は魔術師ギルド、黒蟲教団ぐらいだろう。
  他にも組織がある?
  そうね。
  そう思う。
  だけど規模として考えると、大規模なのは魔術師ギルドと黒蟲教団だけだ。
  「血虫の兜、あたくしに渡してくださる?」
  「ええ」
  投げる。
  兜は宙を待った。この場にいる全ての視線が宙を舞う血虫の兜に集中する。
  今だっ!
  「裁きの……っ!」
  「甘いっ!」
  カッ。
  光り輝く虫の隠者の手。私はまともに光を浴びて後ろに吹っ飛ぶ。
  攻撃を読まれてたっ!
  ズザザザザ。
  地滑りをしながら私は踏み止まった。威力そのものはさほどない。しかし衝撃までは緩和出来ずに後退した。そのわずかな隙の間に敵が間合いを詰める。
  虫の隠者は兜を手にしながら笑った。
  「出し抜いたつもりか? ほほほ、甘いわっ!」
  「みたいね」
  さらに嘲笑が起こる。
  虫の従者だ。
  「お前の行動などお見通しだよ。よく血虫の兜を回収してくれた。感謝しているぞ」
  「いえいえ。感謝には及ばないわ」
  ちっ。
  読まれてたというわけか。
  だけどそこは予想の範囲内だ。特に問題ではない。こういう展開は想定していたし、どちらにしても敵を全て一掃するのが方針だった。
  初っ端から軌道修正があったけど、大した修正ではない。
  殺すまでだ。
  だけどどうして援護の攻撃がなかったのだろうか。
  伏せているバトルマージの部隊はどうした?
  虫の隠者は笑う。
  「潜んでいた哀れな連中ならそこにおるではないか。寂しがる必要はないぞ。どちらにせよ同じ末路なのだからな」
  「……」
  アンデッドの数が増えた。
  物陰から出てくる新鮮なゾンビ達。バトルマージ達だ。
  見抜いていたわけか。
  私が信用出来ない、それは私も見越してた。砦から出た直後に戦闘は想定していたし、それしかない展開がないのは分かってた。
  だけど。
  だけど部隊が全滅しているのは考えてもなかった。
  あの短時間で全滅。
  あの短時間で……。
  「虫の隠者」
  「何かな?」
  「あんたの名前は?」
  「あたくしは虫の隠者グランリィラ」
  「そう」
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  究極まで一気に魔力を爆発的に増幅させる。
  これでも食らえーっ!
  「神罰っ!」

  
バチバチバチィィィィィィィィっ!

  荒れ狂う雷っ!
  私を取り囲んで間合いを詰めようとしていた連中は全てその雷の洗礼を受ける。
  生存?
  ありえないでしょ。
  「ぜえぜえ」
  雷は消え失せる。そして敵の命も消え失せる。
  使うほどの相手ではなかった。
  だけどあれだけの数だ。面倒だったので一掃させてもらいました。
  死霊術師は消し炭に。
  アンデッド軍団も同じ末路、ゾンビにされたバトルマージ部隊も壊滅、虫の隠者も虫の従者も耐え切れなかった。
  「ぜえぜえ」
  戦闘終了。
  だけど疲れた。
  ある程度の実力がないとブーストは出来ない。経験不足の者の場合、増幅した直後に体が耐え切れず爆発するからだ。
  それにかなりの疲労感に襲われる。
  「ぜえぜえ」
  うー。
  立ってられない。
  ペタリ。
  その場に座り込む。
  まあ、敵はいないから問題ないでしょ。血虫の兜は転がっていた。
  破壊の可能性もあった?
  そうね。
  それはそれであったでしょうね。
  だけど別にわざわざ現存させておく必要もない。だって特に使い道ないわけだしさ。今までだって保存してただけだしさ。むしろ逆に破壊した方が
  いいのかもしれない。そしたら奪われる事をガクブルしなくてもいいわけだし。
  まあ、とりあえずは持ち帰るけど。
  「ふぅ」
  息が落ち着いて来た。
  そろそろ動けそうだ。魔力はまだ回復してないけど動くには問題ない。
  血虫の兜を持って帰ろう。
  「自分がお持ちします」
  「ん?」
  兜を手にしたのは私ではなかった。私はまだ座ったまま。
  「生きてたの?」
  「ええ」
  バトルマージだ。
  テレマン砦突入の直前まで私と話していたバトルマージだ。
  「ご無事で何よりです」
  「貴方もね」
  「部隊は壊滅しました。突然連中が襲ってきたんです。申し訳ありませんでした」
  「いいわ」
  生き残りがいたらしい。
  1人でも助かってよかったと思う。
  「帰るわよ」
  「あの」
  「ん?」
  「仲間の遺骸はどうしましょう?」
  「そうね。このまま放置しておくのも駄目ね。埋葬はしてあげましょう」
  「はい」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  瞬間、バトルマージは突然剣を抜き放って突きに転じた。私は本能的に動いた。勝手に体が反応し、雷の魔力剣を抜いて相手の攻撃を弾く。
  相手は無言で突きを繰り返す。
  敵かよっ!
  つまりこいつは死霊術師側に内通していたのか。そういう事なのか。
  厄介な展開ね、まったくっ!
  「トレイブンの愚かなる支配は直に終わるっ! 血虫の兜、死霊術師のアミュレット、全てを取り戻した瞬間、我らの王は無敵となるのだっ!」
  「それはあんたの力量とは関係ないわ」
  「……っ!」
  ザシュ。
  私の鋭い一線が相手の胴を薙ぐ。
  虫の王がどれほど強かろうと、こいつの力量が増減するわけではない。私に勝てるという理屈にはならない。
  転がる裏切り者。
  まだ生きてる。
  倒れているそいつの側を通り過ぎる際に剣を突き刺して血虫の兜を回収、帰るとしよう。
  それにしても……。
  「思ってたより厄介ね」
  魔術師ギルドの虎の子であるバトルマージにすら黒蟲教団の手の者が入り込んでいた。
  由々しき事態だ。




  「なんとっ!」
  帝都に舞い戻り全てをハンぞぅに報告。
  自らの私室で彼は羊皮紙に何かを記していたものの、驚きのあまりに羽ペンを落とした。
  死霊術師が出張って来ているのは予測の範疇だったにしてもバトルマージの中に内通者がいたショックは大きいらしい。
  ドレモラ?
  あれは完全に偶然なので仕方ないだろう。
  死霊術師もそこまでは想定していないだろうし。
  「デルマー評議員は死んだか」
  「ええ」
  「最悪な展開だな」
  「仕方ないわ。どうしようもなかった。時間的にどうしようもなかった。だけどここで考えているよりも行動するしかないわ」
  「……そうだね」
  ハンぞぅ、力がない。
  仕方ないか。
  評議会はほぼ崩壊状態。元々鈍い体質の魔術師ギルドはさらに鈍くなっている。
  「失礼します」
  その時、ラミナスが入って来た。
  私に視線を移したものの特に冗談を言うでもなく。もちろん言っている場合ではないんだけどさ。
  ラミナスの口調もまた沈痛だった。
  「カラーニャ評議員の説得に失敗しました。正確には向かう途中に部隊は死霊術師に襲撃されたようです」
  「なんとっ!」
  「クラレンスは命辛々舞い戻りましたがバトルマージ部隊は全滅です」
  「最悪な展開だな」
  うなだれたままハンぞぅは呟いた。
  私もそう思う。
  バトルマージは魔術師ギルドの虎の子であり精鋭。
  ラミナスは続ける。
  「クラレンスは帝都軍への指揮権の移譲を叫び、有志を募って署名運動を始めました」
  「駄目よ」
  私は断定する。ラミナスもそれに頷いた。
  無駄なのだ。
  無駄。
  武術に特化した部隊では魔道戦力の黒蟲教団には勝てない。絶対に負ける。
  事実、山彦の洞穴にいた組織は全て壊滅した。
  スカイリム解放戦線、闇の一党残党、そして両組織壊滅に乗り出した帝都軍200名の壊滅。まず勝てない。いいえ、絶対に勝てない。
  魔術師には魔術師を。
  それしかない。
  「ハンぞぅ」
  「なんだい、フィー?」
  「私が行きます。部隊はいりません。私1人で行きます」
  「しかし……」
  「信用出来ない?」
  「それは……」
  今まで信用されていると思ってた。愛されてると思ってた。でも最近は死霊術師との内通を疑われていた。
  見限ればいいのかもしれない。
  だけど私はやっぱり信用されたい。その為には行動で示すしかない。
  「信じてください、私を」
  「フィー、私は……」
  「信じてください、マスター・トレイブン」



  ヒガシヘニシヘ。