天使で悪魔
アークメイジの弟子達
破滅は唐突に訪れる。
おお、聖なる島。
薔薇色の光が空気を満たす場所。
立ち並ぶ塔の上を、花々の間を、優しい微風が吹き過ぎる。
緑彩るなだらかな崖の下には水泡が砕ける場所。
その境界の内には常に春の午後を宿す場所。
才気溢れる学生2人がそこで教えをで学んでいた。1人の心は明るく暖かく、1人の心は暗く冷たかった。
後の者、名をマニマルコ。
彼は死の舞いをくるくると舞った。
その魂は骨と蛆虫に、死霊術に傾けられていた。彼は生まれながらに死霊術師としての才能に恵まれていた。
魂を捕らえ奴隷とする為に彼は忌まわしい死霊術を学んだ。
前の者、名をガレリオン。
昼のように力強く輝かしい魔法を備えていた。
彼は友人であるマニマルコに言った。
「君の力は忌まわしい。この世界に恐怖をもたらす死霊術の研究は中止されなければならない」
「生と死は表裏一体。生しか学ばぬ君の方が愚かだ」
「何故君は人を憎む？」
「君には分からぬさ」
生命と平和を生まれながらに憎んでいるマニマルコはガレリオンの忠告を嘲笑した。
そして自らの暗い芸術に、死と腐敗という絵の具に戻って行った。
その後マニマルコは島から追放された。
2人の師の判断だった。
だが彼は、マニマルコはそれをむしろ喜んだ。狭量でちっぽけな島から大陸本土へと魂を狩りに嬉々として追放されて行った。
ガレリオンは師を非難した。
「あなたは獰猛な狼を羊の群れの中に放り込んだのですっ！」
「もうあの男の事は話すでない。終わった話だ」
師は弟子を育てる才に長けていたものの人格者ではなかった。
マニマルコを追放した事により自分達の島の宮殿は安穏が保たれる、その為に大陸の人間がどれだけ死んでも構わぬ、それが本音だった。
ガレリオンは全てに失望した。
友にも。
師にも。
島にも。
聖なる島を離れたガレリオンは万人に真の魔法をもたらす為の新たな組織として魔術師ギルドを創設した。
だがそれは旧友マニマルコとの対決を意味していた。
結局のところ2人が共に同じ時代を生きる事は叶わない事だった。
タムリエルの砂漠で、森で、街で、山々で、海で、いたるところで死霊術師の痕跡を目にした。
疫病が蔓延するかのようにマニマルコの邪悪な手が差し伸ばされ、彼が組織した邪悪な死霊術師達によって昔日の呪われた工芸品が集められた。
マニマルコを崇拝する魔術師と魔女達はこれらの工芸品を彼の元に運んだ。
そして血に塗れた薬草や油を、彼の罪深い洞穴に運んだ。
甘美なるアカヴィリの毒、聖者の遺骸の塵、人間の皮の束、毒茸、植物の根、他にも多くの品が彼の錬金術の棚に溢れた。
彼はまるで巣の中の蜘蛛のように、全ての品の力を自らに取り込んだ。
貪欲に魔力を増幅していく。
虫の王マニマルコの誕生の瞬間だった。
この世で最初の不死のリッチになった彼は堕落に堕落の末に、肉体の腐敗は最深部にまで達し、今現在もマニマルコと名乗ってこそいたが人間らし
さを置き去りにしたその体と心は、生きて動く屍に他ならなかった。その脈に流れる血液は毒酸の液となった。
恐ろしい工芸品が増えるにつれて彼の魔力と生命力は増幅された。
彼は世界にとっての天敵として君臨しつつあった。
やがて稀代の魔術師2人は、同じ師の元で学んだ旧友2人は再会した。
魔術師ギルドの創設者ガレリオン。
黒蟲教団を統率する虫の王マニマルコ。
長い月日を経て2人は再び対峙した。しかしそれは旧友との再会の場ではなく完全なる戦いの場であった。
両雄は対峙する。
「マニマルコ。工芸品を引渡し、呪われた力を捨てたまえ。さすれば君に死者に相応しい生を与えよう」
「馬鹿げた事を。お前が先に死ぬのだっ！」
虫の王の虚ろな笑い声が木霊する。
それが合図だった。
魔術師ギルドの軍勢と黒蟲教団の軍勢が衝突した。全面対決だった。
炎と氷の奔流。
震える山。
稲妻が龍の息の中で爆ぜる。
まるで木の葉のように人が吹き飛び、地に落ちる。
死霊術師の力により死者達は蘇る。魔術師ギルドの者達の光の魔法が放たれ、死者は砕かれ、無へと帰る。
エネルギーの大渦が解き放たれて血が川のように流れた。
青天の霹靂の如く、獅子の咆哮の如く、刺繍を施されたレースを鋭い剃刀が切り裂く如く、一触れで山の根まで揺るがした。
魔法と魔法の激突。
思い描くがいい。想像するがいい。この世の地獄が具現化したのだ。
長い戦いの中、マニマルコの死の軍勢は致命的な打撃を受けた。敗北は決定的だった。
だが彼は戦いをやめるつもりはなかった。
眼に暗い炎を燃やし、歯のない大口を開き、息を吐く度に暗黒を吐き出した。
悪臭に満ちたその空気を吸い込んだ者は敵も味方も死が氷のように触れるのを感じた。
山の上の空では暗黒が弱々しい光を打ち負かした。
ガレリオンを追い詰める。
だが、それがマニマルコの、彼の限界だった。
虫の王は自らの魔力が衰えるのを感じた。
死の工芸品が、己の腐敗して痩せ衰えた鉤爪から引き抜かれるのを感じた。
増幅し過ぎた魔力に肉体が耐え切れなくなったのだ。
ガレリオンの光の魔法が虫の王を屈服させた。
それが戦いの終わりの時だった。
無数の善と悪がその時命を落としたと歴史は証言する。
そして虫の王は死んだと。
ガレリオンは勝利し、かつての旧友の首を刎ねた。友が二度と動き出さないように。虫の王の弟子達は薄暗い迷宮や洞穴に姿を消した。
闇は去り、光の時代が幕を上げる瞬間だった。
子供達よ。
耳を済ませてごらん。
お前達の寝室を影が横切る時、村々が眠りにつき、通りから人影が消えた時、夜の雲を通して月が不吉に輝く時、耳を済ませてごらん。
墓場の住人達が永遠の眠りにまどろむその時、耳を済ませてごらん。
押し殺した足音が忍び歩く音が聞こえる？
その時は祈りなさい。
虫の王の恐ろしく冷たい手に触れられないように、虫の王の無情な足音が自分の側で止まらないように祈りなさい。
虫の王はまだこの世界を彷徨っている。彼は不死の王としてこの世に君臨し続けている。この世にある死の側面は全ての彼の領域。
死は生きる上で確実に訪れる終焉。
死そのものがマニマルコの領分である以上、彼は決して滅する事はない。人が生きている限り虫の王は永遠に君臨し続けるだろう、夜の闇の中に。
彼は自らに相応しい肉体を求めて存在し続けている。
瞳を閉じて闇を感じよ。
そこに彼はいる。
「虫の王マニマルコ、か」
「誰それ？」
「御伽噺の人物よ、お姉様」
スキングラードにあるローズソーン邸、最上階の自室。
私はベッドに仰向けになりながらムラージ･ダールから借りた虫の王マニマルコの御伽噺を読んでいた。隣にはアンが寝そべってる。
暑苦しい関係です。
これが姉妹愛？
まあ、世間的にどう取られるのかは分からないけど、一応これが私達の姉妹愛らしいです。
特に何をするでもなく。
アンは暇さえあれば私にベタベタしてる。あまり懐かれても暑苦しいんだけどなぁ。
……。
……一応断っておきますけど『事が終わってまったりしてる☆』というわけではない絶対ない。しかし私は誰に弁解をしてる？
んー、謎の人？
面倒臭いなぁ。
「どうしたのフィー？」
「別に」
「最近冷たくない？」
「こんなもんよ、私」
「相変わらずツンデレなんだから」
「すいません前々から言っておこうと思ってたんだけど私はツンデレじゃないから」
「そうやって悪ぶるなんて子供ねー」
「……」
なんかムカつくぞ、今の発言。
誰が子供だ誰が。
「そんなフィーが好きー☆」
「はいはい」
むぎゅー。
抱きついてくる。かなり危ない感じの姉妹愛だけど、まあ、家族というのはいいものだ。シェイディンハル聖域に配属されなければ後の厄介は
降り掛からなくて済んだけど、シェイディンハル聖域に配属されたからこそ家族を得る事が出来た。
そういう意味ではルシエン･ラシャンスに感謝だ。
まあ、どれだけ感謝しようともあいつは闇の神シシスの虚無の海で未来永劫魂貪られ続ける罰ゲーム体験中だけどさ。
可哀想可哀想。
コンコン。
扉がノックされる。
「フィッツガルド、よろしいですか？」
オチーヴァの声だ。
トカゲ姉妹の姉の方、元シェイディンハル聖域ではトップの地位にいた人物であり女性暗殺者のまとめ役。ちなみに男性暗殺者のまとめ役はヴィンセンテ。
「どうぞ」
「それでは入りますよ」
ガチャ。
扉が開かれる。しばらく沈黙と停止。そしてオチーヴァはそのまま扉を閉じようと……。
「待て待て待てっ！」
「何ですか、フィッツガルド」
「何で回れ右するわけ？」
「愛し合っている最中だとは知らずに入室してごめんなさいね。しかしフィッツガルド、真昼間からいちゃつくなんて……最近の若い子は……」
「……」
アンが抱き付いてるからです。完全に誤解されてます。
うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ私は何て不幸なんだーっ！
ちくしょうっ！
「そ、それでオチーヴァ、何？」
「お客ですよ、フィツガルド」
「お客？」
誰だろ。
「ラミナス･ボラスと名乗っています。今、エイジャが応接間で応対しています。すぐに来てください」
「分かったわ」
何しに来たんだろ。
わざわざラミナスがここに来る。呼び出さずにここに来る。使者を送る手間すら省く。それはつまりは急ぎか。
会ってくるか。
「ハイ」
応接間ではラミナスが紅茶を飲んでいた。私はエイジャに軽く頷く。彼女も頷き返し、退室した。
これで私とラミナスの2人きりだ。
「何か問題があったの？」
ラミナスと向かい合わせになるように私は椅子に座る。
わざわざここに来る。
それはつまり厄介が持ち上がったって事だろう。おそらく死霊術師関連でね。
現在魔術師ギルドは完全に動きが麻痺している。その最大の原因は『情報統制していた死霊術師の機密が評議会に漏れた』事にある。これにより
評議会は大揉めで大荒れ。知ってて黙ってたハンニバル･トレイブンに対しての反感が吹き上がり、結果として評議会は麻痺。
各支部には命令伝達は行き届かず停止状態。
ラミナスは独自に動いてる。
かつての人脈を使って、そして伯爵との同盟を駆使して死霊術師問題に取り組んでいる。
……。
……ああ。ラミナスは戦士ギルドのモドリン･オレインのポジションかな。
追放されても頑張ってる。
うん。ラミナスはモドリン・オレインと同じポジションよね。
さて。
「ラミナス、何か問題があった？」
「妻にばれた」
「はっ？」
「お前との関係が妻にばれた。だから家に電話するなとあれほど言ったのにっ！」
「すいません意味分かりません」
「だが安心しろ。お前は私にぞっこん、そんなお前を捨てたりはしないさ。勿体無いしなっ！」
「鬼畜かお前は」
相変わらず絶好調なラミナス･ボラスです。
掴み所がないなぁ。
おおぅ。
「さてフィッツガルド。そろそろサービストークを終えて本題に移りたいのだが、いいかな？」
「……どーぞ」
「ふぅ。やっと本題に入れるな。やれやれだぜ」
「私の台詞だそれはーっ！」
「ハハハっ！ お前を弄ると楽しいなー☆」
「……よかったわね」
「実は最近厄介な事が起きている。アークメイジ、つまりはマスター･トレイブンの弟子が立続けに殺されているのだ」
「ハンぞぅの弟子が？」
「うむ」
本題に入ったラミナスの口からは予想外の発言が飛び出る。というか深刻な内容なんだからさっさと言って欲しいものだ。
それにしてもアークメイジの弟子達の殺害、か。
私も弟子の1人だ。
確か最後の弟子。私以降は弟子を取ってないらしいし。
ラミナスは言葉を続ける。
「現在5名殺されている。評議会でも問題になっているようだが対策は何も講じられていないようだ」
「ふぅん」
魔術師ギルドの本部である閉鎖的なアルケイン大学の内情に詳しいラミナス。
内部に協力者がいるのだろう、きっと。
「マスターの弟子はそう多くはない。お前を入れて13名だ。その内5名が殺された」
「ふぅん」
「その内の1名が私の言う事を何でも聞き、すぐさま命令を実行に移す愛人だ☆」
「殺すわよっ！」
「騒ぐなフィッツガルド。事態は深刻だ。お前には状況が分かってないのかっ！」
「……」
いちいち反応するのやめよう、疲れるし（泣）。
黙って話を聞く。
「5名が殺された。今現在の魔術師ギルドを取り巻く状況から推測して、そして目撃者の証言から総合して犯人はおそらく死霊術師」
「黒蟲教団？」
「それは分からんが、連中は動き出したのだ。闇に潜んで暗躍する時は終わった。連中は表に這い出して来たのだ」
「それで他の8名……いえ、私以外の7名は？」
「5名は保護した、1名は行方知れずで所在が分からない、1名は他の4名とは別の場所で保護されている」
「保護の場所は沢山あるの？」
「私が手配したのは1つだ。別の場所で保護されている者の名はノルツェ、知っているだろ」
「ノル爺か。懐かしいな」
カジートの老魔術師だ。久し振りに聞いた名前。
「どこに保護されてるの？」
「レヤウィンの戦士ギルドだ」
「はっ？」
「最近出入りしているようだ。レヤウィンの魔術師ギルドに匿って貰うより安全かと思ってな。畑違いの戦士ギルドにいれば狙われる可能性は低いだろう」
「そうね」
戦士ギルドか。
それじゃあ私の守備範囲って事か。私は戦士ギルドのマスターだし。レヤウィン支部長はアリス、安心して任せられる。
「行方不明って誰？」
「アルラ･ギア･シャイアという名を知ってるか？」
「知らない。多分聞いた事はあるかもしれないけど、記憶には残ってない。誰？」
「アークメイジの弟子の1人だ。ただ魔術師ギルドには所属していないので足取りが掴めなかった。だから所在不明だ。まあ、大丈夫だろう」
「その根拠は？」
「強いからだ」
「ふぅん」
ラミナスが断定するぐらいだから物凄く強いのだろう。
アルラ･ギア･シャイアか。
覚えておこう。
「それでラミナス、5名が保護されてるのってどこ？」
「ブルーマの魔術師ギルドだ」
「ブルーマ？」
「そうだ」
「何故わざわざあんな辺鄙な場所に匿うわけ？」
「理由は2つある」
「2つ」
「1つは辺鄙だからだ。一応、私の行為は越権行為。いや、追放されているわけだから越権では済まんか。ともかくブルーマ支部はお前が言うように
辺鄙な場所だ。アルケインにもしばらくは知られないだろう。それにしても死霊術師からだけでなく魔術師ギルドからも隠す、皮肉だな」
「他の理由は？」
「ブルーマ支部長自身がアークメイジの弟子なんだよ」
「えっ？」
「ジョアン・フランリック。アークメイジ最強の弟子と言われた女性だ。……少なくともお前が最強の弟子になる前の話だがな」
「あのおちゃらけ女が？」
「そうだ」
「ラミナスの預言した通りになりそうね」
そう。
魔術師ギルドの対応は甘過ぎる。後手に回っている。それが最悪な展開に繋がってしまう。ラミナスはそれを感じ取り独自に動いている。
「危惧した通りになってきた。でしょう？」
「ば、馬鹿っ！」
「はっ？」
「器具でした、通りで犯ってきた……お前はそこまで変態だったのかこのエロ娘っ！ そうだついでに今晩私の相手を頼むっ！」
「……すいません１発思いっきり殴らせて」
「冗談だ☆」
「はあ。それで私に何をしろと？」
「ブルーマ支部に飛んで欲しい。今すぐにだ。戦力は多い方がいい。大学に内密での行動だ、戦力は限定される。例え大学に保護の件を伝えたとし
てもすぐには動けない、そういう体質に成り下がってしまっている。我々がやるしかないんだ。頼めるか、フィッツガルド」
「いいわ。私に任せて。ううん、やらせて」
「犯らせて……フィッツガルド、お前はどこまで変態なんだっ！ ……良かったら今晩私とどうだ？」
「うるせぇーっ！」
もうやだこいつー。
ともかくブルーマに行くとしよう。