天使で悪魔
壊滅
歴史は動く。
時代の推移の中で消えていく組織、人物がある。
いつの間にか消滅する者達もいる。
私の知らない場所で人知れず。
スキングラード。
領主であるハシルドア伯爵は人嫌いで有名で滅多に人前には出ないものの統治能力は群を抜いており、スキングラードを帝都に次ぐ
大都市にまで発展させた人物。税の大幅な引き下げを行ったり刑法の厳罰化などを実施、民衆の支持は絶大。
私はそこに屋敷を持っている。
ローズソーン邸だ。
一応私はこの街の名士の1人。貴族ではないけど準貴族として見られているようだ。
死者の門、死霊術師の月、この2件を片付けた私はしばしの休息としてスキングラードで平穏だけど退屈な生活を満喫していた。
「んー。良い天気だ」
平服で私はスキングラードの街を歩く。ただいつも通り魔力剣は腰に差している。
ダラダラ生活3日目。
初日はこんな生活でもいいかなとも思ってたけど既に飽きた。退屈です。リラックマ生活は私には合わないようだ。
散歩が一番無難かな。
そんな理由で私はスキングラード市内をぶらついている。
夕食まで時間潰さんと。
何しようかな?
どっかのカフェにでも入ろうかな?
ティータイムが大好きというわけでもないけど、そこで聞く噂話は楽しいものだ。まあ、暇潰しにはなる。最近によく耳にする噂話は『死体荒らし』の
噂だ。何でも死体を盗んでいく奴がいるらしい。お墓荒らしたりするらしい。この街限定ではなく別の街でも頻発しているようだ。
死霊術師絡み?
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。
ただ噂話の中には死体荒らしの犯人と思われる人物の名もあがっている。噂では犯人はこの街の錬金術師らしい。ローズソーン邸の近所にある錬金術
の店のオーナーの女性が犯人らしい。まあ、ただの噂話だけどさ。
「退屈だー」
私には刺激のない生活は合わないようだ。
街の通りを歩く人達は街での暮らしに満足しているようだしそこは否定しないけど、冒険者にはそういう平穏過ぎる生活は退屈だ。
フォルトナが冒険に出てる理由も分かる気がする。
一度そういう刺激を味わったら平穏で平和主義者な市民の生活は退屈そのものだ。
まあ、平和主義を否定はしないけど。
それにそういう平穏な生活があればこそ刺激が楽しめる。要は刺激と平穏、その両立だ。
……。
……まあ、その平穏が飽きちゃったんだけどねー。
刺激欲しいっ!
「ん?」
誰かに見られてる気がする。
そりゃ通りは人で混雑してるから視線は誰彼関係なく合う、歩く過程で私を目視してる人達は大勢いる。
だけど。
だけどこの視線はそういう類ではない。
「敵か?」
私は呟きながら歩く。
この類の視線には敏感なつもりだ。
それなりに死線を越えてるしある程度の気配は読めるつもりだ。まあ、暗殺者としての年季が長いアンには劣るだろうけどさ。
さてさて。どうすっかな。
敵かどうかは分からない、ただ熱烈な視線を向けられてるだけ。
つまり問答無用で叩きのめすわけにはいかない。
衛兵のところまで誘導する?
それとも……。
「ふむ」
いずれにしても暇潰しにはなるだろう。
私は何気ない足取りで歩き続ける。
「ハイ」
「……っ!」
何気ない足取りで細い路地裏に入り私は追跡者を待った。相手は普通に付いて来た。
追跡者としては素人だ。
バッ。
相手が度肝を抜かれた瞬間、腕を捻りあげて相手の体を壁に押し付けた。
これで逃げられない。
その人物は男だった。インペリアルの男だ。
一見するとただの市民。戦闘の『せ』の字も知らないようなど素人だ。年にしてたら三十代前半かな。色白な男。
敵ではなさそうね。
私を付け狙う敵は多い。どっかのアホがチンピラ暗殺者を仕向ける事はありえるとは思うけどこいつは暗殺者には見えない。武器すら帯びてないし。
殺意すら感じない。
じゃあこいつは何だ?
……。
……ま、まさか私に恋する男?
ありえるぞーっ!
私美女だし。
私美女だし。
私美女だし。
大切な事なので三回ほど繰り返しました☆
ほほほ☆
「お前何者?」
「……」
「お前何者?」
「痛いっ!」
グググググググっ。
腕に力を込めると相手は呻いた。根性なしめ。
素人だ。
素人に決定だ、こいつ。
もしかしたら私の行動調査を頼まれただけなのかもしれない。
誰に?
さあ、それは分からないけど、私を殺したがってる奴らに頼まれただけかもしれない。もちろん推測。憶測。仮定。予想。聞き出す必要がある。
相手の眼を覗き込む。
「言いなさい。お前何者?」
「わ、忘れたのか、この俺をっ!」
「はっ?」
「俺だ、俺っ!」
「……」
じーっと相手の顔を見る。
見覚えがない。
「知らん」
「俺だ、俺っ!」
「だから知らんって。だけど私の事は知ってるようね。私だけあんたを知らないなんて不公平。名乗れ」
「俺は聞こえし者ルブランテだっ!」
「んー」
「覚えてるだろっ!」
「知らん」
「……」
最近闇の一党も陳腐化になってきてるから幹部大安売り状態。まあ、闇の神シシスの加護も夜母の支配も消滅した以上、ただの残党、ただの
チンピラ暗殺者でしかないわけだから仕方ないだろうけどさ。
終わってるなぁ、闇の一党。
「で?」
「な、何だ?」
「私に一体何の用?」
「それは……」
殺意は感じない。
殺意を消せるだけの力量があるとは思えない。つまりこいつ本気で殺意がないのかな。
見た感じ武器すら帯びていない。
魔法の遣い手?
仮にそうであっても私には魔法が通じない。私を付け狙う以上はそれぐらいは調べてあるだろう。……多分。
何しに来たのだろ。
何しに?
「私に何か用?」
「あ、あんたから手を引くっ! それを言いに来たんだっ!」
「はっ? 律儀にそれだけを?」
「そ、そうだ」
意味が分からない。
相手の次の言葉を待つ。
「俺達はお前に壊滅させられた闇の一党の再建の為に、お前を狙ってたっ! スカイリム解放戦線とも手を組んだっ!」
「スカイリム……ああ」
思い出した。
こいつはこの間襲ってきた奴か。スカイリム解放戦線の連中と手を組んでた奴か。
印象に薄い敵とは難儀なものですなー。
「主導権を連中に奪われたっ!」
「それで私から手を引くわけ?」
「そうじゃないっ!」
「……?」
「お前に関ってから途端に厄年になった気分だっ! 最悪なんだよ、お前っ!」
ガンっ!
無言で相手の体を壁から引き剥がし、それから思いっきり壁に叩きつけた。
何言い出すんだこいつっ!
勝手に命狙っておきながら言うべき事かーっ!
ごらぁーっ!
「もう一度言ってごらん」
「すいませんでしたっ!」
「分かればいいのよ分かれば。それで? あんたは手を引くとしてスカイリム解放戦線はそうじゃないわよね? 次の連中の襲撃予定日は?」
「ないっ!」
「ない?」
「壊滅したんだ、スカイリム解放戦線はっ!」
「ああ」
思い出した。エイジャが手配してくれたんだっけ。エイジャは実は元老院直轄アートルムの捜査官。何だかよく分からんけど組織は壊滅、帰るべき
場所がなくなったので私の元に残留。元々私の元に来たのは『皇帝崩御に居合わせた謎の女』の調査の為だ。
まあ、それはいい。
ともかく当時の組織のツテを使ってエイジャはスカイリム解放戦線討伐の手筈を整えてくれた。
スカイリム解放戦線は帝国にとっても害悪だし。
帝国軍が潰したってわけだ。
可哀想可哀想。
「あの連中は何なんだっ!」
「帝国軍」
「あ、あれが帝国か? あんな化け物どもがか? ふざけるなっ!」
「はっ?」
帝国軍ではない?
意味が分からないけど、まあ、スカイリム解放戦線は壊滅したらしい。誰が潰したかは知らないけどさ。もしかしたらこいつの部下も潰したのかも。
インペリアルは怯えた顔で私を見ていた。
「関りたくないんだよ、もうお前にはっ!」
「ふぅん」
「こ、こうやって宣言しに来たのはお前との関係を断つ為だっ! いいか、俺はこれでもう関係ないぞ、関係ないからなっ!」
「まあいいわ」
私は手を離してやる。
男はそのまま後ろを見ずに走って逃げ出した。
追って殺す?
いいえ。
それだけの意味はない。必要もない。あいつは完全にびびってる。私にだけではなく全てに対してだ。少なくとも戦闘はもう出来まい。
牙がぽきりと折れた暗殺者には用などない。
「化け物か」
帝国軍じゃないとすると何者だ?
ふぅん。
「屋敷に戻るかな」
ローズソーン邸に戻る。
屋敷にはメイドのエイジャ以外はいなかった。最近は配送会社である『黒の乗り手』の業務が忙しいらしくアンも駆り出されている。
私?
私はその会社の役職者だけど、どちらかというと名誉職としての意味合いが強い。
実務には関与していない。
「エイジャ」
「ご主人様っ!」
彼女は私を見ると血相を変えた。
何故に?
「エイジャ、聞きたい事があるんだけど」
「壊滅しましたっ!」
「知ってる。スカイリム解放戦線は壊滅……」
「そうではなく討伐に出た帝国の部隊が壊滅しましたっ! 精鋭300の部隊が壊滅しましたっ!」
「はっ?」
何じゃそりゃ。
じゃあスカイリム解放戦線は誰が潰したんだ?
まさか聞こえし者ルブランテの謀計?
……。
……それはないか。
騙す意味合いがまるでない。ならばスカイリム解放戦線、討伐に出た帝国軍の部隊。それは一体誰が潰した?
「エイジャ」
「は、はい、ご主人様」
「スカイリム解放戦線が根城にしてたのってどこだっけ?」
「山彦の洞穴です」
「山彦の洞穴」
その頃。
山彦の洞穴。
「猊下。帝国の衛兵、ここにいた妙な連中、双方の死骸は良いアンデッドの材料になりそうです」
「実に素晴しい」