天使で悪魔
意外な結末
結末は常に正確に予測は出来ない。
意外性に満ちている。
ネラスタレルの魔術師。
ジゼル曰く『当時は最強の魔術師の1人』だったらしい。
面白い。
実に面白い。
私はこの時代の魔術師の中ではかなり高位に位置していると自負している。
新旧最強決定戦。
戦わせて貰いましょうかっ!
「煉獄っ!」
「炎帝・発剄っ!」
戦闘開始。
私とジゼルの利害は一致している。ネラスタレルの魔術師の撃破という目的で一致している。
協力出来る。
ネラスタレルの魔術師に向けて炎の魔法を放つ。
そして……。
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
挨拶代わりの一撃だ。
炎の2連撃がネラスタレルの魔術師に直撃、大爆発。アルトマーの女は炎の中に消える。
やったか?
……。
……まあ、そんな事はないか。
私の裁きの天雷の直撃を受けても何ともない顔してた。
強力な魔力障壁を展開しているのか、それとも私と同じ理屈で魔法が通用しないのかは分からないけど、この程度の魔法で死ぬ事はあるまい。
あくまで挨拶程度だ。
そして相手の力量を見極める為の攻撃でしかない。
まあ、別に今の攻撃で死んでくれても問題ないけどさ。わざわざ盛り上げる戦いをする必要はないわけだし。
戦いの簡略化。大いに結構。
だけど……。
「最近の魔術師は軟弱ね」
「ほざけ」
ネラスタレルの魔術師、健在。
ちくしょう。
まるで効いたような感じではない。私の魔法はいい。煉獄は強敵向けではないわけだし。
それはいい。
それはいいのよ。
問題はジゼルの東方魔法がまるで効いていない事が問題だ。私の魔法耐性を完全に無視した東方魔法。ネラスタレルの魔術師が私と同じ理屈なら魔法
が効かないのは分かる。でも東方魔法まで効かない理屈は何だ?
厄介な相手だ。
そうなると奴の力の理屈をまず戦いながら調べる必要があるってわけだ。
長期戦の予感。
嫌だなぁ。
「気を付けろ。奴は強いぞっ!」
「ありがとうジゼル。とても素晴しい忠告ね。感動した」
「皮肉るなっ!」
「そんなつもりはないわ。……で? これは同盟でいいわけよね?」
「ある意味ではそうだ」
「ある意味で?」
「ネラスタレルの魔術師は俺は殺さん。殺されるのはお前が最初だ。意味は、分かるな?」
「まあ、そうね」
意味は分かる。
ジゼルが死ねばこのフロアにいる全ての者の魂が死者の門が食われる。彼の理屈で行けば、死者の門に対する抵抗が成功した者が存在する限り、死者の
門の力は停止するらしい。抵抗に成功した者、この場合は狩神のジゼルを指す。
だから。
だからネラスタレルの魔術師はジゼルを殺せなかった。いや殺すのは容易いはず。だけど出来ない。
何故なら地下で殺せばネラスタレルの魔術師もアウトだから。
そういう理由でここにたまたま現れた私に殺させようとしいたってわけだ。
私がジゼルを殺す→死者の門再起動→私の魂は食われる→ネラスタレルの魔術師の1人勝ちってわけだ。おそらくネラスタレルの魔術師は屋敷の結界を
破壊して外に出れると思う。並々ならぬ力量みたいだし。それでも居座ってるのはジゼルがいるからだ。
屋敷を出てる間に死者の門に妙な小細工をされたくないのだろう。
あとはジゼルが行方をくらますのを恐れてるのかな。
ジゼルはグール化している。
寿命では死なない。
行方不明になって姿を消されると死者の門の起動が不可能になる。だからこそここに居座っているのだろう。
まあ、ここを奴の墓穴にしてやるけどさ。
ネラスタレル邸は屋敷?
いいえ。
これからは墓所だ。
「話し合いはお終いでいいかしら?」
余裕ぶった奴だ。
ネラスタレルの魔術師はなかなか嫌味な性格らしい。
「ええ。相談は終わったわ」
「一応はこの時代の名の通った魔術師、という設定らしいけど……ブレトンのお嬢さん、殺すのは貴女だけ。理屈はお分かり?」
「当然よ。基本だもの」
「素晴しい」
「ほざけ」
「その汚らわしいグールは殺さない。殺した瞬間に死者の門が再起動、私の魂が食われる。それは勘弁して欲しいわね。そこで頼みが2つあるのよ」
「1つは?」
「私は上の階で紅茶を楽しむ。その間に汚らわしいグールを始末して欲しいのよ。頼める?」
「却下。それでもう1つは?」
「ここで死んで欲しいのよ。アンデッドに作り変えてあげるわ。それだけ活きがいいのであれば強力なアンデッドになりそうだしね」
「それも却下ね」
「あれも駄目これも駄目。今の時代の人間は妥協って言葉を知らないのかしら? 先人を敬う心は? 自己犠牲の精神は? ……嘆かわしいものね」
「よく言うわ」
小さく声を立てて私は笑った。
ネラスタレルの魔術師、性格は最悪な模様。完全なる天上天下唯我独尊な奴だ。人として最悪な奴だと思います。
もう最悪。
……。
……わ、私はそうじゃないわよ?
ほ、ほら、思慮深い人間だとご近所でも評判だし。
さて。
「死者の門とは何?」
「死者の世界へと通じる門よ」
「そのまんまね」
質問してる場合ではないのかもしれないけど知るべき事柄は知っておきたい。ネラスタレルの魔術師は余裕たっぷりだから答えてくれるし。
聞ける内に聞こう。
直にこいつは死体袋行きだしね。
ふふふ。
やっぱり私も唯我独尊かも。
「死者の門を開く事が私の夢よ」
「何の為に?」
「向こうの世界がどんなものかを見てみたい。これは知識探求の志を持つ魔術師なら誰でも理解出来るはずよ。でしょう?」
「死者の世界が見たいわけ? 送ってあげようか?」
「片道では困るのよ。ふふふ」
「そりゃ残念」
知的探究心の為ってわけだ。
ある意味で世間一般の魔術師のお手本のような奴だ。世間様は魔術師を『迷惑な奴』としか見ていない。
まあ、大体当たりだけどさ。
さて。
「ネラスタレルの魔術師」
「何かしら?」
「お前殺すよ」
「ふふふ」
「裁きの天雷っ!」
「児戯ね」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
必殺の一撃を難なく奴は弾く。
魔力障壁か。
「今ので全力? じゃあ駄目ね。そんなんじゃあ私には勝てない」
「ちっ」
ネラスタレルの魔術師は魔力障壁を展開してこちらの魔法攻撃を防いでいるのだ。かなり強力な代物だ。
破れないかもしれない。
……。
……普通の状態ではね。
ドーピングするとしよう。
疲れるからあまりしたくはないけど文句を言っている場合ではないのは確かだ。ジゼルは高見の見物で役に立たないし。そりゃジゼルは今すぐには直接
殺される可能性はないけど少しは危機感を抱いて欲しい。私が死んだら私の死体はゾンビにされ、ジゼルを殺すべく放たれるわけだし。
まあ、殺される気はないですけどね、私。
さて。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ブーストっ!
ブーストっ!
ブーストっ!
ブーストっ!
ブーストっ!
ブーストっ!
全身に兄弟で膨大な魔力が宿る。
一時的ではあるけど私の魔力は人間の器では限界以上の魔力を有している。普通なら増幅され過ぎた魔力に耐えられずに死んでる。私は天才?
まあ、天才かは分からないけどセンスはあるのだろうよ。
それでもこの増幅はきつい。
一気に決めるっ!
「神罰っ!」
「小癪っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィっ!
地下に雷が荒れ狂うっ!
私が扱える最高にして最強、そして最後の魔法だ。神罰は1日にそうそう何度も放てない。
どっちにしてもこれで駄目なら当分私は死体。
反撃に耐えるほどの余力はまるでない。
「ぜえぜえっ!」
荒い息。
やったか?
「なかなか楽しい事をしてくれるじゃないのっ!」
「……くそ」
ネラスタレルの魔術師、健在。
耐えた。
耐えたのか、あれを?
こいつの力の源が何かは知らないけどよほど厄介な奴だ。私は今まで対魔法戦において無敵と自負してきたけどこいつはそれ以上だ。
魔法は無理か。
ならば剣?
問題はそれを悟る前に全身を疲労に襲われているという事だ。
ブースト魔法はそれだけ疲れる。
一度使えば後がない。
少なくとも数分は役立たず。相手がそれを待ってくれるとは思えない。
「ジゼル」
相棒を呼ぶ。
一応はタッグ戦だから助かった。
ネラスタレルの魔術師は積極的にジゼルを殺そうとはしないだろう。何故ならジゼルが死ねば死者の門の力が活性化してこの場にいる者全ての魂が奪われる。
ジゼルは時間稼ぎには最適。
「交替しましょう」
「……」
「ジゼル?」
「悪いな、フィッツガルド・エメラルダ」
「ん?」
バッ。
印を切るグール。
それが何の意味があるかは分からないけど、ジゼルの体に強大な魔力が収束していくのが分かる。
……。
……こいつまさか……。
「悪いなってどういう意味?」
「そのまんまさ」
三者それぞれに対立の図ってやつかしらね。
今の今まで一時的とはいえ同盟組んでたジゼルは新たな敵として今ここにいる。こいつがしようとしている事は想像出来る。あまり想像したくはないけどね。
ネラスタレルの魔術師も気付いたのだろう。
叫ぶ。
「お前、正気っ!」
「至極まともなつもりだぜ、諸悪の根源っ!」
余裕を保っていたネラスタレルの魔術師の顔には動揺が浮かんだ。
それもそうだろう。
今、この場所で戦いのキャスティングボードを握っているのはジゼルだ。この中で一番有利な立場にいる。絶対的と言ってもいい。
諸刃の決定打ではある。
だけどジゼルはこの場にいる者全てを一掃出来る決定的な力がある。
私とネラスタレルの魔術師はジゼルの行動を見守る。
彼は言葉を続ける。
「フィッツガルド・エメラルダ」
「何?」
「ネラスタレルの魔術師は生かしてはおけん。奴はこの世に存在してはならない。死者の門を開こうとしている時点で、そして奴の禍々しさ、狩神として封印
及び抹殺に値する。それは理解してくれるな?」
「御託はいいわ。要点を言って」
「お前の存在もまた我々狩神の理論からすると異端そのものだ。今の魔法は人の世に相応しくない。お前も一緒に連れて行く」
「おやおや」
やっぱりか。
ジゼルは自殺しようとしてる。自爆?
まあ、死を選ぶというのは確かだ。私と組んだところでネラスタレルの魔術師を倒せないと察しているのだろう。だからこそ自爆して果てる気なのだ。彼が死ねば
死者の門は再起動してこの場にいる者全ての魂を瞬時に食らうだろう。私もネラスタレルの魔術師もひとたまりもない。
ジゼルは厄介な事をしようとしてる。
かといってどうする?
自殺させないぞと攻撃魔法で吹き飛ばす?
その瞬間、死者の門が再起動する。私とネラスタレルの魔術師は死亡……結局自爆と結末は同じだ。
そう。こちらには止める手段はない。
ネラスタレルの魔術師もそれは同じだ。だからこそ奴も動揺してる。まさか自分の命を断つとは想像していなかったのだろう。
ジゼルの行動はハッタリと取る?
いいえ。
ここでデマカセを言う意味合いはまるでない。
つまりは本気だ。
面倒だなぁ。
「我は狩神、異端を全て抹殺する者なりっ! 我が任務は至高、我が生涯を尊べっ!」
「ちょっ!」
「やめろぉーっ!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
ジゼル、自爆。
爆風。
爆炎。
火柱が上がった。
勝手に自己陶酔して勝手に自爆しやがったっ!
何て奴だっ!
それに狩神って自己陶酔集団かっ!
今まで特に気にもしてなかったけどもしかしたら狂信的な組織なのかもしれない。私もネラスタレルの魔術師もさすがにこの状況にはびびった。
お互いに一気に階段に向って走る。
戦闘?
一時休戦っ!
カッ。
その時、死者の門が蒼い光を放つ。
淡い光ではない。
激しい閃光だ。
蒼く。
蒼く。
蒼く。
ひたすらに蒼いその光はフロアに満ち、そして私達を絡め取った。
そして……。
夢を見た。
不思議な事に詳細をよく覚えてないけど親友が出来る夢。
良い夢だったなぁ。
「……んー……」
「とっとと起きたらどうだ。馬鹿か君は」
この口調。
私はゆっくりと目を開く。
やっぱりチョイ悪親父のハシルドア伯爵だ。
気が付くと私は寝てた。
いやいや正確には気絶してたのかな。死者の門が静かに蒼く光っている。私はその側で引っくり返っていた。近くには自らの体を炎で焼いて果てた
ジゼルの灰、そしてネラスタレルの魔術師の死体が転がっていた。
そして伯爵が側に立っている。
……。
……死者の門は再び停止している?
つまり私は耐えた?
耐えた者が存在する限り死者の門はその機能を停止させるとジゼルは言っていた。
ふぅん。
私は耐えたのか。
よく分からないけどさすがは天才ですなぁ。
ほほほ☆
「眼が醒めたか」
「まあね」
「よくぞネラスタレルの魔術師を倒した。信じていたぞ」
「……」
暴動した方が良い?
利用しやがってーと暴れた方が良いのかなぁ。
まあ、やめて置こう。
疲れてるし。
今回は本当に疲れた。
何気に今回はマジで疲れた。あんなにデタラメな強さの敵は今までいなかったんじゃないかな。まあ、闇の神シシスには劣るけど……疲れる相手だった。
虫の王マニマルコはもっと強いのかな?
まずいな。
修行せんと。
最近は性格が丸くなり過ぎて『ここ最近は聖人君子の如くですね☆』というファンレターが届くぐらい平和主義者として生きてきたから体が鈍ってる。
反省して次回からはたくさんデストロイしよう。
さて。
「伯爵、今回の目的は後顧の憂いを断つ為よね?」
「他に何がある。馬鹿か君は」
「……」
うがーっ!
癇癪起こさないようにするって辛いなぁ。
ともかく。
ともかく伯爵の今回の目的は『虫の王マニマルコが復活するから手を組む可能性があるネラスタレルの魔術師を倒そう』という流れなのだろう。何気にあの
魔術師の性格を考えると手を組む事はないだろうけど、存在を許せば面倒な展開になっていただろう。
だからこそ私に倒させた。
そういう事なんだろう、多分ね。
伯爵が画策したのかラミナスが目論んだのかは知らんけど、まあ、そういう事なのだろう。
それにしても。
「どうして私が生きてるの? 伯爵が何らかの方法で助けてくれたわけ?」
「知らんな」
「知らん?」
「ネラスタレル邸の禍々しい魔力が消失したので見に来たらお前が倒れていたのだ。どういう結末なのかは私には分からんよ」
「うーん」
どうやって助かったんだろ。
よく分からない。
何か夢を見ていた気がするけどそれすらも覚えてない。
まあ、私に喧嘩を売った奴は既に存在していないからとりあえずはよしとしよう。私に喧嘩を売ったら確実に不幸にしてあげないと気が済まない。
だけど死者の門はまだ存在している。
ジゼルの理屈でいくと抵抗に成功した私が存在している限り死者の門は作動しない。それでも残しておくのは物騒だ。
私は伯爵に聞く。
「どうします、あの扉」
「再び屋敷を封印する。……ああ、この屋敷は君に売却予定だったな。買うか?」
「あんな物騒な物がある屋敷に住む気はありません」
「そうか。残念だな。格安で提供したかったのに」
「他のご褒美は?」
「そんなものはない」
「そんな言い方するとフィーちゃん、拗ねちゃうぞ☆ ぷんぷん☆」
「君はキモイほどの馬鹿か」
「死者の門の中に放り込むわよっ!」
今回もただ働きかよ。
……ちくしょう。
再び結界が張られ外界から隔離されたネラスタレル邸。内部。
地下にいたジゼルもネラスタレルの魔術師も存在しない。
屋敷は完全に無人。
だが……。
「まーったく、興醒めじゃーっ!」
1人の老人が素っ頓狂な声を上げた。
杖を手にした老人。
奇抜な恰好だ。
老人は喚きながら独り言を続ける。
「死者の門などというデタラメ話作って何百年も魂集めて遊んでおったのにぃーっ! あんの色白生意気女っ! ……爺ちゃん拗ねちゃうぞ☆」
喜怒哀楽がめまぐるしい。
感情が豊か?
いや。老人の状態は既にその範疇を通り越している。
まるで理性を保っていないかのように。
狂気に支配されているように。
「にしてもあの娘。まさかアズラのヒモ付きだとはのぅ。それに忌々しいアカトシュっ! ワシとて手には余る。仕方あるまい。ここは退くとしよう」
コンコン。
杖を二度ほど岩肌を叩く。
ヴォン。
すると死者の門が活性化する。
蒼い光を眩く発する。
「ハークスがうるさいので帰るとするかのぅ。……ううん? ハークスとは誰じゃ? というかワシは誰じゃ? 波平さんじゃっけ? いや金城武か?」
老人は呟きながら死者の門に歩みを進める。
死者の門。
それは老人が作り出したデタラメ。実際は老人の世界に続く門。
老人の名は……。
「気まぐれな高橋さんが追加ディスク出したその時は、色白娘、また会おうぞっ! ふはははははははは……げほげほ、むせた……ワシも歳じゃのぅー」
そして。
そして老人は消えた。死者の門と共に。