天使で悪魔







ネラスタレルの魔術師






  強さには限界がない。
  絶対的な『強さ』など存在しない。
  上には上がいる。

  世界は果てしなく広い。






  ネラスタレル邸。
  スキングラードの名物的な幽霊屋敷。屋敷は立ち入りが禁止されている。
  その理由は最下層に死者の門とかいう物騒な代物があるから。
  そもそも普通は立ち入れない。
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵が結界で封じているからだ。伯爵ほどの魔術師が死者の門を破壊せずに屋敷ごと封印するのは不思議だ。
  破壊する方が楽だと思う。
  もしかしたら破壊出来なかった?
  この一件、私は強制参入させられました(泣)。
  ……ちくしょう。



  「雷帝・発剄っ!」
  「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷が私を絡め取る。
  そして。
  そして私は激痛のあまり膝を付いた。
  魔法じゃ、ない?
  先制攻撃は相手からだった。
  「くっ」
  私はすぐには動けない。
  私はブレトン。魔法耐性は生まれつき高い。もちろん完全な耐性を持っているわけではない。
  現在の私の魔力耐性は手製の指輪や首飾りに魔法耐性&魔力増幅の効果を持たせ、それを身に付ける事で対魔法戦において無敵として存在している。
  魔法での痛みは久し振りだ。
  すぐには動けない。
  息も出来ない。絶え絶えな息遣いで相手を見る。
  敵はさらに手のひらをこちらに向ける。
  「炎帝・発剄っ!」
  ごぅっ!
  今度は炎の魔法かっ!
  「絶対零度っ!」
  冷気の魔法を放ち、炎と冷気は互いに相殺。白い蒸気が生じる。
  ふぅ。何とか間に合った。
  体が動く。
  その瞬間……。

  ぶわっ!

  蒸気を突破って白仮面が私に飛び掛ってくる。
  手には錆びの浮いたナイフ。
  武器としてはお粗末だけど斬れるだろう。……むしろ錆びてる分、斬られたら痛いかも。ゴリゴリしなきゃ斬れないかもね。
  まあ、斬られるつもりはない。
  「死ね、女っ!」
  「冗談」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  雷の魔力剣が鞘から引き抜く。
  私は鋭い一閃でナイフを弾き飛ばした。
  「なっ!」
  「魔法は凄いけど接近戦はお粗末ね」
  妙な魔法の仕返しだ。
  私は冷笑を浮かべ、相手は驚愕の声を響かせて慌てて後ろに身を引いた。
  逃がすものかっ!
  タッ。
  地を蹴り私は追撃する。
  私の持ち味は1つだけではない。剣術も得意だ。何しろ剣術だけでグランドチャンピオンだったグレイ・プリンス倒した実績があるのだよ、ほほほ。
  剣術は得意。
  そんな私の剣術の領域から逃げられるものかっ!
  間合に入ってるわよ、迂闊者めっ!
  「そこっ!」
  「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  ザシュ。
  斬撃が相手の右腕を斬り飛ばした。
  宙を舞う右腕。
  ……。
  ……あれ?
  何か妙な感じがした。人を斬ったというような感覚がしない。何というか手応えが人を斬ったという感じではなかった。
  何だろ、この感じ。
  「よくも右腕をっ!」
  「へっ?」
  相手の反応もまた変だった。
  痛みのニュアンスがまるでない響きの言葉。
  そして……。
  「氷帝・発剄っ!」
  「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  強烈な冷気が襲う。
  そのまま吹っ飛ばされた。
  ごろごろごろ。
  私は数メートル転がる。……痛いです。
  うー。
  「くっそー」
  立ち上がる。
  こいつの放つ魔法は私の魔法耐性を無効にしている。もしくは魔法じゃないの?
  系統が異なるのであればそれはありえる。
  魔法じゃないんだ。
  でも、そうだとしたらあいつの使ってるのは何だ?
  数メートルの間を保って睨み合う。
  男は叫ぶ。
  「俺を殺そうって腹だろうがそうはいかねぇっ! 俺はお前になんて殺されないからなっ!」
  「ご期待に添えないようで悪いけどお前殺すよ」
  あっ。
  言い返しつつ1つの事に気付いた。
  腕だ。
  腕が斬られてるのに血がまるで流れてないから変なんだ。血が流れない、つまりあいつは人間じゃないの?
  生身じゃないとすると妙な手応えも分かる気がする。
  あとは奴が何者かが分かればいいんだけど。
  ならばっ!
  「裁きの天雷っ!」
  魔法を放つ。
  属性を雷にしたのは蒸気封じの為。私が冷気を放てば相手は炎を放つだろうし炎を放てば冷気を放つのは明白。戦いは攻撃力だけでは勝てない、相殺の
  際に生じる蒸気等も戦いを有利に運ぶ為に必要な利用可能な小細工であり手段。ただ私は勝つ為の手段は今はいらない。
  ただ確かめたいだけだ。
  「雷帝・発剄っ!」
  私に対応して相手も魔法を放つ。同属性の雷。
  雷は雷と相殺するのがもっともベターな方法だ。雷は互い交差し合う。

  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  相殺。
  「ふっ」
  相手は低く笑った。
  その瞬間、私が魔法と同時に投げていた護身用のナイフが相手の仮面のすぐ間近までに迫っていた。
  回避出来る距離ではない。
  仮面は見た感じ石造り。不意打ちしたところで投げナイフで粉砕は出来ない。魔力帯びてない普通のナイフだし。
  それでも。
  それでも仮面を弾き飛ばすのは可能だ。
  直撃した瞬間、仮面が飛んだ。
  「あっ」
  「くそ。俺の顔を見るのが目的か」
  小さな驚きの声を発する私とは対照的に、相手は忌々しそうに舌打ちをした。
  これがこいつの正体か。
  ……。
  ……なるほどね。血が出ないわけだ。
  何故ならこいつは厳密には生きていない。生命体ではない。……いや。魂はある。魂は宿ってるけど、少なくとも人間の範疇ではない。
  かつては人間だった、存在だ。
  「グールか」
  死霊術師の成れの果てだ。
  リッチは連中にとって至高の存在。その存在に昇華するのが最高の目的。しかし失敗する者の方が多い。
  まず失敗して死ぬ。
  だが稀にリッチの成り損ないになる奴がいる。
  それがグールだ。
  腐った肉体に魂が宿った状態になる。正確にはゾンビではないけど人間でもない。
  一説では深緑旅団の首領ロキサーヌもグールだったらしい。
  さて。
  「それで? 死者の門を開いて何をするつもり?」
  「はあ」
  グールは溜息を吐いた。
  「何よ」
  「君らはいつもそうだ。……ああ。訂正だ。ここ100年ほどは君が久々だな。いずれにしても君達はいつも同じ事を言う」
  「……」
  「死者の門の開放阻止、それがお題目だな」
  「ふぅん」
  流れが変わった気がする。
  私はお題目しかしらない。
  迂闊だった。
  そうよ。
  そうなのよ。
  私はあのメイドの情報を鵜呑みにしてしまっている。
  最近怠け過ぎてるから感覚が鈍ってる。
  迂闊だったなぁ。
  「フィッツガルド・エメラルダよ」
  私は剣を鞘に戻す。
  相手の出方を見てみるのも一興だ。その上で始末するなら、それはそれでいい。
  「俺の名はジゼル」
  「ジゼルね」
  変わった名前だ。
  「それでジゼル、あなたは何者?」
  「そっちから話すのが筋だろう。俺は100年は生きてる。年下が礼儀を尽くすのが普通のはずだ」
  はいはい。
  もう少しだけ粋がらせておこう。
  「私はスキングラード領主ハシルドア伯爵にここに送り込まれたのよ」
  「送り込まれた? 何の為に?」
  「さあ?」
  正直よく分からん。
  私が教えて欲しいくらいだ。
  「ここのメイドの幽霊にはネラスタレルの魔術師を倒せと頼まれたわ。あんたがそうなの?」
  「いいや。ネラスタレルの魔術師はそのメイドだ」
  「はっ?」
  「正確にはメイドではないがね。奴は幻術の使い手だ。メイドの幽霊の姿をしていただけだろう。俺の時は執事の姿だった」
  「……」
  マジっすか?
  うっわまるで気付かなかった。
  やばいな、私は完全に怠けモードになっているようだ。
  やばいやばい。
  もちろんこいつが本当の事を言っているという保証はどこにもないけど……理屈としては当たってる。今回は本気で迂闊だ。
  「ジゼル」
  「何だ?」
  「私の質問にはまだ答えてもらってないんだけど?」
  「ああ。そうだったな。俺は狩神(かがみ)の一員だ」
  「狩神?」
  聞いた事すらない。
  何じゃそりゃ。
  私の疑問などお構いなしに彼は言葉を続ける。まるでその疑問が当たり前であるかのように。
  彼は言う。
  「俺達はタムリエルの東方にある島国から来た。既にその島国は存在しないがね」
  「存在しない?」
  「俺達の本分は封印と抹殺。狩神とは封魔師の一族の末裔だ」
  「何故あんたらの故郷が存在しないの?」
  「俺達はタムリエルを転々としてこの世界に不必要な、邪魔な、あってはならないモノ全てを闇に葬って来た。死者の門もその1つだった」
  「……」
  ふん。
  私の質問にはまるで答える気はないらしい。
  まあいいさ。
  別にこいつらの故郷がどんな状況であろうと私の知った事ではない。
  特に関心ないし。
  「俺は部下を引き連れてこの屋敷に入った。今から100年以上前の話だ。しかし結局はこの有様だ」
  「何があったの?」
  「ネラスタレルの魔術師と称される奴に襲われた」
  「全員返り討ち? 何人いたかは知らないけど」
  「いや。そいつの攻撃で死んだのは1人だけだ。俺の弟だった。……俺の被っている仮面は弟の形見だよ。そして俺の命を救った」
  「命を救った?」
  私がナイフで弾き飛ばした仮面を見る。
  ジゼルはゆっくりとした足取りでその仮面を拾い、装着して戻ってくる。
  「この方がお前も視覚的にいいだろ。人を相手にしてるようで」
  「別に気にしないわ」
  「おかしな奴だ」
  そうかもしれないなぁと思う。何しろ私は元死霊術師。
  死体は見慣れてる。
  さて。
  「それで? 何があったの?」
  「仮面を破壊されたのさ、魔術師にな。この仮面は破邪の力が封じられている。要するに、まあ、身を護るお守りのようなものだ」
  「何故魔術師は仮面を破壊したの?」
  「それが狙いだったのさ」
  「だから、どういう?」
  「死者の門は魂を食らう門だ。このフロアに入った者の魂を瞬時に奪い、取り込む。必要量の魂を吸収するまでそれは続く。そして……」
  「そして門が開くってわけね」
  「その通りだ」
  仮面を砕いて地下に送り込む、それはつまり狩神の面々を生贄にする為ってわけだ。
  じゃあ、私が蹴散らしたアンデッドはそいつらの成れの果て?
  そしてそいつらを支配していたのはジゼルではなくあの幽霊のメイドなわけ?
  ……。
  ……ちっ。ふざけた奴だ。
  私を利用したら高くつく。それを分からせてやる。必ずね。
  ふっふっふっ。必ず不幸にしてやる。
  ほほほー☆
  「あんたは弟の形見の仮面で助かったわけよね?」
  「そうだ」
  「何故グールになってるの? 最初から?」
  「いや」
  「じゃあ何で?」
  「質問責めだな。……まあいい。誰だか知らんがこの屋敷を隔離した奴がいる。波動で分かるんだ。結界が張られてるってな」
  「ああ」
  ハシルドア伯爵の結界か。
  それでこいつはここに閉じ込められてるってわけだ。
  「出るに出れない状況だ。俺は自らをグールに変化させた。グールはある意味で死体だからな。飲み食いする必要がない。それで100年生きてるってわけだ」
  「ふぅん」
  あれ?
  「あの門は魂を吸うのよね?」
  「そうだ」
  「私は無事だけど」
  「長年研究して調べたんだが、どうやら魂の吸収に抵抗出来た者がいる場合、その者が存在している限りは死者の門の機能は停止する」
  「つまりジゼルが生きてる限りは……」
  「作動しない。魂を食う事もなければ開く事もない。だからネラスタレルの魔術師は俺を殺そうとしているのさ。あんたを仕向けたのもその為だ」
  「なるほどねぇ」
  つまり。
  つまり死者の門の抵抗に成功したジゼルが存在している限り死者の門の開放はありえない。
  ジゼルを殺せば作動する。
  だけどその為にはこのフロアに来なければならないけど……殺した瞬間、ネラスタレルの魔術師自身の魂も門に奪われる事になる。
  八方塞ってわけね。
  それでここに入り込んだ私を利用してジゼルを殺そうってわけだ。
  ついでに、殺した瞬間に私の魂も奪われる。
  生贄ついでに一石二鳥。
  くっそ。
  ふざけやがってーっ!
  「状況が理解できたか?」
  「ええ。まあね」
  ジゼルがどこまで本当の事を言っているかは分からないけど手の内を明かしているのはジゼルだけだ。メイドの方はそれほど情報をくれなかった。
  知らなかっただけ?
  そうかもしれない。
  だけど真偽はともかくとして手の内を明かしている方が信頼は出来る。
  全面的には信じてないですけどね。
  「そもそも死者の門って何?」
  「知らん」
  「はっ?」
  「伝承では死者の国に通じていると記されている。それだけだ。どこに通じているかは知らん」
  「……大した専門家ね。そうそう。あんたの魔法は何?」
  「東方魔法だ」
  「東方魔法?」
  「タムリエルのマジカを扱う魔法とはまた別系統だ。体内の気功の力を……まあ、別系統の魔法って事で覚えとけ。テストに出るぞ」
  「はっ?」
  「詳細を話したところでどうせ分からん」
  むっ。
  失礼な奴だ。
  私が魔法のど素人だと思ってるのか?
  その時……。

  「……ネラスタレル邸にようこそ……」

  陰気なあの声が響いた。
  女の声だ。
  業を煮やして直々にやって来たか、あのメイド。
  ……いや。メイドじゃないか。
  「私を利用しようとした代償は高くつくわよ。私に喧嘩を売った以上、不幸になって貰わないとね。ネラスタレルの魔術師っ!」
  「ふふふっ!」