天使で悪魔







呪われた館





  トラブルを招く妙な才能を持つ者がいる。
  例えば私がそう。

  ……妙な才能だ。






  ネラスタレル邸。
  スキングラードにある有名な幽霊屋敷。
  私の持ち家であるローズソーン邸には、フォルトナと彼女の仲間4名を受け入れるだけのスペースがない。元シェイディンハル聖域の面々で手一杯。
  だから。
  だからハシルドア伯爵に手頃な物件を探してもらった。
  元シェイディンハル聖域の面々が設立した配送業者『黒の乗り手』はサミットミスト邸を所有しているけど、そこはあくまで会社の本社であって居住空間
  ではないので結局のところ新しい屋敷が必要だった。それで探してもらったわけだ。
  ネラスタレル邸をね。
  怪奇現象が頻発するという噂の幽霊屋敷、か。
  まあ、私達に相応しい展開といえば展開よね。突拍子もない妙な展開が私達の持ち味ですので。
  ……。
  ……嫌な持ち味だよなぁ。
  幽霊のお陰で屋敷の値段がローズソーン邸クラスなのに金貨3000枚。
  安いからいいかぁ。
  別に幽霊も怪奇現象も怖くないし。
  ただ問題というか気に触るのがハシルドア伯爵のやり方だ。もしかしたらラミナスなのかもしれないけど、要は幽霊屋敷がこの街にとって害悪なので私に
  排除させようという腹なのだろう。それがあのヒッキーの吸血鬼伯爵の思惑だと思う。
  ラミナスの思惑ならば死霊術師絡みなのだろう。きっとね。
  というかラミナスは現在魔術師ギルドと縁が切れてのにご苦労な事だ。
  ふぅ。
  とっとと片付けるとしよう。
  労働は嫌いなので。



  ギギギギギギ。
  開いた扉は軋みまくり。室内は埃っぽいし荒れまくり。ゾンビとスケルトンがお出迎え。
  バタンっ!
  その時、入ってきた扉が勢いよく閉じた。
  自動的に。
  ゆっくりと迫ってくる先住者達(既に人間やめてるけど)を無視して私は扉のノブを握る。ビクともしない。
  開錠の魔法『盗賊王の極意』を施すもののまったく効果がない。
  なるほど。
  この屋敷にある何らかの意思もしくは何者かを何とかしないと出られないわけか。
  まあ、いつも通りの展開よね。
  平穏に解決した事があまりないのが私の自慢です。
  ……。
  ……嫌な自慢だなぁ。
  自慢は出来ないとしても、いずれにしてもこれはいつも通りの展開。だからこそ解決方法も知っている。
  実力行使あるのみ。
  処方箋はそれだけ。実に楽でいい。シンプルは大切。
  バッ。
  手のひらを迫り来るアンデッドどもに向ける。
  食らえっ!
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷光。
  必殺の一撃はアンデッドの連中をあっさりと粉砕する。
  ブースとなしの魔法の中では私の最高の一撃だ。アンデッド程度が耐えれる一撃ではない。勿体無いほどだ。煉獄でも充分だったんだ
  けど炎の魔法だと屋敷が燃えちゃうし。
  殲滅終了。
  「はふ」
  骨のある奴はいないのか、骨のある奴は。
  ああ、スケルトンは骨しかないけどそういう意味ではないです。最近の敵は雑魚ばかり。闇の一党の残党も既に路地裏のごろつき程度だし。
  もちろん闇の神シシスとまで戦った私だから、他の敵はただの雑魚にしか見えないっていうのもあるんだろうけど。
  別に思い上がりではなくやはり神と戦うと他のは霞んでしまう。
  それは仕方ない。
  というかここまできたらオブリビオンの魔王あたりと戦わなきゃ釣り合わないかも。
  現在『神殺し』と自称しているフィーちゃんです☆
  ほほほー☆
  「盗賊王の極意」
  再び扉に開錠の魔法を放つ。ノブを握って開こうと試みる。
  ガチャガチャ。
  駄目だ。
  開かない。
  やっぱりあのアンデッドが扉を封じていたわけではないのか。そりゃそうか。結局今のは使い魔程度ってわけだ。
  使役者を潰さないと出られそうもない。
  扉を吹っ飛ばす?
  それはそれでありだろう。どの程度の封印か知らないけどブースト魔法『神罰』を使えば扉を吹っ飛ばせる。だけどそれは極力したくない。
  だって下手に使うとリフォーム代が高く付きそうだし。
  今の状態なら掃除とわずかな修理で何とかなりそう。これ以上悪化させるつもりはない。
  それにしても。
  「くっそ」
  悪態。
  こりゃ完全にハシルドア伯爵の思惑に乗せられたってわけだ。ラミナスの可能性もあるけど、おそらくハシルドア伯爵だろう。私が物件を探している
  のを幸いとして長年この町の恐怖の対象であるネラスタレル邸のごたごたを解決させようという腹なのだろう。
  報酬?
  ないです。
  解決した上で金貨3000枚取られるという悪質さ。
  この屋敷の状況を考えれば解決した際には屋敷&報酬の金貨というのが筋だろう。
  はぁ。
  まあ、そこまでお金には困ってないけど面倒だなぁ。
  それにしても思うのはハシルドア伯爵とラミナス、意外に仲が良いのも分かる気がして来た。2人して性格が一緒です。頼み事の本質は話さない。
  それが2人の共通点だ。
  ……。
  ……嫌な共通点だなぁ。
  もちろんそれはそれでいいとは思う。人の性格は人それぞれ。気にはなっても非難は出来ない。まあ、ある程度を超えたら言うけどさ。
  幽霊屋敷の対処も私が対処可能と判断した上でだし、まあいいか。
  出来ない事をしろと言っているわけではない。
  一応は思慮があるのだろう。
  ただ、まあ、出来るなら全部話しては欲しいと思いますけどね。
  とっとと片付けるとしよう。

  「……ネラスタレル邸にようこそ……」

  「……」
  冷たい、冷たい声が屋敷に響いた。
  まるで井戸の底から響くような遠く、虚ろでくぐもった声だ。
  ガタガタガタっ!
  突然屋敷が揺れる。
  床からは半透明な無数な手が虚空を掴むように伸び、壁からは骸骨のようなシミが浮かび上がり、そして深紅の血が滴り落ちる。
  どこからともなく食器の類が飛び交う。

  「いっひひひひひひひひひっ!」
  「ぐげっ! ぐげげっ!」
  「……上手そうな肉だ。上手そうな血だ。上手そうな骨だ。一片の肉、一滴の血、一欠片の骨も残さずに貪ってやる……」

  地鳴り。
  悲鳴。
  絶叫。
  エトセトラエトセトラ。
  私は腕組みしてこの様子を見ていた。
  先ほどのアンデッドは物理的な脅威……いやまあ、私には脅威でも何でもないけど……ともかく、物理的な敵だった。
  だけどこの怪現象はただの脅し程度だ。
  いや。脅しにすらなってない。
  魔術師を舐めるなよ。
  魔力の流れを何も感じない。少なくとも攻撃的な何かを仕掛けてくるような魔力の流れではない。
  だとしたら意味は脅し。
  「無意味な事はやめたらどう?」
  付き合いきれなくなって私は叫ぶ。
  ピタリ。
  すると全ての怪現象は唐突に止まった。床からの手は消え、壁のシミも血も消え、声は途絶える食器の類はただの食器に戻り床に……ああーっ!

  ガチャァァァァァァンっ!
 
  やれやれ。
  元の食器に戻ったから床に落ちた途端に砕けた。片付けが大変そうだ。
  既に私の持ち家なのだから勝手な事はしないで貰いたいものだ。
  「誰かいるの?」
  問い掛ける。
  怪現象が止まった、それはつまり私と会話の用意があるという意味だと思う。脅しは私の程度のほどを調べる為だったのだろう、きっとね。
  もちろん調べるという意味合いに真意が分からないけど。
  そして……。

  「……ネラスタレル邸にようこそ……」

  再び陰気な声。
  ぼうっ。
  目の前に人影が浮かび上がる。
  メイド姿の女性だ。
  その服装は流行遅れ。どうやら死んで大分経つらしい。
  「何者?」
  「ネラスタレル邸のメイドでございます。……久し振りのご来客ですわ。ハシルドア伯爵以来です」
  「ハシルドア伯爵?」
  「左様でございます。あのお方はこの地下にある死者の門を封じる為に屋敷に結界を張られたのです。それ以来、誰も入る事も出る事も出来ない状況です」
  「死者の門?」
  なんじゃそりゃ。
  意味が分からないけどこの屋敷の地下には妙なものがあるらしい。
  そしてその妙なものは世に出てはいけないものなのだ。
  だからこそ封じているわけだ。
  ……。
  ……ハシルドア伯爵がね。
  あんのヒッキーめぇっ!
  私を送り込んで何をさせたいかは不明だけど、もしかしたら結界に綻びが出来たから私に対処させたいのかもしれない。そして私を直接送り込むという事は
  その門を破壊するとか開こうとしている何者かがいるとか、そんな感じなのだろうよ。
  また利用されました。
  ちくしょう。
  「私はここのメイドでございます。この地下に死者の門があると知った死霊術師のご主人様によって殺されました。ご主人様は他の使用人や街の人々を
  誘拐してはアンデッドにし、さらに死者の門を開いて強力なアンデッド軍団を作り出そうとしました」
  「聞いてないからそんな情報」
  「最終的に死者の門に気付いたハシルドア伯爵に100年以上前に屋敷は封印されました。以来、ご主人様は屋敷に留まっています。アンデッド軍団も」
  「はあ」
  私の話を聞くつもりはないらしい。
  ご主人様も死者の門も知った事か。あの怪奇現象は私の人となりを知る為にこのメイドをした事なのだろう。
  アンデッドは、そのご主人様の作った手下ってわけだ。
  排除しないと住めない。
  だけどそんな物騒な門が地下にある屋敷に住む気は断じてない。
  住んでたまるかボケーっ!
  私は背を向けた。

  「あの、どちらに?」
  「帰る」
  扉が閉じてる?
  関係ない。
  この際リフォーム代が高くろうがどうでもいい。
  扉を吹っ飛ばすっ!
  神罰なら呪いもろとも扉を吹っ飛ばせるだろう。ついでに屋敷の一部も吹っ飛ぶけど気にしない。
  ピタ。
  冷たい感触が私を包む。
  メイドの霊が私に抱きついているのだ。
  「帰しませんぞ帰しませんぞーっ!」
  「あーっ! うざいーっ!」
  一体何なんだこの女の霊はーっ!
  うっとおしい。
  「分かった分かったわよ」
  「本当ですか?」
  「ええ」
  「ああ。よかった。私の真摯な訴えを聞き届けてくれたのですねっ!」
  「……そりゃよかったわね」
  真摯っすか。
  あれが?
  気のせいかもしれないけど私の関る奴って癖のある奴ばっかなんですけど気のせいですかね。それとも神様の悪戯?
  うー。まともな奴はいないのかー。
  生身でまともな奴と出会った事はないけど、肉体失ってる奴もまともじゃない比率が多い。
  面倒な人間関係だなぁ。
  おおぅ。
  「で? どうすればいいわけ?」
  「最下層にいる諸悪の根源を倒してください。奴さえ滅する事が出来ればハシルドア伯爵の結界も意味をなくして消滅する事でしょう」
  「つまり出れるって事ね」
  「左様でございます」

  半透明のメイドの霊は私に一礼した。
  強制イベント勃発らしい。
  まあ、仕方あるまい。
  どのみち最下層にある死者の門、それを開こうとしている奴を倒さなければここから出る事は出来ない。
  ならば。
  「いいわ。引き受ける」
  「本当ですか?」
  「ええ」

  「どうか倒してください。ネラスタレルの魔術師を」