天使で悪魔
幽霊物件、買います
運命はいつの頃からか動いていた。
全ての事象は複雑に絡み合い、そして進行して行くだろう。
望む望まぬ関係なく。
「ご主人様。お城から使者が参りましたが」
「使者?」
ローズソーン邸の自室でベッドの上でごろごろしているとエイジャが使者が来ていると伝えてくれた。
使者。
心当たりがない。
まさか虫の王マニマルコ関係かな?
……。
……虫の王かぁ。
魔術師ギルドの祖である伝説の魔術師ガレリオンと互角に渡り合った死霊術師の祖であり王であるマニマルコの復活。
今年って厄年?
何気にそんな気がする。
嫌だなぁ。
「ご主人様」
「分かってるわ」
私は起き上がる。
普段は喧騒に満ちている……失礼、賑やかと訂正します……ともかく、いつもは賑やかなローズソーン邸ではあるものの今日は静かだ。
静か過ぎる。
まあ、落ち着けるからいいんだけどさ。
フォルトナは冒険者集団『フラガリア』やってるから滅多に帰って来ないし、元シェイディンハル聖域の面々は『黒の乗り手』という配送の会社を
運営している。この時間帯は業務時間なのでアンもいない。
ふぅ。
楽でいいなぁ。
ずっとこんな感じなら良いのに。
ほほほ☆
さて。
「起きるかな」
衣服を改めて私は自室を出る。
スキングラード城からの使者か。つまりはハシルドア伯爵のメッセンジャーってわけだ。
また厄介ごと?
そうかもしれない。てか十中八九そうだろう。今まで厄介しか貰ってないし。
嫌だなぁ。
一階の応接間に下りる。
スキングラード城の使者がエイジャの出した紅茶を飲んでいた。
兵士?
いや。どちらかというと文官かな。
まあ、恰好や身分はどうでもいいんだけどさ。
要は伝令の内容だ。
「お待たせしました」
「フィッツガルド様ですね?」
「ええ」
使者は立ち上がって一礼しようとするものの私は手で制する。私は椅子に座った。
用件はなんだろ。
気になる。
スキングラード城にはラミナスもいるわけだからラミナスからの伝令かもしれない。混乱続きの魔術師ギルドの厄介でも押し付けられるのかな?
それとも虫の王と黒蟲教団の情報かな?
それとも……。
「美味しいお茶をメイドさんに出してもらいました。ご馳走様です」
「お口に合ったようで何よりです」
紅茶は確かに美味しいです。
だけどメイドのエイジャとは仮の姿。実は何気に元老院直轄の諜報機関であるアートルムの特別捜査官。
世の中意外性に満ちている。
それにメイドとしてこの屋敷に潜入していた最大の理由は私の調査ときたもんだ。
先帝ユリエル・セプティムの最期を看取った謎の女として内偵していたらしい。ただ、どうも帝都でゴタゴタがあったらしく諜報機関アートルムは軍部に
潰されたらしい。勤め先のなくなった彼女は改めてメイドとして私に雇って欲しいと申し込んで来た。
快く受けた。
メイドとしての能力は高いし、それに口にしなくてもいい真実を彼女は語った。
それが気に入った。
だから雇った。
さて。
「それでどのような用件ですか?」
一応は丁寧に話します、私。
相手は伯爵の意を汲んできた使者なわけだし、それに対外的には私は既にスキングラードの名士だ。戦士ギルドのマスターだし。
それに働いてないけど『黒の乗り手』の役職者でもあります。
黒の乗り手の納税の結果、スキングラードの税収が二倍になったしね。黒の乗り手は大企業。
まあ、そこは関係ないけどさ。
ともかく私は名士の1人。
口調ぐらいは丁寧にしないとまずい。
「何かありましたか?」
「物件が見つかったと伯爵様からお言葉がありました」
「物件?」
「はい」
なんだそりゃ。
一瞬分からないけど私の脳が情報を収集。
検索中。
……。
……ああ、物件ね。
しばらく騎士道邁進編とフォールアウト小説が連続更新されてメインが置き去りだったから忘れてた。新しい家を探してもらってたんだった(笑)。
フォルトナ達の為の家だ。
何しろあの子は仲間が4人もいる。
ドラゴニアン、マリオネット、ドレモラ、あとは……喋る犬。犬はよく分からんけどローズソーン邸にはそれだけの人数は抱えられない。
何しろ元シェイディンハル聖域の面々で手一杯。
だから手頃な物件を伯爵に頼んでた。
どうやら見つかったらしい。
「手頃な物件が市内には一軒にしかなかったのですが」
「問題ないです。二軒も三軒も必要としてませんので。……ちなみにお幾らですか?」
「このローズソーン邸と同ランクの広さの屋敷です」
「ふぅん」
まずまずだ。
というかそこまで大きい屋敷とは思ってなかったけど、まあ広いに越した事はない。
お金?
問題ない。
セレブですから☆
「金額は金貨2000枚」
「はっ?」
「2000枚です」
「……」
「何か問題が?」
「いえ」
安っ!
ローズソーン邸は……ま、まあ、ローズソーン邸は無料だったか、確か。吸血鬼の治療薬云々の際に貰ったんだった。
最近ど忘れしてるなぁ。
更新に随分と間があったからかな?
さて。
「買いますっ!」
「えっ? 物件も見ずにですか?」
「伯爵の推薦ですから問題ないでしょう。悪徳不動産じゃないんですし」
「それはそうですけど」
「買いますっ!」
「ではここにサインを」
テーブルに紙切れを置く。契約書ってわけだ。
署名した。
「支払いの形はどうなります?」
「いずれ伯爵様が受け取りに来ると」
「はっ?」
伯爵自ら?
吸血鬼のヒッキー伯爵がどういう風の吹き回しだ?
まあいいけど。
「契約は終了しました。お買い上げありがとうございます。これが屋敷の鍵です」
「どうも」
「ローズソーン邸のすぐ近くの屋敷です。ネラスタレルという屋敷です」
「ネラスタレル」
どっかで聞いたような名前だ。
……。
……って幽霊屋敷っ!
スキングラードで有名な幽霊屋敷だっ!
うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ悪徳不動産より性質が悪いーっ!
伯爵の推薦だから問題ないと思って下見しなかったけど騙す気全開じゃんっ!
ちくしょうっ!
「あのー、契約破棄は……」
「無理です」
契約書が突然光る。
ボンっ!
白煙と共に不気味な声が部屋中に響いた。
「我は契約の神デストールっ! 契約破棄者には死をっ! 終わりなき死をっ!」
「……」
「こういう仕様なので契約破棄は不可能です」
屋敷売買の契約書ではないわけですね。妙な神と契約させやがってーっ!
どうやら『屋敷を購入する』という約束を履行しないと私は契約の神とやらに殺される仕様なようです。というかこの使者も侮れんなー。
涼しい顔してやがる。
伯爵がわざわざ幽霊屋敷を私に売るのだからそれなりに意味があるのだろう。
それともラミナスの指示か?
いずれにしても。
いずれにしても私に『何らかの厄介が出来たから処理して来い。ふははははははははっ!』という意味合いなのだろう。
やれやれだ。
「ふぅ」
溜息。
まあ、暇してるからいいですけどね。
虫の王が復活したところで私は忙しくともなんともないし。何故なら魔術師ギルドと縁がある意味で切れてるから関りようがない。
戦士ギルドはオレインが運営してくれてるからする事は特にないし。
幽霊屋敷ね。
暇潰しにはなるだろ。
「伯爵に伝言をお願いできる?」
「ええ。何ですか?」
「今度ニンニク大量に贈ってあげると伝えておいて」
「……? 分かりました」
使者は伯爵が吸血鬼と知らないから不思議そうな顔をした。
ヒッキー伯爵め。
今度ニンニク攻めしてやるぅーっ!
「幽霊屋敷か」
ネラスタレル邸の前に私は立つ。
スキングラードでは有名な幽霊屋敷だ。どの程度有名なのかはよく知らないけどさ。元々この街の生まれじゃないしそんなに長くないし。
それに幽霊なんか怖くない。
魔術師ギルドでその手の原理は完全に解明されている。
幽霊は何らかの魔力の影響で魂が具現化した存在であり、ゾンビやスケルトンは死霊術師が自我の崩壊した霊を憑依させた存在。
つまり。
つまり人知を超えた不可思議な現象ではない。
ただの魔道の副産物だ。
怖くもなんともない。
まあ、あまり素質はなかったとはいえ私はレイリン叔母さんに死霊術を覚え込まされた。
私は元死霊術師です。
さて。
「まあ、駆除すれば問題ないか」
完全武装です。
剣、鎧を身に付けている。全てが魔力の帯びた武装。鎧は強度が大幅にアップしているし剣は雷の魔力剣。全て自信作です。
これで白兵戦は敵なし。
それに私には強力な魔法もあるしね。
剣はあくまでオマケ。
私はそもそも魔術師という肩書きですので。
ともかく。
ともかく幽霊を駆除しよう。
いや正確には何がいるのかは知らないけど駆除さえしてしまえば問題ない。ローズソーン邸と同ランクの屋敷が金貨2000枚とは安い。怪現象が
起きるのかは知らないけど私なら簡単に粉砕できる。安い買い物といえば安い買い物だ。
屋敷ごと粉砕してやるっ!
……。
……あー、屋敷ごとはまずいじゃん。
本末転倒だ。
「どんな幽霊が出るか、楽しみ」
鍵穴に鍵を差す。
ガチャ。
そして私は幽霊屋敷に足を踏み入れた。
その頃。
帝都にある魔術師ギルドの総本部アルケイン大学。アークメイジの執務室。
「マスター・トレイブン」
「ああ。カラーニャか。どうした?」
「全ての情報を統制しました。これで虫の王の復活と黒蟲教団に関する情報はどこにも漏れません。絶対に」
「しかしこれでよかったのだろうか? 情報の封鎖は各支部を危険に晒す事になる」
「これは英断です」
「……私は老いた。何を信じるべきか分からぬ。娘すら裏切ってしまった」
「娘? ああ、フィッツガルドですか」
「……」
「全ての対処は私にお任せください。ラミナスの後任であるクラレンスと共に全ての情報統制をして行こうと思います」