天使で悪魔
戦士ギルド 〜新体制〜
ブラックウッド団は壊滅した。
跡形もなく粉砕。
この事件はすぐさまシロディール全域を駆け巡る。そして真実も。
戦士ギルドを覆っていた闇は晴れた。
そして今、始まる。
新しい幕開け。
「よくやったっ!」
「どうも」
ブラックウッド団壊滅から3日後。
私はレヤウィンからコロールら帰還した。アリスは無理に動いたのが災いして再びベッドに逆戻り。まあ問題はないだろうけどさ。
モヒカンダンマーのモドリン・オレインに報告をしに私は戻ったわけだ。
ブラックウッド団の結末をね。
当然ながらオレインは大喜び。はしゃいでいたりする。
目の上のタンコブが消えたのだから当然か。
彼は言う。
「ヒストの原木は既にないっ! これでブラックウッド団はただの一介の傭兵団に戻ったわけだな」
「そうでもないわよ」
「どういう意味だ?」
「明日あたりの黒馬新聞に連中の陰謀が暴露されるみたいだから。悪い事って出来ないわねー」
「……ふっ、お前やったな?」
「何の事かしら?」
「がっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ! まったくお前は大した女だぜっ!」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
「全ての結末をヴィレナに報告して来い」
「はっ?」
ヴィレナは私を嫌ってる。
ヴィラヌスの死に関する一件でオレインに同調的だったからだ。結果として解任、コロール本部への立ち入りの禁止。
それが私の処遇だ。
……。
……特に気にしてないけど。
別にそもそも立身出世が目的で戦士ギルドに入ったわけじゃあないし。
基本的にただの流れよね。
アリスとの関係も偶然。
さて。
「どうして私が報告するの? 貴方がすればいい」
「俺は追放された身だ。老兵は去るのみさ」
「だけど……」
「今のお前はチャンピオンだ。胸を張って報告して来い」
「チャンピオンって……」
今回はちゃんと話を通してくれたらしい。暫定チャンピオン→現チャンピオンに昇格したらしい。ヴィレナに話が通してある以上、門番に門前払いさ
れる事はあるまい。まあ、どうであろうと気まずいんだけどさ。
はあ。
オレインはなかなかの策士だ。
私を本部に送るにはそれなりに意味があるのだろう。
多分ね。
「報告ってブラックウッド団の事を全部?」
「そうだ」
「だけど……」
「行って来いとっととな」
「はいはい」
まあいい。
戦士ギルドにおいてチャンピオンの地位はナンバー2。
戦士ギルドの体制としてはギルドマスターの補佐が主な任務であり戦士ギルドはギルドマスターとチャンピオンの2人で運営される組織。
今の私はチャンピオン。
まさか門前払いはされまい。
「行って来るわ」
モヒカンダンマーは意外に策略家。
本部に顔を出して来いというのはそれなりに意味があるのだろう。
ただヴィレナが私を許したとは到底思えない。
……。
……ヴィラヌスの死は私の所為?
いいえ。
しかしどちらかというと私がオレインの考えに同調的なのが彼女には気に食わない。連帯責任的に降格され嫌われた。まあ、そんな感じ。
肉親の死が絡んでいる以上ヴィレナは私を永遠に許さないだろう。
感情的にね。
まあいい。
ともかく私は本部会館に入りギルドマスター様にお目通りさせて頂きました。
その第一声は……。
「何をしに来たのですっ!」
「ほらほらー」
完全に敵意全開じゃないですかオレインさんよぉー。
戦士ギルドのマスターであるヴィレナ・ドントン、私を許してない事はまる分かりです。
……ちくしょう。
彼女は続ける。完全にお怒りです。
今の私はチャンピオン。
ギルドマスターとはいえ無下には出来ないししないだろうけど……ヴィレナの態度は感じは悪いよなぁ。
空気も悪いし。
さて。
「貴女をチャンピオンにする事には同意しました。シェイディンハル支部長、アンヴィル支部長の推薦を受けている。合法的な流れを汲んでいま
す。だからこそ私はチャンピオン就任を認めました。しかし貴女に会いたいとは思いません」
「……」
「モドリン・オレイン同様にここには永久に足を踏み入れて欲しくないと思っています」
「……」
「意味は分かりますよね?」
かっちーん。
何気に腹が立った。
ヴィレナは戦士ギルドを護ろうとしていた、それは分かる。しかしそもそも戦士ギルドは仲良しサークルではないのだ。常に危険と隣り合わせ。所属
する以上は皆それを知っての上だ。つまりは自己責任。危険が嫌なら所属など最初からしない。
彼女の理論は理論として成立はしない。
気持ちは分かるけど無意味だ。
メンバーを、ギルドを護りたいという感情と方法が空回りしている。
ヴィレナは責任を放棄したのだ。
自身では気付いていないのだろうけど最後まで責任を取ったのは実はオレインの方なのだ。
それを彼女は気付こうとすらしない。
腹が立つ。
「単純ばぁか」
「な、何ですってっ!」
「報告しますギルドマスター殿。私はモドリン・オレインとともにブラックウッド団の内情を調査しました。結果、連中はヒストの樹液を使い凶暴なる
集団を組織しようとしていました。またブラックマーシュ地方のアルゴニアン王国の尖兵」
「ま、待ちなさいっ!」
「連中はウォーターズエッジの壊滅にも関わっています。既に事の真相は黒馬新聞を通じて全土に広めるべく行動しました。直に事の真相は世間
に明るみに出る事でしょう。ヴィテラス、ヴィラヌス、数多いギルドメンバーの死も連中の陰謀でした」
「ま、待ちなさいっ!」
「全ては……」
「ま、待ちなさいっ! 今、モドリン・オレインと組んでと言いましたか?」
「ええ」
「彼は追放された身ですっ! その彼と組んでいたのであればギルドの内規に照らし合わせてあなたを追放しなくてはなりませんっ!」
「ご自由に」
「何か弁明がありますか?」
「最後に一言だけあるわ」
「貴女との付き合いもこれで最後です。許します。言いなさい」
「皆、心は戦士ギルドと共にありました。死するその瞬間も、そして今も。オレインもギルドに魂を捧げています。しかし貴女は違う。ヴィレナ・ドントン、
貴女はただ恐れていただけです。結果、それがたくさんの死を撒き散らしてしまった。望む望まぬ関係なく。貴女は行動しなかった」
「……」
「護る事とは臆病になる事とはまったくの別物です」
「……弁明はそれだけですか?」
「ええ」
「結構。フィッツガルド・エメラルダ、チャンピオンの地位を剥奪します」
そう来たか。
そうでしょうね。
私を切れば全ての片がつく。オレインは既に追放されているわけだし厄介払いってわけだ。
ヴィレナは厳しい視線を私に向ける。
「分かっていますね?」
「お好きなように」
「私は戦士ギルドの皆を愛しているのです。誰よりも深く、誰よりも大切に」
だから切るわけだ。
どうでもいいさ。
そもそも階級なんかに興味はないし戦士ギルドの所属もただの流れでしかない。
好きにすればいい。
好きに。
ヴィレナは言葉を続ける。
「……しかしそれが過ちだったようですね。私は皆を大切に思うばかりに空回りしていたようです。これは貴女とオレインの罪ではない。全ては私の
罪です。私は皆が傷付くのを恐れるばかり臆病になっていました。そしてそれがヴィラヌスの最後にも繋がりました」
「……?」
おやおや?
流れが変わったぞ?
ヴィレナの表情が和らいで来ているのに気付いた。
「戦士として皆、独立した存在なのです。私はそれを忘れていた。これは私の過ちです」
「はい」
「……素直な子ですね。しかし貴女が頷くとおりです」
「どうも」
「フィッツガルド・エメラルダ」
「はい」
「貴女の行動は無思慮でした。戦士ギルドのメンバーとして……いえ、組織に属する者としてその気質は相応しくない」
「はい」
「しかしその一方で勇敢であり必要不可欠な行動でした。貴女は正しいフィッツガルド・エメラルダ。貴女は戦士ギルドを救ってくれた。ブラックウッド
団から、そして私の臆病から戦士ギルドを救ってくれました。その功績には報いなければなりません。貴方に全てを譲りましょう」
「全て? はっ?」
「ふふふ」
待て待て待て待て待て待てっ!
凄い事を言ったぞ今っ!
笑ってる。
ヴィレナは悪戯っぽく笑っている。
その表情のまま彼女は続ける。どこか笑いをこらえているようにも見えなくもない。
何気に弄られてる?
うーん。
それはそれで困るなぁ。
「さあ、ギルドマスター殿。たった今戦士ギルドは私の手から貴女に譲り渡されました」
「ちょっ!」
「しかしまだです。何故なら貴女は私の最後の任務を達成していません。それが済み次第貴女は戦士ギルドマスターです」
「最後の任務?」
何だろ?
ブラックウッド団残党の始末とか?
……。
うーん。
ヴィレナの性格的にそれはないかな。
なら何?
「私は実務的な能力はありません。組織を纏め上げるのは別の者の役目でした。……貴女は天性の才能があるのでしょうけど、貴女は1つの枠
に留まるタイプではありません。組織を纏められる纏められないは関係なく、有能な副官が必要ですね。その者の名を言いなさい」
「名を?」
意味が分からない。
何じゃそりゃ。
「もちろん戦士ギルドのナンバー2、チャンピオンの地位につく者です。生半可な人物では勤まりません」
「まあ、そうですね」
何が言いたいのさ?
ヴィレナ、微笑を浮かべたまま私の瞳を覗き込む。
澄んだ瞳。
……。
私は母親を知らないけど、こんな感じなのかな?
優しい母親の顔だ。
「モドリン・オレインなどはどうですか?」
「あっ」
「彼は副官として非常に有能ですよ。そして面倒見が良い。私も彼には助けられてきました。貴女も助けられる事を祈っているわ」
「はい」
ヴィレナ・ドントンはモドリン・オレインを復帰させるように示唆している。
自分の感情論に負けたヴィレナ。
ギルドマスターの決定は覆せない。内規でそうなっているからだ。ヴィレナがマスターである限りオレインは絶対に復帰は不可能だ。ヴィレナ本人
が復帰させようとしても駄目。内規が邪魔をする。
だから。
だからそういう意味でもマスターを辞任しようとしているのだ。
それがヴィレナの責任の取り方。
「ではモドリン・オレインに辞令を言いに行きなさい」
「はい」
「新しい戦士ギルドは貴女のモノです。さあお行きなさい、愛しい娘」
彼女は笑っていた。
彼女は……。
「おいおいお前がマスターかよ? こいつは飛んだお笑いだな。……ただまあ、さすがはヴィレナだ。良い眼は失っていなかったようだぜ」
オレイン宅。
たった今戦士ギルドマスターに就任した事を伝えると彼は豪快に笑った。
満足そうに。
おそらく彼はこの事態を想定していたのだろう。
軍師として非常に有能。
豪快でガサツに見えるのに実は繊細。……似合わねぇー……。
教訓。人は見かけによりません。
なるほどなぁ。
ひとしきり彼は笑った後で急に真面目な顔に変わる。
「それで戦士ギルドマスター殿? これからどうするんだ?」
「そうね」
「言っとくが戦士ギルドの名を汚すのだけはやめろよ。ヴィレナの心意気にも反するし俺も許さねぇ。……お前なら大丈夫だろうがな」
「でも心配でしょ?」
「まあな」
「何故?」
「お前は有能だが、惜しい事に戦士ギルドの内部に詳しいわけじゃねぇ。どうしてもそこは心配だな」
追放されたダンマー。
しかしその心は今だ戦士ギルドと共にある。
確かに。
確かに彼以上の適任者はいないだろう。
戦士ギルドを切り盛りする上でモドリン・オレインの助力が必要不可欠なのは疑いようがない。
私は威儀を正す。口調も威厳を込める。
「モドリン・オレイン」
「な、何だよ?」
「戦士ギルドマスターとして命ずる。追放処分をここに破棄し、戦士ギルドの建て直しの為にチャンピオンに任命する」
「……」
「意義はないわね?」
「ば、馬鹿言えっ!」
モヒカンダンマーは動揺して叫ぶ。
しかしその口調の中に喜びが混じっているのに私は気付いていた。
戦士ギルドは彼にとって生き甲斐なのだ。
「おれは老人だぞ、戦士ギルドに長年仕えてきた。別にヴィレナの追放処分に文句はねぇよ。老後の蓄えもたんまりとあるしな」
「……」
「ほら見てみろっ! 絵だって上手くなったんだぜ? 今後は時間を趣味に費やして生きて行くつもりさ。老兵は去る、自然の道理だろ?」
「……」
キャンパスを指差す。
なるほど。
絵がある。その絵は……絵は……絵ですかこれは……?
「……」
「どうだ? 上手いだろ?」
「……」
モドリン・オレイン、誉め言葉を期待している模様。
絵はクレヨン画。
椅子に座るトカゲと恫喝するダンマー……多分あのダンマーはオレインだ。だとするとトカゲはアジャム・カジンか。この間の尋問の際の光景か。
これ子供の落書きですよね?
下手過ぎっ!
……。
……い、いや、これはこれで芸術なのか?
うーん。
芸術って謎。
しかし私も一応は人を傷つけない程度の礼節は弁えてる。一応はオレインの絵を誉める。
誉めてるように聞こえるといいけど。
「け、結構な画力ね」
「だろう?」
我が意を得た。そんな晴れ晴れとした顔をする。
いえそんな汚れも曇りもない眩しい笑顔をされても困るんですけど。
「ギルドマスター殿」
「何?」
「お前さんが戦士ギルドの名を落としても困るからな。いいさ、今後は俺が補佐しよう。お前は好きに旅しろ。俺が代理としてギルドを導くさ」
「ありがとう」
「何、大した事じゃない。ヴィレナの時と同じだ。所詮俺には人を惹き付ける力はねぇ。あるのは運営する事だけさ。……まあその逆にヴィレナにも
お前にも組織を運営する力はないようだがな。適材適所ってやつか? 二人三脚で今後は頑張ろうぜギルドマスター殿」
「そうね。新体制についてだけど……」
「任せとけ」
全面的にやってくれるわけだ。
なるほど。
ならば任せよう。
しかし1つだけ注文がある。
「アリスにも役職を与えて」
「あいつにか?」
「ええ」
かつて。
かつて闇の一党時代に伝えし者の下には奪いし者という直属の幹部がいた。
マスター直轄の人材が欲しい。
そして自身の判断で独自に動ける、上層部の命令なくとも動ける役職が1つ欲しい。……ああ、そういやオレインには私が元闇の一党なのをカミング
アウトしたけどまったく反応ないわね。流してくれたのか。それならそれでいい。
さて。
「頼める?」
「新体制を考えておこう」
「お願い」
「ただ条件がある」
「条件?」
「俺の絵画教室を戦士ギルド内に新設して欲しいのだが……ヴィレナには一蹴されたが諦め切れんのだよ」
「……」
気恥ずかしそうにオレインは呟く。
モヒカンダンマー、絵が大好きのご様子。……似合わねぇー……。
しかし彼の心を繋ぎ止める為には他に対案もない。それに今までの、そしてこれからの働きに対する報酬として必要不可欠ではある。
「い、いい考えね」
「だろ? だろぉーっ!」
まあいいさ。
その絵画教室が不人気なら彼を諦めるだろう。
「今後ともよろしくね、チャンピオン」
「任せとけマスター」
その後。
その後オレイン主催の戦士ギルド内での絵画教室が大好評となり、その数年後にはオレイン画伯が個展を開く事になるのだから世の中分からない。
シロディールは寛容な地域の模様。
……あの絵が好評かぁ。
……すげぇ……。