私は天使なんかじゃない
不毛の大地に芽生えたモノ
タネが植えられた。
ちっぽけなタネ。
ここは不毛の地キャピタル・ウェイストランド。
誰もが彼女の行動を怪訝そうに見ていた。
育つはずがない。
そう思ってた。
ある者は笑った、ある者は痛ましそうに見た、ある者は無視した。
だが彼女はそのタネを育てた。
辛抱強く。
少しずつそれは芽吹き、この不毛の大地に変革をもたらした。
そして人々は思う。
彼女こそがこの地を救う者だと。
彼女の名は……。
「聞いてリオンズっ! ジェームスが殺されてしまったっ! それに浄化システムが乗っ取られたのエンクレイブにっ!」
「落ち着きたまえDrマジソン・リー」
要塞。
かつてはアメリカの中枢とも言うべき国防総省ペンタゴンがあった場所。
そこが現在のBOSの本拠地。
私達を出迎えた老人に突然叫び出すDrリー。その老人こそがBOSの最高司令官エルダー・リオンズその人だった。最高司令官と言っても全BOSを統括
するという意味ではないらしい。あくまで東海岸で独立したBOSの総帥という意味合い。ある意味で西海岸の本家を裏切ったとも言える。
まあ、そこはいい。
私は2人の話を黙って聞いている。
……。
……いや正確には喋れなかったというのが正しい。
疲労が半端ではない。
ずっと戦い尽くめだった。長い1日だった。
だけど戦いの疲労というより、おそらくは能力を酷使しすぎた所為だと思う。特にリーヴァー戦では今まで以上に能力を使ってた。
偏頭痛がする。
そして私はそのままその場に倒れた。
そして私は……。
「……ん?」
気付くとふかふかのベッドで寝てた。
天井が視線の向こうにある。
どこだろ、ここ?
ゆっくりと体を起こす。
視界が少々ぼやけているけど頭痛はそれほど酷くない。
そうだ。
私は要塞についた途端に意識を失ったんだ。
誰かがアーマーを脱がしたらしく私は下着姿で寝てた。
「つっ!」
体を起こした途端、痛みが体を駆け巡る。
「目が醒めたのね」
私の苦痛の声に気付き1人の女性が近付いてきた。一瞬誰か分からなかったけどサラ・リオンズだった。分からないのも無理はない、パワーアーマー
を着てない。タンクトップに迷彩が施されたズボンという格好だった。パワーアーマーで見慣れてるから分からなかった。
「サラ」
「まだ寝てなさい。本調子じゃないでしょう?」
「だけど」
「寝てなさい」
「だけどこうしている間に……」
「ジェファーソン記念館に集結したエンクレイブは動いてないわ。それに防御を完全に構築してしまったからこちらからは手が出せない」
「そう」
そのまま私は後ろに転ぶ。
静かに天井を見る。
仇も討てない、か。
……。
……この時、私は気付く。
やっぱりこうしている暇はないっ!
勢いよく起き上がる。
「ミスティっ!」
「寝てる暇はないわ、皆に早くエンクレイブの襲来を知らせないとっ!」
「無駄よ」
声を発したのはサラではなかった。
部屋の隅。
そこにはいつからいたのだろう、カウボーイハットにコートを纏った女性がいた。サラは叫ぶ。
「侵入者っ!」
「私の名はソノラ、彼女の仲間よ。敵ではないわ」
そう。
そこにいたのはソノラだった。
レギュレーターの元締め。
「無駄ってどういう意味、ソノラ?」
「既にメガトンにはエンクレイブの部隊が駐屯しているからよ。メガトンだけじゃない。ビッグタウン、カンタベリー・コモンズ、アレフ居住地区、アンデール、
スーパーウルトラマーケット、とにかく貴女が知る集落は全て連中の支配下にある。道路も全て遮断されてる。この地は完全に掌握されたわ」
「そんなまさか……っ!」
私はサラを見る。
否定して欲しかった、ソノラの言葉を。
だけど彼女の口から出るのは否定ではなく肯定だった。
「お友達の言う通りよミスティ。エンクレイブの戦力は強大。ジェファーソン記念館襲撃と同時進行に各地は侵略され、連中の統治下にあるのは確かよ」
「……そんな……」
うなだれる。
一気に心が沈んでいく。
それは仕方ないと思う。私だって普通の人間だ、ここまで絶望的な状況を聞かされれば沈むのは仕方ない。
エンクレイブは二手も三手も先を行ってる。
各集落は既に支配下?
駄目だ。
既に敵部隊が集落に入っている以上、エンクレイブに抵抗する為の戦線を構築するのは難しい。
入る前に構築できれば問題ないんだけど……既にエンクレイブの部隊が駐屯している以上はまずはそいつらの追い出しから始めるしかない。
そして当然相当が長引けば援軍が来て集落が叩かれる。
私が考えてた対抗手段はエンクレイブが<内>に入る前に行うものであり当然前提として敵が<外>にいる必要がある。
どうする?
「それであなたは何者かしら?」
「ソノラと名乗ったはずよ」
サラとソノラは言い争う。
まあ、そうね。
当然ね。
何しろソノラは招かれて要塞に入った身ではない。サラが<侵入者っ!>と言ったことからも分かる。
無断侵入。
2人の言い争いは互いに一方通行。
意味がない。
私は間に入る。
「サラ、彼女はレギュレーターの元締めよ。一応私の上司でもあるわ。私もレギュレーターだし」
「レギュレーター? ……偽善的な仕置き人組織ってわけね」
「ああらそれはギャグ? 地元の英雄になりたがったBOSの裏切り者の娘の分際で……」
「ソノラ黙ってっ!」
ああ。もうっ!
2人の相性は最悪らしい。
「ソノラ、それよりどうしてここに?」
「我々は偽ミスティと彼女の率いるレイダー組織を追ってた。丁度その時エンクレイブの攻撃が開始されたのだ。……運が良かったと言わざるを得ない。
各集落にいたら身動きが取れなかっただろうし本拠地にいても危険だった。本拠地は跡形もなく吹っ飛ばされていたよ」
「被害は?」
「レギュレーターの?」
「そう」
「被害はない。お前の偽者探しに戦力をほぼ全て投入していたからね。各集落に数名程度潜伏しているが問題ない。ルーカス・シムズ、ビリー・クリールの
ように普通の市民として暮らしている。こういう状況は想定外ではあるが、まあ、手出しはせずに大人しくしてるだろう。被害は出ないはずよ」
「私の偽者はどうなったの?」
「正確には分からない。エンクレイブの襲来で追撃が出来なかったから。ただ、レイダー連合の残党を併呑して頭数を増やしてるらしい」
「今レギュレーターは?」
「水辺沿いにテントを張って近くにいる」
「数は?」
「113名」
「装備等は?」
「武器、弾薬、食料などの物資は充分にある。完全装備の状態」
「ふぅん」
「どうした? 何を考えてる?」
「サラ」
ソノラの問いに答えずに私はサラに言う。
「何?」
「充分な戦力を持つ武装勢力が近くにいるわ。その戦力は充分にBOSの力になる。要塞に駐屯させて欲しいの」
「……本気で言ってる?」
「ええ」
「こんな馬の骨を?」
「BOSの現状は?」
「要塞以外の拠点は放棄して戦力を集結させている。……言い難いけど、GNRは空爆されて粉砕されたわ。駐屯していた部隊もスリードッグの安否も不明」
「兵力は?」
私はあえてスリードッグのことは聞かなかった。
聞けば感傷に流される。
だから聞かなかった。
「正規兵が約200、現地志願兵が約400。計600。ただし志願兵の3分の2はまだ訓練が終わってないわ」
「歴戦のレギュレーターの必要性は?」
「……認めるわ」
苦笑しながら彼女は頷いた。そしてソノラも静かに私を見て頷いた。
同盟締結。
「サラ」
「何?」
「私の仲間知らない? ピットから来た連中なんだけど、ジェファーソン記念館周辺を警備してたんだけど」
「要塞には来てないわ」
「そう」
アカハナ達は無事なのだろうか?
……。
……あー、もうっ!
この間のグリン・フィスとアンクル・レオの<ここは我々にお任せをっ!>的な残留もそうだけど勝手に皆いなくなってイライラするっ!
そしてその元凶はエンクレイブ。
叩き潰してやるっ!
「ミスティ」
「ソノラ、何?」
「言い難くはあるがルーカス・シムズからの昨日書簡が届いた」
どうやらメガトンとの連絡網はあるらしい。
「それで?」
「クリスティーナ、あの女はエンクレイブの回し者だった」
「……知ってる」
「奴が大佐の階級にあることは知っているか?」
「大佐っ!」
想定外だ。
オータムと同格か。
そんなに高い地位にいたとは……しかしどうしてそんな奴がメガトンにいた?
そして私の側に?
「クリスティーナの目的はメガトンの核爆弾にあった。奴はレイブンロックとか呼ばれる場所に核を運ばせた。おそらく核が使えるかどうかを調べる為に
メガトンにいたのだろう。士官自ら出向いたのもそれだけ重要度があったからでしょうね。現在あの女はテンペニータワーにいる」
「……」
「望むなら部下に命じて狙撃させるけど? あの女、支配者気取りでよく屋上から下を見下ろしている。撃とうと思えば撃てるけど?」
「いや。いいわ」
今は波風立てるべきじゃない。
奴が大佐という地位にいるなら殺すべきではない。殺せば必ずエンクレイブは報復に乗り出す。
今はまだ駄目。
今はまだ。
それに雌雄を決するのは私の役目だ。
そう。
いつか必ず私が片をつける。
必ずね。
「隊長。デイブ共和国から特使が来ていますが?」
その時、部屋の扉の向こうから声が響く。
女性の声だ。
扉が開くと中年の女性。BOSのパワーアーマーをヘルメットなしで着こなしている。色黒な女性で40歳くらいかな?
サラは彼女の横に立って私に紹介。
「彼女はスターパラディン・クロス。あなたのお父様の旧友。そしてあなた達親子をボルト101に護衛した女性よ」
「大きくなったわね、ティリアス」
あー、思い出した。
……。
……いや、この女性を思い出した、という意味ではない。というか赤子の状態で覚えてるわけがないよね(笑)。
思い出したのはモリアティの言葉だ。
パパはBOSの護衛と赤ん坊の私を連れてメガトンに訪れた、そう言ってた。
そうか。
彼女がそうなのか。
私は頭を下げる。
「その節はありがとうございました」
「オシメも取れてなかった子に感謝されるなんて年月を感じるわね。……ジェームスの事は聞いたわ。今後は私も手を貸す。接近戦は任せて」
「ありがとうございます」
もう一度頭を下げた。
良い人そうだ。
よかった。
「それで隊長、特使の件どうなさいますか?」
「聞いたことない国。知ってる?」
私とソノラを見るサラ。だけど私もソノラも首を振った。
「ミスティ、一緒に接見する?」
「私が?」
「あなたの観察眼は群を抜いてる。どう?」
「別にいいけど」
「決まりね」
ソノラは野営しているレギュレーターの部隊を要塞に移動させると言ってこの場を後にした。
要塞の廊下を歩きながら私はサラに聞く。
考えてみたら私はどれだけ意識失ってたんだろ。
「3日よ」
「3日っ!」
結構意識失ってたんだなぁ。
そういやグリン・フィス達はどしたんだろ。
「私の仲間は?」
「ショックソード持った男性は志願兵の訓練を頼んだわ。快く受けてくれた」
「ショックソード?」
「あれは大戦前の遺産。中国軍が技術の結晶と言ってもいい。テスラアーマーを斬れるだけの威力、すごいわね」
「ふぅん」
そんなすごいものだったのか。
ボルト32で入手した剣は歴史的な遺産らしい。
「アンクル・レオは?」
「あのスーパーミュータントはガレージにいる。手先が器用のようね。ジャンク品を使えるようにしてる」
「ふぅん」
「Drマジソン・リーをはじめとする科学者達は手厚くもてなしてるわ。他の科学者はともかく、Drマジソン・リーは心労が激しくて寝たきりよ」
「そう」
仕方ないと思う。
彼女はパパの共同研究者。そして私の勝手な推測だけどパパに好意を持ってたと思う。
……。
……正直な話、私も心労が激しい。
それでも動いていられるのは常に目的を明確にし、設定し、進む覚悟があるから。
行動すれば悩まずに済む。
少なくとも今は。
「サラ、思ったんだけどBOSは集結中なのよね?」
「ええ。それが?」
「一網打尽にする気じゃないの、エンクレイブは。集結したところを。そうは考えなかったの?」
「その懸念も会議の席での発言で確かにあったわ。だけど小規模の拠点があちこちにあってはまともに対抗できないし、それぞれの拠点が
各個撃破される。だから現在集結中なのよ」
「メガトンの核」
「使われると思ってるの?」
「その為に確保したのであれば辻褄は通るわ」
「なるほど。確かにそれもありえるわね。でも問題ないわ。エンクレイブは核は使わない。直接ここに乗り込んでくるしかないわ」
「何故そう言い切れる?」
「リバティ・プライムがあるわ」
「リバティ・プライム?」
「連中は核は使わない。絶対に。リバティ・プライムを原形を留めた形で入手したいはず。ペンタゴンに配備されているのは連中見知っているはずだからね」
「ふぅん」
よく分からない。
だけど確信を込めたサラの口調には自信が溢れていた。
なるほど。
エンクレイブは直接攻撃以外して来ないという結論、それがBOSの下した結論らしい。お花畑の理論ではあるまい。少なくともBOSは馬鹿じゃあないわけだし。
さて。
「ここが応接室よ」
「本当に部外者の私がいてもいいわけ?」
「問題ないわ」
「ならいいけど」
部屋に入る。
そこには中年のメタボ男がいた。その男の足元には寝そべった犬。男の背後には傭兵とも取れるような恰好の面々が5名。
「……」
「……」
私と男の視線は交差し、互いに口をあんぐりと開けた。
何でこいつがここにいるわけ?
「ケリィ? あんたが、その、デイブ共和国とかいう国の特使?」
没主人公ケリィ(笑)、登場。
ジェファーソン記念館。
浄化システムがある中心部。
現在のところ浄化システムは稼動していない。研究主任だったジェームスがパスワードを設定しており起動は出来ず、下手に設定を弄るとシステム
そのものが崩壊する。また仮にパスワードを特定出来たとしても意味がない。エデンの園創造キットを組み込む必要がある。
つまり。
つまりこのシステムはまだ未完成なのだ。
計器類を検査している白衣を着たエンクレイブの科学者達。そんな科学者達を後ろに腕を組んで見ている者がいる。
オータム大佐だ。
ジェファーソン記念館の指揮官でありキャピタル・ウェイストランドでもっとも権勢を誇る仕官。
先の戦いで右手首を失ったが機械の手首を移植し黒い皮手袋をしている。パッと見ではそれが義手だと気付く者はいないだろう。
オータムのやや後ろ隣に青年が立っていた。
その青年の名はサーヴィス、階級は少佐。現在はオータム大佐の副官という位置にいる。
サーヴィスは報告している。
現在のキャピタル・ウェイストランドの状況を報告している。
オータムは無言で聞いていた。
「既にタロン社は併呑、パラダイスフォールズの奴隷商人は傘下に置いています。さらにリベットシティ、テンペニータワー、そしてここジェファーソン記念
館には大規模な兵力が駐屯しておりBOSの要塞に対していつでも攻撃可能ですし、武力を背景にした威圧も現在構築されております」
「……」
「また各集落にはそれぞれ最低でも三個小隊が駐屯、我々の指揮下にあります。主要道路は完全封鎖し物資の流通経路は掌握しております」
「……」
「地上部隊は各地で展開しておりますし空挺師団の支援の下でキャピタル・ウェイストランドは完全にエンクレイブの制御の下にあります」
「……」
「エバーグリーン・ミルズのレイダー連合は粉砕、OCは砦まで完全に後退し現在我々の包囲の中で息を殺しております。さらに……」
「サーヴィス少佐」
「はい、何でしょう、大佐?」
ゆっくりと振り返るオータム大佐。
「お前何をした?」
「何のことでしょうか?」
「ガルライン中佐だ」
「中佐が何か?」
「人事権は俺が掌握している。にも拘らず奴と奴の第8歩兵連隊がどうしてテンペニータワーのクリスの指揮下に転属になるのかと聞いている。お前が口利き
をしてそうなったという事は既に知っているのだよ。どういうつもりだ? いや、そもそもどうやって転属をさせた? 俺の目を掻い潜って」
「私にも多少のコネはありますし、それは私の交友関係の元で成り立っているので申し上げれません。ただ」
「ただ?」
「ただ、中佐がいらっしゃらなければ私はオータム大佐の派閥でNO.2でいれますから」
「ふっ」
思わずオータムは笑った。
それと同時に食えない奴だと思った。怜悧な頭脳の中で野心的な考えを秘めているのを見て取った。
「それに大佐、別に中佐の部隊はいらんでしょう」
「どういう意味だ?」
「赤毛追撃で半壊状態。不必要です。その代替にタロン社を大佐は指揮下に置いています。リベットシティの特戦部隊も大佐の指揮下です。対抗馬になりえ
るかもしれないクリスティーナ大佐ではありますが大佐の兵力の方が遥かに上です。第8歩兵連隊の残存兵力100、大佐が得たタロン社は500です」
「数の上ではな。だが所詮タロンは寄せ集めの雑魚だ。どこまで信用できるか分からん」
「使い捨てでも、結構な数ではありませんか?」
「まあいい。ともかく我々がしなければならんのは赤毛の確保だ。手はずは整っているのだろうな?」
「はい。連中は必ずシステム奪還の為に動くでしょう。しかしそれより先にシステム起動の為にボルト87を目指すはずです。部隊の編成は出来ています」
「ふむ」
「後は連中が動くのを待つだけです、大佐」
「なるほどな」
「愚か者が動くまで待つ、それが最善の手だと確信しております」