私は天使なんかじゃない






勅令





  勅令。
  議会を通さずに指導者の大権に発せられる命令を指す。





  「たかだか旧式装備が、よくもまあ、ここまで出張ったものだ」
  オータムは笑う。
  大佐の背後にはエンクレイブ兵士が居並び、その中にはエンクレイブアーマーを纏った連中も混ざっている。オータム曰くエンクレイブアーマーは
  BOSのパワーアーマーよりも三世代も四世代も上のバージョンらしい。
  そしてオータムが纏っているテスラアーマーはさらに上。
  奴の言葉を信用すらなら、ね。
  何しろ敵の発言だからどこまで本当かなんて分からない。
  ハッタリかまして私を動揺させてるのかもしれないし。
  ……。
  ……まあ、エンクレイブアーマーは知らないけどテスラアーマーの情報に関しては、おそらく真実だろう。
  何故?
  だってミサイルの直撃にすら耐えてるのだから、BOSのパワーアーマーよりも格段の上の耐久性なのは間違いない。
  隣に立つサラを見る。
  そしてBOSも。
  敵の布陣の主力はエンクレイブ兵士。防弾ジャケットを着ているとはいえパワーアーマー系の装備をしてないわけだから大した障害ではない。
  こっちの布陣はパワーアーマー標準装備。
  まあ、ブッチ等は除く。
  私もね。
  問題はパワーアーマーの質かな。
  勝てるだろうか?
  微妙っす(苦笑)。
  エンクレイブ兵士やエンクレイブアーマーは何とかなるかもしれないけど……テスラアーマーを貫通できる武器はあるだろうか?
  うーん。
  サラ達の持っているのはレーザー兵器。
  ミサイルは物理系。
  テスラアーマーは物理系には強い耐性がある。ほぼ無敵状態。もしかしたらレーザー系は効くのかもしれないけど……さてさて、どうかな。
  「……」
  「……」
  BOS。
  エンクレイブ。
  双方武器を構えたまま静かに対峙。
  その間にDrリーを始めとする科学者達はBOSの背後に下がる。私はサラの隣に並んで44マグナムを構えている。
  ブッチ?
  ブッチも私の隣でどこかで拾ったショットガンを構えてる。なかなか格好良いじゃないの、トンネルスネーク。男ですなぁ。
  「赤毛の冒険者」
  オータムは泰然とした様子で私に言う。
  まあ、泰然とするのは当然か。
  こいつだけ無敵だもん。
  エンクレイブ兵士もエンクレイブアーマーの奴も常に死の危険はあるわけだけど……テスラアーマーは実際のところ無敵に近い。ミサイルに耐えちゃうわけ
  だから物理系の武器で何とかするならヌカランチャーでも持ってくるしかない。爆発するミサイルではなく貫通する対戦車ライフルとかならいける?
  ……。
  ……まっ、<たられば>よね。
  この場に対戦車ライフルなんてない以上、ないものねだりしても仕方ない。
  「赤毛の冒険者」
  「何?」
  「お前が従うのであれば、この場にいる連中を見逃してもいい」
  「どうして私が必要なわけ?」
  「赤毛の冒険者よ、問題はそこではないだろう?」
  「ん?」
  「問題はお前が従うかどうかだ。それだけだ。質問は意味など成さない」
  「質問するな言葉を発するな黙って従え?」
  「その通りだよ」
  「そんなんじゃ女の子に嫌われるわよ?」
  「選択肢は提示してある。従うか、ここで死ぬか、そのいずれかだ」
  「……殺すわけ? 本末転倒ね」
  「少々厄介ではあるが別に殺しても問題はないのだよ。脳さえ残っていれば記憶は引き出せる。……記憶が劣化して意味がない場合が多いがね」
  「あっそ」
  44マグナムを構えながら私は呟く。
  パパを殺した相手への憤り?
  あるわ。
  だけど今はそれは抑えよう。
  リーヴァー戦のように怒りを前面に出した戦いは正直疲れる。正確には能力の増大しすぎた妙な負荷によって偏頭痛がする。
  頭が痛い。
  「赤毛の冒険者」
  「何?」
  「拒否するのだな?」
  「サラはどう思う?」
  隣に立つリオンズプライドの指揮官に訊ねる。
  「こんな最悪な彼氏は蹴っ飛ばすに限るわね」
  「彼氏じゃないけど……まあ、その意見には賛成。オータム大佐、あんたとは戦いでしか付き合えそうもないわ」
  「結構っ! ならばここで死んでもらうとしようっ!」
  大佐の号令と同時に兵士達が動き出す。
  BOSも動く。
  一触即発っ!
  ……。
  ……ああ、いや。
  既にこれは全面対決よねっ!
  そして……。

  「た、大佐っ! 背後から敵襲……っ!」

  物凄い銃撃音が響き渡る。
  エンクレイブ兵士達を背後から完全に射抜く。エンクレイブアーマーもこの圧倒的な鉛玉の前には意味がない。しばらくは耐えているもののすぐに貫通する。
  なるほど。
  テスラに比べれば劣化版的な感じというわけか。
  「退避っ!」
  サラが叫ぶ。
  もっとも叫ぶまでもなく全員が後退。サラ自身も叫びながら後退。私とブッチもだ。
  ただ1人悠然と立っているのはオータムだけ。
  呟く。
  「不甲斐ない部下どもだ」
  エンクレイブ部隊、全滅。
  轟音と呼ぶべき銃声音が止んだ。今はカラカラと何かが回る音がするだけだ。
  そして私は見る。
  そこには巨体の人物がいた。
  人間にしては大きいその体格、私は見知っていた。
  「アンクル・レオっ!」
  「待たせたなミスティ」
  カラカラと鳴っているのはミニガン。カラカラというのは銃身が回っている音。弾を全て吐きだしたのでただ回ってるだけ。
  エンクレイブから奪取したのかBOSの廃棄品かは知らないけどミニガンでの攻撃、ナイス。
  問題は弾丸が尽きたこと?
  ううん。
  そんな簡単なことじゃない。
  最大の問題はミニガンの掃射でもテスラアーマーはビクともしないということだ。
  「随分と面白いお仲間をお持ちのようだな、赤毛の冒険者」
  「親友よ」
  「それは何より。……ではその親友殿には退場してもらおうか、今ここで」

  ヴヴヴヴヴヴヴヴっ!

  手のひらに緑色の光が宿る。
  プラズマっ!
  放つまでに数秒、数十秒掛かるのは知ってる。
  「逃げてっ!」

  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。

  アンクル・レオに向き直ったテスラの背中にマグナムを叩き込む。
  キィンっと音を立てるだけ。
  くそ。
  弾かれるか、やっぱりっ!
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  アンクル・レオはドスドスと足音を立ててオータム大佐に猛進する。
  機敏とは言いがたい。
  ミニガンを大きく振りかぶって突進。
  何で逃げないのっ!
  彼の速度とプラズマが収束し攻撃可能になる速度、ダントツに後者の方が速い。接近する事すら不可能。
  「アンクル・レオっ!」
  「君の親友殿は馬鹿な獣のようだな」
  「アンクル・レオっ!」
  「消え去れ、下等生命体っ!」
  プラズマが収束。
  アンクル・レオは接近すら出来ていない。そんな彼の頭上に突然影が現れる。アンクル・レオの背中を土台代わりに駆け上がり、その影はオータム大佐に
  空中から迫る。さすがに大佐もこれには瞬時に対応出来なかった。もっともテスラの防御力を誰よりも知るのはオータム大佐。
  剣という前時代的な武器など効くわけないと踏んでるのだろう。私もそう思う。
  考えている間に影は肉薄。
  影は言う。
  「主の敵は自分が排除する」
  「グリン・フィスっ!」
  生きてたっ!
  彼は手にした刃をオータム大佐と交差する際に振るう。

  ズザザザザザザ。

  そして床を滑りながらくるりと回転、立った際には私を守る形で前にいた。
  「お待たせしました主」
  「遅いわよ」
  「クリスチームと互いに武器を持って旧交を温めるのに時間を掛け過ぎました。……結局、双方退きましたが。それに」
  「それに?」
  「それにヒーローは遅れてくるものですから」
  「何それ?」
  「ユーモアです」

  ガンっ!

  この時アンクル・レオのミニガンの一撃がオータムに直撃した。
  プラズマ?
  撃てないわね。
  撃てるはずがない。
  何しろプラズマが宿っていた奴の腕は既に存在しないのだから。
  正確には右の手首がない。
  落とされている。
  綺麗に。
  「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  獣のような声を上げながらオータムは後退する。
  だが既に血は止まっていた。
  落とされた瞬間、傷口に何かを注射するのが見えた。
  スティムパックの類?
  そうかもしれない。
  考えてみれば放射能に耐えたのも、薬物で放射能に対する耐性を強化したからなのかもしれない。そう考えれば辻褄は合うし、そう考えなければ辻褄は合わない。
  何だ、薬物頼みか。
  大したことない。
  このまま殺してやるっ!
  「リオンズプライド構えろ」
  『御意のままに』
  サラの指示の元にBOSが展開、レーザー兵器を構えるもののまだ誰も撃っていない。サラの指示を待つ。
  彼女はレーザーライフルを構えながらオータムに命令。
  「大佐。要塞までご同行願えますか?」
  「捕虜にでもする気か?」
  「情報源、と考えてくれても構いません」
  「旧式装備が。言える立場かっ!」
  確かに。
  確かにオータム1人の方がここにいるBOSよりも怖い。
  サラの動作が止まる。

  「オータム大佐、ガルライン中佐でありますっ! これより第8歩兵連隊が援護しますっ!」

  ちっ。
  さっき戦ってた連中か。
  兵士達が室内に入ってくる。展開は再び仕切り直しというわけか。
  エンクレイブアーマーはない。
  基本兵装は軍服に防弾ジャケット、自動小銃。ただしグレネードランチャーを構えている者もいる。撃ち合えばこちらに理がないのは確かだ。
  BOSなら数分は持ち応えれるのかもしれないけど生身の私達逃亡組は耐えれる道理がない。
  オータムは言う。
  「形勢逆転だな」
  「みたいね」
  私は素直に認めた。
  横に並ぶサラに私は目で合図する。視線が交差する。彼女は静かに頷いた。
  勝てる道理はない。
  ならば。
  ならば退くだけだ。
  BOSはサラの命令で即座に動くだろう。そして撤退の盾となる。BOSのパワーアーマーの装甲なら数分は持ち応えれる、その隙に撤退する。
  何しろ背後には装甲扉がある。
  その向うに後退して通路を遮断すればいい。
  そうすれば追ってこれない。
  ……。
  ……当面はね。
  装甲扉が邪魔をしてすぐには追ってこれないだろう。オータムのプラズマなら容易に破壊できるのだろうけど、奴は腕を失って部隊の後ろに退いた。
  痛むのだろうか?
  それとも右手首と一緒にその部分のアーマーが失われから後退した?
  生身がそこだけ露出してるから?
  そうね。
  それもあるだろう。
  余計なリスクを避けたに違いない。
  緊張が高まる。
  そして私とオータム大佐の声が同時に響き渡る。
  「サラっ!」
  「殲滅しろっ!」

  「こちらはサーヴィス少佐です。緊急の為、大佐のフェイスマスク内臓の無線機と同時に地下道にあるアナウンスに音声を流しています」

  ぴたりと双方の動きが止まった。
  男だ。
  若い男の声だ。
  敵が止まったのでこちらも止まる。少なくとも先程までの闘争心は押し殺してる。もっとも完全に止まっているわけではなくゆっくりと後退する。
  相手に気付かれない程度の速度で。
  アナウンスの声が響く。

  「レイブンロック司令部から緊急通信がありました。ジョン・ヘンリー・エデン大統領の勅令により停戦が決定しました。繰り返します。戦闘禁止です」

  「何だとっ!」
  オータムが吼える。
  アナウンスによると奴のヘルメットには無線機が内蔵されているらしいから単なる腹立ちの叫びというよりはアナウンスの主に対しての怒声。
  「停戦だとっ! ここまで追い込んでおきながらかっ!」

  「大統領令です」

  「くだらんっ! エデン大統領など所詮は……っ!」
  そこまで言ってオータムは周囲の怪訝な視線に気付いて黙る。
  エンクレイブの内情を私達は知らない。
  怪訝な視線を発しているのはガルライン中佐以下兵士達。
  オータムは黙る。

  「大佐。これは大統領の勅令です。反論は許されません。否定も出来ません。許されるのは勅令に従うことだけです。あえて逆らうなら反逆罪となりますが?」

  「くっ!」
  地を蹴って憎々しげにこちらを見る。
  ヘルメット被ってるので顔は分からないが憎々しそうな顔をしているのだろう。
  こちらをじっと見る。
  それから叫ぶ。
  「撤退だ中佐っ! 部隊をまとめろ、ジェファーソン記念館まで後退するっ!」
  「了解しましたオータム大佐」
  

  エンクレイブの追撃部隊、撤退。






  数時間後。
  ジェファーソン記念館に設けられた士官用宿舎。ガルライン中佐の部屋。
  部屋には2人の人物がいた。
  1人はガルライン中佐。
  1人は……。
  「オータム大佐のやり方にはついていけん。あんな横暴な指揮官には従えんよ。……君は新たに任命された副官だ。彼のやり方を少しずつ是正してくれんか?」
  「副官の自分を信用してもよろしいのですか、ガルライン中佐?」
  「少し迷った。だが君は特に大佐との繋がりもあるわけではないし南部戦線での君の評価は知っている。人柄もだ。だからこうして頼むのだよ、サーヴィス少佐」
  「オータム大佐の権勢はこの地では絶大のものです。若い自分にはとても」
  「……そうか」
  「しかし自分には参謀本部に多少のコネがあります。よろしければ中佐の望む部署への転属願いを自分の方から申請しますが」
  「本当かねっ!」
  「はい。ただ現在のこの地の状況を考慮すると中佐が独立して任される地域は限定されます。既に要所要所には部隊は展開しそれぞれに指揮官がいるわけ
  ですから限定されるでしょう。そこで自分からの提案ですが、別の方の片腕として働かれるのはどうでしょう?」
  「例えば?」
  「例えばクリスティーナ大佐はいかがかと」