私は天使なんかじゃない
VS第8歩兵連隊
多数の人間が銃を持っても、それはただの集団でしかない。
正式な訓練を受けた軍隊には敵わない。
「撃て撃て撃てっ!」
「おうっ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダっ!
私の掛け声と同時にブッチは中央の機関銃を乱射する。
突入しようとしたエンクレイブ兵は蜘蛛の子散らすように後退、後ろに下がる。ただしやっぱり正式な訓練を受けているのだろう、エンクレイブ兵達は自動
小銃で応戦しながらの後退。命中率は高い。その辺りは正規兵に相応しい能力。少なくともレイダーにはない能力だ。
まあ、命中率が高いとはいえこちらには隠れる場所がある。
ブッチは機関銃が備え付けられている鋼鉄製の台座に隠れればいいし、その両脇には廃車がある。
防御の利はこちらにある。
ブッチは機関銃を乱射。
機関銃はベルトリンク方式であり帯状になっている弾丸がガンガン消費されていく。だけどそこは問題はない。BOSが遺棄した弾丸は大量にある。
私はブッチの隣でインフェルトレイターを連射。
その両脇ではアサルトライフルの銃身だけを出した、廃車の車体に体を隠した科学者達がアサルトライフルを撃ってる。
繰り返すけど防御の利はこちらにある。
少人数でも護れる陣地。
それに対して敵は大軍であればあるほど身動きが取れずに弾丸の餌食となる。
ちらりと後ろの装甲隔壁を見る。
科学者の1人が開閉しようとパスコードを適当に押してるけど開きそうもない。
……。
……普通に考えて開くはずない、か。
彼はハッカーではない。
というか仮に凄腕ハッカーだとしてもパソコンすらない。完全に1から順にパスコードを打ってるに過ぎない。
私のPIPBOY3000ならハッキングは可能です。
ただし数分は掛かる。
この戦闘状況で私が抜けるのは正直不可能に近い。
銃は誰でも引き金を引けば撃てるけど、ここにいるブッチや科学者達では戦闘に長けているわけではない。誰かが指揮する必要がある。
私は抜けれないのでお願いします。適当にパスコード打って開けて頂戴。
「ブッチ。作戦は<ガンガン行こうぜ>よっ!」
「い、いや。ここは<命大事に>だろっ!」
「<呪文使うな>っ!」
「意味分かんねーよっ!」
「<命令させろ>っ!」
「何なんだその上から目線はよぉーっ!」
私とブッチはぎゃあぎゃあ騒ぎながら銃弾を敵に浴びせている。
ただし敵の練度は高い。
さすがは軍隊と言うべきなのかな。レイダーのように勢いに乗った時だけやたら強気な戦い方ではなく、タロン社のように数に乗じた戦い方もしない。
迅速に。
柔軟に。
エンクレイブは裏打ちされた動きで行動する。
身を屈め、そのまま室外へと後退。私達は戻ってこれないように銃弾を叩き込んでいるものの敵には当たってない。何しろ敵は身を隠してるからね。
カチ。
ブッチの操る機関銃が弾丸を吐き出さなくなる。
弾詰まり?
純粋に弾丸尽きました。
「ブッチ、装填っ!」
「おうっ!」
「他の皆はアサルトライフル連射っ! 撃て撃て撃てっ!」
両脇を固める科学者達にガンガン撃たせる。
命中率?
悪いです。
だってこいつらは銃身だけ露出させて自身は身を隠してるもん。
相手への牽制程度。
それでいい。
……。
……と思ったけど、駄目か。
相手がレイダー、奴隷商人ならこれでもいい。
タロン社でも対応できる。
だけどエンクレイブ相手ではこの程度の戦術ではあまり意味がないようだ。敵は透明のシールドを手にして室内に雪崩れ込んでくる。
シールドの材質は不明。
防弾なのは確かだ。
このシールドは2人1組で操るものらしい。1人はシールドを構え、1人は自動小銃をシールドの内面に突き付けている。正確には小さな穴があるみたい。
そこに銃口を突っ込んでいる。つまりシールドに隠れながら銃が撃てる……まずーいっ!
「うひゃっ!」
弾丸が無数にこっちに飛んでくる。
私は伏せる。
ブッチも伏せる。
科学者達は……まあ、最初から隠れてるから問題ないか。
次第に弾幕が厚くなる。
それもそのはず。
エンクレイブの兵士は素早く室内に入り込み、横一面に並ぶ。計20名。シールドを操る者10名、自動小銃を撃つ者10名。
さらにシールドの背後に続々とエンクレイブ兵士が詰め、こちらに向かって弾丸を浴びせてくる。
まずい。
敵のターンになってしまった。
それでもブッチは伏せながら帯状の銃弾を機関銃に装填、そして掃射を始める。
なかなか根性あるじゃん。
ラッドローチは苦手だけど、さすがはトンネルスネークの親玉っ!
根性はあります。
ダダダダダダダダダダダダダダダっ!
機関銃を乱射。
ただしシールドは貫通せず。威力に負けてシールドを落とす事も体勢を崩す事もない。シールドを操る者はそれだけに専念している。なるほど、分担を
分けているのは効率的ってわけか。もちろん感心ばかりもしてられない。
シールド部隊はゆっくりとこちらに近付いてくる。
それに伴いその背後の部隊も。
まずい。
接近されればされるほどこちらに分が悪い。向うはシールドに隠れながら、まったく隙がなく正確に射撃できる。反撃の手段はない。
せめて貫通出来ればいいんだけどインフェルトレイターやアサルトライフルでは威力負けしてる。
あの防御力を貫通出来ない。
……。
……まあ、当然か。
機関銃ですら貫通できないんだから無理よね。
ならば。
「これしかないか」
無造作に置かれているグレネードBOXに視線を向ける。
これもBOSの置き土産。
大量にある。
私は廃車に隠れて射撃してる科学者達を召集。身を屈めながらこっちにくる。私自身も身を屈めてる。現在攻撃はブッチのみ。
「ブッチ、しばらく持ち応えて」
「持ち応えられるかは、俺の意思は関係ないけどなっ!」
そりゃそうだ。
相手の出方次第でありこちらに決定権はない。
まあ、しばらくは大丈夫だろ。
2分ぐらいは耐えられる。
「私と同じ事を言い、私と同じ事をして。いい?」
科学者達は頷く。
よし。
やるか。
敵はゆっくりゆっくりと前進してくる。
歩みは遅いけどその威圧感は圧倒的。それを崩すには策謀しかない。
攻撃力だけでは駄目。
策謀。
策謀あるのみだ。
現在エンクレイブを迎え撃っているのはブッチの機関銃のみ。攻撃の度合いが緩んだのを感じてエンクレイブの部隊は一斉に行動を……しなかった。
こいつらやるな。
こっちが何か企んでいるのを感じ取ってる。いきなり攻撃が緩んだのを怪しんでる。
ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくりと這うようなスピードでシールド部隊が前進、後続の部隊も身を屈めながら迫ってくる。
確実に陣地を構築しながら進軍してくる。
さすがは正規軍。
正式な訓練を受けたであろう連中はやはり格が違う。
さて。
そろそろ迎え撃つとするか。
「グレネードっ!」
『グレネードっ!』
私が叫ぶと科学者達も叫ぶ。そして私が投げると彼らもそれに従った。
モノが宙を舞う。
「後退っ!」
シールド部隊が号令とともに後退する。号令、誰が出しているかは知らないけど……室外から聞こえた。敵がどれだけいようとも、ここがどれだけ広かろ
うとも100人も200人も入れるわけじゃないから自然敵の人数も限定される。そういう意味では戦いやすい。戦闘参加できる人数は限られるわけだし。
敵の指揮官はガルライン中佐とか言ったっけ確か。
そいつが室外から指揮してるんだろう。
多分。
ともかくシールド部隊はグレネードを警戒して後退する。ただしそこはレイダーとは格が違う整然とした動作。シールドを構えたまま後退、背後の部隊も悠然と
後退し途中で詰まる事もなく。緩慢もなく動揺もなく。スムーズに後退する。当然退きながらも銃撃はやめない。
「前進っ!」
今度は前進の声が響く。
そう。
気付いたのだ。
私達が投げたのがグレネードではなくただの石ころということに。シールド部隊、防御の要として再び前進。
私は叫ぶ。
私は投げる。
「グレネードっ!」
『グレネードっ!』
「後退っ!」
一進一退。
今度も石ころ。ただ相手は相手でこちらの真意が不明なので一応は退くしかない。
相手は今度も虚偽に気付く。
響く命令。
「前進っ!」
「グレネードっ!」
『グレネードっ!』
再び投げる。
三度。
三度石ころ攻撃。
「後退っ!」
一応は相手も後退するけど次第に兵士達の心には侮りが生まれる。グレネードなどないのではないかと。
部隊の動きを止めるための策謀ではないかと。
どれだけ訓練を積んでも人間である以上、やはり疑心暗鬼は付き物だ。
ガルライン中佐は叫ぶ。
「前進っ!」
シールド部隊、前進。
この時ブッチの機関銃の弾丸が尽きた。装填には時間が掛かる。しかし敵は勢い付かずにゆっくりと進んでくる。
その歩み、遅いが威圧的。
グレネードはハッタリ。
機関銃の攻撃は止んだ。
敵の部隊はそれでも慌てず急がず進んでくる。
ゆっくりと。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
大爆発。
シールド部隊もその背後にいた連中も吹っ飛ぶ。
もちろん室内の敵を一掃したわけじゃないけどシールド部隊は全滅。
どんなに強固なシールドでも銃弾は防げても爆風は防げない。
そして爆発も防げない。
敵は私達を侮ってた。
……。
……いや正確には思い込んでいた。グレネードがハッタリと思い込んでいた、というよりは<投げる際には必ず叫ぶ>と侮っていた。私が先入観を植え付
けたかったのはそこだ。石ころは問題じゃあない。目的は掛け声。無声で投げることはないと一時的にでも思い込ませたかった。
そしてそれは成功した。
この時ブッチの装填が終わった。
敵の防御は霧散した。
一気に……。
「バズーカ撃てっ!」
なにぃっ!
兵士の1人がバズーカを構えているのが眼に飛び込んだ。銃座を狙ってる。つまりは機関銃。そして付属でブッチも。
中央が吹っ飛ぶとその周りにいる私達もただでは済まない。
直撃受けたら死ぬけど、余波で行動不能になる。
直撃でも余波でも動けなくなる。
まあ、直撃の場合は永遠に動けなくなるわけだけど、余波で行動不能になっても意味は同じだと思う。そのまま殺される可能性は限りなく高い。
インフェルトレイターにバズーカ兵士を掃射。
私の必殺の一撃は相手の足を射抜く。
くそ。
目標を見誤ったっ!
私でも命中率は100%ではないけど……この失敗は大きい。足を撃ち抜かれた相手は屈せずにバス−カを撃つ。
ただし足を撃ち抜かれたから目測が変化している。
狙いは……。
「離れてっ!」
「えっ?」
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
爆発。
爆風。
装甲隔壁の前でパスコードを手当たり次第に打っていた科学者は直撃を受けて吹き飛んだ。
くそっ!
「食らえーっ!」
今度こそ。
今度こそバズーカ兵士を射殺。さらにインフェルトレイターを掃射してエンクレイブ兵士達を撃ち抜く。ブッチの機関銃も火を吹く。
黒煙が収まる。
装甲隔壁はバズーカの直撃で歪んでた。人が1人通れる程度の隙間が出来てる。通れる、か。
ふぅん。
これなら撤退出来る。
「Drリー、彼は走れる?」
「走れないけど動けるわ」
心臓病のガルザは動けるらしい。
ならば行ける、か。
「ここは私とブッチで抑える、先に行ってっ!」
「だけど……」
「議論はなしよDrリー、行ってっ!」
「わ、分かったわ」
インフェルトレイターを連射。ブッチも機関銃を乱射。
エンクレイブ兵士は頭を下げて退避。
「行ってっ!」
Drリー達を促す。
早く逃げてもらわないと困る。ここで踏ん張るとしてもそう長くは持たない。
早くっ!
「食らえーっ!」
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
グレネードを投げる。
炸裂っ!
兵士数名が爆発の直撃を受けて吹っ飛ぶ。
中佐が叫ぶ。
「グレネードっ!」
その掛け声と同時に兵士達がグレネードを投げる。
仕返しってわけか。
だけど甘いっ!
インフェルトレイターを横に掃射、グレネードの1つに銃弾を叩き込む。
爆発。
それも連鎖爆発。
大爆発っ!
ドカァァァァァァァァァァァァァァンっ!
よしっ!
これで敵の気勢をだいぶ殺いだ。
Drリー達は退避完了。
私達もそろそろ撤退すべきか。ブッチとともにここで踏ん張るのももう必要ないだろう、撤退するとしよう。
ただし敵にストレートに追撃されるのは困る。
ある程度は潰しておかなきゃね。
「ブッチ」
「あん?」
ガンっ!
銃で殴り倒す。
ブッチはその場に頭を押さえて倒れた。気絶はしてない。あまりの痛さで引っくり返っただけ。
「バイビー☆」
「ちょっ!」
私は走る。
装甲隔壁の歪みを越えて通路に。
ブッチ?
尊い犠牲です。
私、彼のことを忘れない(笑)。
……。
……ま、まあ、冗談ですけど。
作戦の一環です。
ブッチに説明している暇がなかったこと、ブッチは多分快くは引き受けてくれないということ、その2つを考慮して殴ってその場に居残ってもらいました。
私は装甲隔壁越しにチラリと内部を見る。
エンクレイブ兵士は警戒態勢のまま前進、次第に機銃に近付きつつある。ブッチは台座に張り付いて隠れてる。
見つかるのは時間の問題?
うーん。
少しニュアンスは違うかな。
機銃に近付くのが時間の問題なのだ。
そして私は叫ぶ。
「ブッチ機銃を取って撃ってっ!」
「お、おうっ! ……って敵がめっさ近っ! 近すぎるだろーっ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダっ!
ブッチ、機銃を乱射。
すぐ間近まで迫っていたエンクレイブ兵士達は成す術もなくバタバタと倒れる。中佐は後退命令を出すものの機銃の勢いは止まらないっ!
反撃するが機銃の間近の掃射に勝てるはずもない。
つまり。
つまりブッチの一方的なターンというわけだ。
ただし展開は常に二転三転するもの。
今が勝ってるからと言ってその流れを常に維持できるわけではない。
退くべき時は退く。
それが兵法。
潮時だ。
「ブッチ、援護するっ! 撤退っ!」
「おうっ!」
室内に戻りインフェルトレイターを掃射。ブッチは私の援護を受けて走り去る。室外に退避完了。もう援護は必要ないだろう、私もその場を退避。
その瞬間にトラップカード発動っ!……なんてね(笑)。
退避する瞬間にグレネードBOXに銃弾を叩き込む。
結果?
大気を震わせるまでの大爆発。
……。
……あれ?
もしかして私は敵の大部隊を退けちゃったわけ?
人類規格外の戦闘能力、それが私です(笑)。
「生存者の救出を急げっ!」
土砂で埋まった空間。
つい先程まで赤毛の冒険者たち逃亡者が陣取っていた部屋。すでに敵は逃げ去った後。ガルライン中佐は部下に生き埋めとなった兵士たちの救出を急がせる。
ガルライン中佐は第8歩兵連隊を率いる指揮官。
有能ではない。
凡庸。
だが無能というわけでもなく冷徹でもない。部下に対しての責任感を持っている人物で、部下にしてみれば部下思いの良い上司として見ている。
だが苛烈さが足りない為、戦闘部隊の指揮官には相応しくない。
中佐の横で副官が報告を続ける。
「負傷者は100名強、死傷者は23名、部隊の半分は健在で追撃は可能です」
「いや。まずは部下の救出を急がせろ」
「よろしいのですか?」
「部下なくして部隊は成り立たんよ、少尉」
「それでは困るな」
がちゃん。がちゃん。がちゃん。
異質な金属音を立てて近づいてくる者がいる。中佐も、副官も、部下達も金属音を立てているその人物を見る。
そして敬礼。
キャピタル・ウェイストランドにおける最高権威の仕官オータム大佐が部下を引き連れてやってきたのだ。
「オータム大佐。いらっしゃられるとは……」
「中佐。部下を下がらせたまえ」
「はっ?」
「土砂を吹っ飛ばす」
「お言葉ですがまだ生き埋めとなっている部下が……」
「どきたまえ」
そして……。
ビリビリビリ。
大気が震えた。
「ん?」
通路を走る私、ミスティは後ろを見た。今のは何の音だろ。
Drリーたちはよほど足が速いのかまだ追いつかない。ブッチも私よりかなり先に行っている。
まあ、後方確保として後詰めは必要よね。
私がその役目。
後ろを見る。
「ん?」
何かが近付いてくる。
何かが。
まるで滑るように……いや、滑ってるのか。遠くてよく見えないけど足元から火花が出てるように見える。そして心なしか体が緑に光ってるような……。