私は天使なんかじゃない
逃避行
逃げる。
逃げる。
逃げる。
選択肢は一択のみ。
逃げるだけ。
「ここを抜ければ要塞に辿り着けるわ。……もっとも片道で一時間ほどの行程だけどね」
「要塞?」
「BOSの本拠地。元々は国防総省があった場所よ」
「ペンタゴンか」
私達は進む。
薄暗い地下道を銃を構えながら進む。
照明は活きてた。
もちろん今まで延々と点灯していたわけではなく、スイッチ入れたら点いたという意味。薄暗いけど足元が見えるだけマシかな。
パーティーメンバー。
私、ブッチ、Drリー、科学者7名に荷物運びの人。もちろん今は荷物は持ってない。
全員が全員集を持ってるけど完全武装は私だけ。
私はライリーレンジャーのコンバットアーマー着込んでるけど科学者は白衣だけだし荷物運びの人は平服、ブッチは皮ジャンで弾除けにもならない服装の面々。
この時代、護身用の銃を持つのは常識だけど……護身用の銃は普通は短銃。それも単発。
同行者の持ってる銃もブッチの10oピストルから始まってDrリーのデリンジャーといった感じで統一性はない。
まあ仕方ないけど。
銃のチョイスはそれぞれの趣味や感性もあるし。
だけどこの装備では追撃を追い払えない。
銃は銃。
確かに敵に致命傷を与えることは出来るけど……単発だからあんまり役には立たないだろう。こっちが1発撃ってる間に何十倍もの反撃を受けるだろう。
私達に出来る事?
1つだけある。
逃げる。
それだけだ。
とりあえず私達は逃げて逃げて逃げて、逃げてBOSの庇護を求める。それが最善であり唯一の手段。
「おい、急ごうぜ」
「そうね」
私は事務的にブッチの言葉に応じる。
グリン・フィスとアンクル・レオが足止めしてるとはいえ……いつまでも持ち応えられないだろう。にも拘らず2人は残った。
ある意味で自己犠牲に近い。
無事でいて欲しい。
外を警備していたアカハナ達ピットレイダーの安否も不明。
科学者の1人が無線を持っていたので借りたけど外には通じなかった。
ノイズ音のみ。
音声送信は出来ず受信のみだけどPIPBOY3000は無線機よりも高性能。だけどノイズ音だけ。
うーん。
ジャミングが出てる?
まあ、より純粋に地下だからかな。
結構深いから仕方ないのかもしれない。いずれにしても外部との情報が遮断されているのは痛い。
エンクレイブの動向が分かる情報があるかもしれないのに。
残念。
「なあミスティ」
「何? ブッチ?」
「気休めだろうけど、その、元気出せよ」
「……ありがと」
微笑。
旧友というか悪友の心遣いが嬉しかった。
本来なら泣き崩れていたいんだけど私の現状がそれを許さない。
生き延びてからだ。
そう。
泣くのは生き延びてから。
湿っぽくなるので話を転じる。
「Drリー」
「何かしら?」
「BOSは助けてくれるの?」
「それは分からないわ」
「はっ?」
「ただ、この地下道の最終地点が要塞の真ん前。エンクレイブと言えどもそこまで行けば追ってはこれないでしょうし、BOSも目の前の敵には対処して
くれると思う。私達を助けてくれるかどうかは別として、敵を追い払うのには役立つはずよ」
「なるほど」
随分とアバウトですね。
まあ、だけど助けてくれるかもしれない。
以前GNRの前で共闘したサラ・リオンズを思い出す。彼女はBOSの指導者の娘らしいし、その流れで手助けしてもらえるかもしれない。
どっちにしても私達は進むしかない。
BOSの協力が微妙だとしても進むしかないのだ。背後からエンクレイブが追撃してくる限りはね。
前に。
前に。
前に。
確実に進むとしよう。
もう後ろには戻れないのだから。
「へぇ」
通路を抜けたその先には円形の大きな空間があった。
結構広い。
中央には鋼鉄製の台座があり、その上には機関銃が置かれていた。台座には3人ぐらい隠れれるだろう。さらにその両横にはどうやって運び込まれた
かは知らないけど廃車があった。そしてそれらの背後には閉ざされた装甲隔壁。
ふぅん。
まるでバリケードじゃん。
多分その発想は間違いではないだろう。
「うお骨っ!」
ブッチが気付いて叫ぶ。
そう。
骨がそこら中に散乱していた。バリケードの前に大量の骨。それも普通の人間にしては大きい。
Drリーが説明する。
「以前ジェファーソン記念館はスーパーミュータントの巣窟だったの。一度は追い払ったけど再攻撃してきた。その際に施設の大半は奪い返され私達は
地下に追いやられたわ。ここに立て籠もったの。扉の向こうからBOSの増援が来て殲滅した。……ティリアス、あなたが生まれる前の話よ」
「そっか」
かつてここでパパとママも戦ったのか。
そこに今、私がいる。
……。
……ダメよダメ。
私は頭を振る。
追憶を追い出す。
少なくとも今は追憶に浸っている場合ではない。
少なくとも今は。
私は周囲を見渡す。ブッチは廃車を乗り越えて銃座のところまで行くと、ひゅーっと口笛を吹いた。
「見ろよミスティ。弾丸がふんだんにあるぜっ!」
「本当に?」
「ああっ!」
私達はバリケードを越える。
確かに機銃には弾丸が装填されているし足元にある木の箱には大量の弾丸。さらにケースがいくつもある。科学者の1人がそれを開けるとグレネード
BOXということが判明。それにスーパーミュータントが所持していたと思われるアサルトライフルが何挺も置かれていた。
アサルトライフルの弾装もある。
まあ、多少錆びてるけど。
だけど使えると思う。少なくとも暴発はしないと思う。そこまで劣化はしてない。
「Drリー、ここってまだBOSが管理してるの?」
「いえ。それはないと思うわ。浄化プロジェクトが凍結された時にここは放棄された。その際に銃火器は置き去りにされたのね。現に」
「現に?」
「現に装甲隔壁は向こう側から完全にシャットアウトされてる。ハッキングして開くしかないわ」
「ハッキングね」
装甲隔壁には液晶パネルがあり、そこに暗証番号を打ち込むわけだ。桁が多いな、12桁。
だけどPIPBOY3000があれば簡単。
もちろんどんに優れたハードがあっても使う者の腕がなければ無駄だけど。
私にはハッキング能力がある。
問題ない。
「私が開けるわ。……ブッチ」
「ん?」
「銃座に付いて防御体勢を」
「おう。任せとけっ!」
防御に適した室内。
追撃してくる敵が入って来れるのは、私達が入って来た入り口だけ。
うん。
機銃の掃射、そして同行してる面々が廃車の陰に隠れながらブッチの脇を固めてアサルトライフルを連射したら足止めできる。
相手の数がどれだけ多かろうが入り口を通れるのは、まあ、同時には3人が限度。
装甲隔壁を私が開けるまでの時間稼ぎは出来る。
「うっ!」
「ん?」
ドサ。
突然誰かが呻き、その場に倒れる音がした。
振り返る。
確か荷物運びの人。
口から泡を吐き、痙攣しだした。
Drリーが慌てて駆け寄る。
「Drリー。彼はどうしたの?」
「ガルザは心臓病なの。発作が起きたわ。しばらく動かせない。無理に動かすと死ぬわ」
「介抱してあげて」
防御には人が足りてるし隔壁を開けるのは私が担当する。病人をわざわざ動員する気はないし特に必要ない。この部屋の防御の特性上、残ってる
人数でもしばらくは保つだろう。私はPIPBOY3000を起動。ハッキングの体勢に入る。
「おい。誰か来るぞ」
機銃を構えながらブッチは呟いた。
全員が緊張しながら銃口を入り口に向ける。
ひた。ひた。ひた。
私もそっちを見る。
インフェルトレイターを身構えながら、そちらを見る。
大勢ではないのは確かだ。
まだ見えない。
だけど足音は近付いてくる。
ひたひたと。
そして……。
「た、助けてくれ」
現れたのは白衣姿のグールだった。
「待って」
私は一同を制する。
エンクレイブにグールがいるとは思わない。
……。
……いやまあカロンがいるか。
だけどカロンは特例だろう。
クリスティーナが拾った直属の部下。クリスティーナも……おそらくエンクレイブ。カロンとハークネスが元々エンクレイブとは考えにくい。カロンの過去は
そう知らないけどハークネスに関しては連邦からの脱走アンドロイドなわけだからエンクレイブ所属ではないはず。
つまり。
つまりクリスティーナがエンクレイブでありその流れでカロン達がエンクレイブ仕官になった、わけだ。
悲しいけどそういうことだろう。
まあクリスティーナの事は後で考えよう。
後で。
ともかく私が言いたいのはカロンはあくまで例外的な存在でありエンクレイブにグールはいない、と思う。
クリスティーナの言葉を借りるのであれば『次世代に連れて行けない』存在でありわざわざ組織内部に内包しないだろ、グールは。
だとしたらこのグールは誰だ?
@地下に住んでたグール
A意表を突いて実はエンクレイブの刺客
B反ヒューマン同盟の生き残りでロイ・フィリップスの仇討ちの為に現れた
さて、どれだ?
Bに関しては身に覚えはないんですけどね。
まあボルト101の前でロイ・フィリップスの手下のガロとかいう奴を倒したけど、ロイ・フィリップス自身の没落はボルトテック社の所為。連中に騙された仲間の
仇を討つ為に出張った挙句に組織諸共返り討ちになった。ついでに言うとトドメ刺したのはソノラだし。
恨まれる筋合いはまったくない。
逆恨み?
そうかもしれない。
もっともこのグールの本性がなんなのかは未知数。
まずは会話だろう。
「あなたは誰?」
「お、俺だ」
「だから誰?」
グールの知り合いは限定されている。
こんな奴知らない。
しゃがれた声でグールは続ける。
「お、俺だ」
「だから誰なの?」
ハッキングは当然中断してる。銃を構えながらでは無理だからね。
エンクレイブは当然追撃してくるだろう。まさかわざわざ逃がしてくれるとは思わない。追ってくるだろう、確実に。
悠長なことをしてる時間はない。
押し問答は無用。
「名前を名乗って」
「俺だよ。もっともこんな姿だから分からないか。……ほら、見てくれ、この白衣を。名札も付いてる。俺だよ、ジェームスだ」
「……えっ?」
「放射能でグール化したんだ。だが、こうして生きてる。頼む、助けてくれ、ミスティ」
「断る」
ばぁん。
流れる動作で私は44マグナムを左手でホルスターから引き抜き躊躇わずトリガーを引いた。
弾丸はグールの胸元に直撃。
吹っ飛ぶように後ろに引っくり返った。
Drリーは叫ぶ。
「何するの、ティリアスっ!」
「Drリーは黙ってて。さあ、生きてるなら立ちなさい。御託は聞く気はない。とっととケリつけるわよ。私はイライラしてるの。とっととこい」
そして……。