私は天使なんかじゃない







完全勝利宣言






  誰も彼らに勝てるはずがなかった。
  準備を整えた彼らに無防備な我々が勝てる道理などどこにもない。

  そしてキャピタル・ウェイストランドは彼らの手に落ちた。
  決して彼らには逆らえない。
  決して。






  ジェファーソン記念館。
  浄化プロジェクトの要となる装置が置かれている施設。その内部。
  「お目覚めですか、大佐」
  「くっ」
  ゆっくりと。
  ゆっくりと仕官用コートを羽織った人物が目を開き、身を起こす。
  その者の名はオータム大佐。
  今回ジェファーソン記念館襲撃の陣頭指揮を取ったエンクレイブの上級仕官。その権勢は他の追随を許さないほどに高く、つい最近最大の政的だった
  シュナイダー将軍が不運な転落死をした為に彼に並ぶ者も上に居座る者もいなくなった。
  浄化プロジェクトの強奪でエンクレイブに置ける地位は絶対的なものになるはず……だった。しかし彼は失敗した。
  そう。
  失敗したのだ。
  「大佐」
  「……」
  「オータム大佐」
  「……聞こえている。くそ。まるで二日酔いのような頭の痛さだ」
  「それだけで済んだのは幸いです」
  確かに。
  確かに高濃度の放射能の中にいたのにその程度で済んだのは幸いだ。
  ただし普通は死んでいる。
  何故生きているのか?
  それは致命的な放射能を浴びる前にRAD-Xの強化版を自身で投与した結果、放射能に対しての防衛力を高めた。だからこそ生きている。
  そう。
  彼だけはあの中で生き延びた。
  他の者は生きていない。
  エンクレイブアーマーを纏ったエリート兵士もジェームスも生きてはいない。
  「どのような展開になった?」
  「報告します大佐」
  初めて大佐はその男を見る。
  その男が副官のシムズでない事に気付いたが別に名前を聞こうとはしなかった。誰であろうと自分より下位なのだから気にも留めない。
  銀の長髪を後ろで束ねた眼鏡の青年。
  知らない顔だと大佐は思った。
  もちろん部下全員の顔を諳んじているほど、オータム大佐は部下の顔を知らないが。
  「赤毛の冒険者は科学者達とともに逃亡しました」
  「そこはどうでもいい。システムはどんな具合だ」
  「防護チームが放射能を除去し科学者達にシステムを解析させたましたが……未完成です」
  「何だと?」
  「エデンの園創造キットをご存知ですか?」
  「G.E.C.Kか」
  「はい。科学者達が言うにはそれが必要なのだと。ただしキャピタル・ウェイストランドのボルトにそれがあるのはボルト67だけです」
  「厄介だな」
  舌打ち。
  ボルト67はスーパーミュータントの巣窟。G.E.C.Kの掌握とスーパーミュータントの殲滅もエンクレイブの作戦の範疇にあり、既に行動を開始しているものの
  任務の優先順位的には低い。しかしシステムを完全にする為に必要となると順位を上にあげる必要がある。
  「もう1つ厄介な話があります。システムにはパスワードが設定されています。四桁のアクセスコードが必要です。一回間違えただけでシステムが凍結
  され二度と起動できません。例えG.E.C.Kを組み込み、浄化が可能な段階になったとしてもアクセスコードがなければ使えません」
  「……」
  「浄化プロジェクトチームの科学者の女性がこちらに転びましたがアクセスコードは知らないそうです。娘なら知っているかもと言っていました」
  「娘?」
  「赤毛の冒険者です」
  「……っ!」
  くわっと目を見開いて報告する士官を睨みつけるオータム大佐。
  だが銀髪の青年は冷静にその視線を受け流す。
  「自分の独断ですがガルライン中佐に第8歩兵連隊300名で追撃を依頼しました」
  「……」
  オータムは黙る。
  その時初めて青年の顔を見た。20代後半の青年、顔には怜悧さが湛えられている。まるで氷のような青年。
  「お前の名と階級は?」
  「サーヴィス少尉です、大佐」
  「今後は私の副官として尽くしたまえ、サーヴィス少佐」
  「光栄です。……ああ、大佐」
  「何だ?」
  「あれはどうしますか?」
  そう言って昇格したサーヴィ少佐は床を指差した。
  白衣姿の人物が横たわっている。
  息はしていない。
  その横たわる者はグール。
  「浄化プロジェクトの研究主任の成れの果てです。放射能でグール化したようです。息はありませんが」
  「後で焼いておけ」
  「了解しました」
  「それよりも私の専用ベルチバードから例の試作品を持ってくるように通達しろ。我々も追撃するぞ」
  「了解しました。エデン大統領への報告はいかがしますか?」
  「……そうだったな。無線機を」
  「どうぞ」
  周到と言うのか用意が良いと言うのか。サーヴィス少佐はオータムの命令を常に先に行っている。
  差し出された無線機を受け取り、エデン大統領に報告する。
  「エデン大統領、私はオータム大佐です。ジェファーソン記念館の制圧を完了。浄化プロジェクトを私の管理下におきました」






  エバーグリーン・ミルズ。
  そこはレイダーの組織の連合体が本拠地にしている。連合体の名称はないものの人はそれをレイダー連合と呼ぶ。
  最近では奴隷売買にも手を出し、パラダイスフォールズの奴隷商人と確執が生まれている。
  動員力。
  資金力。
  そして銃の数もレイダー連合の方が上であり奴隷商人を凌駕している。
  だがそれは数分前の話。
  エバーグリーン・ミルズ上空を飛び交う無数の影により容赦なく粉砕された。
  建物は破壊され、地面は大きく抉れている。
  レイダー達は地に屈して息絶え、生きている者も成す術がなく上空を見上げている。
  上空を飛び交う無数の影。
  それはエンクレイブの空挺戦力のベルチバード。
  その一機の内部。
  「准尉、レイブンロックの無線チャンネルを開け」
  「了解しました。……どうぞ」
  「大統領、自分は第3空挺師団のチャーチル中佐であります。エバーグリーン・ミルズの爆撃に成功。これより地上部隊を投下して殲滅戦に移行します」






  パラダイスフォールズ。
  そこには悪名高き奴隷商人の巣窟。
  ただしここ最近は落ち目。
  赤毛の冒険者にボスであるユーロジー・ジョーンズの1人息子カイルが殺されたのが発端かのように没落が続いている。
  特に奴隷の大脱走が痛かった。
  脱走そのものも痛かったが追撃の為に派遣した大部隊が赤毛の冒険者の介入により全滅。
  建て直しの為に激動の街ピットを手中に収めるべく行動するものの小細工を施してまで利用しようとした赤毛の冒険者に最終的に噛み付かれて敗北。
  さらに最近はドゥコフの武器組織から購入した武器を赤毛の冒険者(最近行動している偽者)に奪われ組織の求心力は著しく低下している。
  赤毛。
  赤毛。
  赤毛。
  ユーロジーにとって赤毛は宿敵というよりは天敵となっている。
  そんな彼に追い討ちを掛けるべく行動を開始した者達が現れる。どうやら今年はユーロジーの厄年らしい。
  奴隷売買で得た収益で贅沢品に囲まれた館に押し入った者達。
  それは……。
  「ユーロジー・ジョーンズだな?」
  「だ、誰だお前らはっ!」
  「エンクレイブ」
  「エンクレイブだと? ラジオ局が何の用だっ! 受信料なら払わんぞっ!」
  「面白い冗談だ」
  エンクレイブの仕官は初老の黒人。その背後には完全武装の兵士達が居並んでいる。ユーロジーは女2人と寝ていた為に無防備。しかし兵士達の乱入と
  同時に手下達がボスを囲む形で防御しているものの分が悪いだろう。装備も士気も到底及ばない。そして人数も。
  士官は口を開く。
  「ボルト67を我々は探している」
  「ボルト67?」
  「そうだ。リトル・ランプライトと呼ばれる場所のさらに地下にある。我々はリトル・ランプライトの場所を知りたい。我々の為に働いてもらおう。お前達はその
  場所を知っているようだ、そしてそこを襲撃して我々が入り込めるようにしたまえ」
  「俺がそんなお願いを受けると思ってんのかっ!」
  「お願い? どうも思い違いをしているようだな。我々は命令しているのだよ」
  「くっ!」
  睨み返すものの戦力的にどうにもならない。
  うなだれるボスをベッドの中からクローバーは覗き見る。そして冷笑を浮かべた。
  「大した男じゃないわ」
  小さく呟く。
  心底軽蔑している視線だった。そんな視線も呟きもユーロジーは気付く余裕がない。彼はエンクレイブの前に縦に頭を振るしかなかった。
  にこりともせず仕官は無線機で報告する。
  「大統領閣下。強襲部隊を率いるソルジュ大尉であります。パラダイスフォールズの制圧を完了しました」






  キャピタル・ウェイストランド東部、上空。
  ベルチバードの編隊が飛行している。
  その編隊の真下では阿鼻叫喚が具現化されていた。血と死を撒き散らす饗宴が行われていた。
  編隊のリーダー機からレイブンロックに報告の無線が飛ぶ。
  「エデン大統領、こちらは第2空挺師団です。デスクローの投下完了。実験は成功です。スーパーミュータントの軍団を壊滅させました。これより帰還します」
  




  ドゥコフ邸。内部。
  ドゥコフとはキャピタル・ウェイストランドにおける最大の武器商人であり、その組織のボス。
  誰も彼には手を出さない。
  レイダー連合もタロン社も奴隷商人も手を出さない。
  危害を加えようものなら彼がどこからか調達してくるロシア製の高性能銃火器の供給が絶えてしまうからだ。
  ただしそれは彼らには通用しなかった。
  彼ら、それはエンクレイブ。
  わずか一個小隊の攻撃で組織は壊滅し、屋敷は制圧された。
  寝室に横たわる全裸のドゥコフ。
  死んではいない。
  彼は無傷で生きている。もっとも横に寝ている全裸の女は死んでいるが。
  エンクレイブアーマーに身を包んだ兵士がプラズマライフルを彼に向けるとドゥコフは早口で捲くし立てる。
  「待て待て待て何が欲しい武器か金か女か何でもあるぞ俺が何でも用意してやるだから待ってくれ何でもやるぞ欲しいものは何なんだ言ってくれっ!」
  「下衆の命が欲しいのよ」
  緑色の閃光が銃口から発せられ、それがドゥコフに直撃。
  数秒で彼は融解した。
  兵士の1人が部屋に駆け込み、敬礼。組織の壊滅を告げるとエンクレイブアーマーの兵士は軽く頷き、その旨を無線機で報告する。
  「リナリィ中尉です。武器組織の排除に成功。当地の不可解な武器ルートの根絶に成功しました」






  キャピタル・ウェイストランドの要所要所の街道に陣地を着々と構築する者達がいる。
  エンクレイブだ。
  街道は全て押さえられた。
  ベルチバードの航空支援により迅速に封鎖が完了していく。
  封鎖部隊からの無線報告。
  「レイブンロック司令部、聞こえますか。自分はルチル少佐です。全ての封鎖部隊が陣地を形成、街道の物流経路を完全に遮断しました」






  ベルチバードの編隊は行く。
  だがこの編隊が目標とする標的は見つからなかった。
  「報告します。デイブ共和国という国は……上空からは見当たりません。建物が数軒ある集落です。誤報のようなのでこれより帰投します」






  累々と横たわるパワーアーマーの残骸を纏った面々。
  OCの兵士達だ。
  太刀打ちがまるで出来なかった。
  当時の最先端技術と思っていたパワーアーマーがまるで役に立たなかった。
  彼らは知った、パワーアーマーの質の差に。
  エンクレイブが保持している黒いパワーアーマー<エンクレイブアーマー>の装甲の厚さと標準装備の<プラズマ兵器>の前にあっさりと敗北した。
  大敗を喫したOCは砦に立て籠もる。
  そんなOCの敗北の様を望遠鏡で眺めていた口髭を生やした軍服姿の男は満足そうに口髭を撫ぜた。
  「准将、無線機です」
  「うむ」
  受け取る。
  「エデン閣下、朗報です。OCを砦まで押し返しました。連中の干渉を完全に断ち、かつ我々の戦力を示しました。これで逆らおうという馬鹿はいなくなるでしょう」






  高い塀に囲まれ、高い防御力を誇るテンペニータワー。
  上流階級しか住めない場所。
  VIP達の生活を護る為に高い防御力を誇る施設という特性をさらに活かすべく私設軍隊が存在していた。しかし外敵が地上から来るとは限らない。
  わずか数分だった。
  そう。
  たった数分でテンペニータワーは完全に落ちた。
  ベルチバードによる上空からの攻撃、降下作戦の前にあっさりと制圧されてしまった。
  テンペニータワーの屋上で1人の老人がエンクレイブの兵士2人に取り押さえられていた。それを冷ややかな目で見下ろす軍服姿の初老仕官。
  レイブンロック最年長の仕官で、口喧しい名物仕官。
  階級は少佐。
  支配者テンペニーのわめきを黙って聞き流している。
  「ワ、ワシにこんな事をしていいと思ってるのかっ!」
  「……」
  「こ、後悔するぞ絶対後悔するぞむしろ後悔しろっ!」
  「……」
  「Mrバーグと懇意なんだぞ、そうさ、ワシはタロン社に出資している。それも筆頭だっ! ワシに手を出せば連中が黙ってないぞっ!」
  「やかましいわボケが。お前さんの評判は聞いているよ、悪党が。悪党なら悪党らしく最後はきっちりと飾りるんだな。捨てろ」
  分かりましたと兵士2人は頷いてテンペニーを屋上から捨てた。
  悲鳴が響き渡る。
  それがテンペニータワーの最後を住民に知らせるアナウンス代わりとなった。
  「報告する、無線を」
  「はい、少佐」
  「エデン大統領。クィンシィ少佐であります。テンペニータワーの制圧を完了。前線基地としての機能を果たすべくこれより準備します」






  リベットシティ。
  キャピタル・ウェイストランドの中でもトップクラスの文明を誇っている。
  水上に浮かぶ巨大な空母の中にある都市。
  水上にあるが故にレイダーなどの無法者も手を出す事ができない。そうやって自治を保ち、独立を保ち、勢力を保ってきた。
  直接的な戦力として豊富な銃火器とアーマーが支給されたセキュリティ部隊があり、その部隊及び都市運営は議会制によって成り立っている。
  ある意味で一番民主的な都市と言えるだろう。
  ……。
  ……いや。正確には民主的な都市<だった>という過去形になる。
  襲撃された。
  エンクレイブに。
  オータム大佐指揮下の精鋭の特別戦略部隊に襲撃された。陸とリベットシティを繋ぐ艦橋さえ越えれば実のところさほど鉄壁の防御力ではなくなる。
  艦内戦もそう長くは続かなかった。
  わずか数分で交戦は終息に向かう。
  もっともリベット側の物理的な壊滅ではなく……。
  「レイブンロックに報告します。リベットシティ評議会が身柄の保護を条件に降伏しました。繰り返します、リベットシティはエンクレイブに降伏しましたっ!」






  ジャンクヤード。
  キャピタル・ウェイストランドの裏社会の者達にとってここは中立地帯として認識されている。ここはドゥコフの武器商人が取り引きに使う場所。
  故に交戦は許可されていない。
  取り引きが交戦により中断されれば今後の取り引きが円滑には行かなくなる。ウェイストランドで権力を保つ為には銃火器の定期的な供給が必要となる
  為ドゥコフには手が出せないし中立地帯での交戦もしない。が万が一ということもあるので基本的にジャンクヤードには誰も近付かない。
  近付かなければ戦闘もしないで済むからだ。
  文字通りの中立地帯。
  それを幸いとして最近住み付いた者達がいた。ウェイストランドの者達ではなかった。
  連邦からの来訪者達。
  その目的は最高の性能を誇るアンドロイド(ハークネスのこと)の回収とボルトテック社の遺産の収集。特にバイオ系の技術を欲していた。
  何しろ連邦本国ではアンドロイドの権利を守るべきだと主張するレールロードという組織が台頭、その思想が連邦領内に浸透してしまいアンドロイド技術が
  次第に悪と見られるようになった。連邦議会はそれ故にアンドロイド技術に代わる物を欲していた。
  ダニエル・リトルホーンが送り込まれたのもその為だった。
  だがその任務は唐突に終わった。
  連邦がウェイストランドの拠点として使っている廃屋に突然乱入してきた者達がいた。
  エンクレイブだ。
  ダニエル・リトルホーンは椅子に座ったまま自分に銃を突きつけるエンクレイブの兵士達を静かに見据える。
  「撃つのかね?」
  「いえ。連邦評議会は我々エンクレイブの降伏勧告を受理しました。連邦はエデン大統領の管理下に置かれました。ダニエル・リトルホーン博士はこのまま
  お帰りになって頂いて結構です。自分は上官からベルチバードでお送りせよと命令を受けています」
  「……そうか」
  ダニエル・リトルホーンは静かに頷いた。
  表面は冷静。
  だが心の中では憤怒が暴れていた。エンクレイブではなく連邦評議会に対してだった。一度傘下に置かれれば技術を貪欲なまでにエンクレイブは吸収する
  だろう。そうすれば連邦の強みはなくなってしまう。何の為に今までの苦労があったのか。
  何より何の成果も出せずに帰還というのが心苦しかった。
  「こんな形で退場とはな」





  「反逆だぞこれはっ!」
  「そうでしょうな」
  バニスター砦。司令部。
  タロン社の本部。
  司令部にいる面々はエンクレイブとタロン社。それぞれの陣営が銃口を向け合っている。ただしおかしな光景でもある。
  中にはタロン社同士で銃を向け合う者もいた。
  エンクレイブは強襲して砦内部に入り込んだのではなく、正確には手引きする者がいて入り込めた。
  タロン社を指揮するジャブスコ指令は<手引きした者>を睨み付けた。
  その者はエンクレイブ仕官の隣に立っている。
  その男の詳しい素性はジャブスコも諳んじてはいなかったものの、その野心的な行動力は知っていた。
  何しろ短期間の間に中佐にまで上り詰めたホープだった男だ。
  中佐にまで上り詰め、現在は曹長にまで降格されているもののタロン社のスポンサーの1人でもあるダニエル・リトルホーンの後ろ盾を持つ男。
  名をカールと言った。
  カールは自分に賛同する者達を率いてバニスター砦のセキュリティシステムを破壊、エンクレイブを引き入れた。
  その結果砦の主要部分は制圧され、たまたま視察に来ていた最大のスポンサーのMrバーグを射殺した。
  そして今司令部にまで来ている。
  砦の主要部は完全に落ち、事実上バニスター砦の指揮権はジャブスコ指令の手にあるようで、ない。
  「カール、どういうつもりだっ!」
  「見ての通り反乱ですよ。言うまでもないでしょうが砦の主要部は我々が制圧しました」
  「エンクレイブに転んだのかっ!」
  「待遇が良ければそれでいいんですよ、悪いですがね。曹長にまで転落した俺だったがエンクレイブではカール大佐だっ! はっはぁーっ!」
  「裏切り者……っ!」
  「裏切りじゃあない。向上心さ。その為に踏み台にした、それだけだ。死ねジャブスコ」

  ばぁんっ!

  1発の銃声。
  そして何かが倒れる音。
  カールの撃った銃は指令の額を撃ち抜いていた。指令の側に付いていたタロン社のメンバー達は互いに顔を見合わせ、その顔に浮かんでいる感情が
  同じことを確認しあってから銃を捨てた。司令部は完全に落ちた。
  「おめでとうございます、閣下」
  エンクレイブ仕官がカールに敬礼する。
  その男、小太りの中尉で今回のバニスター砦制圧にあたりオータム大佐が付けた副官であり目付役。派遣された者の名はレム中尉。
  レム中尉は戦闘が得意でもなければ兵站に長けているわけでもないが上官の気質をいの一番に飲み込むのに長けていた。
  カール大佐の気質を素早く飲み込み管内アナウンスのマイクを手渡す。
  「演説したらいかがでしょうか? 勝利宣言をされては」
  レム中尉は見抜いていた。
  カール大佐の中にある強い虚栄心を。
  その感情を満足させる為に何が必要なのかを瞬時に見抜いた。カールはマイクを受け取って満足そうに笑う。
  そしてマイクに向って話す。
  「バニスター砦及び現在作戦行動中のタロン社全部隊に通達する。俺はカール大佐である。現在バニスター砦はこの俺カール大佐が掌握している。
  そしてここに宣言する、今後タロン社はエンクレイブの指揮下に入る。繰り返す、我々はエンクレイブの指揮下に入るっ!」






  抵抗は出来なかった。
  航空戦力の有無が戦力の決定的な差となった。結果として扉を開くしかなかった。
  メガトンの市長のルーカス・シムズは扉を開いて迎え入れた。
  エンクレイブを。
  丁度レギュレーターは<赤毛の冒険者の偽者>を始末する為にメガトンを離れていた。かといってこの場にレギュレーターがいたところでエンクレイブには
  勝てないだろう。どんなに銃を揃えても、どんなに戦闘経験があっても正規軍には勝てない。勝つのは難しい。犠牲者が増すだけ。
  そういう意味ではレギュレーターの不在は幸いだったのかもしれない。
  住民達は広場に集まっていた。
  エンクレイブの要請だった。住民に対して危害を加えないこと、こちら側から無理難題を言うつもりはないことを強調した。
  指揮官は赤毛の女性。
  ……。
  ……いや。女性というには少々若過ぎる。アジア系の女性で階級は大尉。
  名を藤華(とうか)。
  明確な言葉と単語を使って住民の不安を取り除こうと演説をしている。その背後には立ち並ぶ兵士達。住民達が黙って聞いているのは藤華の言葉に
  納得しているというよりも兵士の威力に黙しているという側面が強い。
  エンクレイブがメガトンに襲来した理由は核爆弾の撤去であって暴力ではないと藤華は強調した。
  「だから我々に協力を……」
  そこまで言って藤華の顔に恐慌が浮かぶ。
  明らかに動揺していた。
  士官用コートを纏った女性が藤華に近付いてくる。その仕官はからかうように微笑した。
  「どうした大尉?」
  「ク、クリスティーナ大佐に敬礼っ! 長期に及ぶ内偵任務、ご苦労様でしたっ!」

  バッ。

  兵士達は威儀を正して全員が敬礼した。
  呆気に取られたのはメガトンの住民も同じだった。つい最近まで同じ住民だったクリスティーナがエンクレイブの大佐だった、寝耳に水の話。
  クリスティーナは専用ベルチバードのメインパイロットのニムバス大尉を背後に従えている。
  「藤華」
  「は、はい」
  「状況はどうなっている?」
  「テンペニータワーをクィンシィ少佐が掌握しましたっ!」
  「そうか。さすがだな。テンペニータワーと彼の部隊は私が貰う約束になっている。私の指揮下にある部隊を全てタワーに集結させよ」
  「了解しました」
  「ニムバス大尉、当初の目的通り核爆弾をレイブンロックに送り届けよ。届け次第テンペニータワーに合流せよ」
  「了解です」
  「私は藤華のベルチバードでこれからタワーに向かう」
  整然とした動作で兵士達は歩き出すクリスティーナに付き従う。
  ふと思い出したかのようにクリスティーナは呟いた。
  「そうだ忘れていた」
  「どうされましたか、大佐」
  「藤華、二個小隊をジェファーソン記念館に派遣せよ。ミスティと仲間、科学者達の身柄は私が預かるという約束になっている。ハークネス達の迎えも必要だ」
  「……」
  「藤華」
  「……その、先程オータム大佐から報告がありました。赤毛の冒険者は逃走、研究主任の父親は死亡……とのことです」
  「……」
  「あの、大佐」
  「中尉達の迎えを向わせろ。私はテンペニータワーに入る。行くぞ」
  「り、了解です」






  キャピタル・ウェイストランドの空をベルチバードの編隊が行く。
  街道には兵士達。
  そしてアイポッドがエデン大統領の演説を撒き散らしながら無数に飛び交う。
  その演説の内容。


  『ハロー。愛しきアメリカよ』
  『私はジョン・ヘンリー・エデン大統領。対話の時間だ』

  『この地には悪が蔓延っていた』
  『それは疫病が蔓延するかのように日々広がり、日々蝕み、日々世界を壊して行った』
  『その疫病が生み出すもの』
  『暴力』
  『格差』
  『殺人』
  『それらは人々の良心を砕き、生活を壊し、世界をゆっくりとだが潰すには充分過ぎる疫病だった』

  『誰もが心を病んだことだろう』
  『我々エンクレイブもまた君たちと同じだ。準備が整わず救出が遅れ、その為に苦しい時代であった』
  『だがアメリカ国民よ。既に我々の姿を見たことだろう』
  『そう』
  『エンクレイブが帰って来たのだ』
  『キャピタル・ウェイストランドと不名誉な名で呼ばれるこの地がかつての名を取り戻すのもそう遠い話ではない』
  『我々エンクレイブは既に12の州を平定している』

  『現在我々エンクレイブはこの地の平定を急いでいる』
  『国民の為の治安の回復』
  『それが急務だ』
  『故に現在戒厳令を敷いている。集落に留まりエンクレイブの指示に従って欲しい。この地が正常に作用する為にエンクレイブの行動を支持して欲しい』
  『我々の規律に従って欲しい』
  『それが民主主義の回復に繋がるのだから』

  『奴隷商人』
  『レイダー』
  『タロン社』
  『スーパーミュータント』
  『これら害悪の一掃は第一段階を終えた』
  『エンクレイブの愛国主義者達の手によって掃討は完了しつつある。故にこの私、ジョン・ヘンリー・エデンはここに宣言する』
  『我々の完全勝利宣言をっ!』


  エンクレイブ、キャピタル・ウェイストランドを完全掌握完了。