私は天使なんかじゃない







野望が潰えし時






  過ぎたる野望は身を滅ぼす。

  滅ぼさない場合?
  その場合は直接手を加えるのもありだ。






  カンカンカンカン。
  私は階段を駆け上る。
  ソノラ率いる別働隊が原子炉区画に爆薬を仕掛けたらしくボルト32はもうすぐ吹っ飛ぶ。
  ただしいつ吹っ飛ぶかは不明。
  アナウンスではいつ爆発するかは告げられていなかった。
  しかしそれほど余裕はないだろう。
  解除している時間がないからこそ総員退避なわけだし。
  設置したソノラ達が悠々と退避する時間を考慮すると、おそらく爆発まで10〜20分かな。
  グリン・フィスにもアナウンスは聞こえてるはずだから勝手に撤退するだろ。
  ……。
  ……多分(汗)。
  突然敵対してきた<ボルト77のあいつ>の性格は知らないけど、あの人形男も爆死したくないはずだから戦闘を切り上げて撤退するはず。
  つまりグリン・フィスも退避できるってわけだ。
  銃撃を受けた部下達は既に退避させてあるし車庫にいるアカハナ達も撤退するだろう。
  まあ、特に問題はないか。
  私も急ごう。
  エレベーターに乗り損ねた私は階段を駆け上る。
  邪魔する敵はいない。
  そりゃそうだ。
  私を倒そうとしている間にボルト32が吹っ飛ぶ可能性はあるわけだから、いちいち相手をしてる暇はないだろう。
  もっとも、そもそも敵と遭遇してないし。
  車庫に到達。
  階段何段登った?
  うー。
  何気にしばらくは階段見たくないな、うん。
  「アカハナ」
  「お待ちしてました、ボス」
  1人で彼は私を待っていた。
  床には一面血だらけ。
  爆発で死んだと思われる中国兵の死体も散乱している。
  グロイ。
  CEROZ指定ですな。
  死体は出入り口でもあるシャッターに集中しているから、おそらくアカハナ達は鹵獲したグレネードで防御線でも張っていたのだろう、そして突入してきた中国兵の部隊を粉砕したのだと思う。
  シャッターが粉々で外の空気がそこから入ってくる。
  問題は大型トレーラーがないこと。
  ちっ。
  ウェスカーは大型トレーラーに乗って逃げたらしい。
  「いつ逃げた?」
  「五分前ですボス」
  「この床の血糊は……」
  「突然でした。突然後方から現れて攻撃してきたので……すいません、仲間が何名か……」
  「ちょっ、まさかっ!」
  「いえ。お考えのような事はありません。多少深手を負っただけです。スティムパックを投与して野営地に戻しました。地下に潜った2人も戻ってきています。ミスティチームの欠落は
  ありません。敵は敵で逃げるのが目的だったようで交戦せずに逃亡しました」
  「グリン・フィスは?」
  「外で警戒態勢をしております」
  「そう」
  ほっと一息。
  そんな私を見ながらアカハナは言う。
  「我々の命、使い捨てにして構いませんよ、ボス。我らピットレイダー一同は、その為にここまで従ってきたのですから」
  「はあ? 仲間でしょ、命はそんなに軽くない」
  「……」
  「ああ、レダップ的な感じで私に付きあってる? だったら違う、そうじゃない、仲間。おっけぇ?」
  「了解です、ボス」
  感傷に浸ってる場合はない。
  絆は大切だけど今はすべき事がある。
  ウェスカーめ逃がすものか。
  「どっちに行った?」
  「ママ・ドルスを南下しました」
  「状況は?」
  「中国兵が暴走を開始しました。あちこちで同士討ちをしているようです」
  「ふぅん」
  洗脳が完全ではなかったのか。
  「原子炉区画の……」
  「承知してます。あと10分で爆発します」
  「そう。分かったわ。行きましょう」
  「了解です」

  車庫を出る。
  外にはグリン・フィスがいる。
  腰にはジンウェイ将軍……いえ、スマイリーが使ってた剣。
  大型トレーラーは既に遠くに行っている。
  ママ・ドルスの南を爆走。
  射程距離外。
  ただし問題はないだろう。
  何故なら大型トレーラーは急旋回してこちらに戻ってきているからだ。トレーラー部分を大きく横滑りさせながら急旋回、こちらに戻り始める。
  中国兵に仕立て上げられた複製グールからの攻撃だった。
  妄想が暴走したのか。
  戦闘衝動により敵味方の区別が付かないのか。
  それはよく分からない。
  ただ生物を兵器として利用するという以上、どこかに無理が出る。
  それがこの結末だ。
  「……」
  私は大型トレーラーの進行方向上に立つ。
  両手には二挺の44マグナム。
  大型トレーラーは段々とこちらに近付いてくる。
  私を撥ね飛ばすつもりなのかどうかは分からないけど方向転換してこちらに向かってくる。南下から一転して北上してくる。
  「……」
  44マグナムを手の中で弄びながら私は大型トレーラーを見つめる。

  「ボスっ!」
  「主、危険です」

  アカハナとグリン・フィスが口々に諌めるものの私は退く気はないし動く気もない。
  ウェスカーはスマイリーをモルモットにした。
  名の知らないグール達もだ。
  ボルトテック社は<人間に戻す治療薬を無料配布>というでっちあげでグールたちを集めた。
  騙される方が悪い?
  論ずるまでもない。騙す方が悪いに決まってる。
  中国兵が暴走&自滅しているので手が空いたのだろうか。レギュレーターとOCのメンバーもこちらに向かってくる。しかし獲物を渡す気はない。
  あいつらは私が潰すっ!
  「……」
  大型トレーラーはすぐそこまで迫ってきている。
  運転席と助手席にセキュリティ隊員。
  ウェスカーではない。
  多分あいつは荷台の方だろう。
  まあいいさ。
  お楽しみは後に取っておくとしよう。まずは運転席と助手席の奴を倒すとしよう。
  フロントガラスには弾痕の跡が見える。
  防弾仕様。
  だけど同じ場所に、正確に銃撃を受けても耐えられるかしら?
  それに相手のスピードが早ければ早いほど銃弾の威力を倍化させるはず。
  「いっけぇーっ!」
  44マグナムを連打。
  12連発。
  半分の弾丸を叩き込んだ時点で防弾仕様のフロントガラスは砕け散る。そして残りの半分の弾丸が隊員2人に死の洗礼を与える。

  ききききききききききっ!

  運転する者を失い、車体は左右に揺れながらそのまま私のすぐ真横を通り過ぎる。
  ……。
  ……ちょっとびびった(汗)。
  チビってません。

  どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!

  車体はそのまま車庫に突撃。
  太い柱に直撃して停車した。しかし運転席の死体がアクセルを踏み続けているのか、タイヤは回転を続けておりタイヤのゴムが焦げる臭いがする。
  その時、銃撃の大型トレーラーの荷台部分を襲う。
  レギュレーター&OCの銃撃だ。
  「撃たないでっ!」
  私は叫ぶ。
  おそらく<撃つな>発言は予想外だったのだろう、案外素直に銃撃は止んだ。もちろん私の撃つなという真意を知る者はいないだろうけど。
  荷台の扉は閉まったまま。
  立て籠もるつもり?
  だとしたら馬鹿ですね。
  籠城とは助けが来る事を前提として行う戦略。こいつらに応援など来ない。それにいい場所に突っ込んでくれたわね。
  ここはもうすぐ吹っ飛ぶ。
  どっちにしても生き延びる為には扉を開けて出て来るしかない。
  それに。
  それにトレーラーに立て籠もる連中の末路はもう1つある。どうやら車体全体が防弾仕様のようだけど、荷台の扉の部分に大きな穴が三つ空いている。
  レギュレーターのメンバーの1人が持つ対戦車用ライフルが貫通させたのだ。
  その穴から中が見える。
  ふぅん。
  立て籠もってるのは……5名ほどか。
  ウェスカーの姿も見える。
  「ここまでのようね」
  「正義の味方のつもりか?」
  「さあ?」
  わざわざ返答をしてくれるあたりウェスカー図太い性格の模様。
  もっとも出てくる根性はなさそうだけど。
  「分かっているのか?」
  「何が?」
  「分かっているのか?」
  「もしかしたら、その残り僅かな命の先延ばし目的でのお話? だとしたら付き合うつもりはないわ」
  「そうじゃないさ。ただお前は理解しているか聞きたかっただけだ」
  「だから何を?」
  「お前はおそらくグール実験を怒っているのだろう。しかしこれが科学の本質なのだ。犠牲なくしてはなにも語れない。これが進歩なんだよ」
  「つまり」
  「つまり犠牲など大した事はない」

  ばぁん。

  44マグナムを私は1発撃つ。
  それは穴を通り抜け、そして直撃する。
  積み込まれていた放射性物質のドラム缶に。動揺はすぐに起こり、それは騒乱となり、内部は完全なる狂乱となる。
  私は扉に右足で蹴る。
  そのまま左足で踏ん張り、右足は扉の部分に。
  中からガンガンと扉を叩く音がするけど放射能に冒されて力が出ないのだろう、次第に弱くなる。
  「ウェスカー」
  「開けろ、開けろ、開けてくれーっ!」
  「犠牲など大した事はないわ」



  こうして。
  こうしてママ・ドルスの戦いは終わった。
  中国軍に仕立て上げられた複製グール達は壮絶な同士討ちの末に全滅。
  ママ・ドルスは地下部分であるボルト32の原子炉区画の爆発により陥没、地下に沈んだ。ボルト32の場所が地下深くだった為に地表にはさほど
  影響はなかった。ママ・ドルス周辺がクレーターとなったものの、アーリントン墓地にまでは被害は届かなかった。
  ウェスカー?
  あのまま大型トレーラーごと地下に沈んで行った。
  放射能に耐えれていれば生きてるんじゃない?
  ともかく今回の動乱でボルトテック社は壊滅した。連中がボルトテック社の総意なのか、それともただの生き残りの一部で別の地にボルトテックの
  系譜を継ぐ者達がいるのか、ただのデタラメなのか。私にはどれなのかは分からないけどここにいるのは全員死んだ。
  ……。
  ……まあ、航空機で逃げたのもいるけど。
  あれは追いようがなかった。
  もっとも私は見てない。私が階段を駆け上がってる最中に飛んで逃げたらしい。
  今回の一件でボルトテックの壊滅、タロン社の大打撃、そして実験台にされているグール救出の為に出張ってきた反ヒューマン同盟の全滅。
  色々な組織が消えた。
  だけど完全なる解決ではない。スーパーミュータント・オーバーロードは姿をくらましたらしい。爆発で死んだ?
  うーん。
  私の人生的にそういう簡単な結末はない気がします(笑)。
  ボルト77の男も気になる。
  そしてエンクレイブの台頭が始まる、いや、それは……考えすぎ?
  考えすぎだと思いたい。
  考えすぎだと……。













  キャピタル・ウェイストランド上空。
  その機体は南東に向って飛行していた。機体の正式名称はベルチバード。
  搭乗数は6名。
  パイロット、副パイロットがそれぞれ1名ずつ。
  シュナイダー将軍と女性仕官、そして女性仕官の部下2名。計6名。
  ママ・ドルスを脱出して既に一時間。
  襲撃してきたレギュレーター&OCの混成部隊は追撃する術がない。結果としてベルチバードを見逃すしかなかった。
  正確には航空手段を保有している組織はキャピタル・ウェイストランドでは<彼ら>以外は皆無。
  <彼ら>以外の人類は空を舞う翼を失っている。
  もちろん例外もある。
  悪名高きパラダイスフォールズの奴隷商人達はジェットヘリを一機保有している。しかしそれは航空戦力と呼ぶにはお粗末だし数もない。
  ベルチバード内では老将軍が饒舌に喋っていた。
  「複製グールを量産して中国兵に仕立てあげて各地に解き放つ。中国軍今だ健在となれば原住民どもは我々を敬愛し従属するだろう」
  「……」
  「オータムのやり方よりもよっぽど分かり易い。これで原住民どもは我らに従う。簡単にな」
  「……」
  「お前もどちらに付けば得策かを考えておいた方がよいぞ。この中国兵プロジェクトはエンクレイブにとって偉大なる偉業となるのだからな。そして」
  「……」
  「そして全てが成された時、この私が次の大統領となるのだからな」
  「ほう?」
  女性士官が始めて口を開く。
  すぅぅぅぅぅっと瞳を細めて老将軍を見据えるものの興奮している老将軍はそれに気付かない。
  「あなたが次の大統領?」
  「リチャードソン大統領の突然の死により我々はエデンを大統領に据えた。しかし奴に正統さなどない。ここで私が成果を出せばエンクレイブはこの地を
  制圧するだろう。そしてその成果によって私の大統領就任を否定できる者などいなくなる。オータムも口は出せまい」
  「なるほど」
  「お前も私に付いた方が得だぞ?」
  「反逆罪ね」
  「何?」
  「反逆罪としてお前を殺す」
  「……何の冗談だ?」
  「そもそも今回の計画はエデン大統領に却下されたはず。いくら次世代に連れて行けないとはいえグールをモルモットに見るという行為はアメリカ的ではない。故に私が研究データを
  預かった。にも拘らずバックアップで将軍は非道な実験を繰り返した。生かしておく道理などない」
  「な、何だと?」
  「エンクレイブにお前は要らない」
  座ったまま銃を突きつける女性仕官。
  さすがに老将軍は慌てる。
  「き、貴様、気は確かかっ! エデンは仮初の大統領ではあるが公平な存在だ。勝手に貴様の上官の私を殺せばエデンは黙ってないぞっ!」
  「シュナイダー将軍。そちらこそ気は確かですか? 私とジョンの関係は分かっておられるはず」
  「ま、まさか貴様が簒奪……っ!」
  「正統さで言えば妥当ではないですか?」
  含み笑い。
  女性仕官の部下2人も武器を老将軍に突きつけた。コックピットに女性仕官は言う。
  「ニムバス大尉、後部ハッチ開放」
  「何をするつもりですか?」
  「不要な荷物を捨てる」
  「ああ。なるほど。了解しました、開放します。……ラスティ少尉、開放したことにより気密性が保たれていない。高度に注意」
  パイロット、副パイロットも老将軍の処分に異議を唱えていない。
  機内のメンツは全員敵。
  老将軍は蒼褪める。
  「ま、待てっ!」
  「エデン大統領の名の元に反逆罪として処理します」
  「待ってくれっ!」
  「組織の為にならない者はいらない。准尉、曹長、捨ててしまえ」
  『御意のままに』