私は天使なんかじゃない
VSボルト77のあいつ
どんな事にも代償は付きもの。
得るものが大きければ大きいほど、それに比例して代償も大きくなる。
人が人を超える代償はどれだけのものになるだろう?
※今回の視点はグリン・フィスです。
「楽しみ楽しみ。バラバラにしてあげるよ。ユージンもそれが望みだろ?」
「その通りだよボーイ」
奇妙な敵と相対する。
右手には警棒と呼ばれる物がある。
それはいい。
それは理解出来る。
ただ問題は左手に装着しているマペット、人形だ。男は気が触れているのだろうか、その人形としきりに話している。
腹話術の類なのだろう、おそらくは。
……。
……しかし何の意味がある?
自分は元々はサマーセット島出身、人生の大半はシロディールで過ごした。つまり、ここキャピタル・ウェイストランドとかいう場所は異邦の地。
この地の風習や習慣はよく分からない。
だが戦いの場で腹話術で遊ぶという行為は異邦の地とはいえ、おそらくは非常識な事だと思う。
だとするとこいつは気が触れているのか。
まあ、精神状況はどうでもいい。
問題はこいつの強さ。
相手の隙を突いたとはいえ3人の武装し、訓練された男を瞬時に叩きのめすほどの腕前だ。
舐めて掛かれる相手ではない。
チャ。
シシケハブを構え直して距離を保つ。
既にガソリンタンクと切り離しているので一振りの剣に過ぎない。
炎も出ない。
もっとも炎が出ないのであればこれは剣ではない。
ナマクラ。
剣撃という表現ではなく打撃になる。相手の骨を砕くには丁度良いかもしれないが切れ味などない。
野菜すら切れないだろう。
そもそもシシケハブという武器の最大の利点は高温の炎で相手を焼き斬ることだった。それを失った今、打撃武器に過ぎない。
そしてそれは本来の攻撃力が半減している事を意味している。
「……」
無言のまま相手を見据える。
主は既に奥に向かった。ウェスカーかいう卑劣漢を追って奥に進んだ。
この人形男は主に用があるらしい。
断じて追わせるわけにはいかないし今後の人生にも関わらせるべきではない。
つまり処方箋はただ一つだけ。
「排除する」
床を蹴って相手に迫る。
唸りを上げてシシケハブが相手を襲う。
「へぇっ!」
「こいつ結構良い太刀筋だよ、ボーイ」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
一合、二合、三合。
自分は敵と切り結ぶ。しかし敵もなかなかの腕前だ、警棒で全てを受け流される。
ならば。
「しゃあっ!」
短く気合の声を発して自分は一度退いた剣を、掬い上げるようにして相手を切り上げる。
ブン。
顎を砕くと確信した一撃。
相手は後ろに倒れるようにして回避、そのまま宙返りした。
自分の渾身の一撃は空を斬ったに過ぎない。
隙が出来た自分に対して相手は肉薄してくる。警棒の一撃が襲ってくる。
ぞくっ!
一瞬、背筋に寒気が走る。
受け切れない。
そう判断し、防御の構えを解除して逆に相手に突っ込む。今度は相手が面を食らった顔をした。体当たりする事で相手の攻撃の間合を潰した。
相手は警棒を振り上げたまま自分の体当たりを受け、そして2人ともそのまま倒れる。
「君、懐くなよっ!」
「くっ!」
ガッ。
相手を押し倒す形で倒れた自分に対して相手はけりを叩き込んでくる。
コンバットアーマーを着込んでいるので痛みはない。しかし相手の脚力はなかなかのものだった、そのまま弧を描いて吹き飛ばされる。
空中で何とか受身の態勢を取って地面に落ちる。
立ち上がった瞬間には相手は再び自分に対して襲い掛かってきていた。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
辛うじて受けるものの内心では焦りが生じている事を自分は認めている。
何なんだ、こいつは?
攻撃方法がまるで読めない。
殺意も敵意も感じるが相手の動きはまったく読めない、攻撃の意思がないのだ。遊びの気分で戦っているというのか?
「ほらほらーっ!」
「くっ!」
ズザザザザザザ。
何とかシシケハブで受け止めるものの踏ん張れず、そのまま床を滑る。
構え直す。
だが相手は大きく伸びをして動きを止めた。
読めない。
こいつの行動がまるで読めない。
強いのは認めるが、フィッツガルド・エメラルダの強さとはまったく別物だ。
彼女は人間であったがこの金髪男からは人間臭さが感じられない。
幽鬼。
そう、その表現が正しいだろう。
まるで実体のない幽鬼と戦っているようなものだ。
主がここにいなくて良かったと思った。
自分の不甲斐なさを見られるのが嫌というわけではなく、この男は今まで相対してきた連中とは意味がまるで違う。別格だ。主でも苦戦するだろう。
苦戦は敗北にリンクし、そして死に繋がる可能性がある。
こいつはここで殺さなければならない。
主に会わせるわけにはいかない。
ここで殺す。
「君、なかなか強いね。能力者でもないのに僕と張り合えるんだから対したものだよ」
「能力者?」
「赤毛の子と同じだよ。僕達は選ばれた者同士なんだ」
「どういう意味だ?」
「FEVが能力を与えてくれる。強制進化ウイルスさ。知らないのかい? もちろん誰だってこうなるわけじゃない」
「つまり?」
「つまり、僕らは人を超えた人なんだよ」
「何故主を追う?」
「能力者同士はウイルスが反発し合って能力が相殺される。つまり感染者同士では能力が振るえない。この意味が分かるかい? 僕達はお互いに殺し合う能力を相殺し合う関係。
お互いに無力な人となる。素晴しいじゃないか、僕達は弱い自分達をさらけ出せる関係になれるんだよっ!」
「そこの化け物と友達になればいいだろう」
ガラス筒の中に眠るスーパーミュータントとかいうのを指差す。
「ああ。そいつか。確かにそいつも感染濃度が高そうだから、まあ、能力を殺し合う立場だろうね。だけどそいつは出来損ないだよ。僕や赤毛の女の子は人の身で受け入れた。そいつはまた
別系統にいる。僕と彼女は運命的な関係なんだ。分かるだろぉ?」
「雑言」
ばぁん。
ばぁん。
ばぁん。
32口径ピストルを左手で連射。
だが相手はまったく無駄のない最小限の動きでそれらを回避した。
人形の方が言う。
「ボーイには赤毛ガールみたく時間をスローには出来ない。だけどこの程度の動体視力と身体能力は備えられてる。銃で殺すのは至難だよ」
「そのようだな」
そのまま自分は銃を相手に投げた。
そして駆ける。
投げた銃を回避するのは明白、その隙に斬る。
ガンっ!
瞬間、世界が暗転した。
不覚にも一瞬意味が分からなかった。
「こいつ馬鹿だねユージン。弾丸見えるんだからこんな目くらまし通じるわけないのに」
「確かに愚かだね」
額を押さえて立ち上がる。
血が流れていた。
相手は悠々と立ったまま。
殺す価値さえないということか?
確かに今のは自分の粗忽が招いた結末だ。浅はかだった。自分の足元には32口径ピストルが転がっている。奴が警棒で弾き返して自分の額に直撃したのだ。
間抜けか?
……。
……間抜けだな。
孤児だった自分を伝えし者アークエンが拾い、徹底的に暗殺術を学ばせた。
闇の一党ダークブラザーフッドの最高の教育もフィッツガルド・エメラルダの前には及ばなかった。しかしそれも分かる気がする。あの女は最高の標的だった。
文句なしでな。
ただしこのイカレた人形男はそうではない。
こいつに負けるのであれば自分の半生を否定された気になる。自分にも誇りはある。
負けてたまるか。
「僕の能力は<Bloody Mess>。攻撃を与えた相手をバラバラにするのさ。文字通りバラバラの肉塊にね。君もそうしてやるよ」
「ふっ」
失笑。
相手は不意に表情を変えた。
どうやらこいつにも誇りはあるようだ。だがそれを尊重する気はない。
「何がおかしいのさ?」
「光栄だと思っただけだ」
「えっ?」
「能力を使わなければ自分には勝てないのだろう? 光栄だと思っただけだよ」
「殺すぞお前」
「だろうな」
「殺すぅっ!」
怒りに駆られて相手は飛び掛ってきた。
余裕?
今のこいつに余裕などない。
ただただ怒りに任せて殺したい、それだけだ。
そこが狙い目となる。
ウェスカーもそうだが喋りすぎている、こいつも喋りすぎだ。自分はシシケハブを構え、そして投げた。相手に対しててだはない。いかに怒りに我を忘れているとはいえ銃弾すらかわす相手に
そんな小細工は通用しまい。どこに向って投げたか、それは……。
ガンっ!
「起きろ、化け物」
シシケハブはガラス筒に突き刺さる。
そう。
スーパーミュータント・オーバーロードとかいう奴が入っていたガラス筒に。突き刺さると同時にその中の奴はくわっと目を見開いた。
ガンガンとガラス筒を内部から叩きだす化け物。
「僕を倒す為に組ってことかい?」
「こんな奴と意思疎通する気ないし出来ないだろう。バトルロワイヤルならやりやすいと思っただけだ。そういうお前はこいつと友達になれるのか?」
「ふん」
自分はスマイリーというグールが持っていた剣を拾った。
やはりこういう武器の方がしっくり来る。
その時……。
「ボルト32内の全スタッフに告ぐっ! 原子炉区画に爆発物が仕掛けられたっ! 総員退避っ! 総員退避っ!」
アナウンスが響く。
ちっ、と金髪の男は舌打ちをした。
「今日はここまでにしよう、邪魔が入ったからね。そっちの彼も退いたようだし」
「そのようだな」
そっちの彼。
それはスーパーミュータント・オーバーロードを指す言葉。
目覚めた奴は戒めを振り払いのっしのっしとこのフロアを出ようとしていた。一応主とは別方向の進行方向だ。
どっちにしても追えない。
その余裕はない。
あの巨人を倒すには時間がなさそうだ。
アカハナたちと交戦しないことを願うばかりだ。
「君、名前は?」
「グリン・フィス。お前は?」
「ボルト77のあいつ、そう呼んで欲しいな。彼はボーイと呼んでる。……ああ、彼はユージン、僕の友人だよ」
「まだやり合うか?」
「爆発で吹っ飛ぶのは勘弁。今回は退くよ。じゃあね」
「そうか」
ゆっくりと警棒を戻して悠然とした足取りで立ち去るボルト77のあいつ。その足取りには<こいつは敵じゃない>という余裕がにじみ出ていた。
まともにやりあえば簡単に殺せるという意味合いでの余裕だ。
相手の背を見ながら呟く。
「二度と会いたくないものだ」
だがそれが叶わないのは分かってる。
殺すしかない。
主の為に。
グリン・フィスVSボルト77のあいつ。
勝敗は時間切れで引き分け。