私は天使なんかじゃない







企業崩壊





  冷酷な経営者は不必要な者を簡単に斬り捨てる。





  「今回の、エンクレイブの計画を」
  「エンクレイブ?」
  ボルトテック社のセキュリティ部隊を指揮する隊長ウェスカーはそう宣言した。
  こいつ何を言っている?
  エンクレイブは私も知ってる、ラジオ局だ。
  ジョン・ヘンリー・エデンとかいう自称<大統領>が送っているラジオ番組。耳障りの良い奇麗事のプロパガンダ放送をしてる局だ。
  それが何の関係があるわけ?
  こいつらはボルトテック社であってエンクレイブではない。
  そもそも存在するわけ?
  確かに。
  確かに一般的な通説である再放送ではないというのは私には理解できてる。いつかの放送では<OCは危険だ>と言っていた。
  西海岸からここにきたBOSの部隊から分派した連中がOCを名乗ったのはごく最近。さらにスーパーミュータントがDCを占領した云々の発言。
  どれもそんなに古い話ではない。
  つまり?
  つまりここ最近の内容の放送って訳だ。
  少なくとも昔の再放送ってことではなさそうだ。
  まあ、そこはいい。
  「どういう意味?」
  「エンクレイブとの関連か?」
  「ええ」
  ウェスカーは顎をしゃくると私達を取り囲むセキュリティ部隊が自動小銃を構えた。ただし引き金を引くような素振りはない。
  それはそうか。わざわざ何かを暴露しようとしてるわけだから。
  即射殺はないだろう。
  もちろん最終的には殺すのだろうけどね。
  なのにわざわざ話す意味。
  冥土の土産、かな。
  悪党は大抵これでミスる。
  余裕が仇となるのだ。
  かといって必ずしも正義の味方が勝つわけでもないのが人生です。
  さて。
  「グリン・フィス」
  「御意」
  私も彼も心得ている。
  武器を捨てた。
  ウェスカーが部下達に必要以上に銃口を向けさせたのは<武器を捨てろ>という意味ってわけね。
  銃火器を捨てるとウェスカーは笑った。
  「武装解除終了、だな」
  「そのようね」
  「お前がレッドレーサー工場で研究資料を盗んだお陰で色々と厄介だった。まあ、バックアップで研究は完了した。お前の旅もここで終わる。問題終了だ」
  「……」
  うーん。
  どうもそこに誤解がある。
  確かにレッドレーサー工場をレギュレーターの依頼で襲撃したけど資料には手を出していない。研究結果とも言えるフェラルとかは始末したし科学者も始末したけど誓って資料には手を出していない。
  クリスが<手を出す色々と厄介そう>と言ったし私もそう思った。
  だから手を出していない。
  その襲撃の後に誰かが工場に侵入して資料を奪った、と見るのが筋なんだろうけどこいつらはそういう発想してくれない。
  だけど誤解はどうでもいい。
  解くつもりはもうない。
  こいつらとは徹底的にやり合うつもり。生かしておくつもりなんてない。
  分かり合うなんて不必要だ。
  全部殺してやる。
  全部だ。
  「スマイリーに何をした?」
  「スマイリー、ああ、あのグールか」
  「グール化の治療薬があるとかデマカセ言ってグール達を集めた。その結果があの中国兵ってわけ? グール達を洗脳して何を企んでる?」
  「違う。違うぞ赤毛の冒険者」
  「何が?」
  「まず言っておくが企んでいるのは我々ではない。確かにこの類の研究を我々はしていたがスポンサーの意向で内容が変わった。グールを使うことに変更された」
  「はあ?」
  意味が分からない。
  ちらりと周囲を確認する。
  セキュリティの数は10名。数は大したことはないけど完全武装。銃口もこちらを向いているし何より私達は無手。分が悪いのは確かだ。
  ただしすぐに撃つ気配はない。
  少なくともウェスカーの話が続いている限りは。
  状況に悲観はしないことにしてる。どんな状況でも必ず道はあると思う。ウェスカーから情報を引き出す、まずはそこだ。
  撃たれるにしても知りたい事はたくさんある。
  それに。
  それに相手は相当良い気分らしい。
  上から目線だし。
  優越感は状況を見誤る要因になる。そこを突くのが私達ができる最善の策、かな。
  「エンクレイブはキャピタル・ウェイストランドに世情不安を作りたがっている」
  「ふっ」
  思わず噴出す。
  「ウェイストランドのどこに世情が安定してる場所があるわけ?」
  「元に戻したいんだよ」
  「元に?」
  「赤毛の冒険者、お前がボルト101の穴蔵から這い出してくる以前にな。お前の影響力はこの地に広がりつつある。それが邪魔らしい。……多分な」
  「多分って……」
  「上から命令されて俺達ボルトテックは行動していたに過ぎない。もっとも上層部はこの研究を手土産にボルト32からレイブンロックに移りたいらしいが」
  「中国兵は何?」
  「質問の連続だな」
  「殺さず生かしてる。つまり喋りたいからじゃないの? それとも優越感?」
  「両方だな」
  「ならば言いなさい」
  「命令口調かよ。まあ、その性格は嫌いじゃあないさ。その鼻っ柱を叩き折るのもな。教えてやるよ、中国兵の正体を」
  「……」
  「あれがここに集めたグールなのは分かっているな?」
  「ええ」
  「ただし集めたグールの内の五体でしかないんだよ。残りは研究過程で死んでしまった。連中は成功品であり遺伝的に優良、そんな五体さ」
  「どういう意味?」
  中国兵は500はいたはずだ。
  なのに100分の1の数ってどういう意味?
  「お前が潰してきたボルトを思い出せ」
  「私が潰した?」
  「ああ。……ただし112は管轄外だ。101も我々の管理から離れていた」
  「随分と雑な管理してるのね」
  「軽口を叩きやがって」
  ともかく。
  ともかく私は思い出す。
  確かにボルト92、ボルト106、ボルト108、その三つのボルトだ。
  どれも胸くそ悪い研究してた。
  「思い出したか?」
  「ええ」
  「その研究の集大成が今回の中国兵だ。ここボルト32は三つの技術を掛け合わせる実験をしていた」
  「つまり?」
  「つまり、だ。ボルト92はホワイトノイズで<戦闘衝動>を植え付けていた。ボルト108はブルーエアで<妄想>を植え付けていた。ボルト108はおそらく印象が濃いだろうな。ゲイリーを量産していた。
  そう、つまりあそこはクローニング技術を研究していた施設だ。そべてを足して結び付けてみろ」
  「……」
  戦闘衝動。
  妄想。
  複製。
  それら全てを足すと……。
  「まさか」
  「そう。我々がグールを集めてしていたこと。つまりはグールの複製だよ。それも戦闘衝動の高い、妄想に支配されたグールの開発だよ」
  「その為に3つのボルトを管理を?」
  「我々の研究はそもそもがそれだった。ただしゲイリーを使ってだがね。中国兵に仕立てあげろと命令して来たのはエンクレイブだ。ゲイリーを使わなかったのは奴が人間だからだよ。グールを
  使った意味は分かるだろ? グールの見分けは普通は付かない。量産されても誰も同じ顔だとは気付かない。お前も分からなかったろ? 俺も見分けなどできんがね」
  「あんたら計画の為だけに人体実験ってこと?」
  「グールを集めるのは簡単だった。人間に戻れる? 馬鹿が。化け物は化け物のままだよ」
  「……っ!」

  バッ。

  私は冷静を保てずにウェスカーに飛び掛る。
  それを見越していたのであろう、ウェスカーは素早くホルスターから拳銃を引き抜き躊躇わずに引き金を引いた。

  ばぁん。

  弾丸は私の肩をかすった。
  元々射殺する気はないのだろう、肩をかすった程度だった。
  私は立ち止まる。
  冷静さを欠いた行動をしたと思う。
  一歩間違えればグリン・フィスも巻き添えを食っていただろう。
  危険な行動をしたと思う。
  気をつけよう。
  「死にたいのか?」
  「どうせ殺すつもりでしょ」
  「そのつもりならとっくに殺してる。殺すなと命令を受けている。お前は珍しい逸材だからな」
  「珍しい?」
  「それを話すつもりはないよ」
  銃を元に戻してウェスカーは上を見た。
  私の視線も上に行く。
  このフロアに入って最初に気になっていた、天井にあるガラス筒。あれにもグールが入っているのだろうか?
  「見たいか?」
  「えっ?」
  「俺はゲイリーを元にした超戦士計画、グールを量産した中国兵計画、どちらにも関っているがどちらもクズだと思っている。どちらも元々の素材が人間だ。脆弱この上ない。あそこにいるのも
  人間がベースだが能力の桁が違う。あれこそが最高傑作だよ。ボルトテックもエンクレイブも認めないがね」
  「……」
  何が言いたいのだろう?
  ともかくウェスカーは実戦部隊の隊長であると同時に研究員という側面もあるらしい。
  もちろん私には関係ない。
  「グールを元にした兵士などクズだっ! 必要であればボルト32ごと焼き尽くしてもいいと思ってるっ!」

  ウィィィィィィィィィィィィィィン。

  天井からガラス筒が下りてくる。
  どうやら見せてくれるらしい。しかしそれは上層部の意向とはまた別物のようだ。
  「何を考えてるわけ?」
  「この最高傑作を持って連邦にでも売り込もうと考えている。部隊全員でな。ボルトテックの企業体質もエンクレイブの官僚主義も俺達の趣味じゃあない」
  「ふぅん」
  造反を考えてるらしい。
  まあ、再就職もいいだろうし転職もいいだろう。
  ただし棺桶の中からじゃあ仕事には就けないだろうよ。
  「屈強の人間にFEVウイルスを注入し、放射能を加えて出来た最高の逸材っ! ……ある意味でお前の弟かもな」
  「はあ?」
  ガラス筒が私達の目の前に降りてきて固定される。
  その中にいたのは……。
  「紹介しよう。スーパーミュータント・オーバーロードだっ!」
  そこにいたのはスーパーミュータント。
  だけど今まで見てきた連中とはまったく違う。
  まず肉体の筋肉組織が半端じゃないし体も大型化している。
  顔は醜悪で凶悪。
  ベヒモスの小型版にも見える。
  それがガラス筒の中で眠っている。
  「すごいだろう?」
  「命を弄って何がしたいわけ?」
  「科学者は何故化学兵器を作る? 何故原爆を作る? 使ってはいけない兵器なのに何故作る? ……答えは簡単だ。それは……」
  「それ以上囀るな」
  「どうした、殺すか? やれるもんならやってみろ、モルモットっ!」

  ガン。
  ガン。
  ガン。

  突然踊り込んできた影がセキュリティの3名を叩きのめす。
  現れたのは金髪の男。
  ボルトのジャンプスーツを着てる。
  ただしそのナンバリングはここボルト32の<32>ではなく<77>だった。どこのボルトだろ。
  ボルトテックが未だに管理してるボルト?
  それとも……。
  「77の悪魔だっ!」
  セキュリティの1人が悲鳴に近い絶叫をあげた。
  ふぅん。
  どうやらお仲間ではないらしい。
  「退け」
  ウェスカーは逃げる潮時だと判断したのだろう、あっさりと部下を引き連れて逃げる姿勢を見せる。
  突然乱入してきたボルト77の男が持っているのは右手に警棒、左手に人形。何故にボルトテック社のマスコットであるボルトボーイのマペットを嵌めてるんだ?。
  どっちにしても銃の類は手にない。
  こいつは無視しても構わないだろう。
  床に落とした44マグナムの照準をウェスカーの背に合わせる。
  能力発動っ!

  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  絶叫は2つ響く。
  私とボルト77のあいつの声だ。
  頭痛がした、激しい頭痛が。
  その場に膝を付く。
  2人とも。
  能力は発動しないし激しい頭痛に襲われた。前にも同じ事があった。ジェネラルに対して能力を使ったときだ。
  何なんだ、この痛みは。
  お陰でウェスカー達には逃げられた。もちろん逃がすつもりはない。スマイリーの件もある。
  逃がすものかっ!
  ボルト77の男……いや、正確には人形が喋っているという事になるのかな、腹話術だろうけどさ。ともかく人形が話す。
  「君達は同じ能力者。能力は反発し合い、相殺し合う。殺し合うなら人として殺し合わなきゃ駄目さ」
  意味の分からん事を。
  警棒を構えなおしてボルト77の男が立つ。そんな私の目の前にグリン・フィスが立った。
  「主、ここは自分にお任せを」
  「だけど」
  「主」
  「任せたわ。気をつけてね」
  「御意」
  「君が僕の相手だって? 笑わせてくれるねーっ!」
  ボルト77の男が動く。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  鋭い一撃をグリン・フィスはシシケハブで弾く。
  「自分が相手では不足か?」
  「へぇ。面白いじゃないか。ユージン、こいつバラバラにしていい?」
  「存分にね」
  そして……。










  その頃。
  ボルト32の司令部。


  「将軍閣下っ! 原子炉区画に侵入者を発見っ! 現在モニタリングをしておりますが何やら仕掛けています。おそらく爆薬かとっ!」
  モニターを見ていた1人の研究員が叫ぶ。
  映っている者達。
  ハットとコートを纏った集団が原子炉区画に映っている。
  レギュレーターだ。
  ソノラ率いる小隊が侵入したのだ。
  実のところミスティ達は陽動(ミスティ達は知らない)でソノラが本命。
  外の部隊も戦闘も全て陽動。
  隠密で静かに施設奥深くに侵入して爆破、それがそもそものソノラの目的であり、そしてそれは成功しつつある。
  将軍は聞く。
  「どこから侵入したのだ?」
  「それは……」
  「クライシス君。まさか分からないとでも言うのかね?」
  「その、閣下が先程装甲隔壁を開くように命じられました。全ての隔壁の開閉は連動しておりますと伝えたはずですが……」
  「……」
  傍らに座る女性は低く笑った。
  将軍は睨む。
  険悪な空気の中、ボルトテック社の幹部の1人がクライシスに聞く。中年の小太り男性。
  「ば、爆薬の撤去は可能なのかね?」
  「セキュリティ部隊は出払っていますので……ただ、爆薬の起爆装置が見えます。ば、爆発は20分後ですっ!」
  「ひぃっ!」
  ざわめく司令部。
  将軍もまた動揺していた。
  ただ傍らに座る女性とその背後に侍立している2人の部下はまったく動揺していなかった。
  「シュナイダー将軍、ここを引き払うとしましょう」
  「う、うむ。それがよいな」
  「私はベルチバードでここに来ました。撤退には空路の方が都合がいいでしょう。直通のエレベーターで屋上に向えますが?」
  「う、うむ。そうしよう」

  「ボルト32内の全スタッフに告ぐっ! 原子炉区画に爆発物が仕掛けられたっ! 総員退避っ! 総員退避っ!」

  クライシスが狂ったようにアナウンスする。
  研究員も幹部も次々と席を立つ。
  彼ら彼女らの脱出方法は車庫にある大型トレーラー。エレベーターに向かうべく走り出す。
  その様を女性仕官は見ていた。
  「シュナイダー将軍、あの者達はいらんでしょう」
  「まあ、そうだな。研究資料は既にある。レイブンロックで研究は再開できるし、連中はいらんな」
  「了解しました。こちらで処理します」
  目で部下2人に合図する。
  そのまま女性と将軍は退室した。それから数秒後、銃声と悲鳴が響き渡る。


  ボルトテック社、壊滅。