私は天使なんかじゃない
意味がない
この世界には全てに意味がある。
「まさかスマイリー？」
「俺はジンウェイ将軍だっ！ 中国万歳っ！ 人民万歳っ！ お前達は既に包囲されているぞ、クリムゾンドラグーン部隊攻撃開始っ！」
私の問いは攻撃的な叫びで途切れる。
囲まれている？
……。
……敵の姿は見えない。
ジンウェイ将軍とその背後に控えている中国兵10名、それが私の視線に映る敵の全てだ。
一瞬周囲に無数にある、液体の満ちたガラス筒の中のグールが目覚めるのかと思ったけどそうではないみたい。グール達は液体の中で眠っている。
「主っ！」
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ！
炎の剣シシケハブを振るうグリン・フィス。
私のすぐ目の前で。
次の瞬間、炎の剣で真っ二つに焼き切られたライダースーツ姿のような敵が現れた。
「……っ！」
さすがにびびる。
グリン・フィスは静かにジンウェイ将軍に向き直った。
将軍が拍手したからだ。
パチパチパチ。
「素晴しいっ！ 腐った資本主義者のアメリカ野郎にしてはやるなっ！ 金儲けしか能のない思想なき戦士にしては惜しい腕前よな」
「主の敵は排除する、それが自分の思想だ」
「その女に対しての忠義か？」
「いや」
「では、何だ？」
「護りたいという意思だ」
「面白いっ！」
すらりとジン・ウェイ将軍は腰の剣を抜いた。
怪しく光る。
あの剣、ただの剣じゃない。
何らかの技術が使われているのだろう。
その技術が何なのかを具体的には説明できないけど、おそらくロストテクノロジー。
旧文明の武器。
「主」
「何？」
「この者の相手は自分にお任せを」
「グリン・フィス。任せるわ」
「御意」
ジンウェイ将軍とグリン・フィスは静かに対峙。
将軍の率いている中国兵は一歩、一歩、一歩、合計で三歩後ろに下がった。
どうやら将軍は一騎打ちをご所望らしく部下もそれを承知しているらしい。
部下が下がった次の瞬間には両者は肉薄、激しい剣戟を応酬する。
速いっ！
グリン・フィスの剣術、私はキャピタル・ウェイストランドで敵なしだと思ってる。
そんな彼と将軍は対等に渡り合っている。
戦いの最中にスナイプして将軍撃破も手だとは思ってたけど……こりゃ無理だね。あまりにも激しく動いているから下手すれば誤射する。
まあ、将軍はグリン・フィスに任せよう。
……。
……正直な話、スマイリーではないかという疑問が私の心の中にある。
激動の街ピットで出会った美食家スマイリー。
彼は幸せの国を探していると言っていた。
将軍もまた幸せの国と発言した。
偶然？
そうかもしれない。
私にはグールの見分けが付かないからなんとも言えないけど……いや、そもそもスマイリーがジンウェイ将軍を名乗ることすら意味不明か。仮にスマイリーだとしたらわざわざ偽名を使う意味が分からない。
ただ、この中国軍自体が説明が付かないのも確かだ。
「ボスっ！」
「分かってる」
部下の1人が叫ぶ。
さっきのライダースーツのような奴がまだいないとも限らない。
むしろいると考えるべきか。
将軍のハッタリでなければ、包囲されてるらしいし。
私はPIPBOY3000を起動させる。
ピピ。
録音や再生機能、ナビ、体温や体調のバイオリズムを調べたりと様々な機能があるPIPBOY3000。
そんな機能の中に簡単な索敵機能がある。
距離があり過ぎる相手は把握出来ないけど近くにいるのであればこれで充分。
「ちっ」
舌打ち。
画面に出た情報では確かに囲まれている。
「円陣っ！」
『円陣っ！』
私達3人は背中合わせにして周囲を警戒する。
私はインフェルトレイターを、部下の2人はアサルトライフルを構える。
敵の姿は見えない。
だけど。
だけど先程の敵の状況を考えるとステルス迷彩のようなものを使っている敵らしい。しかし恐れるほどの事はないとも思えてきている。先程の敵の死体を見ると武器は持っていない。
手の甲のところに刃が仕込まれている程度の武装。
おそらく銃など手に持った武器は透明化できないのだろう。
接近さえ許さなければ怖くない。
ならばっ！
「撃て撃て撃てっ！」
『了解っすっ！』
掛け声と同時に私達は大量の鉛弾を銃口から吐き出させる。
お互いに背を合わせての攻撃だから、見えない敵に背後から刺されるという心配はない。
もっともこちらの命中率はかなり低い。
とりあえずデタラメに撃ってるだけ。
寄せ付けない＆威嚇するという意味合いはあっても敵を射殺するというのには程遠い。
PIPBOY3000は＜ここにこれだけの敵がいる＞というのが分かる程度で正確な位置関係までは分からない。サーマルゴーグルでもあれば見えたんだろうけど、さすがにそんな機能はない。
私達はデタラメに撃ちまくる。
当たってるとは思えない。
「ちっ」
もう一度私は舌打ちする。
見えない相手を敵にするのがこんなに面倒だとは思わなかった。
たぶん相手はガラス筒を盾にして身を潜めているのだろう。こちらが弾装交換する隙に突っ込んでくる可能性がある。ガラス筒は防弾仕様らしく弾痕は残るものの破壊は出来ない。
まあ、破壊した瞬間に中のグールが目覚めても困るけどさ。
……。
……待てよ？
その手があるか。
「ジョナサン、グリュー」
「あの、俺達の名前を知ってたんですか？」
「ボスだからね」
一応名前ぐらいは知ってます。
「グレネード、適当に投げて」
『了解っ！』
それぞれが別々の方向に投げる。
数秒の間。
そして……。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ！
爆発。
防弾とはいえグレネードの爆発に耐えられるほどの耐久力は当然あるまい。
グールの入ったガラス筒をいくつか破壊する。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！
満たされていた液体が床一面に広がる。
容器を破壊した瞬間に入っていたグールが床に転がるものの誰も動かない。
ビクンビクンと体を震わせ、その後動かなくなる。
死んだ？
そうかもしれない。
問題はそこではない。床に流れる液体。当然そこに透明とはいえ人がいれば流れが不自然にわだかまる。
その瞬間に撃つ。
それが私の脳裏で描いた作戦。
ただ予想外なのは……。
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ！
スパークが起きる。
無数に。
無数に。
無数に。
そこかしこでスパークが起きる。
そしてそれが収まると次々とその場にライダースーツのようなものを纏った連中が具現化する。透明化が解けてる。
なるほど。
液体が透明化の装置をショートさせたらしい。
光を屈折させることで透明化は成り立つ。高度な技術であると同時に非常にデリケートな技術なのだろう。まあ、相手の技術の都合はどうでもよろしい。
「撃て撃て撃てっ！」
『了解っすっ！』
撃つ。
姿さえ見えれば怖くないわ、クリムゾンドラグーンっ！
何しろ透明であればこそに意味があるのだこいつらは。ステルス・キルが信条のこいつらにとってステルスを失うのは死に等しい。
所持している武器は手の甲に装着されている刃だけ。
接近を許さなければ負ける相手ではない。そして透明でない以上、接近させる道理はない。
勝てるっ！
「ぎゃっ！」
驕りがまずかったのか。
ジョナサンが弾ける様にして後ろに倒れた。
グリューも膝を押さえてその場に蹲る。
ジンウェイ将軍の部下の中国兵達がこちらに向かって銃撃を開始したのだ。私は銃弾を回避、仲間を庇いつつインフィルトレイターを掃射。私は視界に入る限りは銃弾はスローに見える。
回避は可能だ。
掃射しながら傷付いた仲間をちらりと見る。
ジョナサンは胸部を銃撃されている。
ただしコンバットアーマーを着込んでいるので、銃痕がコンバットアーマーに残った程度で致命傷でも何でもない。
ただし衝撃で骨折もしくはヒビが入っているかもしれない。
もう1人の部下グリューは右の太股を撃ち抜かれている。致命傷ではないだろうけど出血が酷い。
銃撃を続けながら私は叫ぶ。
「後退しなさいっ！」
「し、しかし」
「ジョナサン。スティムパックはあるわね？ グリューを連れて安全圏内に退避、その後スティムパックを投与したら脱出しなさい」
「し、しかし」
「ボスの命令を聞きなさい」
「……了解しました」
「さあ、行ってっ！」
弾装を素早く交換して私は中国兵に掃射。
将軍直轄の精鋭部隊なのか知らないけど相手さんの戦闘能力は決して低くない。少なくとも身の隠し方は上手い。
私は後退する仲間を援護。
何故退却させたかの理由、それは出血の酷さだ。
スティムパックは爆発的に治癒能力を高めるけど失った血液は別問題。血液は血液パックから輸血する必要がある。グリューの出血を考慮した上で後退させた。
別に問題はない。
敵の親玉はここにいる。
グリン・フィスと対決しているジンウェイ将軍を倒せば戦いは終わる。
「アイヤー、トツゲキアルヨっ！」
仲間2人が後退したので強気になったのか、中国兵達はこちらに向かって突撃を開始する。
手には中国製アサルトライフル。
バリバリバリと一斉射撃しながら向ってくる。
ヘタレかお前らは。
2人いなくなったぐらいで強気になって突撃してくるんじゃあない。
そもそもそっちの数は10人、1対10じゃないと強気になれないなんてどんだけヘタレだよ。
姿が見えるのであれば、こちらとしてはやり易い。
私はインフィルトレイターを離し、腰の44マグナムを二挺引き抜く。
どくん。
どくん。
どくん。
周囲の状況がスローになる。
時間は這うように遅くなる。
44マグナムを中国兵の額に合わせ、そして次々と引き金を引く。合計で10発の弾丸はゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと超スローで敵に向っていく。
能力を解除すると時間は元に戻る。弾丸もまた元のスピードを取り戻す。
『アイヤー、ウタレタヨっ！』
瞬間、10の頭が同時に吹っ飛んだ。
私のこの能力の説明は付かない。
私自身にも分からないからだ。
ただ分かるのは＜時間の流れを調整＞しているということ。
それだけだ。
もちろんそれはそれでいい。
敵を効率的に倒せる能力があるということ、そしてその能力で自分と仲間の生命が守れるのであればそれ以上の理屈はいらない。
ともかく。
ともかくこれで敵は全て倒した。
私は44マグナムに弾丸に装填してからホルスターに戻し、インフィルとレイターを拾って構える。
だけど撃てない。
ジンウェイ将軍とグリン・フィスは接近戦を繰り広げている。迂闊に撃てばグリン・フィスに当たるだろう。
……。
……ま、まあ、当たっても「ごめん当たっちゃった。許してね☆」「御意」という展開な気がする（笑）。
それはさておき。
私はグリン・フィスの戦いを見守る事にした。とても手が出せる状況ではないのは確かだ。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
刃と刃が交錯する。
剣戟。
ただし次第にグリン・フィスが圧され始めているのは私の見間違いだろうか？
「くっ！」
「どうした民主主義の豚めっ！ その程度かっ！」
否。
それは見間違えではない。
グリン・フィスの剣術の腕はジンウェイ将軍に劣るものではないと私は確信しているけど使っている武器に問題があると思う。ジンウェイ将軍は一振りの剣であり身軽。
細身だし振るうのにも難がない。
しかしグリン・フィスの使っている武器はシシケハブ。能力的に拮抗している相手には分が悪い武器だろう。ガソリンタンクを背負ってる。
そしてそのタンクと剣はチューブで繋がっている。
故に剣が燃えるのだ。
将軍の鋭く、素早い太刀筋には分が悪い。
どうしても動きが鈍る。
戦っている当の本人もそれを理解しているのだろう、ジンウェイ将軍の剣戟を巧みに回避し、切っ先を相手に向けながら後退する。相手も相当の力量だけあってグリン・フィスの腕前を警戒して
追撃はせずに大きく上段に構えて止まった。
少しの間。
対峙から数十秒後、グリン・フィスは炎を止め、それから剣をチューブから引き抜いた。
何をする気？
そしてグルグルとその場で回り始める。チューブからはガソリンが飛び散る。
ジンウェイ将軍も何をしたいのかが把握出来ないらしく戸惑った様子。
そして……。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！」
「……っ！ 小癪っ！」
回転しながら背負っていたガソリンのタンクをジンウェイ将軍に向けて投げるグリン・フィス。
大きく体を崩して回避する将軍に素早く肉薄。
シシケハブの刀身を相手の左肩に叩き込んだ。
ただし問題はシシケハブは＜焼き切る＞という特性ということだ。
既に炎という恩恵を失っている以上、シシケハブの刀身は斬撃ではなく打撃。相手の肩を砕く音が響いた。斬撃ならこれでお終いだが打撃だから骨を砕く以上のことは出来ない。
将軍は顔をしかめながらも刃を一閃。
それを大きく後ろに飛んでグリン・フィスして回避した……はずだった。
ドサ。
大きく飛んだ着地の地点で彼は足を滑らせた。
ガソリンだ。
回転している際に飛び散ったガソリンに足を滑らせたのだ。
将軍は笑う。
この空間に嘲笑が響く。
「ここまでだな、民主主義者めっ！ 幸せを求めたが為に不幸になった奴がいる、つまりは世の中はそう不条理なのだよっ！」
意味が分からない事を口走る将軍。
やっぱりスマイリーなの？
だけどどうしてっ！
将軍は刃を構えゆっくりとグリン・フィスに近付く。
「お前はよく戦ったが、どうやらここまでのようだなっ！」
「そうでもないさ」
ばぁん。
銃声。
私は撃っていない。
「き、きさま……っ！」
「誰も剣だけで戦うなんて言ってないさ」
そう。
32口径ピストルで相手の胸元を撃ちぬいたのはグリン・フィスだった。
剣だけで戦えば相手はそのように錯覚する、確かに作戦の1つだ。いつの間にかグリン・フィス、銃を使った戦い方を身に付けたらしい。
私はグリン・フィスを労い、それから将軍に近付いた。
息が荒い。
この傷だからおそらく助からない。
「スマイリー」
「……知らんな、そんな名前は……」
「スマイリーじゃないの？」
「だ、だが聞いた事がある名前だ。そ、その名前の人物は幸せの国を探してた。幸せになるには人間に戻る事だと考えていた。だからここに来た」
「えっ？」
「幸せになりたかったんだ、そいつは。誰だって幸せになる権利はあるはすだ。その為には、命だって懸けるさ。俺は人間になりたかったんだ」
「スマイリーっ！」
やっぱりっ！
やっぱりこいつはスマイリーだ。ピットで会ったスマイリーだ。
でも何で？
どうしてここにいる、どうしてジンウェイ将軍なんて名乗ってる、どうして中国軍を率いている、どうしてっ！
次第に瞳の生気が失っていく。
死ぬ。
彼はもう死ぬ。
「お、俺は幸せに……」
「だからってっ！ 死んでしまったら意味なんてないじゃないっ！」
「グール化なんて怖くない。我が社が治療薬を開発しました。無料で治療しますので本社ママ・ドルスにお越しください。……なんてな」
聞き覚えのある声がした。
ゆっくりとその声の方向を見る。
グリン・フィスは身構えたものの私は目で制した。
囲まれてる、敵に。
動けば蜂の巣だろう、だからまだ動かない。まだね。
包囲しているのはボルトテック社のセキュリティ部隊だ。前にオアシス近辺で会った連中。そしてこの部隊を仕切ってる奴も知ってる。
私は静かに言う。
「つまりはボルトテックの計画ってわけ？ この一連の動きは？ そうなのかしら、ウェスカー隊長」
「少し違うな。しかし教えてやるよ」
「何を？」
「今回の、エンクレイブの計画を」